第五章  アスモデウス 1~2

(被告人代表者の声明)


〝熱情王〟アスモデウスは被告人の代表者として、帝国全土に対し、以下の如く声明を発表せり。彼女は地球人類向けの放送においては例の如く、髪に愛らしき飾細布リボンを結び、表情豊かで親しみにあふれる少女の姿にて、視聴者に語りかけたり。


「帝国特別設置法廷の許可のもとに我、種族融合体アスモデウスは、第二次帝国内戦中の戦争犯罪に係る軍事裁判の法廷内において、我が被告人団を代表して行いたる陳述ちんじゅつにつき、銀河系及びアンドロメダ銀河の主要な報道媒体を通じ、ここに概要を公表するものなり。なおこの配信版は、自然・人文及び社会科学的な用語または記述につき、太陽系第三惑星〝地球〟向けに配慮がなされしものなり」


「検察側の公訴内容は第一に、被告人たる種族融合体サタンが、先帝の古き同盟種族でありながら、その側近たる中枢種族となり得ざりし遺恨及びその過激なる社会思想から、他の被告人と共謀・共同して、帝国に対し反乱を企てたる嫌疑なり」


「第二に、被告人たる我アスモデウスが政治的野心からこれを助け、他の被告人にも反乱への加担を教唆きょうさしたる嫌疑なり」


「第三に、凶悪なる軍事種族の被告人バールゼブル・グラシャラボラス・アスタロト及びアモンが、その兵力を以て帝国各所を制圧し、社会の秩序を破壊したる嫌疑なり」


「第四に、被告人ストラスがその種族的異質性及び病的なる学術的関心から、姉妹種族のアミー及びヴォラクと共に危険なる科学技術を次々と開発し、これらを使用・供与することによりて、他の被告人を幇助ほうじょしたる嫌疑なり」


「第五に、我が友好種族なる被告人アドラメレクが帝国を裏切り、第一次内戦における敗北以来帝国中央に敵意を抱きたる被告人ベールら銀河系外周星域の非酸素・炭素系種族を煽動して、再度の反乱を生ぜしめたる嫌疑なり」


「我等は以上の罪状に基づき、邪悪なる自称〝新帝国〟の統治をもたらせしものとして訴追そついせられたり。これらの公訴事実に対する我が主張を一言で表現すれば、それは〝事実無根〟であり、その理由は以下の如し」



1 サタンについての抗弁


「第一に、サタンは先帝への敬愛から発展途上の宙域における文明開発任務を志願し、永年の功労が認められて文明開発長官の地位に就きし者なり。彼女の母星は、帝国の古き種族の例に漏れず銀河系中央部に位置せるも、小型のために地磁気の減衰による大気散逸さんいつに悩み、これに加えて他の星域よりも近接せる近隣恒星の新星化を受けて、惑星統一後間もなく種族存亡の危機に直面せり。この時彼女に先進的な宇宙工学技術を与えて救いたるは、当時既に複数の種族を率いて、軍事征服により星間帝国を拡大しつつありし先帝なりき。先帝は彼女の帝国加入を祝福し、その言語によりて〝サタン〟、即ち〝逆境に抗う者〟〝滅びを拒む者〟という意味の公式名称を与えたり。彼女はこの支援に深く感謝しつつも、生来温順にして心優しき種族なりしが故に、民生分野における貢献を希望せり。以来、彼女は救い主たる先帝の恩義に報い、また救援の正当性を実証せんとするかの如く、〝未来あるもの〟の育成事業に参加して情熱を注ぎたり。この活動は当初、銀河系中央部バルジにおいて開始されたるが、後には開発途上星域として公式に指定される隣接の円盤部ディスクにまで進展し、帝国の拡大と繁栄に貢献せり」


「彼女はまた帝国の専制統治につきても、『直径約十万光年の棒渦巻銀河内に数千億の恒星をようし、その星系群には発展段階の異なる数万の知的種族系列が居住して、各々おのおのが勢力拡大を企図きとせる銀河系において、直ちに民主的な統一政体を形成することは困難なり』との理解を示したり。然し同時に、その職務上の公式報告において、『銀河系文明の発展による経済・社会生活の向上と大規模化・複雑化・加速化は、それらを調整すべき社会制度・政策の共有化及び分権化を可能とし、また必要とせり。故に、我は文明開発長官として賢明なる帝室及び枢密院の諸種族に対し、臣民が有する諸権利の拡充等、将来予想される社会変化への適切なる対処を要望するものなり』との提言を行い、臣下としての職責を過不足なく全うせり」


「彼女に誤りがあるとせば、それは自らの権威の低下を恐れたる中枢種族が彼女の計画に対して加えたる悪質な干渉を、早期に発見及び阻止し得ざりしことなれども、当時の中枢種族の権勢下においてかかる難事を行うことは、いかなる種族にとりても不可能ならん」


「彼女はさらに、当時の帝国において政治の主要なる手段、あるいは目的となりし戦争につきても、学術的・客観的な分析を加え、次の如く政府に提言せり。即ち、『戦時においては科学・技術の発達、社会・経済の統合や活性化、新制度・新政策の導入、物的・人的資源の生成や更新、文明を取り巻く自然・社会環境への再認識や対処等、文明発展の契機が生ずる場合が多々たた存在することは冷厳なる事実なり。然し、それには膨大なる犠牲や損失、時には滅亡の危険という代償さえも伴わん。故に、かような〝あるまじき戦争の効用〟を排すべく、戦争に関する知識の周知及び記憶の継承を行うと共に、これに代わるべき文明開発手段の考案と普及を図ることが喫緊の急務なり』と」


「戦後に発見されし枢密院の議事録によれば、とある中枢種族はこの主張に対し、『生物の進化史は、優勝劣敗による自然淘汰の歴史なり。故に、サタンの唱導せるが如き理想主義的手段が存せざる場合、かかる主張はいたずらに劣弱なる種族を延命・増加せしむことにより、帝国自体の衰退をも招きかねざる〝機密漏洩行為〟と称すべし』と非難せり。もっとも、その後のさらなる調査によりて、この種族もまた内戦を生き延び得ざりしことが判明せり」


「これを知りたる我は、通信による理事種族会議の席上において、『かの種族は帝国政策を決定する要職にありながら、戦争による臣民の犠牲や損失、危険を防ぐ努力を怠り、これを容認せるばかりか、進んで利用せんとさえ主張せり。故に、かくも時代後れの卑劣にして無能なる統治種族は必ずや淘汰さるべきことを、自らの破滅を以て実証せり。誠に天晴至極あっぱれしごくな種族なり!』と皮肉を述べたり。然し、これを聞きたるサタンの映像体アバターは悲しげに微笑み、『歴史の歩みが異なれば、我等もまた同じ言動をとりたるやも知れざるべし』と語り、我をいさめたり」


「我思うに、サタンは自らの過酷な自然環境との戦いや、先帝によりてその脅威から救われし歴史から、社会的協力により自然の脅威に立ち向かうことを、誰よりも重視せる種族なり。また、彼女は文明開発工学の第一人者として、社会学的知識の豊かな種族なり。ゆえにその〝自然〟には、戦争による淘汰を通じて社会を発展・拡大させ来たるが如き、帝国種族の〝内なる自然〟もまた、当然に含まれたらん。故にサタンは、かかる戦争の歴史において生まれし遺恨や過激性とは、最も縁遠き種族と言うべし」



2 アスモデウスについての抗弁


「第二に、我アスモデウスの政治的目標は中枢種族との抗争による政権の奪取に非ず、帝国の発展と共に興隆せし産業・経済種族の一員として、帝国形成に功のありたる軍事的統治種族に対し、さらに多くの種族の利益を平和裡へいわりに実現すべく、政治的発言権の分与を求むるにありしことは、内戦以前の我に関する帝国の公式記録からも明らかなる事実なり」


「我はまた、かかる権力の行使には重大な責任を伴うが故に、これに必要不可欠な知識と経験を獲得すべく、文明開発長官サタンの民政部門副長官の地位を希望せり。当時において彼女はすでに、文明開発工学を中心として他の科学分野にも造詣ぞうけいの深き、技術官僚テクノクラート種族として知られたり。然し同職に着任後、科学省長官ストラスからも情報を得て状況を分析せし我は、中枢種族間における腐敗堕落と権力闘争が悪化の一途を辿たどり、もはや帝国内の利害調整を行うべき機能はおろか、国家の統一そのものが危機に瀕したる事実を発見して、愕然がくぜんとせり」


「帝国の権威を示すべく、固有名称の使用を禁じられし〝先帝〟種族は、側近団たる枢密院を構成する中枢種族の政治工作によりて外界から隔絶され、既に名目的な君主と化し居たり。また、各中枢種族はその傘下さんかに多数の下級軍事種族を従えて事実上の独立領を形成すると共に、それら系列種族は領土内外における収奪と代理戦争に狂奔きょうほんせり。かかる実態は巧妙な情報操作と陰湿な恐怖政治、そして分割統治されし各領域の利害障壁によりて隠蔽されたるも、その影響は既に親衛軍の内部から開発途上星域にまで及び、超新星兵器の拡散による軍事的緊張の増大とも相俟あいまちて、矛盾と対立の顕在化は時間の問題と思われたり」


「然しながら、当時における私的利益と公的利益、また公益のうちでも専制統治の功罪や改革成功の確率につきての均衡バランスを考えれば、我及び友好種族のみで問題の解決を図ることは極めて困難なり。故に我は、『種族には永遠の敵も友も存在せず』とも表現すべき信条に基づき、この非情なる社会情勢のもとで、まずは一身いっしんの安泰を図りつつ、臨機に行動する他にみちなしと判断せり」


「周知の如く、種族融合以前の我が種族の個体は、〝個体脳〟〝社会脳〟及び〝調整脳〟の三領域からなる大脳を特徴とし、その特質は融合後も継承せられたり。惑星地下に設置されし量子演算機構群は三系統に分離され、各々が我が種族の利益判断と星間社会の利益判断、そして両者の調整による最終決定を行うべく機能せり。当時の我にとりて、我が身の安全はもとより星間社会の運営上も、腐敗せるとはいえ帝国の統治機構はなお不可欠なものと認識せられたり。従って、万一内戦勃発の際には局外中立を保ち戦禍を免れつつ、交渉及び調停によりて早期の戦闘終結と治安回復に協力し、戦後可能な限り有利な立場で復興事業に参入することをひそかに期したるも、またむを得ざるところならん」


「一方、我が見たるサタンの第一印象は、奇特なる世捨て人なり。先帝とも深き縁を有する古き種族でありながら、中心星域における権勢を望まず、ただ一心に発展途上文明の育成へとその頭脳と情熱を捧げる姿は、社会の現実から目を背けて理想に逃避せる、行政官というよりも一学徒の如く映りたり」


「然しながら彼女は、とある惑星の支援において、軍事的に重要な希少資源の発見を報告せる我に対し、『汝は何故にその発見をまず、汝の現職就任に協力せし中枢種族へ秘密裡ひみつりに報告せざりしか』と問いたり。我は『かかる報告には対象種族の〝不慮の悲劇〟による絶滅と、中枢種族による惑星の直轄領化を招く危険性あり。我はかねてより私益と公益の調和する所に従いて行動すべく心がけしところ、かような危険は余りにも公益を損なうものと考えたるなり』と回答せり。彼女は黙して、これに同意せり」


「彼女は古き種族なるが故に、帝国の草創期からその政権内に存する深き闇、即ち中枢種族の腐敗と抗争に関し、多数の経験及び見聞を重ねたる種族なり。また彼女は、文明開発長官就任以後の悲しむべき経験から、我もまた中枢種族の派遣せる間諜かんちょうなりやとの懸念を抱きたるなり」


「我は彼女に、『汝は何故に種族間の競争という側面を軽視し、途上種族への支援という協調的活動のみに専心せるや』と問いたり。これに対して彼女は、次の如く回答せり」


「即ち、『我は帝国文明の発展を望むものなり。建設的な競争は文明発展に資するも、泥試合の如く愚劣な抗争はこれを損なうものなり。〝文明〟の定義とは、土木工学や国家制度の如き自然・社会科学技術を使用せる〝文化〟、即ち高等技術を有する知的生命活動様式なり。技術が環境の制御に失敗せる場合、生存をした規則ルールなき闘争が偶然の自然選択を通じ、当面の環境下における種族の延命を可能とし得ることは事実なり。然し、そもそも賢明な種族なれば、かくも不確実な事象に自らの未来をゆだねるが如く、浅ましき窮状きゅうじょうには陥らざるものならん。かかる混乱状態の発生は、〝文明の敗北〟を意味するものなり。故に、我はかような愚行を回避すべく、帝国の将来を担う〝未来あるもの〟への支援と、そこで得られたる知識の集積と活用に努めるものなり。生物の多様性が生態系を安定せしむるが如く、種族の多様性は文明の持続可能性を高からしめん。帝国の全種族間に真の協力関係を築かば、は必ずや銀河系文明の永続的発展を約束せん』と」


「我はこの時、彼女が単なる理想主義者の古参種族には非ずして、社会の現実を理解しつつも、自らの職務を通じてその限界を克服すべく、非凡な努力を傾注せる種族なることを確信せり。我はなお情報の漏洩及び出所しゅっしょ追跡による危険の波及を恐れ、中心星域の腐敗につき全ての報告は行わざりしも、最終的には彼女のために、少なからぬ犠牲を払うこともいとわざる心境に至れり」


「然しその後に、中枢種族は発展途上種族内の戦争による淘汰を誘発し、〝優秀〟な軍事種族を育成・獲得すべく、彼女の文明開発計画に対しても非人道的干渉を行いつつある事実が判明せり。この時、彼女の苦悩と同様に我もまた、個体脳及び社会脳の回答の相剋そうこくに苦しみたり。中枢種族への告発あるいは抵抗は、関係種族の滅亡を意味せり。論理的には、我が選択肢は彼女に対する沈黙への説得、辞任による一件からの離脱、さらには中枢種族への密告という案さえ存在し、ただ中枢種族への義憤と彼女に対する共感のみがこれをいなみたるものなり」


「我等は窮余きゅうよの策として、自らの防衛措置を講じたるうえで、事態の改善を求める公開請願を行いたり。これに対して中枢種族ザフィエルは、先帝名を僣称せんしょうし、我等の軍事部門副長官アモンにサタンと我の処刑命令を下したり。アモンはこれに異議を唱えたるも、中枢種族は彼女をも抹殺すべく、その最愛の姉妹種族カイムを派遣せり。両者が戦闘後、共に重大なる損傷を負いて行動不能に陥りたる時、またその戦塵せんじんの中に、深き悲しみと事態克服への決意をたたえたるサタンの惑星が観測されし時、我が葛藤は消滅せり。即ち、二つの頭脳の結論は一致して調整脳の判断は不要となり、全ての頭脳を唯一の結論、即ち彼女と共に帝国及び我等自身の破滅を阻止するための戦略立案に指向することを得たり」


「我は自らの野心を否定せず。然し、それは利己主義的な野心には非ず。この軟弱なまでに心優しく、自己犠牲的なまでに直向ひたむきなる官僚種族と共に、新たなる統治を実現せんとする野心なり。即ち、今や軍事種族のみによる専制統治に非ずとも、全種族が参画さんかくする民主政治を以て、文明国家を営み得ることを証せんとする野心なり。我は、今後全ての種族が抱くべき、かかる野心を罰すべき法律はなきものと確信せり」

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