第五章 アスモデウス 3
3 四大軍事種族についての抗弁
「第三に、バールゼブル・グラシャラボラス・アスタロト及びアモンはいずれも有能、公正及び忠良を以て知られたる種族なり」
(1)バールゼブルについての抗弁
「バールゼブルは蜂に類似せる社会性昆虫より進化し、高度な群知能技術を特色とする種族なり。帝国との接触当時、既に複数の惑星系を支配せる彼女は、その〝労働者〟階級を
「帝国加入後の彼女は親衛軍に所属し、帝国のため効率的かつ無慈悲に他種族を征服することによりて、その地位を高めたり。これは、彼女が生物学的に厳格な階層社会を形成せる事実によるところが大なり。統治階級たる〝女官〟階級が、生殖に特化せる〝女王〟及び〝雄〟達のために〝労働者〟達を道具の如く使役するという社会構造は、これらを〝自種族〟〝上級種族〟〝下級種族〟に置き換えれば、かかる態度を極めて自然に正当化し得るものなり。これは『発展途上種族もまた偉大なる成長可能性を有し、その尊厳においては先進種族と対等なり』という新帝国の基本理念とは全く異なる発想なり。然し、帝国の拡大期においては種族間の文明発展度の隔絶が著しく、社会の統一や技術移転による恩恵もまた明白なりしが故に、かかる軍事活動に対する批判や懸念は、残念ながら当時の帝国内においては一般的となり得ざりき」
「然し、拡大が銀河系の
「例えばとある中枢種族は、対立する中枢種族の系列種族に対し、支援を約して反乱を生ぜしめたるも、蜂起後はこれを見殺しとし、その討滅後に弱体化せる対立種族を攻撃して
「親衛軍の構成種族として、バールゼブルもまた不可避的にかかる紛争に関与せり。とある中枢種族はその下級種族に密命を下し、他系列の下級種族を奇襲・絶滅せしめたるが、その直後、他の中枢種族の同盟に対抗すべき必要が生じ、相手種族との間に
「任務の成功によりて、彼女は科学長官ストラスのもとで種族融合化処置を受ける権利を獲得せり。これは個体群種族全体の記憶及び人格を一個の巨大なる量子演算機構網に移転して、その能力を飛躍的に向上せしめ、帝国における最先進種族の一員としての資格を与える処置なり。この時既にストラスは、融合化が専制的性格を増幅する危険性を有することを発見し、友好種族サタンの助言に従いて、バールゼブル以後の処置においては被治階層の意識をより多く反映することを決定せり」
「然し、演算機構内に再現されし彼女の鏡像は、深刻なる自己同一性の
「ストラスはこれを、単に種族的な個性からくる
「このことは次の二点において、彼女に好ましき環境を提供せり。第一に、同任務の主目的は正規軍にも対処し得ざる外周星域からの侵攻や大規模紛争に備えての待機であり、当時これらは発生の可能性少なきが故に、正規軍や近隣種族との協力による海賊対策・災害時支援など、倫理的問題の生じ難き活動に従い得たることなり。第二に、この宙域は開発途上星域に隣接せるが故に、ストラスが同星域を所轄する友好種族のサタンに支援を求め得たることなり」
「サタンはバールゼブルに対し、彼女の行為が当時の状況からみて止むを得ざりしものなれど、現在の苦悩もまた正当であり、いかなる社会においても文明発展に伴いて、民主的・平和的政策が必要となりゆく旨を説明せり。然しまた彼女は、その実現には社会全体の平均資質向上が不可欠であり、そのためには文明発展の成果を、単なる生活水準のみならず教養や人格の向上にも活用し、権限を
「さらにサタンは彼女の群知能技術にも着目して、これを評価せり。彼女がバールゼブルの
「以上の如き政策的・技術的支援を獲得せるバールゼブルは、自艦隊の改革を実行し、他の組織・種族とも連携して任地の治安向上に貢献しつつ、自らの士気と能力を回復せり。中心星域の辺境ともいうべき外縁において、かつては生物学的階層社会のもとに強権的な軍事力行使の限りを尽くしたる種族が、種族融合を契機として深甚なる苦痛を克服し、短期間のうちに民主的かつ平和的なる統治種族としての資質を獲得せしことは、いわば奇跡とも称すべき事象なり。然しそれは、この種族の優秀なる資質と、それを開花せしめ得る環境が出会いたる幸運こそが可能としたるものならん」
(2)グラシャラボラスについての抗弁
「然しながらバールゼブルは、階級社会への適応や
「グラシャラボラスはイヌ科動物に類似せる肉食獣から進化し、またその宇宙進出史において悲劇的な星間戦争を経験せる種族なり。通常、かかる歴史を有する種族は高き攻撃性と好戦性を有し、他生物、特に知的種族に対する生存競争や強圧的支配を積極的に肯定せるが故に、彼女もまたその資質を期待され、親衛軍に配属せられたり。然し彼女は実際には、それ以前の時代において、かかる生物の〝
「当時サタンは文明開発省の担当種族として、我はその業務を受託せる生体情報産業種族として、グラシャラボラスの文明開発を支援せり。彼女はその優しさと賢明さによりて、我等の技術的支援を最も有効に活用せり。産児制御と食肉培養の技術は食料資源を巡る〝共喰い戦争〟を根絶し、他の生命や文化・文明を尊重する価値観の形成を可能とせり。惑星破壊兵器に対する防御戦略の採用は、彼女を近隣種族間の戦争における唯一の勝者とするのみならず、衰退せるかつての敵種族への救援を通じて、彼女を宙域内の指導的種族へと発展せしめたり。我等は今なお、この若く優秀な最先進種族の発展に関与し得たることを、大いなる喜びとするものなり。彼女は自らの努力によりて、その後の困難な境遇をも克服し、軍事種族ながらも他種族への共感を忘れず、平和の恩恵と友好の福利を追求し得る種族へと成長せり」
「彼女はその純真かつ
(3)〝皇帝領の戦い〟の正当性
「サタンによる公開請願の当時、中枢種族達は既に相互の権力闘争から、
「皇帝直轄領は、帝国文明の精華ともいうべき宙域なりき。同地においては先帝及び各中枢種族とその系列種族が、銀河系最高の資源と技術を動員し、多数の可動惑星や施設・艦船を集中して研究・生産及び交渉・交易活動を行いたるが故に、中心星域の外縁部と比べれば、あたかも田園に対する大都市ほどの人工的華美に満ち溢れたる世界なりき。然し、彼女が同所で目撃せし光景は、地獄絵図なりき。そこでは既に多数の超新星兵器が使用せられたるも、通常空間内では恒星爆発の影響が超光速で波及することは絶無なり。故にその地獄とは、帝国の最先進種族が他の全兵器も用いて積年の抗争を決着せしむべく、あるいは避難のための物資や移住先を争いて行いたる、相互の殺戮と略奪から生まれし地獄なり。この修羅場においては被災種族の救援も
「新技術の超空間駆動機関を有する中枢種族の艦隊が彼女の艦隊を発見し、超新星兵器による先制攻撃を行いし時、最初に彼女を救いたるものは、
「系列種族による超新星兵器の応酬が制御不能となり、また超空間航法の意外なる弱点が判明するに及び、同航法技術を有する高位の中枢種族群は一時的な休戦協定を締結せり。彼女達はアンドロメダ銀河に逃亡してこれを制圧したる後、同地を拠点として銀河系への再侵攻を実施するべく図りたり」
(4)〝旧皇帝領〟成立の正当性
「バールゼブルは最終的に、皇帝領の平定という、他種族には得難き功績を獲得せり。然し彼女は、重要戦犯の逃亡を許し、より多くの種族を救い得ざりしことへの反省から、旧皇帝領復興開発長官の職を希望し、荒廃せるかつての戦地の復興に尽力せり」
「彼女はまず、超新星兵器の使用によりて滅亡の危機に瀕したる星系の救援に着手せり。彼女は科学省長官ストラス及び自らの技術部門副長官アミーの協力を得て、統一力場障壁の広域展開能力及び物質・動力の回収機能を有する自己増殖型の
「政策面においてバールゼブルを補佐せるは、情報部門副長官のグラシャラボラスなり。現在の彼女の主要任務は、戦時責任の有無や種族間の公平等の事情も考慮しつつ星域全体の再生を図る、復興政策の立案・実施のための情報活動なり。その
「またある惑星の種族は援助物資を流用し、敵対惑星上の全生物を分解有機物からなる
「然し、この指導者の後日談によれば、特使の帰還直後に施設直上の空虚な
「バールゼブルがいかにグラシャラボラスを高く評価し、また親愛の情を抱きたるやにつきては、その惑星を見れば
「かかる協力の成果は、旧皇帝領における統治宣言にも反映せられたり。彼女達は、天空より破滅をもたらす超新星爆発の白熱の光輝に先行して、文明の秋を迎えたるが如き惑星群を訪問し、救援の開始を伝えると共に、同星域の歴史ある種族に敬意を表しつつ、以下の如き宣言を行いたり」
「即ち、『汝等旧皇帝領の種族は、恵まれし者なり。帝星近傍の地政学的利点から、自らの宇宙進出を待たずして創成期の帝国に編入され、その拡大に伴いて大いなる栄光と繁栄を
「この宣言及び彼女達の事績を分析せる旧皇帝領の諸種族は、次々とこれに賛意を表明し、新帝国への帰順よりも滅亡を選択せんと言明したる種族までもがこれに賛同するに及び、ここに一自治領としての旧皇帝領が民主的に成立せり」
(5)〝アンドロメダ戦役〟の正当性
「種族融合と〝銀河系戦争〟に続く、バールゼブルへの第三の試練は、〝アンドロメダ戦役〟なりき。旧帝国種族はその広大さ故に統一と発展の途上にあるアンドロメダ銀河へと侵攻し、同銀河の中核領域を迅速に制圧せり。彼女達は同地を拠点として、新帝国による治安回復の直後から、銀河系に対し散発的な襲撃を加え来たれり。この反撃は荒廃著しき旧皇帝領よりも、復興が急速に進むその他の中心星域、及び躍進を遂げつつありし開発途上星域……後に狭義の中央星域、あるいは帝国本土として統合されし二星域……に集中せしがため、その迎撃は主として正規軍艦隊司令長官アスタロトが率いる機動艦隊、及び本土防衛司令官アモン麾下の星系防衛部隊の任務なりき。然し、アンドロメダ銀河における内乱の勃発と反乱勢力からの支援要請、及び新帝国における超空間航法の完成によりて遠征艦隊の派遣が決定され、さらにはその後反乱軍劣勢との緊急報告がなされるに至り、各理事種族の遠征参加が検討せられたり」
「当初サタンは、親衛軍に属しながら中枢種族と戦いし彼女が、旧帝国側種族から裏切者として特に憎まれしことを知り、彼女の心情と安全を
「理事種族の融合体及び分離体は、いずれも
「戦後彼女は、防衛配備が手薄なりし天頂及び天底方向を中心に、銀河系及びアンドロメダ銀河を取り巻く光球域の内部にも
(6)アスタロトについての抗弁
「アスタロトは、平坦な地形と超長周期の
「然し、このとき既に帝国政権腐敗の影響は正規軍にまで及び、司令官の中には中枢種族と親衛軍の謀略的作戦への協力または黙認を求められ、あるいは自ら地方軍閥化して周辺種族に対し不正な利益供与を要求する者等が増加せり」
「自由と正義・公正を愛するアスタロトは、軍内のかかる風潮を憂いたり。彼女は領土と利権の拡大に固執せる統治種族への冷笑的言動、さらにはそれらを違法かつ非道なる手段により
「ここではピュロスと仮称すべき、実際には発音困難な名称を有する惑星の内紛鎮圧任務において、彼女の艦隊はまず当事者間の調停を試みるべく、この惑星に接近せり。然し、艦隊を率いる彼女の可動母星は、予期せぬ遠隔素粒子操作兵器の攻撃を受けて、地殻の一部を失うほどの被害を受けたり」
「事件の直後、失敗に終わりし彼女の任務を続行すべく、先帝の名のもとに親衛軍艦隊を伴いて現場に到着せしは、当該兵器の開発及び生産で知られたる中枢種族、〝炎の王〟なり。彼女は先進兵器の技術及び製造資材の
「艦隊司令官としての能力と自信を失いし彼女に救援の手を差し伸べたる者は、サタンなり。彼女はかねてよりアスタロトの声望を知りて好ましく思いたるが故に、文明開発省の軍事部門副長官として彼女を希望し、正規軍の司令部もまた
「サタンはまずストラスの協力のもとに、バールゼブルが保有せる
「以上の如き分離体規模の最適化と、指揮・通信系統の改善は、戦闘被害による融合体・分離体の損耗を防ぐと同時に、損害を被りし場合においても、他の艦隊と同等以上の戦力を保つことを可能とせり。また指揮中枢の分散は、融合以前には分権的な社会を形成せる彼女の種族的性格とも合致して、艦隊運用の円滑性を向上せしめたり。然し、重大な脅威に対応すべきバールゼブルらの親衛軍に対して、アスタロトは正規軍の所属なり。故に彼女は多種族からなる大艦隊の連携を保ち、多様な任務に責任と柔軟性を持って対応すべく、戦闘艦艇につきては完全機械化を行わずして分離体による指揮を継続し、内部の操作性を飛躍的に向上せしめるための改良のみを実施せり」
「これらの修復と改良により、アスタロト艦隊は従来以上の強靱性、機動性及び広域作戦能力を得たり。図らずもこの能力は、内戦時に混乱状態に陥りたる中心星域において、
「またサタンはアスタロトに、地球を含む多くの惑星において自ら文明開発事業を経験させ、次の二つの事実を理解せしめたり。即ち第一に、彼女がそれまで帝国腐敗の元凶とみなし、時には憎悪の念をも隠し得ざりし専制体制が、殆どの文明の発展過程においては、多くの個体が一所懸命に生産活動に従事し、その成果を分配して共同生活を営むべく、必要不可欠のものなりし時代が存在すること。然し第二に、生産及び交通・通信技術が十分に発達せる暁においては、彼女の如き幸運なる種族が先取せる理念に従い、政治的・経済的自由が拡大せる分権的社会体制へと移行すべきことなり」
「帝国内の移動生活によりて多数の種族と交流経験のある彼女は、開発事業においても優秀なる適応能力を示し、特に地球の農耕開始を支援せる際には、彼女の地球型分離個体が女神イシュタルとして地球人より崇拝され、さらにはその一名と恋愛関係に至りしほどなりき。サタンの実践的指導は他種族の文明に対する彼女の理解・交渉能力を高め、優秀な統治種族としての資質をも育みたり。彼女自身もまた自らの努力により、惑星の損傷による人格・記憶の一部喪失という悲劇を、自己の歴史に対する過信を免れて新たな歴史の創造に向かう好機へと転じ、種族的・政治的偏見に
「以上の如き経緯から、アスタロトはサタンに対し絶大なる信頼を抱くと共に、自らもまた第二次内戦において多数の種族から信任を獲得し、新帝国正規軍艦隊の司令長官に就任せり。さらに、彼女から支援を受けたる発展途上種族も以後健全に発展し、内戦時のみならず戦後の復興と改革においても多大なる貢献を果たせり」
(7)アモンについての抗弁
「アモンもまた実直な種族なれど、さらに言えばこの内戦における、新帝国の理事種族中最初にして最大の被害者なり。彼女はアスタロトの後進たる種族融合体にして、規律と秩序を尊重し、帝国及び正規軍の理想に従いて軍務を果たすことにより、昇進を重ねたる種族なり。然しまた彼女は、アスタロト以上に
「中枢種族はアスタロトの事件以降、かかる種族が腐敗の実態を知ることを防ぎ、社会の関心を帝国の栄光へと逸らさんとすべく、彼女を〝機密保全上問題のある〟任務から遠ざけて、華々しき犯罪種族討伐などの任務に当たらしめるよう、正規軍司令部に要求せり。司令部もまた、彼女の心情及び自らの保身への配慮から、これに従いたり。故に司令部は、彼女が正当な軍功に基づきて種族融合の資格を得たる後も、彼女に艦隊司令官の地位を与えることを
「アモンは副長官就任後、前任者と同様にサタンへの深き敬愛と信頼の念を抱き、彼女もまた職務の完遂に伴う資質向上を期待されしが、帝国の秩序はこれを待たずして崩壊せり。それまで帝国統治の暗黒面に関する実体験を免除されし彼女にとりて、他ならぬ中枢種族が文明開発省の職務に対し、大規模かつ悪質な違法行為を働き続けたることの露見は、彼女に大いなる衝撃を与えたり。さらに、その是正を求めしサタンと我に対する
「彼女はサタンへの背信行為と考えつつも、遂にカイムへの積極的攻撃を行い得ざりき。彼女が装備せる防御兵装の自動反撃によりてカイムの惑星が破壊されし時、彼女の惑星の表面もまた多大なる被害を被りたり。然し、それ以上に融合体の精神は深刻なる打撃を受けて、彼女は戦闘不能に陥りたり。サタンは彼女にかような悲劇をもたらせしことを悔やみ、これ以上の
「かかる状況を救いし者は、救援に参じたる科学省長官ストラス及びアスタロト艦隊なりき。ストラスは、バールゼブル艦隊の技術部門副司令官として通信傍受を担当せる、姉妹種族アミーからカイムの出撃を通報され、アスタロト艦隊で同職にある姉妹種族ヴォラクの協力を得て、その護衛下にて来援せしものなり。ストラスはカイムの残骸の一部を発見し、艦隊の建設部隊を動員すればアモンとの融合により再生が可能なることをサタンに通知せしところ、サタンもまたこれを喜びてアモンに
「サタンはアモンを
「戦後、アモンの惑星は強力な遠隔恒星動力砲を配備せる星域防衛の司令部としてのみならず、カイムの惑星の構成物質と生態系をもまじえたる、自然環境豊かな楽園として再生せり。これは当初、本土防衛司令官の職務に伴う危険から、政治・経済・社会的に重要な施設の建設は困難という、消極的理由によるものなり。然し、その後新帝国の発展に伴い、途上段階から先進段階に到達せる種族が増加し、また帝国への脅威が減少し
「以上の経緯に
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