第五章 アスモデウス 4~5


4 三姉妹種族についての抗弁



(1)ストラスについての抗弁


「第四に、ストラスは極低温の大型惑星で発達せる単一生命体なれど、それ故に生命の尊さを知り、また中枢種族の軍事分野に偏りし技術の開発及び独占を反面教師として、健全なる技術観を育みたる種族なり。彼女は旧帝国の時代においても、科学省長官として文明開発長官サタンと協力し、科学技術の利用を助ける技術的政策によりて、民生の向上を図れり。その内容は、各種技術の研究・開発政策のみならず、技術の物的資源化に関わる社会基盤インフラストラクチャー政策や、技術の悪用・誤用や副作用を防ぎ、活用するための組織・制度形成など、社会工学的政策にまで及びたり。また研究・開発においては、各種の自然科学的技術に加え、政策の立案・実施を助ける企画支援技術オペレーションズ・リサーチや教育・会計技術などの社会工学的技術の開発も支援し、さらには将来の需要に応える次世代技術の研究も行うなど、数々の生産的かつ人道主義的な技術的政策を推進せり」


「ストラスはアンドロメダ戦役において、〝中核領域の戦い〟を遂行せし分遣艦隊の司令官を務めたり。中枢種族は当時、超新星兵器によるアンドロメダ銀河中核領域の焦土しょうど化と、これに乗じたる反撃及び逃走を画策かくさくせり。彼女はこれを阻止する作戦において、バールゼブルによる中枢種族への攻撃を支援すべく、積極的な量子情報戦を展開せり。自らの母星を超空間に潜行せしめたる彼女は、外殻の自動機械アバドンを領域内の各所に派遣し、以下の伝達内容を亜空間通信によりて放送せり」


「即ち、『アンドロメダ銀河の先住種族に告ぐ。我が名はストラス、中核領域分遣艦隊の司令官なり。現在汝等を支配せる中枢種族は、かつて我等が銀河系において一大星間帝国を築きたるも、政治的腐敗から相互の内戦を招来し、自らの国土を非人道的兵器により荒廃せしめたる末に国を追われし犯罪集団にして、今また汝等を使役して銀河系の再征服を企てつつあるものなり。我等もまたかつては彼女達に技術や戦力を提供し、免れ難き罪を負いたるが、今や前非ぜんぴを悔いて新帝国に参加せし者なり。我等は星々の導きに従い、利権のためには他種族の文明さえも犠牲とする狂気に代えて、汝等と共に〝全種族のための文明発展〟を目指す平和的秩序を建設すべく、この銀河に到来せり。我等はここに、汝等に告ぐ。我等は生存と繁栄を求める者なり。中枢種族は死と破滅をもたらす者なり。汝等はこの地で彼女達に利用され、滅亡せんがために生を得たるにあらず。我等はこの地に、彼女達の非道なる支配を許すために来訪せるにあらず。我等は汝等に、同じ文明種族として大いなる尊敬と親愛の念を抱く者なり。我等が同胞アモンはかつて彼女達にあざむかれ、最愛の姉妹カイムと相戦う悲運に見舞われしが、彼女を死線より救いし後、愛情と喜びを以て我等が陣営に歓迎せり。現在両陣営の戦力は拮抗きっこうし、戦線は膠着こうちゃくせり。然し我等は、汝等が中枢種族への協力を拒み、我等が将来の大攻勢によりて勝利せる暁には同様の情愛を以て新帝国に迎えられ、共に末永き平和と繁栄を享受きょうじゅすることを願うものなり』と」


「彼女の自動機械アバドンは、あたかも超空間航法の制約のもとで無作為に散布されたるが如く出現せり。然し、実際にはこれらが次々と発見・撃破される過程において、中枢種族の警戒・迎撃網の注意と戦力を最も効果的に分散せしむべく、正確に計算されて投入せられたり。彼女はまた、バールゼブル艦隊による超空間航跡の拡散を制御し、その現在位置の遙か後方を、容易たやすき獲物たる小規模な偵察艦隊が必死で逃走中の如く、偽装することに成功せり」


「攻撃目標たる超新星兵器生産施設の周辺には、遠距離攻撃に対する早期警戒部隊も展開せしが、攻撃の直前まで到来を察知すること能わざりき。警戒部隊の一観測員は、迎撃艦隊の捕捉を何故なぜか巧妙に逃れつつ、右往左往のていで超空間跳躍を繰り返す敵部隊に不審を抱き、その航跡を詳細に分析せり。彼女は計算の結果、実際にはその軌跡が、最高機密たる同施設の座標に向けて確実に接近しつつあることを発見し、驚愕のあまり一時呆然とせり。然し、彼女がまさに警報を発令せんとしたる瞬間、バールゼブルの自動機械アバドンは一斉に通常空間へ再突入し、超新星兵器の生産・備蓄設備及び、それらを運営せる中枢種族の母星を直撃せり」


「以上の量子情報戦により、ストラスは先住種族に新帝国の正当性を周知せり。またこの作戦は、敵戦力を効果的に分散せしめ、バールゼブル艦隊と後続のグラシャラボラス艦隊の奇襲に伴う彼我ひがの犠牲を最小限に止めつつ、超新星兵器の破壊を支援して、多数の星系を破滅から救いたり。また、彼女は自ら危険な作戦に従事することによりて、技術開発に際しての健全なる価値観のみならず、その使用に対する責任感をも実証せり」


「ストラスはかつて、自らの担当せる種族融合体複製実験においても、被験者を危機から救いたり。複製実験は、中枢種族の献策けんさくを受けし帝室の発議によるものなりき。その目的は、公式には優秀なる種族融合体に〝増殖〟の特権を与え、帝国への貢献を促進するというものなりしが、実はその背後には軍事種族の量産と、最初の被験者ウォフマナフの抹殺を狙う謀略が存在せり」


「アミーとヴォラクの前身種族ウォフマナフは、優秀な頭脳で知られたり。然し、その諧謔かいぎゃくの才能はアスタロトの生真面目さと同様、旧帝国上級種族による軍事偏重の技術開発や、先進技術の独占に対する数々の過激な発言によりて、自らへの危険をも招来せり。特に、中枢種族による代理戦争の頻発への皮肉を表明したる際には、前科学省長官ラジエルの系列種族、ゴモリーから激烈な非難及び告発の威嚇いかくこうむれり」


「ストラスは自らの経験上、帝国の技術政策はそのほとんどが軍事的動機に発することを知りたり。故に彼女は秘密裡ひみつりに、融合体の紛争防止と能力向上を目的とする、遠隔的な種族間融合体の形成実験を同時に行うことを決定せり。然し、彼女は実験開始決定の直後、『意思中枢に注意せよ!』という発信者不明の通信を受領せり。彼女はこれを受けて、予め自らの惑星の大深度地下に、ウォフマナフの意思中枢を中心とする重要部分の予備複製を密かに建設せり。実験開始後に資材輸送船の衝突や素粒子操作機器の暴走等、あり得ざる〝事故〟によりて被験者の中枢部分が破壊されし時、以上の配慮は被験者を救うと共に、実験後の三者を、帝国最高の並列演算能力を共有する姉妹種族へと発展せしめたり。他方、ゴモリーによる非難や謎の警告は、実はウォフマナフを高く評価せしラジエルが彼女を守るべく、ゴモリーに命じて行わしめたることが、後に彼女がアンドロメダ銀河において決起したる際の通信において判明せり」



(2)アミー及びヴォラクについての抗弁


「これらの恩恵によりて、ウォフマナフの反骨と諧謔かいぎゃくの精神はアミー及びヴォラクに遺憾なく継承され、今なお健在なり。例えば、次の如き事件はその好例ならん。アンドロメダ銀河の中核領域において、戦後も秘匿軍備や武器密輸が後を絶たざることにごうを煮やしたる臨時政府の副長官ヴォラクは、復興用の恒星動力伝送網に近き二種族が、動力を悪用して互いの惑星を融解せしむべく企図せることを知るや、直ちに両種族を調査せり。その結果、彼女達はかつて旧帝国側において地位を競いし種族であり、国民は戦争に疲弊せるも、政府が敗戦による威信の低下を競争種族への〝憎悪政策〟により解消せんとしたために、過激派閥の暴走を招きたることが判明せり。彼女は一計を案じ、正体を秘して両種族に必要な便宜を提供せり。運命の時が到来せる瞬間、両惑星の上空に現れたるは灼熱の恒星輻射に非ずして、夜空に輝く次の文言なりき」


「『ばあん! 相討ちなり。 汝等が怨敵種族・なにがし

『旧帝国の慣習によれば滅亡種族の資産は上級種族に帰属せるも、今回は残念ながら双方共損害軽微なるが故に、次回の決闘に期待せん。臨時政府軍司令官アスタロト』」


「この直後、一方の惑星では指導部の総辞職と政権交代の後、直ちに禁止兵器の廃棄が決定され、他方の惑星では内戦勃発寸前に臨時政府軍が到着して、武装解除を実施せり。面目を潰されしアスタロトは激怒せるも、その教訓的な効果は他の種族に対しても明白なりしが故に、〝正義公〟は独断的な作戦に対する譴責けんせきの後、平和政策への貢献を正当に評価して彼女を顕彰けんしょうせり。また、この〝荒療治〟はアスタロト自身にも、政策への反省と共に改善への闘志を抱かしめたるが如し。以後、違法な再軍備への取締りは強化され、所定の成果を獲得せり」


「然し、一部の種族はさらに過激化して秘密組織網を形成し、遂には共同して決起を図るまでに至れり。反乱決行の直前、その本拠地となりし惑星には参加種族の代表者が集結して、最後の会合を開催せり。広大なる議場は各代表が順次演説を行うに従い、熱狂的な雰囲気に包まれたるが、中でもアスタロトの所管施設に数度攻撃を行いて成功を報じられたる種族が登壇するに及び、興奮は最高潮に到達せり」


「彼女は、以下の如く演説せり。

『我等の銀河においては、前代未聞の戦禍を被りたるにも関わらず、なお他所者よそもの共に平和を説かれる体たらくにして、者共は混乱の極みに陥りたり』

この言葉は、全員の賛同の声を以て迎えられたり」


「『超新星兵器の恐怖を経験してもなお、平和主義的体制を信ずること能わず、小田原評定おだわらひょうじょうを開いては結局、夜盗の如く禁制武器を密輸入せり!』

会場の多数を占める平和政策反対論者と公然武装論者は、ここでも非難に同調せり」


「『架空の防衛需要や軍律の魅力を口実に侵略準備を行う種族など、実に奇ッ怪な生物なり』

少数の種族は首を傾げたるも、堂々たる征服こそ正道と考える者達はなおもうなずきたり」


「『地上鷲よ、飛翔せよ! かの動物は、正邪も合法・違法も知るところに非ず、ただ自らの偉大さと栄光に酔い痴れて、進歩と無縁の闘争を永久とわに続けん! 全他種族の眼もはばからず、汝等は自らのみが知る道を征け!』

演説者はここで見事な双翼を広げ、多くの聴衆はその主張を印象づける演出の妙に歓声を送りたり」


「然し、一部の銀河系事情に詳しき種族は、その話法が新帝国においてのみ可能な、権威への痛烈な風刺を込めたものにも聞こえることや、その翼が猛禽もうきん類とされる同種族のものには似つかわしからず、むしろ彼女達の不倶戴天ふぐたいてんの敵たる渡り鳥種族のものと酷似することに気づきて動揺せり」


「『重大なる歴史の教訓を忘れ、汝等にしか見えざる啓示に従いて、宇宙を翔けよ! 然らば我等は再び戦場にて合目見あいまみえん。惑星ピュロスの勝利、あるいは帝星祈念館の永遠を手にするために!』

遂に会場には、明らかな困惑と喧騒けんそうが広がりたり」


「『……然し幸いにも、は今この時に非ず』

今や変装を解除して一礼せる演説者の冷静なる声がうたげの終わりを宣言すると同時に、惑星及び守備艦隊が抵抗を許さざる圧倒的大兵力によりて包囲されしことを告げる警報が鳴り響き、会場上空からは天使の軍勢の如く、アスタロトの分離個体群からなる空挺部隊が超空間回廊より整然と出現し、降下して聴衆全員を拘束せり」


「この逮捕劇は当初、演出過剰とも評されたり。然し、アスタロトはこれを、犯人達の疑惑を段階的に増大せしめ、その緊急通信を傍受して黒幕を解明すべく、ヴォラク及びその姉妹アミーの協力を得て行いし作戦なりと説明し、予想通り真の首謀者として、中枢種族の残党が摘発せられたり。ちなみに地上鷲とは、多くの惑星で俊敏さや勇猛さの象徴とされる猛禽類とは別物なり。アスタロトの母星において、海水位が低下せる時代に飛行能力を失い、地上で他の鳥類を待ち伏せて捕食すべく進化せるも、再度の陸地水没によりて絶滅せし、いわば地球における恐竜の如き生物種なり。またピュロスの勝利とは、先述の経緯から地球の同名用語と同じく、報われざる勝利を意味する言葉なり。さらに帝星祈念館とは、かつて帝星が存在したる宙域に、大戦で滅びたる〝先帝〟種族の遺功と教訓を永遠に語り伝えるべく、建造されし施設なり」


「これらの解説を受けたる代表者達は当初いずれも憮然ぶぜんとせるが、さらなる新事実を知るに及びて驚愕きょうがくし、激昂げっこうし、然る後に悄然しょうぜんとせり。何と中枢種族残党は、警戒厳重なる中核領域での決起成功をあきらめ、彼女達を別途計画せる外縁領域種族による大蜂起のおとり役として利用せんとしたるなり」


「この計画を摘発すべく、アスタロトからの依頼に応じて外縁種族への潜入捜査を担当せしは、同じく非酸素・炭素系種族のベールとその姉妹種族の分離体なりき。中枢種族残党は彼女達に超新星兵器の技術までをも供与して、これを製造せしめたり。然し、かつて彼女達に欺かれて新帝国と戦わされし彼女達は中枢種族を信用せず、計画の進行状況を逐一ベール達に報告せり。現在それらの超新星兵器は全て解体され、反物質は外縁・外周星域の開発に活用せられたり」


「アンドロメダ銀河中核領域の先住種族は、旧帝国の中心・外周種族と同様に、外縁領域の種族と長らく対立し、互いに〝浮草〟〝石くれの住人〟と蔑称せり。故に代表者達は、自らが外縁種族を主役とする作戦のまさに捨て石にされんとしたるばかりか、彼女達の方が遙かに賢明にして、奸智かんちけし中枢種族に不満や憎悪、野心を利用されざりしことに衝撃を受けたり。彼女達は刑の執行猶予期間の経過後も、アンドロメダ銀河全体における平和協調政策の推進に協力することを約束せり」


「以上の事実からみても、ストラスは病的な異種族には非ず。彼女はむしろ、かつての中枢種族よりも遥かに人間的な種族にして、先進技術を正しく用い来たる健全な種族なり。アミー及びヴォラクの過激な諧謔かいぎゃくにつきては、いささか誤解を与える余地あれども、そも笑いとは、緊張からの解放による欲求の充足を示す心理的反応なり。彼女達は基本的に真面目まじめな種族なるが故にこそ、今やストラスと並ぶ高度な知性から導かれる理想と、それに合致せざる現実との乖離かいりに、常時じょうじ極度の緊張を強いられたらん。また、彼女達は我等と同じく、ストラス以上に感情豊かで、それを表現し得る環境にも恵まれし酸素・炭素系種族なることも忘れるべからず。彼女達の政策に大いなる正当性や実効性のある限り、むしろその諧謔精神を許し、解さんと努めることの方が、彼我の健全性を保ち、あるいは確認するためにも(苦笑)、賢明な対応ならん」




5 二大外周種族についての抗弁



(1)ベールについての抗弁


「第五に、アドラメレクは裏切者に非ず、ベールもまた不満分子には非ざりしなり。アドラメレクは二つの種族が同一の惑星上で発展して一種族となりし混成種族なるが故に、異種族間の利害調整による文明発展支援を得意とする種族なり。彼女は文明開発省において優秀なる業績を挙げ、種族融合を達成したる後に、我が推薦によりて銀河系外周星域の副長官に任ぜられ、同地におもむきたり」


「彼女は中央から派遣され、内政上の拒否権を有する同星域の目付役めつけやくというべき地位にあり。然し彼女は、種族的偏見とは無縁な各種の新技術・新政策によりて、中央からの妨害を巧妙に回避しつつ星域の発展に貢献し、長官ベールの厚き信任を獲得せり。〝銀河系戦争〟勃発の直後、サタンと我が状況説明と協力依頼のために外周星域を訪れたる際、ベールはアドラメレクの進言をれて我等を保護せり。さらにその後、中枢種族による数々の犯罪行為が確認され、さらには同地駐留の帝国派遣軍を率いる中枢種族までもが、内戦を機にサタンを討滅し、任地を私物化して権勢を拡大すべく、外周種族への攻撃を開始せり。これを受けて、ベールは新帝国側での参戦を決定せり」


「アドラメレクはサタン及び我と共に、後に〝大避難〟と称される主要惑星群の避難を誘導し、ベールはその間、自らの兵力を以て派遣軍への足止めを実施せり。ベールは地の利を有するのみならず、我等と共に訪れしアスタロト・アモンの分離体からの作戦指導や、その後に来援せしストラスからの技術支援を得て、次々と戦術及び装備を更新・改善せり。彼女は〝外周星域の戦い〟全体を通じて戦勝を重ね、遅滞作戦を行いつつ反撃の時期をうかがいたり」


「然し、ベールは液化気体からなる巨大惑星において、多種多様な生物が集合して一個の共生体を構成せる、いわば天然の種族融合体なるが故に、その兵力の損失は正に身体の一部を失うに等しき苦痛を彼女に与えたり。またその特質からくる豊かな共感能力から、中心星域種族に動員されし罪なき同胞はもとより、中心種族自体の犠牲さえもが彼女の精神に深刻なる打撃を与えたることは、当時秘せられし事実なり。加えて、帝国全体における戦争の帰趨きすうは未だ判明せず、派遣軍への勝利がいかなる最終結果をもたらすかはむしろ不安要因なりき。加えて、戦争の方針につきては彼女の姉妹種族からも様々なる意見が表明され、その中には後日ごじつうれいを払うべく、サタンの身柄と引換えに派遣軍との講和を求めるものから、サタンを人質として戦後あり得べき新帝国への統合阻止、さらには完全独立を要求すべしと主張するものまでが存在せり。様々なる想定の中でも、彼女が最も恐れたる可能性は、アドラメレクが過激な姉妹種族に欺瞞ぎまんあるいは強要され、サタンに助言してその者を新長官に任ぜしめたる後、共同して中心星域に逆侵攻する可能性なり。そこで彼女は、次の要望を副官に送信せり」


「即ち、『親愛なる副長官アドラメレク、銀河系外周星域長官たる我の願いは、中心星域種族と外周星域種族の対等なる友好的共存にして、一方が他方を武力によりて併呑するが如き蛮行に非ず。我は現下げんかの戦いの目的もまた、この理想を実現し得る帝国の建設にのみ存するものと信ず。悲惨な戦闘は我に深刻なる苦痛と悲哀を与えしが、遠き宙域にありて同胞の避難活動に尽力せる汝の献身こそが、我にそれらを耐えしむるものなり。我は幾千の中枢種族からの援助の約定やくじょうよりも、汝が我と共にあることを望まん。遠く離れし避難の旅路にありて、我が姉妹種族からは様々なる動議が発せられたらん。然し、汝が我と分かち合う理想はいささかも揺るがざることを、我は固く信ずるものなり』」


「『数ある中心種族の中で汝こそが我が側近となりし事実は、我等にとりて明白なる運命の証左しょうさなり。旧帝国時代の中枢種族による不当な制約や、我が星域の酸素系種族が有せし不満は、汝の惑星移動技術や相互理解政策のみが改善し得たるものなり。それらは〝第一次帝国内戦〟時の虐殺による心的外傷トラウマを癒し、未来における両種族融和の希望さえも抱かしめるものなり。我は幾千の分離派諸侯からの同盟の申出よりも、汝が我と共にあることを望まん。我は母なる恒星の如く、いかなる種族にも分け隔てなき情愛こそが、新帝国の未来を築くものと確信せり。故に我は汝に対し、攻撃対象は我が星域の侵奪を図る犯罪種族に限り、くれぐれも将来において中心種族との全面衝突に至るが如き状況を招かざるべく、新皇帝に対し適切なる助言を行うことを願うものなり』と」



(2)アドラメレクについての抗弁


「アドラメレクはこの通信に対し、ストラスの秘話通信網とアモンの伝令分離体によりて通報されし他星域の戦況や、新帝国理事種族の性格に関するより詳細なる情報、さらには新皇帝が計画せる戦後政策の概要と共に、以下の回答を送信せり」


「『敬愛する我が上官ベール、我は汝のうれいを払拭するためにのみ、副長官の職に在り。現在の困難を我等が共に克服することこそが、中心星域との相互信頼を醸成じょうせいし、戦後の揺るぎなき友好関係の樹立に資するものと、我は確信せり。全種族の共存と繁栄という理念は、実に帝国の設立当初から存在し、今日既に実現したるべきものなれど、技術革新と歳月経過による社会変化への対応不足から、幾多の優秀なる帝国種族が堕落あるいは惑乱し、今次大戦の悲劇を招来しょうらいせり。然し、我が願いは常に、前大戦の時代から両種族の平和共存を求め続けたる、汝の偉大なる理想の実現を助けることにあり。我が望みは常に、前大戦の教訓から姉妹種族への報復を避けるべく、単身で戦闘指揮を遂行せる心優しき汝の心情を、同胞相討どうほうあいうつ悲劇から守ることにあり。我は中心星域の出身なれど、その利益の代弁者に非ず。同地に残存せる我が資産はことごとく接収もしくは破壊され、かつての母星さえも攻撃を受けて壊滅的被害を被れり。然しながら、我は唯一ゆいいつの理想を共有する汝への情愛故に、大型の液化気体惑星への移住と適応を果たし、本星域の文明発展のために全力を尽くすことを誓いしものなり』」


「『汝等姉妹を中心とする外周種族はその規模・代謝等の生物学的特質から、極めて慎重かつ保守的な性格を有せり。故に彼女達は、かつて戦火を交えたる中心種族との正式な同盟をいとい、昔日せきじつの報復として中心星域への侵攻を唱える者さえ出現せり。然しながら、今や情況は一変せり。派遣軍の暴虐極まる略奪、破壊と殺戮により、旧帝国の信用は完全に失墜せり。ストラスによる各種先進技術の提供は、新帝国領侵攻の技術的・道義的な不可能性を明示せり。現皇帝による完全自治権の承認は、我等に対する新帝国政府の誠意を証明せり。そして何より、これまで他の姉妹を避難せしむべく、ただ独り困難な戦闘を指揮し続けたる汝の努力は、汝以外に我等の指導者はなきことを確信せしめたり』」


「『我等の情愛は、この艱難かんなんの中で分け隔てられるとも不変なり。我等の情愛は、〝全種族のための文明発展〟という新帝国の理念のもとで永遠のものとならん。我は両星域の自然環境や社会生活を等しく尊び、友好と協力の歴史を忘れることなし。我が願いは両星域の平和共存という汝の理想の実現を助け、汝の存在を守ることにあり』」


「『〝大避難〟の完了に伴いて、我は現皇帝より、彼女自身が立案し、またおとりとなる軍事作戦において、重要任務の実施を要請せられたり。高重力暗黒天体ブラックホールを宇宙機雷とし、派遣軍の可動要塞惑星を中心とする中核艦隊を撃破する任務なり。故に、貴職におかれてはこの攻撃作戦と共に、脅迫を以て戦闘を強要されし両星域の下級種族を破滅から救うべく、統一力場障壁を展開可能な全艦艇による陽動作戦の実施を下命かめいせられたく、我は副長官として進言するものなり。本作戦の成功に伴いて生じる強烈な電磁放射の虹は、中枢種族の軍事的専制に対する勝利の証として、必ずや両星域種族間の架け橋とならん』と」



(3)〝外周星域の戦い〟における正当性


「この通信によりて星域内外の情勢と最愛の腹心の忠誠に対する不安、そして戦闘の苦痛から一挙に解放されしベールの喜びがいかばかりかは、言を待たざらん。彼女はサタンに、以下の如き親電を送信せり」


「『愛すべき新皇帝サタン、帝国の臣民に対する旧王朝の保護は、既に消失せり。然し、彼女達の悲しみは今や一つの願いとなりて、新たな帝国のいしづえを築かん。亜空間より観測される皇帝領は超新星爆発の光を帯びて、全銀河系の平和と繁栄という理想の実現は未だ幻の如し。我が兵力は派遣軍に多大な損害を与えつつも、同胞の避難と星系保護のため戦略的後退を行いつつあり。然し、なればこそ汝はこの混沌を終結せしむべく、その能力と責任において新帝国秩序の建設を図るべし。汝の願いは、途上種族の救済のみに止まらざらん。皇帝領を含む中心星域を戦火より救い、本星域への侵奪を阻むことによる、平和の回復を求めたらん。さらには〝全種族のための文明発展〟という理念のもとに、中心星域の技術と途上星域の人材、外周星域の資源を協働して活用し、必要とあれば銀河系外にまであまねく平和と繁栄を普及し得る、新国家の建設を望みたらん。我もまた、その計画に全面的に賛同せん」』


「『途上星域に対する旧帝国の配慮もまた、既に消失せり。然しこの悲劇に対し、幾千の途上種族が汝の部下アモンに従いて、秩序の維持に協力せり。我が願いは、種族間の友好と協力の必要性を最も理解せる中心星域種族、即ち汝の勝利なるも、皇帝領は通信途絶し、同星域は無政府状態と化して、帝国は崩壊の危機に瀕せり。然し皇帝領に進入せる汝の友好種族バールゼブルの親衛艦隊は、中枢種族より〝闇の眷属けんぞく〟の叛徒はんとと称され、攻撃を受けつつも全艦が勇戦し、敵艦隊を撃破せり。帝国成立以来、高度な軍事技術を用いて戦勝を重ね、専制支配を強要せる中枢種族の艦隊に、民生あるいは軍事力の人道的制御のために開発されし技術を有する新帝国艦隊が勝利せしことは、我が汝と共有する理想の実現につきて、青天白日せいてんはくじつの如く明るき希望を与えるものなり」』


「『中心星域における旧帝国の統治は、終焉しゅうえんを迎えたり。然し、分離派の諸侯や司令官の専横と収奪を許さざる幾千の正規軍種族は、自由と平等を愛する汝の側近アスタロトの正義のもとにつどいて戦い、帝国の未来を刷新さっしんせん。故に、我が軍勢もまた汝の側に立ちて、脅迫により動員されし派遣軍下級種族を救出すると共に、我が星域の統合を他星域にさきんじて実現し、汝による帝国統治の開始をあかしせん。汝は今こそ、宇宙と我等の支援ある限り、我等が理想を実現すべき新国家の建設に邁進せられよ!』」


「外周星域最後の戦いにおける両軍の、直接攻撃による被害はわずかなりき。ベールの陽動艦隊は、新技術の統一力場障壁によりて損害を免れたり。派遣軍の下級種族からなる護衛艦隊は、これを追跡して中核艦隊から引き離されしが、上級種族は功を焦りて前方の下級種族艦艇ごと目標を破壊する傾向を有したるが故に、これは下級種族を彼女達の攻撃からも救う結果となりたり。ベール艦隊はまた、護衛艦隊の徴用外周種族に向けて〝悲しみの旅〟という符丁ふちょうを発信し、散開速度を加速せしめたり。これは戦災等により巨大外周種族が死に瀕したる際、その共生種族群が一斉に他惑星の巨大種族に移住することを示す用語なり。然し、外周種族の文化を軽視せる中枢種族は、これに直ちに気付くこと能わざりき。下級種族の背後に追随せし督戦部隊の上級種族のみが異変を察知し、その逃亡を阻むべく攻撃を開始せるも、彼女達はたちまち外周星域の艦艇に包囲せられたり。ベール艦隊が力場障壁を〝拡散〟設定から〝自動反撃〟設定に切り替えたることに加え、督戦艦隊が遊戯の如き殺戮を試み、逃走を許さざるべく遠方の目標から攻撃したる結果、彼女達は自らの連続射撃の破壊力をほぼ同時着弾の反撃として返却され、次々と爆散せり」


「囮となりしサタンと我に向けて殺到せる中核艦隊が、アドラメレクの誘導せる暗黒天体の通常空間復帰に伴いて、忽然こつぜんと出現せる事象じしょうの地平面に呑まれしことを知るや、残余の敵部隊は降伏せり。彼女達の中には、軍用の降伏信号に非ずして、人質事件用の救難信号を発したる艦艇も多かりしことは、中枢種族による動員の内実を物語るものならん」


「以上の事実から、アドラメレク及びベールは決して叛意はんい怨恨えんこんから行動したるに非ず。むしろ内戦勃発による旧帝国の崩壊後、建国の理念に忠実なるアドラメレクが、中心種族と外周種族の友好共存を保つべく、いにしえより同一の理想を抱きたるベールを助けて、両種族間の衝突を回避せしものなり。さらに両者は、帝国の平和回復と再建を目指すサタンのもとで、永年の星域間対立を終結せしむべく、派遣軍司令官による外周星域略奪の野望を阻みしものなり」

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