第四章 ストラス 4~6

4 中枢種族への攻撃 ……バールゼブルとグラシャラボラス


「種族融合以前の旧皇帝領復興開発長官〝地獄王〟バールゼブルは、蜜蜂に類似せる社会性昆虫の種族であり、これを蠅と形容せるは言うまでもなく中枢種族の政治宣伝なり。種族の進化及び文明発展に伴いて彼女の種族の統治者となりし者達は、〝女官〟階級なり。彼女達は生殖に特化せる〝女王〟及び〝雄〟を管理し、また営巣・巣間輸送及び戦闘に従事せる〝労働者〟を指揮する階級にして、政策立案、巣間契約及び技術開発を担当せり。またその役割を果たすべく、彼女達の羽は飛行能力を失いて頭部に移動し、命令伝達のための電磁波の発振器官に変化せり」


「帝国加入後は親衛軍に所属せるバールゼブルは、かかる形態にて生物学的に歴然と階層化されし種族に通例なるが如く、隷下れいか種族や作戦対象種族の欲求や感情を一切顧慮こりょすることなく、部隊を効率的かつ無慈悲に運用して大成功を収め、種族融合体を形成し得る資格を獲得せり。然し、当時まで種族融合技術の運用及び改良に従事し続けたる我は、中枢種族の融合体化が帝国統治の専制的性格を強化したる可能性ありとの結論に到達せり。我はこの反省をもとに、友好種族たる現皇帝の提案に基づき、種族融合に際しては統治階層の記憶及び人格のみならず、従来は価値が低く、類似情報として集約されし他階層の記憶・人格もまた融合体の意識へ十分に反映せしむべく、同技術を改良せり。この新方式は以後一般化せるも、彼女においては最も劇的なる効果を招来せり」


「融合後の彼女は突如衰退に瀕したるかの如く、しばらくその活動を低下せしめたり。種族全体の精神融合にあたり、それまで消耗品の如く取り扱われし無数の労働者が抱きたるささやかなる願いと幸福や、時に報われることなく打ち捨てられる哀しみ、あるいは生まれながらに生涯産卵機械となるべく運命づけられし女王、伴侶と生活を共にすることもなく短き生涯を終える雄達の、願望や悲哀が波濤はとうの如く襲い来たるが如し」


「然し彼女はその後再び活力を回復して、傘下種族に同様の悲哀を与えまいとするかの如く、自艦隊の運営改革に着手せり。彼女は個々の種族及び個体の欲求や関心に配慮し、下位の種族や個体に対しては技術革新による生活向上に加え、教育や医療による資質向上と、それに相応ふさわしき責任分与や待遇改善を行いたり。また組織のために自らの能力を発揮せんと願う者を支援する一方、権限を私物化する上級者やこれに加担して私利を図る下級者を摘発せり。加えて作戦行動の際は必要以上の破壊を避け、第三者への被害を抑制すべく努力せり。さらに以上の配慮をよりよく為し得るべく、他種族の文明や性質につきて関心及び研究を深めたり。これらの改革は当時の帝国の政策方針とは一致せざりしが故に、彼女は中枢種族からうとんぜられたるも、警戒すべき種族からは無用の注意や反感を招かざるよう注意し、長期的には艦隊の成績も向上せしめたるが故に、辺境守備艦隊の司令官として帝国に貢献し続けることを得たり」


「彼女の艦隊は皮肉にも疎外されしが故に、〝銀河系戦争〟においては不名誉にも中枢種族の私兵と化して相戦あいたたかわされし同僚達との同士討ちを免れ、現皇帝への情愛と共に親衛艦隊の誇りを以て先帝弑逆犯を発見・討滅し、旧皇帝領を全滅より救うことを得たり。然し、かかる成果は容易に得られしものに非ず」


「現皇帝の告発によりて犯罪の露顕ろけんせる中枢種族のひとつザフィエルは、証拠隠滅のために先帝の暗殺及び超新星兵器による皇帝領の破壊を試みたり。また、その艦隊は当時我等が未開発の超空間駆動機関を装備せしが故に、これと遭遇したるバールゼブル艦隊は窮地きゅうちに陥りたり。間一髪で彼女の艦隊を救いしものは、超空間航法の弱点を発見して逆用せる彼女の機転と、それを支援せる技術部門副司令官アミーの演算能力、そして敵の買収を拒みたる情報部門副司令官グラシャラボラスの忠誠心なり」


「ザフィエルの討滅後、バールゼブルは生存せる他の中枢種族に停戦及び秩序の回復を求めたるが、彼女達は混乱に乗じて帝国の実権を掌握し、あるいは積年の遺恨を晴らさんとするが如く、超新星兵器の応酬を継続せり。もとより彼女達は〝脱落組〟にして、彼女達を指嗾しそうせる高位の中枢種族はこの時既にアンドロメダ銀河へと逃亡せるが故に、戦闘は結局彼女達の共倒れに終わりたるが、その戦場となりし皇帝領は著しく荒廃せり。バールゼブルとその副司令官達は少数戦力ながらよく戦闘被害の拡大を防ぎ、最終的には同地を平定して治安を回復せり。然し彼女達は上級種族の逃亡を許し、より多くの種族を救い得ざりしことを悔いて悲しみたるが故に、戦後自ら現職を希望して、同地の再建と復興に尽力せり」


「グラシャラボラスは肉食の狩猟性動物より進化せる活動的な種族なれども、不幸なる星間戦争の歴史及びその後の文明発展から、平和の恩恵と友好の福利を希求ききゅうせる種族なり。彼女は同じく社交的なアスモデウスと友好関係を結びたる後に、その上司たる現皇帝の推薦を得てバールゼブル艦隊に配属せられたり。バールゼブルは、彼女の虚偽や虚飾を好まざる天真爛漫てんしんらんまんな性格から、欲求及び感情が多様にして豊富な他種族の心理につきて識見を深めたり。グラシャラボラスはバールゼブルから、軍事力の効率的な行使の技術のみならず、人道的な制御の手法につきても学習せり。然し彼女は、ザフィエルからの買収を拒みたる直後に奇襲を受け、自動反撃装置によりて辛くもこれを撃破せるも、指揮下の艦艇に損失を被りたる経験を有せり。故に彼女はバールゼブルのもとで、戦場における脅威度の識別及び奇襲対策につきても研鑽けんさんを重ねたり」


「なお近年の情報公開によれば、現皇帝が旧帝国の不正につきて疑惑を抱きたる契機は、グラシャラボラスが宇宙進出期に経験せる星間戦争なり。当時、同宙域の開発を担当せる現皇帝にとりて、四つの種族が同時に同等の発展段階に到達し、恒星間戦争を行うが如きは確率的に不自然な事象じしょうなり。然しグラシャラボラスは、これらの種族の中で唯一、戦争の不毛なる帰結を正しく予測し、他の種族に向けて和平提案を行うと共に、攻撃から防御への戦略転換を敢行かんこうせり。故に、現皇帝は彼女を高く評価し、その一員に偽装せる分離個体を通じて、防衛技術開発を支援せり」


「〝大戦〟中、現皇帝は旧帝国陣営より、文明開発省の種族と後の親衛軍種族との〝不透明な関係〟につきて非難を受けたり。然し彼女は、『グラシャラボラスの真価は、単に生き残りしことにあらず。相討ちとなりて滅亡に瀕せる他の三種族に対し、寛大にも救援の手を差し伸べたることにあり』と述べて、彼女に対する支援の正当性を強調せり。なお、現皇帝の秘密支援につきては、グラシャラボラス自身も帝国加入後にこれを知り、種族融合を支援されしバールゼブルと同じく、彼女に対して感謝と信頼の念を抱きたる旨を、最近の公刊資料において述懐せり」


ちなみに彼女は、有翼の犬に酷似せる分離個体の形状で有名なる種族なり。先進種族でありながら未文明化生物の如き形態を採用する理由につきては、軍事種族として常に不測の事態に備えるため、あるいは発展途上種族の緊張を緩和するため等の推測もなされたり。然し実際のところは、彼女自身が告白せる如く、融合体から〝解放〟されし折には自由闊達じゆうかったつなる生活を望むため、とみるのが適切な理解ならん。形態が異なる他の知的種族との接触においては、その外見から相手を軽んずることなく、礼を尽くすべきことが肝要なり。然し、彼女がこの愛くるしき基本形態をとりたる際には、公式行事を除くほとんどの場合において、自ら濃厚なる身体的接触によりて愛玩動物の如く親愛の感情を表現せるが故に、かかる機会には遠慮なく同様の方法を以て答礼することを推奨するものなり。然しながらこの個体は、かつての親衛軍上級種族の一員として主力戦車級の戦闘能力を有するが故に、その意に反する拘束や養育は全く不可能なることをゆめ忘れるべからず」


「中枢種族の超新星兵器が準備状態に入りたることを受け、バールゼブル及びグラシャラボラスの艦隊は当該青色超巨星の星系へと急行せり。旧帝国派種族は最も強大なる四種族の系列に分かれ、各々が超新星兵器の生産と供給、機動艦隊の運用、後方における指導的先住種族の監視と拘束、前線における従属的先住種族の動員と督戦を分担せり。バールゼブルは〝皇帝領の悲劇〟の拡大的再現を何としても阻止せんがため止むなく、速力に優れ、長距離精密誘導弾としても使用可能な自らの強化外殻を使用することを決断せり。彼女は敵艦隊の哨戒網を突破して当該星系に可能な限り接近したる後、外殻を分離して多方向から拠点に向かわしめ、目標から至近距離内で通常空間に復帰せしめることにより、迎撃されることなく超新星爆弾群及び中枢種族母星への同時衝突攻撃に成功せり」


「然し、ここにおいて恐るべき事態が発生せり。中枢種族は数千光年の遠方から恒星周辺を正確に探査・照準し得る超空間技術の存在を予期せざりき。故に彼女達は、反物質の効率的生産及び拠点の隠蔽いんぺい・防御のために、全ての超新星兵器と自らの惑星を、生産設備たる小型の恒星包囲型構造物ダイソン・ストラクチャーの内側、即ち超巨星の極めて近傍に集中して配置せり。惑星大の反物質爆弾に誘導弾が準光速で激突したる際、爆裂して飛散せる大量の反物質はその大部分が直ちに超巨星へと落下して、これを極超新星化せしめたり。敵軍の大多数は自ら築きたる城砦じょうさいの内部で、自らの爆弾が招来せる地獄の炎に呑まれて滅び、惨劇を免れし者はごく少数の幸運な艦艇のみなりき。然しながらこの攻撃の成功により、中核領域に存在する膨大な数の星系は破滅を免れたり。幸いにもこの星系は、比較的に恒星密度が少なき宙域に位置したるが故に、周辺星系への波及的被害もまた最小限に止められたり」


「生産拠点の壊滅を知りたる敵機動艦隊は、攻撃を実施せるバールゼブル艦隊を発見・包囲せるも、外殻を失いし彼女を救いたるは、わずかに遅れて到着せるグラシャラボラス艦隊なり。新帝国側は二艦隊が合流せるに対し、旧帝国側は追撃が間に合いたる司令部艦隊と宙域警備の先住種族艦隊のみなりき。また、旧帝国の超空間航行技術は恒星付近における作戦行動が困難であり、先住種族は同航法さえ殆ど有せざる上、脅迫手段の消滅によりて動揺せり。グラシャラボラス及び麾下の艦艇は、優秀なる猟犬の如く超空間を自由自在に疾駆し、戦意を失いたる先住種族の艦艇を避けて、攻撃を加え来たる旧帝国種族の艦艇のみを選択的に撃破せり。彼女はこの戦闘において、バールゼブルへの衝突攻撃を図りたる中枢種族の可動惑星を捕捉し、遂にこれを破壊せり」


「司令部を失いたる敵艦隊は降伏せるも、その直後先住種族の艦艇は、恫喝どうかつにより戦場へ駆り出されしことへの怨念を込めて、旧帝国種族への攻撃を開始せり。バールゼブルはこれを制止すべく威嚇いかく攻撃を準備せるも、グラシャラボラスは直ちに分離外殻を両艦艇群の中間に進入せしめ、中枢種族の処罰と損害の賠償につきて告知すると共に、無益な戦闘による犠牲の増加を戒めて攻撃を止ましめ、かつての母星宙域や中心星域の如き惨禍の発生を阻止せり。四大中枢種族の半数と超新星兵器の大部分を失いし旧帝国残党はこの後、境界領域の前線においてアスタロト率いる本艦隊、中核領域内部においては我が分遣艦隊に降伏せり」



5 後方艦隊の防衛……アモン


「後方艦隊は全戦役を通じて他の艦隊への支援業務に従事せるも、ただ一度、終戦直前に敵軍の襲撃を経験せり。旧帝国種族は非道にも、重力場の影響を受け難き小型の先住種族艦艇を改造して船体よりも大型の超空間駆動機関に連結し、反乱勢力内の間諜かんちょうより入手せる後方艦隊の座標に対し、危険なる銀河内の遠距離跳躍による自殺的奇襲攻撃を強要せり。かかる攻撃はその戦力からして全く軍事的効果を期待し得ず、ただ下級種族の生命を生贄いけにえとして一時的攪乱かくらんを図る意味しか有せざる、残酷にして卑劣極まる作戦なり。これに対して見事な〝戦果〟を収めたるはアモンなれど、その背景につきてはいささかの説明を要せり」


「帝国本土防衛司令官たる〝強健侯〟アモンは、姉妹種族のカイムと同一の赤色巨星をめぐる惑星に誕生せし種族なり。両惑星の周回軌道は異なるも、大気組成の相違がこれを相殺し、生活環境は相似せり。いずれの種族も膨張せる恒星のもたらす暑熱を避けて夜間または地中で活動する生物なりしが、地上進出以後は急速に発展を遂げたるものにして、前者はふくろう、後者は蛇に類似せり。両者は永年に渡る敵対関係を克服して和平を達成し、帝国加入後は友好関係を一層進展せしめつつ、進歩の階梯かいていを上昇せり。〝銀河系内戦〟においては中枢種族バラキエルが、自らの私兵軍団長カイムに対して偽造の勅令ちょくれいを発し、当時文明開発省長官なりし現皇帝とその副長官アモンの討滅を命じたり。当時の帝国において、皇帝の側近たる中枢種族への反抗は種族の滅亡を意味せり」


「カイムは、亜空間に形成せる回廊を通じて遠方の恒星より莫大な動力を供給し得る、照射型の恒星動力砲を装備せり。この兵器は座標設定に時間を要するが故に、機動戦には不適なれど、彼女は待ち伏せによりて現皇帝とカイムを急襲せり。然し彼女はアモンを破壊するに堪えず、可動惑星上の軍事施設周辺に照射を局限せり。またアモンも、最後まで和解への希望を捨てることなく、積極的な攻撃を行わざりき。故に戦闘終了後におけるアモンの被害は惑星表面のみに留まり、力場障壁の自動反撃によりて破壊されしカイムの惑星からは、彼女の残骸を回収することを得たり」


「カイムは再生の直後、アモンを望みなき戦いによりて失うことを恐れ、戦場からの逃亡を推奨せり。然しアモンと融合して機能を回復し、中枢種族の陰謀及び現皇帝の人柄と政策、そしてアモンの喜びと希望を知りたる彼女は新帝国の陣営に帰順し、恒星動力砲の設計情報を提供せり。またストラスの先進技術及びアスタロト艦隊の建設部隊によりて、融合体の修復は急速に進捗しんちょくせり。彼女達はとある白色矮星の付近に潜伏せるも、再生と和解を果たしたる彼女達の心中には、かつて両種族が並び見たる母なる赤色巨星に彩られし、黄金こがね色の空が輝きたらん」


「彼女達の融合は当初、カイムの再生までの一時的なものとなる予定なりしが、以後の両者の関係は極めて良好なるが故に、アドラメレクを形成せる二つの種族と同様に、恒久的なる種族間融合へと変更されたるが如し。現在におけるアモンの分離個体の基本形態が、融合以前の両種族の姿の混合体なることは、彼女達の永遠の姉妹愛の証左しょうさなり」


「その後アモンは中心星域からの戦火の拡大を防ぎ、また現皇帝への追撃を阻止すべく、〝未来あるもの〟の一部と共に開発途上星域の防衛任務を担当せり。然し途上種族にとりては幸いにも、銀河系に残留せる旧帝国種族は相互の殲滅戦せんめつせん狂奔きょうほんし、帝国からの離反種族は領土の確保や新帝国艦隊との戦闘に専心せしがため、この星域に進入せる者は中心星域から外周星域派遣軍への補給艦隊のみなりき」


「彼女達は〝未来あるもの〟達の監視網に気づかず同星域を通過する途中、一見したところ文明種族はもとより微生物さえ生存しえざるほどの破壊を被り、かつ明らかに他天体の破片が激突せると覚しき痕跡までも有する、凄絶な外観の可動惑星を前方に発見せり。帝国親衛軍のみが装備し得る統一力場障壁を後光の如く身に纏い、中枢種族の私兵軍団のみが持ち得べき恒星動力砲の、光り輝く出力・偏向用の結晶衛星群を伴いて行く手をさえぎるその姿に、彼女達は即座に戦意を喪失せり。さらに、アモンの降伏勧告に含まれし朋友ほうゆうの再生と希望の回復による歓喜の感情表現は、当時の外見から戦闘に酔い痴れる狂戦士種族の、抵抗を口実とする殺戮や略奪への期待の発露と誤解され、迅速な投降への決め手となりたり。後日このことを聞き及びし彼女は一瞬、衝撃を受けたるかの如く絶句せるも、その直後『結果よければ全てよし!』と述べて呵々大笑かかたいしょうせり」


「外周星域派遣軍司令官ガルガリエルは、同星域を征服して自らの所領とすべく、この艦隊によりて中央星域の自領から、高額の資産を含む多数の物資を輸送せり。〝外周星域の戦い〟の後、これらの積荷は全て外周星域への賠償に充てられたり。また〝銀河系戦争〟の終結後、アモンの惑星はカイムの惑星の地形と生態系をも加え、美しく豊かな自然景観を回復せり。唯一の例外は両種族の和解と再生を記念すべく、衝突せし結晶衛星を修復して設けられし、水晶製の極冠の如き巨大記念碑なり。この記念碑は、二種族の融合に伴う能力の向上により増加せる結晶衛星群の、制御施設をも兼ねるものなり。アモンの恒星砲は、旧帝国残党からの襲撃に対してもよく重要宙域を防衛し、麾下きかの本土防衛艦隊と共に〝帝国の守護者〟の称号を彼女にもたらしたるが、現在ではさらに超空間の回廊を経由せる、より高性能の機構へと改良中なり」


「アンドロメダ戦役に参加せしアモンの分離体は、後方艦隊の直近に出現せる敵艦隊の通信を傍受し、彼女達が同胞と指導種族を人質として過酷な作戦を強要されし先住種族の小部隊なることを確認せり。アモンはこの敵の状況にまぎれもなく、かつてのカイムの姿を見たらん。彼女は現皇帝の分離体と協議の上、試験装備完了直後の新型恒星砲が形成する超空間回廊を微調整することにより、彼女達を攻撃することなく出撃拠点の基地まで返送せり。何が生じたるかを理解するいとまもなく、同地で終戦を迎えたる彼女達は、指導種族と合流したる後、その護衛として講和条約の調印式典に臨場すべく、中間領域を再訪せり。遠征艦隊の各種族は、中枢種族に強いられて過酷な任務に従わされし彼女達の労苦を慰撫いぶすると共に、旧帝国派部隊の中で唯一、敵領域の最深部にまで肉薄せる勇気を讃え、彼女達もまた、自らを無傷で本国に送還せる新帝国の配慮に感謝の意を表したり」



6 武装解除 ……サタン


「組織的戦闘が終結したる後も、アンドロメダ銀河においては旧帝国残党による散発的抵抗や、先住種族による旧帝国系種族への報復等の事件が発生せり。故に旧帝国種族につきては、同銀河での拘束または銀河系への送還の後、戦災宙域の復旧活動への従事処分が科されたり。これは、責任の少なき種族には保護及び行政処分、責任重大なる種族には裁判までの隔離及び賠償活動としての意味を有せり。問題は彼女達によりて、自らの文明段階以上に高度なる軍事技術を供与されし先住種族なり。現皇帝はかかる〝負の遺産〟が、先住種族間の紛争や旧帝国系種族への襲撃に使用されることを案じ、遠征艦隊に対策を講ぜしめたり」


「現皇帝〝光輝帝ルシファー〟サタンは元来、強健な種族には非ざりしが故に、力弱き個々の種族や個体が協力して、巨大なる社会や技術の健全さを保つことの重要性を知る者なり。また汝等人類と同様に樹上生活を営む雑食動物から進化し、その文明化に際しても自らの発展を参考として支援を行いたるが故に、人類に対し格別な親愛の念を抱ける種族なり。彼女の基本個体の外見が人類とわずかに異なるは、次の諸点のみなりき。即ち、非鉄金属を核とせる青色の血色素、重力制御環境下においては便利なる蝙蝠こうもりの如き翼、頭部の保護機能も有する角の如き聴覚器官、そして進化・歴史上の理由から、咀嚼そしゃく機能よりも吸入機能を重視し、健全な骨格を示す美の指標ともなりし、発達せる犬歯なり。然し残念ながら、これらは旧帝国派の象徴シンボル操作によりて地球上では時に好まれざるが故に、分離個体の属性からは除外せられたり」


「〝銀河系内戦〟の際、旧帝国派種族に操作されし地球人の一派は、統治宣言のため月面に着陸せる現皇帝の分離体に対し、奇襲攻撃を実行せり。彼女達は原始的な核兵器を投射せるも、力場障壁によりて無効化せられたり。攻撃が失敗せる彼女達は無謀にも、装甲動力宇宙服と光線兵器による一斉突撃を敢行せり。分離体は退避を試みたるが、攻撃隊の一部が光線の反射によりて損傷せるや、直ちに多数の分離個体を送り出し、各種の近接戦兵器による攻撃も意に介さずに負傷者を救助して、彼女達の基地に搬送はんそうせり。この映像は事件の終結直後に地球全土で放映され、現皇帝は自らの善意を伝達し得たるものと考えたり」


「然し彼女の出発後、地球では中枢種族の間諜によりて内戦が惹起され、多大な犠牲が生じたり。かかる悲劇の原因としては、第一に、中枢種族が当時の汝等の技術水準を著しく凌駕りょうがせる兵器を、密かに地球へ搬入せしことが挙げられん。第二に、この時の分離個体が多数の触手と複眼を有する大型の球体という、基本形態とも地球仕様とも全く異なる宇宙仕様なりしが故に、汝等に十分な理解と信頼を与え得ざりしことが反省せられたり。故にその後、現皇帝は全ての先進種族に対し、発展途上種族との接触時には危険なる軍事技術・転用可能技術の移転に注意すべきこと、及び外交上の場面毎に適切なる姿の分離個体や映像体を選択すべきことを通知せり」


「戦役終結直後のアンドロメダ銀河中核領域は、かつての地球と同様の状況にありき。故に現皇帝はアスタロトに命じ、アスモデウス及びアドラメレクの分離体の協力のもとに、大規模なる武装解除作戦を展開せしめたり。遠征艦隊の各理事種族は、随行の武器商人に扮装せる分離体または分離個体を同領域の各所に派遣し、旧帝国種族が供与せる兵器の買上げ、またはより高性能な兵器との有償交換を広告せり。買上げの代金は、戦争被害からの復旧・復興のための民生用品及び技術の購入代金に充当せられたり。交換されし兵器は後に使用不能の欠陥が判明し、損失は同様の民生品及び技術によりて補償せられたり。既に移転せる軍事技術につきては、攻撃兵器への転用が困難な対抗手段が適宜てきぎ供与せられたり」


「その後現皇帝は、同銀河の全通信網を通じ、この〝作戦〟の内容と趣旨を説明せり。彼女はその中で特に、銀河系において自らの文明段階に不相応な軍事力を追求せし種族が招きたる、種族的な孤立や社会の硬直化・経済破綻・環境破壊、さらにはその結果としての自滅的戦争や、他種族による支配・操作等の悲劇を、実例をげて解説せり。現皇帝はまた、以後は帝国内の全種族につき、同種技術の開発・保有が制限される旨を告示せり。供与兵器の回収に際して詐術的手段が用いられしことにつきては謝罪が行われたるも、侵略と戦乱にみたる同領域の圧倒的多数の種族からは理解と支持が表明せられたり。これらの措置によりて、旧帝国の〝負の遺産〟が残したる悪影響は可能な限り除去せられたり」


「以上がこのたびのアンドロメダ戦役の事実経過にして、さらなる詳細は今後様々な情報媒体及び各惑星に帰還せる同行視察団員からも公表される予定なり。同銀河は現在アスモデウスを長とする臨時行政府による暫定統治のもとにあるも、情勢の安定後は漸次ぜんじ先住種族への権限委譲が行われ、将来的には両銀河を共に等しく統治する民主的統一政体が設立される予定なり。我ストラスは、今後かかる悲惨な大戦が二度と再び繰り返されぬよう、また両銀河が復興と繁栄を共にすることを願いつつ、ここに以上の報告を行うものなり」

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