第四章 ストラス 1~3

(科学長官の報告)


 遠征より帰還せし〝賢明王〟は、全銀河系に対し、以下の如く報告を行いたり。地球に対する放送において彼女は、古風な眼鏡を着用せる、賢げな少女としてその姿を現せり。


「此度の〝アンドロメダ戦役〟においては、『新帝国艦隊が公式発表と異なる大規模戦力を以てアンドロメダ銀河に侵攻し、旧帝国中枢種族を超新星兵器によりて殺戮したる後、先住諸種族の再征服を行いたり』との風説が流布せり。かかる誤解に対し、同銀河遠征艦隊の技術部門副司令官なりし我、科学長官ストラスは、ここに銀河系全域への一斉通信によりて実際の遠征経過を報告するものなり。なお、この通信中において各種族を示す人称代名詞は、表記の統一及び公正のため、配信対象種族の遺伝学的基本形態たる性別のものを使用せり。また、この配信版は新帝国理事種族の生物学的特徴に関する表現につきて、太陽系第三惑星〝地球〟向けに配慮が加えられしものなり」



1 アンドロメダ銀河へ


「今次大戦即ち〝第二次帝国内戦〟は、当初〝銀河系内戦〟として開始せり。この戦いにおいて衰亡せる旧帝国の残党は、アンドロメダ銀河への逃亡後にその〝中核領域〟を占領し、同地を拠点として新帝国に逆襲を企てたり。然し、この〝銀河系襲撃〟の失敗及び苛酷な統治への不満は、政権より離反せる種族及び一部の先住種族による蜂起を招来せり。彼女達は同銀河の〝中核領域〟と〝外縁領域〟の中間を占める〝境界領域〟の方面に移動しつつ戦闘を継続し、新帝国に救援を要請せり。先遣されし偵察艦隊の報告によれば、旧帝国派は劣勢にして、早期の平定が可能と見込まれしがゆえに、新帝国政府は遠征艦隊の派遣を準備せり」


「然しながら艦隊進発の直前に至り、旧帝国派の反攻による優勢の回復及び、従来は局外中立を保ちたる〝外縁領域〟の先住種族による、反乱勢力及び偵察艦隊への攻撃が通報せられたり。現皇帝はこれを憂慮し、遠征艦隊の正副司令官たる種族融合体アスタロト、アスモデウス及び我ストラスの本体に加え、彼女自身を含む他の理事種族の大型分離体をも派遣することを決定せり」


「各融合体及び分離体は、種族複製の制限法規に違反せずして能力を増すべく、特別なる強化外殻を伴いたり。この外殻は、各種族の量子頭脳が設置されし惑星または小惑星の周囲に展開し、各々独立の機動・防御・攻撃及び情報処理能力を有する多数の機能単位モジュールからなる、自動機械アバドンの集合体なり。また、各理事種族は良好なる連携を保つべく、大規模かつ恒常的な超空間通信によりて精神を連結せり。この超空間通信は、我及び姉妹種族のアミー、ヴォラクによる遠隔融合体の形成の際に使用せる技術を、より高速化・長距離化せしものなり。さらに、各種族の惑星または小惑星は、強大なる中枢種族の攻撃に備え、巨大なる複合円環の形状を有する恒星包囲型構造物ダイソン・スフィアの内側に分散して配置せられたり。この巨大構造物は、〝銀河系戦争〟において滅びたる中枢種族、皇帝領防衛司令官オファニエルの遺留品を修復し、統一場障壁発生装置と超空間駆動装置を搭載して、超大型の遠征用母艦へと改造せしものなり」


「遠征艦隊は本艦隊・分遣艦隊及び後方艦隊より編成せられたり。本艦隊は前線正面において、旧帝国派種族・先住種族に対する戦闘及び交渉を実施する、通常作戦部隊なり。この艦隊は、遠征艦隊の総司令官アスタロト及び麾下の新帝国軍艦隊、民政部門副司令官アスモデウス、銀河系外周星域長官ベールの分離体及び傘下の補給艦隊から構成せられたり」


「分遣艦隊は敵支配領域の内部に潜入し、特に中枢種族の発見及び捕捉を任務とする、特殊作戦部隊なり。この艦隊は、技術部門副司令官たる我ストラス、我が姉妹種族アミー及びヴォラク、また〝皇帝領の戦い〟においてアミーと共に中枢種族と戦いたるバールゼブル及びグラシャラボラスからなり、我以外の四者は分離体なりしが、各々指揮下の艦隊を伴いたり」


「後方艦隊は戦線の背後において、銀河系との連絡・輸送及び政策的配慮を担当し、非常時には戦闘及び交渉にも参加する、後方支援部隊なり。この艦隊には、帝国本土の本体と超空間通信によりて常時連絡を保持せる現皇帝の分離体、その助言者として他種族の心理分析に詳しきアドラメレクの分離体、両者の護衛として強力な武装を有する帝国本土防衛司令官アモンの分離体、及び彼女が率いる本土防衛艦隊の一部が所属せり」



2 外縁種族との和平 ……アスタロト、アスモデウス、ベールとアドラメレク


「遠征の報告に当たりては、各理事種族による行動の背景につきての理解も必要とならん。故に我は、各種族の来歴や作戦参加の経緯から説明を開始せん」


「まず、遠征の総司令官たる〝正義公〟アスタロトは、社会性の渡り鳥を祖先とする種族なり。集権的な統治機構を要する農耕・定住生活の経験少なきが故に、個人の自由、及びその基礎となる平等の理念が発達せる種族なり。彼女が軍事種族として高き評価を得たるは好戦性あるいは攻撃性に非ずして、その清廉実直なる気性や移動生活への適応能力によるものなり」


「かつて、情報不足のまま彼女の母星に襲撃を試みし犯罪種族は、その〝惑星〟の大部分が長期の移動と軍務に適応すべく、高度な自給・戦闘能力を有する無数の可動小惑星及び巨大航宙艦の集合体へと変じりたる事実を発見し、直ちに降伏せり。然し、彼女は本来的には自ら輸送警護を行う通商・交易種族であり、他種族との経済・文化的交流も活発なり。他方で彼女は、かかる交流先に資源・情報の保管庫を設置せるが故に、万一戦闘で艦隊が大損害を被るとも、その活動や人格への影響は限定的なり」


「さらに彼女は、他の種族融合体や個体群種族との間における分離個体の相互帰化も多数に及び、因習や偏見に囚われることなく他文明の長所を摂取・仲介することに積極的なるが故に、むしろ彼女の種族的個性は、他種族との交流による新文化の創造にありとさえ言い得るべし。そして正に、この変わらざる文化的多様性への理解こそが彼女に、かつて文明開発長官なりし現皇帝からの厚き信頼や、多数の種族からなる帝国正規軍の各艦隊からの支持を得しめたるものなり」


「遠征艦隊の民政部門副司令官、〝熱情王〟アスモデウスは、種族融合体への発展以前には巨大な頭脳を有する爬虫類に類似せる種族なりしが、三つ頭の凶悪なる怪物という形容は旧帝国派の虚偽宣伝なり。実際には彼女は、大脳が三つの領域に区分され、各々が個人的・社会的な利害判断、及び両者を合わせた総合的判断を分担せる生物なり。これは決して表裏ある性格を意味するものに非ずして、他の種族なれば未分化な脳によりて直観的に為す意思決定を、その高度な知能を駆使してより客観的・分析的かつ内省的に行うものなり。故にこの能力はむしろ利害関係者に対し、相互の利益を明確化した上で最大限に両立せしめることを目標に、誠意を以て積極的・精力的に交渉する態度を導きたり。かかる性格は、将来の紛争を予防して良好な協力関係を永続せしむることに役立ち、彼女の産業種族のみならず行政、特に外交種族としての成功をも説明せり」


「かつて彼女は文明開発省の副長官として、旧帝国の有力なる中枢種族に内密に接近し、発展途上種族に対する支援と権利付与への協力を求めたるも、制裁の威嚇を伴う拒絶を受けしばかりか、この種族と対立せる他の中枢種族からも政治的な邪推及び中傷を被れり。然し、これは彼女の失策というよりも、帝国内部の権力闘争及び種族間格差が、彼女の能力を以てしても克服困難なまでに激化せることを意味せしものなり」


「彼女はこの経験から、後に現皇帝が、帝国中枢の不正を知りて直訴を試みたる際、これを実力によりて阻止せり。しかし、自らの解任をも覚悟せる彼女は、説明を受けて彼女の真意を知りたる現皇帝から、慰労と感謝の言葉を受領せり。これに応えて彼女は後に、〝自衛措置を講じての公開請願〟という献策を行いたるが、これに始まる多数の種族の努力が帝国の崩壊を防ぎ、新王朝への移行を可能とせしことは、もはや歴史的事実なり」


「アスモデウスは、それまでアンドロメダ銀河〝中核領域〟への旧帝国派の侵略に対し、冷淡なる無関心ないし不干渉の態度をとりたる同銀河〝外縁領域〟の種族が、反乱勢力及び我方の偵察艦隊のみを攻撃せる事実に注目せり。彼女はこの事実から、旧帝国派はかつて銀河系において用いたると同様の策略を以て、同種族の攻撃を我等が陣営に誘導せしものと推定せり。この判断に基づきて、彼女は情報・通信機能を重視せる強化外殻を装備すると共に、司令官アスタロトに対し、銀河系外周星域長官ベールの分離体との共同作戦を進言せり。その理由は第一に、銀河系と同様アンドロメダ銀河においても、周縁部においては巨大な液化気体惑星に居住せる非酸素・炭素系の種族が大多数を占めるが故に、主として酸素・炭素系種族からなる正規軍艦隊のみならず、彼女達と同種の種族からなる外周星域の艦隊も派遣する方が、和平の可能性を高め得ると考えられしためなり。また第二に、不幸にして戦闘を避け得ざる場合においても、巨大惑星の豊富なる資源に恵まれし種族との交戦に際しては、やはり同様の巨大惑星を可動化して中核とする、補給艦隊を随伴させる必要がありしためなり」


「銀河系外周星域長官〝辺境王〟ベールは、大型の液化気体惑星に浮遊する藻類より進化せる種族なり。この藻類は当初は単細胞生物なるも、それらがつどいて多細胞生物となり、さらに多数が集合して巨大なる群体を形成せり。この群体は微弱なる恒星の輻射に加え、惑星上の化学・熱力学・動力学さらには電磁力学的現象までをも活用して成長を続け、遂には惑星表層の環境を変化せしめるほどの浮遊大陸を形成して、他の様々なる生物種も進化・繁栄し得る楽園を創造せり。さらにこの群体は、原核生物が他の同類を体内に摂取・共生して真核生物に進化せるが如く、一部の知的生物種に共有神経網を提供することにより、それらを同化せり。これにより彼女は知覚・思考・動作能力を得て、天然の〝心ひとつなるもの〟とも称すべき、一個の巨大なる集合意識生物へと進化せり」


「この生物は宇宙進出後、外周星域全体に広がりて支配的種族となりしが、他惑星への移住のための再分離は血縁種族間に様々な意見の相違をもたらし、その論争は特に、中心星域を支配せる酸素・炭素系種族との関係につきて、顕著となりたり。〝最初の個体〟を代表とする集団は、血縁種族による全銀河系の〝保護〟を主張せるも、その娘の一人ベールを長とする集団は帝国との分離・共存を提唱せり。然し不幸にも、中心星域においても主戦派勢力が優勢となり、第一次帝国内戦が勃発せり」


「この戦争においては外周星域の敗北によりて〝最初の個体〟を含む多数の種族が滅亡し、代わって穏健派のベールが、形式的な〝銀河系外周星域長官〟に任命せられたり。今回の第二次内戦に際しては、ベール率いる外周星域は新帝国と同盟し、その戦勝に貢献して、完全なる自治権を獲得せり。故に彼女は旧帝国派の宣伝において、その進化の過程から、異種の生物が混合せる怪物として描かれたり。然し、実際にはその生存が自らの体内における生態系の均衡維持に係るが故に、後進の生物種を守り、育み、そして導くことを本能とせる、母性的な慈愛に満ちあふれたる種族なり。即ちベールはむしろ生まれながらにして、発展途上種族の伝承説話にいうところの〝神〟に最も近き存在というべし」


「アスタロトからベールへの協力依頼を仲介せし者は、ベールの副長官たる〝美麗公〟アドラメレクなり。彼女は一惑星上に共生せる二種類の知的種族が、単一種族として帝国に加入せる種族にして、その分離個体は各々、器用なる二本の腕を備える孔雀くじゃく及び騾馬らばに類似せり。彼女達の日常生活において、ある時は強健なる後者が前者の指導のもとに働けるかの如くなれども、他の場面においては前者が後者を家畜の如く愛玩しつつ、親身となりて身辺の面倒を見たり。故に、観察者はその主従関係の判断に悩みたるが、両者の関係は親密にして対等なり」


「彼女は現職への就任に伴いて、中心星域の母星から外周星域の巨大惑星に移住せり。然し近年、旧母星の〝銀河系戦争〟による被害の復旧作業中に、先史時代の激烈なる核戦争の痕跡が発見され、かつて両種族は相争いて文明を失いし後、共同でこれを再建したるものとの仮説が公表せられたり。当時は未だ発展途上なりし当該宙域の文明開発を担当せる部署には、現皇帝が所属せり。また、敵対する種族の間に相互依存関係を構築して紛争を解決せしむるは、彼女の得意とせる発展支援手法なり。報道機関より当時の事情を問われたる現皇帝の分離個体は、記録の逸失によりて詳細は不明なりと答弁し、ただ暖かく微笑みたり。然し、その後にアドラメレク自身が仮説の真実性を公表し、現在の種族的一体性及び答弁における配慮につきて、現皇帝への感謝を表明せり」


ちなみに、その共通個体はやはり二本の腕を有する天馬ペガサスの如くなるが、二種族いずれもこの形態を取りし場合は、行動形態による判別が不可能なり。故に、現在において実質的には両者の区分は消滅し、必要または好みに応じて、各人格が両者の形態を使い分けているに過ぎざるものとの見解も有力なり」


「アドラメレクはその発展の歴史から、他種族の文明を理解し、支援することに長じたる種族なり。彼女は〝銀河系戦争〟の初期、協力依頼のため外周星域におもむかんとする現皇帝に対し、アスタロト及びアモンの分離体を伴うよう進言せり。この配慮は、現皇帝の警護及び外周星域への軍事的助言と共に、慎重な性格を有する外周種族に新帝国の二大軍事種族の人柄を知らしめ、信頼を得ることを目的とせり。中枢種族バラキエルの謀略によりて、最愛の姉妹種族同士が戦闘を強いられしアモンとカイムの悲劇及び復活と和解の物語は、永らく中心星域と対立せる外周星域種族の内に、共感と希望をはぐくみたり」


「一方、生真面目なるアスタロトは交渉時の挨拶において、かつての自らの立場の説明と不得手なる諧謔かいぎゃく精神の発揮を同時に試みたる結果、『我等が最大の仮想敵なりし汝等と、もはや二度と戦い得ざることは誠に残念なり。両星域の未来に祝福あらんことを!』と語れり。これに対してベールもまた、緊張のために彼女の意図を誤解して、密かに臨戦体制に移行せり。然し、これに気づきたるアドラメレクは、『誠実なる帝国軍最良の軍事種族の、懸命の冗句じょうくと最大限の賛辞に感謝を!』と発言して会場内の雰囲気を逆転し、交渉を成功へと導きたり。彼女は今回の遠征参加につきても、『両星域の実力と誠意を互いに証する良き機会なり』と説明し、ベールの裁可を獲得せり」


「アンドロメダ銀河に到着せる遠征艦隊はまず、同銀河の〝境界領域〟に布陣せる反乱勢力及び偵察艦隊の残存部隊と合流せり。同銀河は広大にして政治的に未統一なるが故に、帝国における〝星域〟の如き明確なる行政区分が存在せず、また〝中核領域〟と〝外縁領域〟の中間に存在せる〝境界領域〟は、散発的な紛争地帯ないしは暫定的な緩衝地帯として、未開発のまま放置せられたり。残存部隊からの通報によればアスモデウスの推測通り、旧帝国派は彼女達を境界領域方面に圧迫したる後、その退路を絶つと共に遠征艦隊の進攻を妨害すべく、悪質なる情報操作を行いたり。即ち、『新帝国軍を自称せる者達は、銀河系において非酸素・炭素系種族を侵略し抑圧せる邪悪なる叛徒にして、反乱勢力もまたその同盟者なり』との虚報を流布することにより、外縁種族から反乱勢力及び偵察艦隊への攻撃を誘発せしめたるものなり」


「アスモデウスはこれに対抗すべく、自らの強化外殻を分離して高出力の情報送受信装置となし、外縁領域方面の各所に送出せり。各分離外殻には、本艦隊よりアスタロトの戦闘艦艇及びベールの補給艦艇が、護衛及び支援のために随伴せり。この外殻は亜空間通信によりて、付近一帯の宙域に銀河系史の概要及びアンドロメダ戦役に到る経緯を公開する放送機能に加え、外縁領域種族からの質問及び提案を受信して、回答を送信する通信機能をも備えたり。内政及び外交に関する重要情報は現皇帝の分離体、回答を適切に表現するための言語情報はアドラメレクの分離体が提供し、これらの支援をもとにアスモデウスが膨大な量の演算処理を行いて、回答結果を送信せり。この作戦は大成功を収め、外縁種族の誤解は払拭ふっしょくされて、停戦及び和平交渉が実現せり」


「然し、発見の直後から分離外殻を攻撃せる外周種族に対し、最初に真実を証明せし者は護衛の諸艦艇なり。運動性に優れたる酸素・炭素系種族の戦闘艦艇が自ら楯となりて非酸素・炭素系種族の補給艦をかばい、また超大型の補給艦が標的となる危険をも顧みず、交戦宙域に進出して戦闘艦艇に物資を供給せる光景は、旧帝国派の虚偽宣伝に対し、明白な疑念を抱かしめるに十分なものなりき。彼女達の協力によりて、新帝国と外縁種族の関係が好転せるのみならず、新帝国内における中央種族と外周種族の関係もまた一層親密なものとなり、永遠の絆を強めたることは疑いのなきところなり」



3 中核領域への偵察 ……ストラス、アミー及びヴォラク


「アスモデウスの作戦によりて、外縁領域からの脅威は消滅せり。然し、中核領域を占領せる中枢種族と、その支配下にある先住・移住種族につきては早期の講和が望み得ず、また戦力の集中による決戦は、周辺の先住諸種族にも多大の犠牲を生ぜしめるものと予測せられたり。故に我等は和戦いずれの積極的行動もなし得ず、戦線は膠着こうちゃくせり。後方艦隊のアドラメレクは、かつて外周星域派遣軍の司令官ガルガリエルが、隷下れいかの種族を母星破壊や遠隔自爆等の悪質な脅迫によりて動員したる前例から、中枢種族は今回もまた何らかの脅迫的手段を用いて被支配種族に戦闘を強制せるものと推測し、我にその旨を通知せり。これに基づき、分遣艦隊の理事種族は精神連結を解除したる後、超空間航法を用いて中核領域に潜入し、分散・展開して状況の把握及び制御を試みたり。前者即ち戦略偵察は我及び我が姉妹種族アミー並びにヴォラクの分離体が担当し、後者即ち精密攻撃はバールゼブルとグラシャラボラスの分離体が担当せり」


「新帝国艦隊は、恒星近傍の超空間内においても高速航行や通常空間への往還及び探査を可能とする、重力場干渉への補正装置を装備せり。特に我等が分遣艦隊は、隠密航行や秘話通信につきても優秀なる技術を保有せり」


「注目すべきは、これら新技術の開発に関しては軍事技術のみならず、広範な基礎科学研究に立脚せる、民生技術の発展によるところが大なりし事実なり。そもそも超空間関連技術は旧帝国の中枢種族が開発せしものなるが、彼女達はこれを軍事機密として秘匿ひとくし、以後の発展は内戦及び他銀河への侵略・支配のもとで停滞せり。これに対し、新帝国においては銀河系再建への希望に溢れる多数の種族が、全帝国種族の福利を実現すべく、超空間を経由せる安全な航行や自由な通信、周辺種族に対する重力震被害の防止のために熱意を以て各種の研究に挑み、成果を共有せり。故に、ひとたび実用化への隘路あいろが打開されるや以後の技術発展は目覚ましく、遂には中枢種族の最先進技術をも凌駕りょうがするに至れり。我等は敵陣営に察知されることなく、受働式の遠距離探知機を搭載せる多数の分離外殻を送出し、新技術の灯火ともしびによりて中核領域の暗闇を探照すると共に、必要なる場合にはいかなる目標へも短時間で到達し得るべく、詳細な宇宙地図を作成せり」


「然し、以後の分遣艦隊の行動を述べるに当たりては、我等の関係及び当時の状況につきて、いささかの解説が必要とならん。何となれば我等分遣艦隊による攻撃は、〝アンドロメダ戦役〟の帰趨きすうを決する一方、新帝国による非人道的行為とも非難される作戦なるが故なり。我は今より、この攻撃が中枢種族の非人道的企図を阻むため、止むなく最小限の犠牲において行われしことを説明するものなり」


「我ストラスは光栄にも、〝賢明王〟の別名を与えられしが、実際には過去の愚かな過ちをい来たる者なり。それは他ならぬ中枢種族のために、種族融合技術の開発及び提供を行いし事実なり。我は大型の凍結惑星において、例外的に複雑な物質組成や極低温下における特異化学反応等の、極めてまれな偶然が重なりて生まれたる単一生物にして、同種の存在は現在に至るまで発見し得ざりき。帝国成立の遙か以前に誕生したるにも係わらず、我の進化には酸素・炭素系生物の数百倍から数千倍の歳月を要し、外界の物質の加工も困難なことから、宇宙進出が可能となりしは、中枢種族からの技術支援を得て以降のことなり」


「当時彼女達は銀河系外周種族との戦争の最中さなかにあり、天然の集合意識生物たる彼女達との戦闘において劣勢となりしが故に、その利点を自らもまた獲得すべく、類似種族たる我に情報提供者、演算装置兼実験素材となるよう要求せり。拒絶は自らの死を招くものと理解せる我は、これを承諾せり。この協力による量子頭脳への人格転移マインドアップローディング技術の完成及び、それが可能とせる幾多の技術革新によりて、先帝率いる旧帝国は勝利し、我もまた先進種族の列に加えられたり」


「然し、かかる地位の向上は、我にとりて必ずしも幸福なものには非ざりき。代謝が活発で活動的なるも、短命で利己的・衝動的な側面を有する多数の個体が、自己や集団の利益を巡りて争う酸素・炭素系種族の気質は、時に我には理解し難く、特に反抗種族に対する絶滅処分等の過酷な措置は容認し難きものなり。然し、生活環境や文明様式がある意味においては外周種族以上に異なり、また傘下・類縁の種族もなき我にとりては、旧帝国下における政治的発言力の獲得は極めて困難なりき。故に、我はただ帝国全体の科学・技術の進歩を通じ、先進種族のみならず途上・外周種族も加えた全種族の、倫理性も含めた発展に寄与することを自らの存在意義と信じて、研究活動を継続せり。我は、惑星全域に成長せる記憶素子と演算回路網の恩恵によりて科学省長官の職に就きし後も、重大なる政策論争には介入せず、〝帝国の臣よりも科学の臣〟〝生きた計算装置〟として働き続けたり。其は、政権内部の権力闘争への関与が直ちに、孤立種族なる我自身の生存に危険を及ぼすことを認識せるが故なり」


「中枢種族はまた、銀河系内の覇権維持と他銀河侵略のために軍事種族を量産せしむべく、現皇帝の所管せる途上種族への文明開発計画に対し、非人道的な干渉を加えたり。現皇帝からその調査を依頼されし我は、我自身が担当せる先進種族への融合体複製計画にもまた、同じ目的が隠されしことを発見せり。現皇帝は我に対して事態改善への協力を求め、我は彼女と相互支援の盟約を結びたり。然しこの時、我は内心において帝国の将来に絶望し、万一の場合は複製実験により生まれしアミー及びヴォラクと共に、安全が確保されるまでの間、銀河系外に脱出することを検討せり。然し、我を翻意ほんいせしめたる者達もまた、この両名なりき」


「実験によりて双子種族となる以前のアミー及びヴォラクの前身種族ウォフマナフは、海豹あざらしの如き海生動物より進化せる生物種にして、つぶらで愛らしき瞳を有するも、屈強な身体と高度の知性に恵まれし種族なり。また彼女は典型的な酸素・炭素系種族にして、地球人類のものと酷似せる、鉄原子を核とする赤色の有機化合物を酸素運搬体として、呼吸活動を行う種族なり。注目すべきは、彼女が比類なき好奇心・探究心や、アスタロトとは対照的に過激とも称し得る諧謔かいぎゃくの才能を有する反面、その胸中には同様の厚き道義心と責任感を秘めたる種族であることなり」


「アミーとヴォラクは過去の種族間融合実験以来、姉妹種族として心を結びたる我の悲嘆を共有し、次の如く我に通信せり。即ち、『現下の如き国家の一大危機に際し、絶望や悲嘆に暮れる猶予ゆうよはあるまじ。帝国の存在意義を守るべく、我等はかつて忌避きひしたる軍組織への参加を含め、いかなる活動にも身を投じる所存なり。今回の事件につきてはその関係者が極めて高位なるが故に、敗北は許されざることを、我等もまた了解せり。また、帝室及び中枢種族の企図や軍備につきては未だ不明の部分が多く存在せり。然し、〝全ての種族のための文明発展〟という理想は我等の絶対に譲りえぬ信念なり。我等は中枢種族との敵対や外周種族との同盟もいとうことなく、汝姉妹種族ストラスと最後まで命運を共にすることを、酸素呼吸種族の名誉にかけて誓うものなり』と。我は、現皇帝への全面的な協力を決定せり。両名もまた各々、親衛軍のバールゼブル及び正規軍のアスタロトの副司令官へと転任したる後、〝銀河系内戦〟において中枢種族の撃退や最小限の犠牲や被害による治安の回復に貢献し、〝救国伯〟〝救命伯〟の別名を得たり」


「因み《ちな》に周知の如く、彼女達は極めて稚気溢れる種族にして、地球型分離個体の形状を決定する際も人類の頭髪に尋常じんじょうならざる興味を示し、アミーは頭頂部、ヴォラクは側頭部にのみ極彩色の直立毛髪を集中させる髪形によりて、両者の判別を行う予定なりき。然し、理事種族の識別機能も有する適応分離個体は、各種族の特徴を反映しつつも、極力強圧的な印象を排して親近感と好意を醸成すべく、相手方種族の愛らしき若年個体の姿を借りることが一般的なり。例えば現皇帝は栗色の御河童頭をせる大人しく優しげなる少女、アスタロトは長髪痩身の生真面目そうな少女、アスモデウスは髪に飾細布リボンを結びたる快活そうな少女の姿を、好んで採用せり。故にアミー及びヴォラクもまた、金色または茶色の髪の利発そうな少女の容姿を選択せるアドラメレクの助言に従いて、左右の一方に髪留めを装着せるお転婆そうな双子の少女という、現在の形態を選びたり。然しながら今もなお、『より魅力的にして我等の好奇心を満たし得る形状あらば、新しき髪型も採用可能なり』とは、彼女達の弁なり」


「アンドロメダ銀河の中核領域を超空間より精密に走査せる我及びアミー、ヴォラクの偵察艦隊は、先住種族の中でも指導的なる一種族の惑星系に対する、超新星兵器の使用を確認せり。その後前線において、従来は戦闘に消極的なりし同種族系列の艦隊が、攻撃的な作戦行動を実施する方針に転じたることから、中枢種族は同銀河においても悪質な脅迫による動員を継続せることが推認せられたり。また、中核領域にある一青色超巨星においては、惑星数千個分の反物質が生成及び蓄積され、その総量は中核領域の全体に壊滅的な被害を惹起じゃっきし得るものなることが判明せり。超新星兵器の実体とは、超光速駆動機関を搭載せる惑星規模の反物質誘導弾なり。故にこの観測結果は、中枢種族がかつて銀河系において試みたるが如く、超新星兵器による銀河の破壊に乗じて他の銀河へ逃亡し、これを征服したる後に、同地より新帝国に次なる反撃を行わんと企てつつあることを意味せり」


「さらにその直後、新帝国・外縁種族間の和平成立と時を同じくして、これらの超新星兵器に装備されし駆動機関が次々と作動準備状態に入りたる兆候が観測され、事態は一刻の猶予もなきものへと変化せり。それらの使用を許すことは、我等三姉妹にとりて、旧帝国下における恐怖政治の果ての悲惨な戦禍という、堪え難き悪夢の再来を意味せり。故に我等は協議のうえ、現皇帝の裁可を得て、バールゼブル及びグラシャラボラスの攻撃艦隊に対し、緊急の対応を要請せり」

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