第三章 アモン

(防衛司令官の勧告)


 大いなる戦いの後、短髪の美少年の如き少女の容姿かたちをとりし〝強健侯〟は、地球において以下の如く勧告を行いたり。


「アンドロメダ銀河の平定及び講和条約の締結による今次大戦の終結に伴い、旧王朝の政権は公式に消滅し、その権利・義務は新政権に承継されることが確定せり。銀河系の中央星域と外周星域の境界に位置せるここ太陽系第三惑星〝地球〟において我、帝国本土防衛司令官アモンは、銀河系外周星域長官ベール及び同副長官アドラメレクとの連名において、本惑星に潜伏せる旧帝国系武装組織の構成員に対し、寛大なる処遇を約して投降を呼びかけるものなり」



1 長官達 ……現皇帝の選択


「我等は、これより行ういささか長き説明によりて、汝等の誤解を払拭しることを望むものなり。かつては我等もまた、反対者なりき。然し同時に、自らの正当性をも絶対視することなく、問い直し続けたる者なり。例えば我等の、大戦勃発に至るまでの懊悩おうのう逡巡しゅんじゅんの過程は、その証左なり」


「発展途上種族に対する文明開発計画は、帝国の草創期より実施され、またその存在意義のひとつともなりし重要事業なり。然しこの計画に対し、銀河系における覇権の維持とアンドロメダ銀河侵略のための軍事種族育成を図るべく、前王朝のもとで違法かつ非道なる干渉が行われし嫌疑が発見されし時、当時文明開発省の長官なりし現皇帝は正義と忠誠、良心と義務の狭間で苦悩せり。彼女の依頼を受けて当該事件を調査せる科学省長官ストラスもまた、同省に委任されし先進種族への融合体複製計画に同様の意図が隠されしことを確認し、葛藤に苦しみたり」


「現皇帝は秘密の保持を誓約しつつ、計画に対する干渉の中止を求めて先帝に直訴せんと試みたるが、彼女の民政部門副長官アスモデウスはこれを制止せり。外交関係が広く、帝国の内部事情に詳しき彼女は、当時の皇帝諮問機関たる枢密院を構成せる〝中枢種族〟の腐敗及び権力闘争は深刻であり、かかる情報は認識の時点で関知者の地位に危険を及ぼし、直訴に至りては訴願者の暗殺さえ招来しうべきことを指摘せり」


「ストラスもまた、帝国に関する社会科学的統計及びその矛盾を分析したる結果、かくも大規模にして背信的な秘密政策はもはや内部的手段では変更不可能であり、また対外的な真相の暴露による是正の試みも事実の隠蔽と侵略の早期決行、あるいは責任の所在を巡る中枢種族間の内戦をもたらす可能性が高き旨を報告せり。残念ながら、これらの予測は後に全て現実化せり」


「かかる閉塞状況は、永き歴史を有する知的種族の融合体さえも絶望あるいは自暴自棄に導き得るものならん。然し、アスモデウスは再び、かかる逆境に置かれし現皇帝を助けたり、彼女は従来、職務遂行のため精力的に多数の種族と交流・交渉を重ね、〝未来あるもの〟の文明開発に貢献せし実績から、〝熱情王〟の別名を得たる種族なり。彼女は現皇帝に、いかなる道を選ぶとも安全の保証はなき以上、自衛策を講じたる上で良心の声に従うべしと勧める一方、自らの友好種族グラシャラボラス及びアドラメレクを通じ、親衛艦隊の一部及び外周星域に事実を通知して協力を求めたり」


「ストラスも同様に、種族複製計画の成果を軍事的圧制と他銀河侵略ではなく、先進種族の相互理解と能力向上という本来の目的のために用いることを望みたり。彼女は複製実験において自らと心を結びたる被験種族、アミーとヴォラクを親衛軍と正規軍に派遣して、来るべき事態に備えたり。さらに彼女は科学的予測に基づき、事態の打開が遅延するほど内戦の発生確率・予想規模は増大し、当時既に量産段階にありし超新星兵器の配備状況を考慮すれば、帝国全土の壊滅さえも危惧される旨を指摘して、現皇帝の決断を促したり」


「現皇帝は予てより、発展途上種族に対して、次なる基本的知識の普及に努めたり。即ち、『国家は自存のために軍事力等の強制力を有するも、その権力が国内矛盾の抑圧・転嫁に向けて恣意的に濫用らんようされし場合には、存立目的たる社会的利害の調整を阻害し、却って自らの衰退または滅亡を招来せん』と。後に彼女は当時をかえりみて、『かかる悲劇がよもや帝国全体に渡りて生ずることまでは、予測・予防し得ざりしことを悔いるなり』と述懐せり。もとよりそれは、現皇帝のみの過ちには非ざること明らかなり。然し彼女は、戦闘種族の量産という目的のためにその発展を歪められ、銀河系の星々の大海に儚く消えし幾多の種族をいたみ、事態の改善に身命を捧げんと決意せり」


「現皇帝は、当時の中心星域への帰還を装いてその外縁部に到達するや、公開通信によりて事実の通報及び是正の請願を行いたり。然し、これに対する回答は、現皇帝に同行せる軍事部門副長官、即ち我に彼女の処刑を命じる追討勅令であり、勅命に異議を申し立てたる我をも討滅すべく派遣されし者は、我と同一の星系で文明を育みたる姉妹種族カイムなり。我は苦渋の選択によりて彼女を撃破せるも、心身、特に士気の面において深刻なる損傷を被り、戦闘不能に陥りたり。直属の護衛戦力を失いし現皇帝とアスモデウス、及び傷つきし我を助けたるは、救援に参じたる科学長官ストラスと、正規軍のアスタロト艦隊なりき」



2 三姉妹 ……ストラスの新技術


「ストラスは優秀な技術を有するのみならず、技術の開発・利用者として不可欠の良識及び責任感をも備えたる種族なり。彼女はかつて、双子種族のアミーとヴォラクを生みたる種族融合体の複製計画においても、その資質を実証せり。彼女は複製実験と同時に、両種族間の正統性を巡る紛争を予防し、さらには他種族間の紛争防止にも応用すべく、両者の同意を得て複製体相互の恒常的な亜空間通信による交流を構築し、超融合体とも称すべき共同体の形成実験をも行いたり。彼女は経過観察に万全を期して後遺症発生の危険を防ぎ、また万一の失敗時にはその責任を負担すべく、自らもまた被験種族の一部複製体と融合して、通信回線を接続せり。実験は成功し、アミーとヴォラクの双子姉妹にストラスを加えたる三姉妹種族は、銀河系最高の創造的演算能力と、種族の共有記憶を暗号鍵とせる秘話通信能力を獲得するに至れり。これらの能力は、新帝国陣営における戦略立案と戦闘管制にも大いに貢献せり」


「彼女は現皇帝による公開請願後に彼女を擁護すべく、親衛軍・正規軍の通信回線を含む帝国内のほぼ全ての超光速通信網によりて、さらなる通報と請願を行いたり。この通信は現皇帝の請願に説得力を加え、またより広き伝達性も有するが故に、彼女はこれに事件の平和的解決への望みをかけたるが、不幸にも既にこの時点において、事態は当初の予測よりも早く帝国の内戦と我等への襲撃、さらには皇帝弑逆へと悪化せり。然し他方でかかる社会の混乱は、その後に現皇帝がより広範なる支持を獲得すべく、開発途上星域及び銀河系外周星域におもむく猶予を提供せり」


「我等の救援に到来せしストラスは、アスタロト艦隊の助けを得てカイムの再生可能なる残骸を発見・回収せり。彼女は種族間融合実験の成果を応用して、我との融合による修復及び再生を図ることを提案し、現皇帝もまたこれを推奨せり。カイムは復活後、この温情ある措置及び戦争の真因につきて告知され、我等が陣営への参加を誓約せり。また融合の結果、相互の直撃への躊躇によりて両者が完全な破壊を免れたることが判明し、我等姉妹種族の士気及び相互の情愛はさらに著しく増大せり」



3 正規軍 ……アスタロトの進言


「アスタロトは〝正義公〟の別名の如く生真面目にして、社会的公正の実現への使命感が高き種族なり。また、カイムの情報提供からは、我に下されし現皇帝の追討勅令及び、我が姉妹種族カイムに下されし我等の処刑命令が、いずれも中枢種族バラキエルによる独断と、先帝名の潛称による所為しょいなりしことが判明せり。バラキエルは国璽こくじ、即ち皇帝認証符号の使用を管理せる皇帝秘書官長なりき。然し、彼女は他の中枢種族と異なりて、親衛軍または正規軍に有力なる従属種族を有せざりき。故に彼女は、自らの私兵軍団の司令官カイムに命じ、他種族に先んじて現皇帝を討伐せしむことにより、枢密院における自らの地位を高からしめんと謀りたるなり。〝正義公〟は、悲憤慷慨ひふんこうがいせり」


「バラキエルの賭けは失敗せり。後に、主戦力を失いしバラキエルは他種族からの攻撃を受け、滅亡したることが判明せり。アスタロトはこれに先立つ中心星域での内戦勃発当初、政治的中立のため自艦隊に対し、中枢種族間の戦闘への介入を禁じたり。然し彼女は、かかる策謀の事実及び戦闘拡大による同星域の無政府状態化を確認し、もはやいかなる中枢種族にも帝国を統治する能力なしとして、この命令を撤回せり。彼女は現皇帝に対し、状況は極めて困難なるも、内戦によりて混乱せる正規軍艦隊を糾合し、親衛軍や外周星域内の友好種族とも協力して、壊滅を免れたる宙域を防衛すべしとの意見を上奏せり。また時を同じくして、バールゼブル艦隊からは、中枢種族による超新星兵器の使用及び先帝の消息不明が通報せられたり」


「これらを受けて現皇帝は、帝国の混乱と破壊を終息せしむべく、止むなく新王朝の創始を宣言せり。彼女は友好的なる軍事種族、親衛軍のバールゼブルと正規軍のアスタロトに対し、中心星域の治安回復及び敵対勢力の星域外進出阻止を命令せり。また彼女自身はアスモデウス及び我と共に開発途上星域に帰還し、さらには銀河系外周星域へ赴きて、事態の説明及び協力要請を行うことを決定せり。新型駆動機関を装備せる秘匿艦隊の出現や、諸侯及び軍司令官の分離・独立等、状況は依然として楽観を許さず、両星域における理解と支持が戦争の帰趨及び戦後の復興を左右すると考えられしためなり」


「その後幸いにも、親衛軍種族の多くは内部抗争によりて損耗したる後、バールゼブル艦隊の追撃によりて壊滅または投降せり。当時の親衛艦隊は、傀儡かいらい化されし先帝のもとで、実質的には中枢種族とその系列種族が兵力を拠出して運営せられたり。故に、内戦勃発後間もなく彼女達もまた同士討ちを開始し、バールゼブルの介入と優勢が明らかとなるや、一部の超空間駆動を有する種族のみがアンドロメダ銀河に逃亡したるなり」


「一方、正規軍は親衛軍よりも中枢種族による系列化が及ばず、加えてアスタロトが我及びカイムの戦闘事件を周知し、先帝なき後の抗争によりて同胞相討つことの悲劇を強く訴えたり。故に、彼女達はその大半が新王朝に帰順して、帝国からの分離を企てたる諸侯や軍司令官に対する平定・復帰作戦に参加せり。さらにこの作戦においては、アスタロトの技術部門副司令官ヴォラクが姉妹種族のストラス・アミーと心を結び、量子戦及び戦闘管制演算を行いたり。彼女達は相手方の通信及び探知を妨害しつつ、完璧なる包囲陣形を形成して降伏を促すことにより、双方の犠牲を最小限に止めることに貢献せり」


「なおアスタロトは、正規軍の上官として我を当時の職に推薦したる、前任者なり。彼女はそれまで長らく開発途上星域の軍事部門副長官として現皇帝を補佐及び警護し、彼女の〝未来あるもの〟への深き愛情と配慮に学びて、深く敬愛の情を抱くに至れり。また、かつてはこの太陽系第三惑星〝地球〟の文明化に際しても現皇帝を補助せしことにより、彼女は愛と豊穣の神イシュタル、我は畜産の神アメンとして人類に記憶せられたり。今や汝等人類の文明は偉大なる発展を遂げ、星間社会に参加して多大なる貢献を為し得るまでに発展せり。アンドロメダ銀河遠征に先立ち、総司令官として当地を再訪したる際は、現在の我と同様に、彼女の胸中もまた感無量の思いに溢れたらん」



4 親衛軍 ……グラシャラボラスの願い


「〝純真侯〟グラシャラボラスは〝歴史あるもの〟にありては若き種族なれども、親衛軍バールゼブル艦隊の情報部門副司令官にまで昇任せしは、その苦心と努力によるところ大なりき。彼女は〝未来あるもの〟の時代、近隣星系の三つの種族と交戦状態にありしが故に、恒星間航行技術を開発せるも帝国への加入を留保せられたり。他の種族はいずれも技術水準においては彼女と同程度なりしが、排他的にして好戦的なる性質を有し、彼女の和平提案にも応ずることなく相互に戦闘を継続せり」


「彼女は戦争による資源の消耗及び惑星攻撃手段の発達を憂慮し、侵攻型宇宙艦隊の建造中止及び広域的な星系防衛手段の構築を決定せり。彼女の攻撃戦力の弱体化を知りたる他の三種族は連合してその星系を攻略せるも、母なる恒星を動力源とする、惑星規模の電磁障壁及び対宇宙迎撃兵器によりて撃退せられたり。しばらく後に、彼女の偵察艦隊が三種族の星系を訪れしところ、いずれも相互の対惑星攻撃によりて絶滅に瀕せり。彼女は寛大にも、戦乱に培われし強靱さを以て各種族の存続と復興を支援し、図らずも近隣宙域における指導的地位に就くと共に、帝国への加入を承認せられたり」


「彼女は軍事種族と認定され、その後は親衛軍に所属して文明発展の階梯を上りたるが、本来は戦争を好む性質に非ず、特に宇宙進出後の歴史においては平和的で豊かなる文化の恩恵を享受すること叶わざりしが故に、これを希求し憧れる感情著しく、その苦悩を友好種族アスモデウスに吐露せしところ、現皇帝の知己バールゼブルを紹介せられたり。バールゼブルもまた彼女と同様の経緯から親衛軍に配属せられしが、種族融合化以降はその才知を以て他種族との権力闘争を回避し、あるいは彼女達を教化することによりて、その地位を保持せし者なりき。また、銀河系の多種多様なる文明形態に関する関心と造詣が深く、さらに重要なことに、戦争は政治のための止むを得ざる一手段に過ぎざることを深く認識せる、当時の強権的な親衛軍の司令官には数少なき、賢明なる種族なりき。彼女達は親交を深めたり」


「グラシャラボラスはバールゼブル艦隊への異動を希望して配属されし後、苛酷なる宇宙戦闘における惨害を最小化すべく、高性能なる防御兵装の研究を提案せり。彼女はかつて自らが考案せる電磁障壁の概念をさらに発展させ、あらゆる発射体・照射型兵器のみならず、遠隔素粒子操作兵器にも対応が可能なる、統一力場障壁の展開装置を開発することに成功せり。この新装備は全親衛軍への配備が決定され、彼女は同艦隊の副司令官に昇任せり。然しその開発に際しては、当時既に同艦隊の技術部門副司令官なりしアミーに加え、その姉妹種族ストラス・ヴォラクもまた多大な貢献を果たしたることは、無用の関心を避けるべく秘せられたり。前王朝の疑惑が発見されし時、現皇帝はこれをバールゼブル及びアスタロトに通知すると共に、前者より秘密裏に当該技術を入手せり。彼女はまた〝戦闘中における味方からの奇襲〟に備えるべく、科学省長官たるストラスに依頼して、障壁が蒙りたる攻撃力を自動的に反撃用の動力へと変換出力し得るよう改良したる後、その技術を両者に提供せり」


「〝皇帝領の戦い〟において、バールゼブル艦隊がアミーの航法計算に基づき、非人道的なる超新星化攻撃を行いし敵艦隊を追撃せる際の先鋒は、グラシャラボラスの分艦隊なりき。彼女の艦隊に捕捉されし敵艦隊の司令官は、中枢種族ザフィエルの認証符号付き秘密通信によりて停戦を求めると同時に、バールゼブルの暗殺と引換えに司令官職を与える旨の密約を提案せり。然しザフィエルは、彼女がこれを拒絶するや、超空間駆動による逃走準備に入ると同時に、全力で奇襲攻撃を実行せり」


「後に、同駆動装置は従来に数倍する出力を供給し得るも、旧帝国においては燃費改善の失敗や攻撃優先の思想から、燃料・攻撃兵装の搭載のために防御兵装・損傷対策が犠牲となりしことが判明せり。グラシャラボラス艦隊の力場障壁は、奇襲に耐え抜きたり。少壮の艦隊副司令官が真に憎みしものは秩序の侵犯それ自体に非ずして、一部種族の利益のために惹起されし戦争の惨禍なり。歴史ある旧帝国の中枢種族が、自ら帝国の主要部を荒廃せしめたるのみならず、かかる心情を最期の時まで遂に理解し得ざりしことは、誠に残念なる事実なり」


「グラシャラボラスはその後、旧皇帝領復興開発長官たるバールゼブルの副長官として、同輩アミーと共に、同星域の再建に従事せり。彼女は現在、歴史的・文化的調査及び物質・動力の回収を行いつつ、被災惑星の移動と再生、さらには力場障壁技術を応用せる恒星の再創造計画にも成功し、その歴史上において最も幸福な時期を迎えたらん」



5 外周星域 ……アドラメレクの貢献


「アドラメレクは、その金色こんじき天馬ペガサスの如き分離個体の美しさのみによりて、〝美麗公〟の別名を得たるに非ず。多様な種族からなる帝国においても最大多数の最大幸福を実現し得る、芸術的ともいうべき文明開発政策を立案し得るが故に、かく呼称される者なり。彼女は帝国加入以前から、二つの知的種族が一惑星上で対等かつ友好的に文明を共有せる、希有の存在なり。虹色に輝く金色の孔雀くじゃくの如き〝金色の種族〟は、気紛れなるも天才肌の種族なり。栗毛の騾馬らばの如く壮健にして温厚なる〝褐色の種族〟は、堅実にして努力家の種族なり。両者が有史以前から生物学的共生関係にありしや、あるいは一方が他方を使役あるいは愛玩動物として生成したる後に文明化せしやは定かならず。然し、既に帝国との公式接触の時点において、両者は一体となりて見事なる文明を築きたるが故に、単一種族として帝国への加盟を承認せられたり。その発展の歴史から、彼女は異種族間の利害調整能力に優れ、その才能を自らが所属せる文明開発省において遺憾なく発揮せり。彼女は副長官アスモデウスの推薦を受け、銀河系外周星域における技術・情報部門兼務の副長官に任命せられたり」


「銀河系外周星域は自治領なれど、当時において実質的には準開発途上星域なりき。その広大なる領域は、巨大な液化気体惑星に居住する非酸素・炭素系種族が統治せるも、帝国初期の内戦における敗北によりて銀河中央から分画され、帝国からの派遣軍が常駐すると共に、同じく中央から派遣されし副長官が内政上の拒否権を有せり。また非酸素・炭素系種族は、その多くが〝星を動かすもの〟や〝心ひとつなるもの〟の階梯に相当するにも関わらず、移動時の重力震被害を理由として惑星の星域間移動を制約され、また長官ベールほか数名以外は帝国議員の資格を与えられざりき。さらに星域内においては逆に、酸素・炭素系の少数種族が疎外され、他星域に移住を試みるとも外周星域への政治的・文化的な偏見から入植を拒まれて不満を抱く等の、困難を有する星域なりき」


「アドラメレクは科学省長官ストラスに支援を要請し、衛星軌道配置型の恒星間駆動装置を開発せり。この装置は、必要に応じて多数を併用し出力を増大せしめることにより、亜空間跳躍時の重力震を低減しうる一方、攻撃に対しては脆弱ぜいじゃくで軍事転用が困難なりしがため、帝国の技術移転制限法に抵触せざるものなりき。この駆動装置は量産され、惑星の星系間移動に活用せられたり。また、彼女は自ら多数の分離個体と共に巨大惑星に移住して活動することにより、一定水準以上の適応能力を有する種族にとりては、居住星域や基盤元素の相違が問題とならざることを実証せり」


「加えて彼女は、以下の如き情報を星域内に知らしめ、種族間の相互理解及び分権的な社会改革を図れり。即ち、長官ベールは惑星上の基礎的な生物種が巨大なる群体を形成し、生態系を維持すべく知性を得たる種族なるが故に、星域内のほとんどの種族はあたかも生態学的な共生関係の如く組織化され、母性的なる慈愛に満ちた統治の恩恵を享受したること。然しまた同時に、酸素・炭素系種族を含む各種族の独自的な発想や努力が、星域全体の発展をもたらす場合も存すること。さらには、これらを制限する外周星域の固定的な階層社会が帝国中央による同様の参政権制限を正当化し、彼女達自身の発言力を抑えるものとなりつつあることなり。かように率直なる情報提供に基づく彼女の種族間融和政策は、非酸素系種族・酸素系種族の双方から高き信頼及び支持を獲得し、星域内における文明開発は大いに進展せり」


「現皇帝及びアスモデウスが、アスタロト及び我の分離体と共に外周星域を訪れたる際、ベールは仁愛を以て副長官とその盟友を保護せり。然し、開発計画への干渉によりて多数の途上種族が滅亡せしことが確認され、さらには帝国派遣軍が強圧的なる捜索と、非協力的種族への攻撃を開始せるに及び、彼女は新帝国側において参戦せり。これに対して現皇帝は、外周星域への広範なる自治権の付与と、後続のストラスを通じたる先進技術の提供によりて報いたり」


「〝外周星域の戦い〟は、新帝国側優位のうちに推移せり。アドラメレクの開発せる駆動装置によりて、星域内の主要惑星は安全宙域への避難に成功せり。またストラスによる防衛技術の提供及び、アスモデウスによる派遣軍現地徴集部隊への説得工作の助けを受けて、外周星域軍は勇敢に防衛戦を展開せり。これに対して帝国派遣軍は、その活動に正当性を欠き、装備も旧式なりしが故に、士気を失いて急速に消耗せり。然し、派遣軍司令官たる中枢種族ガルガリエルは、強力なる可動要塞惑星と一体化し、麾下の艦隊に母星破壊や遠隔自爆操作による脅迫を加えて動員を継続せり。外周星域艦隊の損害もまた増加せることを知りたる現皇帝及びアスモデウスは、自らおとり作戦を実施せり」


「銀河系渦状肢間の恒星少なき宙域に移動せし彼女達は、その情報を意図的に漏洩せり。ガルガリエルは自ら艦隊を率いて同宙域に赴き、外周種族の艦隊と共に潜伏せる両者を発見せり。然し、護衛艦隊を外周艦隊の陽動によりて分離されし後、両名に殺到せる中核艦隊の眼前に、何らの前兆となる重力変動もなく、亜空間跳躍のきらめきと共に数千の駆動装置を伴いし高重力暗黒天体ブラックホールが出現したる時、〝外周星域の戦い〟は事実上終結せり。アドラメレクは精密誘導のためこれに随伴して跳躍せるが、力場障壁はここでも十分にその機能を発揮せり。アドラメレクの惑星に対し核融合点火を図りたる必殺の反物質化攻撃は照準を外れ、惑星全体を覆う鏡の如き物理障壁の手前で無数の光の泡と化して昇天せり。要塞惑星が暗黒天体に衝突し吸収されて発生せし莫大なる電磁波と素粒子の放射は無害化され、外周星域の解放を祝福する旭日の如く、彼女の惑星を美しき虹色に輝かしめたり。戦後彼女は帝国史上初の、長官推薦に基づく外周星域副長官として再任せられたり」


「以上の如く説明を行いし理由とは、今なお帝国に残存せる中枢種族による情報操作の悪影響を除くことにより、偏見なき視点から現在の帝国の状況を再認識することを助け、以て不幸なる歴史的経緯から旧帝国軍事組織に参加せし汝等の、武装放棄と社会復帰を奨励するためなり」



6 政治宣伝プロパガンダに抗して


「旧帝国の逃亡政権は政治宣伝プロパガンダを目的として、新帝国を〝闇の帝国〟、現皇帝サタンを皇位簒奪のために〝光輝帝ルシファー〟と自称せる〝闇の王〟と説明せり。然し、この名は周知の如く、彼女が文明開発長官の地位にありし時、開発途上の種族に対する文明発展支援の功績によりて、〝知恵の光をもたらす者〟という意味にて帝国の臣民より与えられしものなり」


「アスモデウスもまた、〝欲望王〟と呼称せられたり。然し、彼女は現皇帝と外周星域を訪れたる際、自らの惑星の電磁気・重力学的特性を彼女のものと同一に偽装して、派遣軍からの攻撃の危険を分散せり。この偽装は同地における最後の会戦の際にも、現皇帝を目標として殺到せる敵艦隊を一時混乱せしめ、アドラメレクによる攻撃の成功に寄与せり。私欲のみにて行動する種族に、かかる行為は行い得ざらん。彼女の積極的なる外交活動もまた、利己的なる権益追求のために非ずして、生来の社交性や他種族への共感能力、そして彼女が現皇帝と共有せる〝全ての種族のための文明発展〟への情熱によるものなることは、今日までの彼女の民生分野における社会貢献からも明白にして、彼女なかりせば現在の新帝国はあるまじ。〝熱情王〟の別名もまた虚飾に非ず」


「旧帝国の時代より銀河系最高の頭脳と称されし科学長官ストラスを〝狂王〟と呼号するに至りては、もはや考案者の精神的健康を案ずる他はなし。確かに知性、即ち環境変化に対応して活動を制御し、多様に変化せしめ得る知的生命活動能力は、単純なる本能と異なり、無限の可能性の代償として、結果的には無益や自滅に至る危険性も有する、一種の狂気とも称し得る属性なり。然しかような哲学的見地を除けば、彼女はむしろ、技術の軍事利用のみに執心せる中枢種族より、遥かに健全な感覚を有する種族なり。彼女の技術開発はその高度さ故に一見過激なものと誤解されがちなるも、実は既往の技術革新及びそれに伴う経済・社会の変化を受けて、次に来たるべき新たな需要・価値観を満足せしむべく指向されし、極めて適切な性格を有するものなり。既に多くの彼女の優良技術が帝国の発展に貢献し、特に種族間融合体の形成技術は星間紛争を根絶し、新たなる進化の可能性を拓く画期的成果として期待せられたり。彼女はまた、〝未来あるもの〟への参政権付与や軍事に代わる産業種族の育成等の、社会工学分野においても的確なる数理分析・予測を提供し、現皇帝の政策立案を支援せり。かかる者には、〝賢明王〟以外の呼称は考え得ざらん」


「犯罪的中枢種族の討滅や内乱・分離勢力の平定に貢献せるグラシャラボラス・アミー及びヴォラクは、それぞれ」〝暗殺公〟〝滅亡伯〟〝焦土伯〟と呼ばれたり。然し、中枢種族ザフィエルに見えざりしものは暗殺者の剣に非ず。ただ一途に平和を求めし〝純真公〟を守りたる、慈愛の盾なり。また双子姉妹のアミー及びヴォラクにも、旧皇帝領の破壊者を討ちて同地の全滅を防ぎたる〝救国伯〟、中心星域の平定に際して犠牲の最小化に貢献せる〝救命伯〟の名こそ相応しからん」


「我が上官なりし〝正義公〟アスタロトには、〝反逆公〟の名が進呈せられたり。これにつき我が報告を受けたる彼女は暫しの沈黙の後、『先帝を弑逆し、内乱を招来して帝国に滅亡の危機をもたらせる逆臣賊将共から裏切者と呼ばれしことは、帝国の忠臣たるべく努め来たる我にとりては、むしろ名誉の証なり』と語りて、一笑に付したり」


「我に冠せられし〝非情侯〟の名もまた、極めて不本意なものなり。非情とは言うまでもなく、先帝の名を騙りて姉妹種族たる我及びカイムが相戦うことを強いたる、中枢種族バラキエルにこそ向けられるべき形容なり。然しかかる仇名を考案せし種族は、よもや破壊されしカイムが我と融合して再生し、再会の喜びと共に彼女達への激しき怒りを以て戦いあるとは、夢にも考えざるまじ。我が彼女との戦闘において破壊を免れたるは、統一力場障壁の効果及び姉妹種族間の情愛の故なり。従って〝強健侯〟の名称もまた、過大評価というべきならん。然し、我はこれよりその名に相応しき者となるべく、今後も全力を尽くして任務を全うする所存なり」


「アドラメレクはその巨大惑星への適応と移住によりて、〝怪物公〟と呼ばれたり。然しそもそも言うまでもなく、かかる異質性の認識とは相対的なものならん。加えて現在では炭素・酸素系種族や否やという基盤元素の相違よりも、個体群種族から種族融合体への発展の方が、構成物質の自由度や能力・特性において遙かに大いなる変化をもたらし、従来の種族区分を意味なきものとせしことは、最早もはや全ての知的種族の科学的常識なり。従ってかような命名こそ、他種族への無知と偏見を蘇らしめて新帝国内の種族間対立を煽動せんとする、正に怪物的にして忌まわしき政治的謀略の発露にして、断固排斥さるべき誹謗ひぼうの言辞というべし。なお、現在彼女の惑星においては、その広大なる容積と先進技術をもとに、多様な種族が快適に共存し得る〝楽園〟区域、相互理解のために他種族の生活を学習・疑似体験し得る〝交流〟区域、さらには相互の長所を活用せる新産業育成のための〝協働〟区域が建設され、ここを訪れる他種族の指導者や観光客を魅了・啓発することにより、〝美麗公〟の名声を一段と高めつつあることを、ここに付言するものなり」


「〝地獄王〟バールゼブル及び〝辺境王〟ベールの名称につきては、いささか複雑なる事情があることを認めざるを得ず。何となれば彼女達自身も、これらの二つ名を愛称あるいは尊称の如く、好んで使用する場合があるためなり。然し彼女達が親しくその名を使用する時、我等は非人道的なる超新星兵器が可住宙域を破壊してこの世の地獄と化するという事実や、旧帝国においては銀河系外周星域の文明開発に消極的なりし歴史もまた、想起すべきなり。またこれら二つの星域においては、大戦による超新星爆発の影響あるいは武器の遺留、治安の悪化等の危険が今なお存在し、盗掘者や逃亡犯、もしくは興味本位の侵入者が自己または周囲に危害を及ぼす事態を防止すべき必要性があることにも、留意すべきなり。然しながら、かかる状況が克服されし暁には、彼女達は旧皇帝領を戦前以上にまで復興せしめたる〝再建王〟、永きに渡る中央・外周星域間の格差と対立を解消したる〝偉大王〟と称されるべき者ならん」



7 新たなる同胞に告ぐ


「銀河系は現在再建の途上にあり、大戦の影響を被りしアンドロメダ銀河においても、被害宙域の復興や統治機構の再編、先住種族との良好なる関係の構築等の課題が山積せり。今日の我等に必要なるものは、過去の遺恨や種族的偏見を捨て、手を携えて新帝国の建設と、民主化等のさらなる発展を実現し得る人的資源なり。既に重大戦犯の拘束または死亡確認は完了し、他の関係者につきては中枢種族間の内戦という異常事態に鑑み、温情ある措置がとられる予定なり。武器引渡と投降を行いたる者は調査の後、問題なくば希望する場所への移転及び居住が認められん。これに関しては安全上の必要から暫くの期間一定の制約があるものの、旧皇帝領を含む旧中心星域の復興はもとより、旧開発途上星域及び銀河系外周星域の共同開発、あるいは旧帝国系種族が多く居住せるアンドロメダ銀河への移住、さらには有望なる可能性を有する小銀河群の開拓まで、我等は相談に応じ様々な未来への道を提供することが可能なり」


「我が心身の四分の一は、かつて汝等と同じ陣営で戦いし種族融合体、カイムなり。忠誠と信頼の対象たる先帝を失い、指導種族にも恵まれず、絶望的なる状況のもとで、れども何らかの美しく、切なる理想を抱き、戦い続けたる汝等と同じ感情を経験せし者なり。また旧王朝下では考え得ざる配慮を受けて復活し、今では姉妹一体となりて名誉ある職務に就ける者なり。故に、我アモンはここに帝国星間法に従い、我が融合体本体とこの分離個体と地球派遣分離体の名において、汝等旧帝国系武装組織の構成員に対し、次のことを提案せん。即ち我は、姉妹種族カイムに対すると同様の情愛を以て汝等を新帝国に歓迎し、その貢献に応じたる待遇を以て報いることを誓約し、汝等忠良なる帝国の戦士達に、名誉ある投降を呼びかけるものなり」

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