三章四節

「――よし完成」

 がたがたと揺れる車内で、エリノルは自身の体ほどもある銃器を組み立てていた。

「な、なんですそれ?」

 ちらっとバックミラーを見て、圭吾は戦々恐々とした。まさか狭い車内でそんなもんをぶっ放すつもりではないだろうな。

 圭吾の不安をよそに、エリノルは背中越しに笑った。

「我が祖国の重機関銃よ。エヴァのやつ良い仕事するわね」

 そう言ってエリノルは野太い銃身を外に突き出し、両足を投げ出すとバックドアで踏ん張る体勢を取った。

 車内に重い発砲音が轟いた。追跡車輛の一台に火力が集中する。

 運転席、エンジン部分と命中。車輛は炎を纏い、走行不能となった鉄の塊は、後ろを走っていた一台を巻き込んだ。深夜の道路が爆炎で華やぎ、その衝撃は圭吾たちの元にまで届いた。

 残り三台。

「ぐっ……」

 圭吾は奥歯を噛み、邪念を振り払おうと努めた。全ての神経を運転に傾けるのだ。

「次、右。いや左!」

 銃火の中、エリノルの指示が飛ぶ。ハンドルを急激に切る。先ほどまで走行していた空間に火花の束が奔った。

 すかさずエリノルが応射。サイドミラー越しに一台の追跡車輛が火だるまになり、ガードレールに突っ込む光景が見えた。

「あと二台」

 感慨もなさげに、エリノルは呟いた。多くの人間が死んでいるというのに―――やはりこの女性は、非日常側の人間なのだ。

 交差点が近づく。信号機は黄色表示を示し、明滅を繰り返している。今のところ横切る車輛は見当たらない。

 だとしても――圭吾はブレーキを踏みたい衝動に駆られた。

「あの、エリーさん。これって……」

「レッツゴー、ケイゴ」

 偽留学生・マリアの片言口調になるエリノル。これには圭吾は苦笑した。

「死んでも知らないですよ……!」

「ダイジョウブ、怖がらないデ!」

「まったく、もう……」

 全力でアクセルを踏み込む。こうなったらヤケだ。

 このまま行けば大丈夫。漠然としたイメージが圭吾の中に浮かんだ。確信のない自信は、よりいっそう車を加速させ、交差点へと進入させた。

 真横から目映い光が差す。

 大型トラックのヘッドライトだった。独特のクラクションとブレーキ音が背筋を凍らせる。瞬時的に時間が間延びし、一秒が一時間にも感じた。

 大丈夫。

 圭吾はアクセルを限界まで踏み続けた。

「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 圭吾が叫ぶ。

 車が走る。

 そして、交差点を抜けた。

 相前後して後ろから爆音が轟いた。追跡車輛一台が急ブレーキで横転した大型トラックと激突し、宙を舞っていた。もう一台は事故車の間をすり抜け、執拗に迫ってくる。

 はぁっと圭吾は息を吐いた。

 見ず知らずの人を巻き込んでしまった。自分が生きているという喜びはなく、自責の念が湧き起っていた。

「大丈夫よ、圭吾くん」

 それを察してか、エリノルは優しく言った。

「なにが、大丈夫なんです」

 圭吾は言葉を詰まらせながら問う。

「見たところ火は出てないようだし、それに――」

「それに……?」

「あなたは大丈夫だと思ったんでしょう」

 圭吾の心を見透かしたように、エリノルは凛として言った。

 確かに、大丈夫だと思った。誰もあの場では死なないと直感的に思ったのだ。

「これも、例のバカバカしい能力のお蔭ってことなんですね」

 圭吾は自嘲的に笑った。

「そうよ。私たちの能力は脳の活動が活発化するとき、より強く発現するわ。命の危機とか、そういう類の体験をしたときにね」

「じゃあ、トラックの運転手は……」

「無事よ。脳震とうくらいは起こしてるだろうけどね」

「そっか……」

 安堵の吐息を漏らす圭吾。しかしエリノルの声は緊張感を増していた。

「まだよ。まだ、来る」

「でもあと一台ですよ。逃げ切れるんじゃあ……」

「いいえ。これからが、本番」

 サイドミラーに小さな光が煌めいた。その光はどんどん近づいてきて、ついに視認できる距離にまでやってきた。

 それは見慣れない型のバイクだった。簡素な作りに見えるが、そのフォルムは機動性を追及した様がうかがえる。

 運転手は――

「ミクリヤよ」

 エリノルの言葉に、圭吾は息を飲んだ。

 周が、そこにいるのだ。

 車は国道をひた走る。

 夜明けは遠く、深夜の逃走劇は続いた。

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