第三話 プリンスとの勝負(1)

  第三話 プリンスとの勝負


 それからの五日間、迅雷はジムに通う日と決めている水曜日を除いて、学校が終わると秋葉原のレーシングセンターに通ってつばさたちにオンライン・フォーミュラのいろはを教わりながら、タイムアタックをして真玖郎の持っている記録に挑み続けた。

 ナイト・ファルコンのゴーストと走っても物足りないだろうと思っていたのは迅雷が浅はかで、実際のところゴーストは真玖郎の影として迅雷にライバルの成長の跡を見せつけてくれ、影とえどもなかなか張り合いがあり、追い抜いて勝利を収めるのは快感であった。

 とはいえ、しょせん影では迅雷の相手など務まらない。迅雷は一日一勝のペースでナイト・ファルコンの記録を打ち破っていった。夕方から午後七時ごろまではつばさたちと、つばさたちが帰ったあとは一人で、タイムアタックやレースをこなして、DPを少しずつ獲得していたのである。一年以上先行している真玖郎の後ろ姿はまだ遠かったが、千里の道も一歩からだ。

 そして週末の土曜日、正午を回ったころ、迅雷は今日も秋葉原にあるOFのレーシングセンターを訪れていた。

 ――つばさと約束した時間は午後零時三十分。少し早く着いたな。

 今日はいつものように走るだけではない。プリンスこと恋矢と会って、彼との勝負について日時の決定や条件の確認などをすることになっている。

 ――俺はつばさの恋人としてプリンスに会わなきゃいけない。

 迅雷はそのことを肝に銘じると、待ち合わせ場所のカフェ・パドックに向かって歩き出そうとした。そのときだった。

「迅雷君」

 後ろからかかった聞き覚えのあるその声に、迅雷は胸をときめかせながら振り返った。果たしてそこには案に違わず、栗色の髪を束ねて背中に垂らした、一見して地味な、しかしよく見れば華やかな顔立ちをしている眼鏡の女性が立っていた。

「片山さん」

「お久しぶり」

 片山はそう云って微笑みながら、迅雷に眼鏡越しのウインクを寄越した。迅雷はそれに痺れてしまってものも云えない。そんな迅雷の心を知ってか知らずか、片山は気さくに話しかけてくる。

「よかった、会えて。このあいだ、迅雷君がつばさちゃんと走ったレースのあとは、会えなかったもんね」

「帰る前に受付に寄ったんですけど、片山さんいなくて……この五日間も、俺、行きと帰りに受付を覗いたんですけど、片山さんはいませんでした」

 だから迅雷がこうして片山と会うのはあれ以来だ。今日の片山は先日と違って制服姿ではなく、ジャケットにブラウスにジーンズと云う、素っ気ない私服姿である。はち切れんばかりの乳房にくらくらしていると、片山が頷きを返しながら云った。

「私の本来の仕事は実況レディなのよ。受付嬢としてはアルバイトだから、勤務シフトも他の子たちの都合に合わせてよく変わるの。この五日間は早番で昼過ぎには上がっていたのよ。そんなんだから、つばさちゃんたちとも、友達になったのはあの子たちが夏休みのときだったかしらね」

「へえ」

「ちなみにつばさちゃんたちとはよくメールのやりとりをしていて、迅雷君のことも色々聞いてるんだけど、迅雷君は二人から私のこと聞いてない?」

「いや、全然」

 迅雷の片山に関する知識は六日前で止まっていた。

「でもあなたが実況レディのジェニファーとして画面のなかに現れたときは、本当にびっくりしましたよ」

 迅雷が今の地味な装いの片山の姿に、実況レディたるジェニファーの華やかな姿を重ねながら惚れ惚れと云うと、片山は少しばかり肩をすくめた。

「私も自分で自分にびっくりしたわ。実況レディとしての自分は封印してたのにね」

 その言葉でストーカがついた云々とつばさが口走っていたのを思い出した迅雷は、事情を薄々察してこの話はしない方がよかったかと後悔に襲われた。

 と、そんな迅雷に微笑みを向けながら、片山は爪の整えられた綺麗な指で迅雷の胸を軽く突いた。

「ちなみに実況レディのお仕事は正式に復帰したわけじゃないわ。とはいえ受付のお仕事も今日はお休みで、他にすることもないから、ついここまで来ちゃった。迅雷君は、今日も走るの?」

「はい、シートの予約は取りました。一日一勝のペースでレースと、あと一人でタイムアタックをやっています。記録を塗り替えてやりたい奴がいるんで。でも今日の本題はそれじゃないんですよ。実はつばさに頼まれたことがあって……」

「つばさちゃんからあらましは聞いてるわ。プリンス君と会うんでしょう」

 早手回しにそう云われて、迅雷は軽く目を瞠りながら首肯うなずいた。

 そのあと二人はセンター内を行き交う人の邪魔にならないよう、壁際に移動してから話を続けた。

「プリンスのこと、知ってるんですか?」

「まあ、一応ね。つばさちゃんに付きまとってるのを何度か見かけたのと、運営コントロールタワーに苦情が寄せられるのとで、なんとなく覚えちゃった。根はそんなに悪い子じゃないと思うけど、かっこつけで、勝つために手段を選ばないところがあるわね。それでプリンス君とつばさちゃんを懸けて戦うんでしょう。つばさちゃん、電話でとても嬉しそうに話していたわよ」

 片山はそう笑いながら、冷やかすようにして迅雷を肘でつついてくる。

「迅雷君もやるわね」

「いや、あいつとはそんなんじゃなくて……」

 そこで迅雷は言葉が空回りしそうになった。仮初めの恋人関係を結んだのは事実だし、つばさが可愛いのもそうだが、片山にだけは勘違いしてほしくない。

 迅雷は眼鏡の奥にある、片山の青い瞳をじっと見つめて、うっそりと云う。

「片山さんは結婚してるんですよね」

「え? あ、うん。まあね」

 片山はそう云って左手を迅雷の目の高さに掲げた。薬指には、たしかに銀色の結婚指輪が嵌っている。

 やっぱりか、と迅雷はため息をこらえながら云う。

「さっきすることがないって云ってましたけど、休日なら旦那さんと一緒に過ごさないんですか? せっかくのいい天気なのに」

「ああ、いいのいいの。私とダーリンは束縛し合わない関係だから」

 そういうものなのだろうかと思ったが、夫婦のことが迅雷に解ろうはずもない。と、片山は体の向きを変えて、壁にもたれるようにして立った。迅雷もまた同じように壁にもたれて立ち、首は左に向けて片山を見る。片山もじっと迅雷を見つめている。

「……プリンス君とのレースも、また私が実況してあげるわ」

「いいんですか? 実況レディの仕事は正式に復帰したわけじゃないんでしょう?」

 迅雷はそう問いながら、片山の朱唇に見入っていた。その唇がにっと笑う。

「ええ。だって君の走りが気に入ったから。だから当分は君の専属。と云っても、さすがに全部のレースについてあげられるわけじゃないけどね」

 そこでなにを思い出したのか、片山は嬉しげに喉の奥でくつくつ笑ったあと、迅雷に顔を近づけてきた。

「オンライン・フォーミュラの世界に足を踏み入れてる女はね、基本的に速い男が好きなのよ。それに加えて君はとてもハンサムだから、きっともてるわよ」

 片山はなにか眩しいものでも見るような目をしてそう云った。それは同時に、決して手の届かぬ高みにあるものへの眼差しでもある。だが、どうして自分が彼女より高いところにいるなんてことがあるだろう。迅雷にとっては、むしろ片山の方が高嶺の花なのに。

「あなたにも?」

 迅雷は相手が人妻であることを承知でそう切り返していた。ちょっと驚いたように目を瞠った片山が、さあどうかしら、とでも云わんばかりに小首を傾げて笑う。

 かっ、と迅雷の胸裡で滾るものがあった。

「笑ってごまかさないで、答えてくださいよ」

 迅雷は本能に突き動かされるようにして片山の前に回り込むと、片山の頭の横の壁に手をついた。片山が一瞬、硬直する。構わず答えを迫ろうとしたところで、それを制する冷ややかな声が後ろからした。

「なにしてるんです、お兄さん?」

 迅雷が驚いて振り返ると、いったいいつの間に忍び寄ったのか、そこに車椅子の少女と、その車椅子のハンドルを握っている少女の姿があった。先日とは服装が違っているが、髪型は同じの、つばさとことりの姉妹である。

 ことりは困ったような微笑を浮かべていたが、つばさの口元にあるそれは冷笑だ。

「よう、いたのか」

 迅雷がそう云って笑うと、つばさは迅雷を悔しそうに睨みつけてきた。

「いたのかって、待ち合わせの約束してたんですから、いるに決まってるじゃないですか! 着いたなら着いたでメールの一通くらい寄越して然るべきでしょう! どうして報せてくれなかったんです? 私とことり、パドックでずっと待ってたのに!」

「ああ、すまんすまん。約束の時間までまだあるから、別にいいかと思ってな」

 ははは、と迅雷は笑ってやり過ごそうとするのだが、つばさは憤りが収まらない様子である。

「よくありませんよ。だいたいお兄さん、万事において連絡がずぼらすぎやしませんかね。いったい、あれから今日までのあいだに私が何通メールを出したと思ってるんです? ちょっと自分でも数え切れないくらい出しましたよ? なのにお兄さんたら、私のメール十通に対して一通くらいしか返信を寄越しませんよね。ショート・メッセージも全然拾ってくれないし!」

「うん」

 迅雷の生返事に、いよいよつばさは癇癪を起こしたらしかった。

「うんじゃないんですよ。お兄さんは私の恋人ですよね? 恋人ならもっと私とお話しして下さい」

「いや、ちょっとメールの数が多すぎて、面倒くさいかなって」

「め、面倒くさい? な……んという暴言! 私はお兄さんのために――」

「まあまあ、まあまあ」

 そこで片山が二人のあいだに割って入ってきた。笑っているが、その口元は少し引きつっている。

「つばさちゃん、ことりちゃん、こんにちは」

「こんにちは」

 と、ことりはそう挨拶をしたけれど、つばさは目を逸らしていかにも臍をげたように「こんにちは」と唸るだけである。

 ことりはそんな姉を気遣わしげに見たけれど、声はかけず、なにか意を決したような顔をして、迅雷に視線を放った。

「迅雷さんも、こ、こんにちは」

「おう、こんにちは。ことりは本当、可愛いな」

「えっ」

 不意打ちの賛辞にことりは頬に朱を散らし、どぎまぎした様子であったが、急いでかぶりを振るといかにも一所懸命な眼差しで迅雷を見つめてくる。

「あのですね、迅雷さん。お姉ちゃんは、その、私も傍で見ていてちょっとメールの回数が多いかなって思ったんですけど、でも本当に嬉しそうだったんですよ。だからその、手間でももうちょっと優しく接してあげてくれると、私も妹として嬉しいです!」

「そうか?」

「はい!」

 ことりは迅雷がじろりと睨みつけても、目を逸らさなかった。小さな心臓をしている娘が、姉のために四つも歳上の男に意見したのだ。その妹心を、迅雷は意気に感じた。

「おまえがそう云うなら、五通に一通くらいは返信するようにするよ」

「電話にもちゃんと出て下さいね?」

 と、妹に便乗してきて念押ししてきたのはつばさである。

「わかった」

 これ以上、こじれるのが厭で、迅雷は二つ返事でそう答えた。

 するとようやくつばさは機嫌を直したようで、心なしか背筋を伸ばし、晴れ晴れとした顔をして迅雷に笑いかけてくる。

「で、お兄さんは片山さんとなにを話してたんです?」

「いや、偶然会ったんで、色々……そういえばおまえ、プリンスのこと片山さんに話しちまってるんだな」

「ええ。私たち、結構仲良しですから」

「受付に立ってる片山さんといつのころからかお話しするようになってしまって……年齢は離れてますけど、友達です」

 と、つばさとことりが相次いで教えてくれた。

 なるほど、振り返れば迅雷とつばさたちの出会いの橋渡しをしたのは片山である。店員と客が友達になってしまうことは珍しくないから、片山と二条姉妹の場合もそれであろう。迅雷が一人そう納得していると、つばさが片山に視線をあてて切り出した。

「ところで片山さんって、お兄さんのこと気に入ってますよね」

「えっ?」

 瞳を抜かれたような片山に向かって、つばさは僅かに身を乗り出した。

「だって、実況レディとしてライトニング・バロンに唾をつけたじゃないですか。それって気に入ってるってことですよね?」

「まあね。たしかに私は彼のこと気に入ってるわよ。それがどうかした?」

 片山はなにも知らぬ無垢な者の顔をして小首を傾げた。するとなにを考えているのか、つばさの片山を見る目はみるみる胡乱げになっていく。

「さっきお兄さんが片山さんとは偶然会ったと云ってましたけど、それって本当に偶然ですか? 今日ここでこの時間にプリンスと会うこと、私から聞いて知っていたわけですから、もしかして片山さん、お兄さんに会いに来たんじゃ?」

 えっ、と片山は低く唸って仰け反った。しかし動揺したのも一瞬のこと、すぐに笑って、腰に手をあて、胸を張る。

「考え過ぎよ。だって私は既婚者よ? おほほほほ……」

 そう笑う片山に、しかしつばさはなおも針のような視線を浴びせている。

「既婚者って云いますけど、私、片山さんの旦那さんの写真、一度も見せてもらったことないですよ? 友達なのに」

「それはあれよ、うちのダーリンは写真を撮られると魂を奪われるって話を本気で信じているタイプなのよ」

 そう笑って答えた片山は、つと横を向いて英語でぼやいた。

「――恐ろしい子」

 つばさはぴくりと眉を動かしたが、引き下がって車椅子の背もたれに体を預けた。

「ふん、まあいいです。それじゃあ片山さん、お兄さんは私が連れていきますから」

「ええ」

 片山は一つ頷くと、次に迅雷を見た。

「私がプリンス君と会っても仕方ないから、今日はここでお暇するわ」

「そうですか」

 迅雷は少し残念に思ったが、致し方ない。

「それじゃあ……」

 そう別れの言葉を述べようとした迅雷の手を、いきなり片山が掴んできた。そしてジーンズのポケットから出した、四つに折り畳んだ紙片を迅雷の手に押しつけて握らせる。

「これは……?」

 迅雷は片山の手の感触に胸をどきつかせながら、渡された紙片を茫然と見下ろした。片山が笑って云う。

「私の連絡先。あとで君のアドレスも教えてちょうだい。今日から私たちも友達よ」

「は、はい。わかりました」

 得難い宝物を手に入れた気分で、迅雷は右手の紙片を握りしめた。片山はひらひらと手を振り、迅雷から離れ、つばさとことりに一言云って、センターの出口へと向かう。

「じゃあ、また今度ね」

 そうしてセンターを出て行った片山の後ろ姿を、迅雷がうっとりと眺めていると、つばさが車椅子を動かして近づいて来た。

「お兄さん」

「なんだ?」

 つばさを見下ろすと、つばさは迅雷に迫力のある眼差しを据えている。

「お兄さんは私の彼氏ですよ。わかってますね?」

「ああ、もちろんだ」

 迅雷がつばさの恋人になる。そういう芝居をする約束だった。


 ところ変わって、ここは秋葉原レーシングセンターの一階、無数のディスプレイにレースの模様が映されているカフェ・パドックの一席である。円形の卓子を、迅雷はつばさとことりの三人で囲んだ。車椅子のつばさに備え付けの椅子は邪魔であったので、迅雷が椅子の一つを横に動かして空間を作ってやり、つばさはそこに収まっている。

 プリンスこと恋矢とはこのカフェ・パドックで会うことになっており、そろそろ待ち合わせの時間になんなんとしていたが、恋矢はまだ姿を見せない。

 迅雷は先に注文したアイスティーで喉を潤しながら、つばさに視線をあてた。

「ところでさ、プリンスって卑怯なことばかりするらしいが、レーサーとしての基本的な腕前はどうなんだ?」

「そこそこ速いですよ。もちろん、私ほどじゃありませんがね。ですから、尋常な勝負であればお兄さんが負けるはずはないと思います。尋常な勝負であれば……」

「思わせぶりに二回も云うんだな」

 迅雷が笑っていると、つばさは顔の傍に右手の人差し指を立てて真面目な顔で云う。

「お兄さん。これは賭けてもいいですが、プリンスってまともにやっても勝てないと判ったら手段を選ばず卑怯なことばかり仕掛けてくる男ですよ」

「ふうん。でもオンライン・フォーミュラにだって審査員スチュワードもいれば運営からペナルティを科されることもあるだろう?」

「それはもちろんですが、今度のレースの場合、自分で云うのもなんですけど条件が条件なので……ペナルティを厭わない可能性が出てくると思います」

「ふむ」

 迅雷は笑みを消して頷いた。好きな女を奪われるくらいなら違反を犯してライセンスを停止された方がマシ、とまで恋矢が考える可能性もなくはないということだ。

「……まあ、今から気を揉んでも仕方ないかな」

 そう呟いた迅雷は、そこでストローを口に含んで喉を潤した。と、ことりが思い出したように云う。

「ところで迅雷さん、この一週間、あの外国の人を一度も見ませんね」

「外国の人って、サイモン先生か? そりゃいつも一緒に行動してるわけじゃないからな。あの人は俺の英語の先生で、俺にオンライン・フォーミュラを紹介してくれた人でもあるけど、今日はどこでなにをしてるんだか」

「そうですか。でも先日、別れ際に『バーチャルレーサーとしての道を歩み始めたボーイをいつも見守っているぞ』って云ってたのに、全然姿を見ないので」

「まあメールでのやりとりはしてるし、そのうちふらっと顔を出すかもしれないけど……」

 迅雷はどうでもよかった。それよりも恋矢に待たされているのが気になる。

「あいつまだかな」

「そろそろ来るはずですけどね」

 腕時計を見ながらそう云ったつばさが、半地下に降りる階段の方へ視線を投げた。迅雷も同じようにして見たが、今のところそれらしい人影はない。

「よし」

 迅雷はそう一声あげて立ち上がると、目を丸くするつばさたちを見下ろして云った。

「トイレって、どこだっけ?」

 迅雷はまだセンターの内部に不慣れであった。レーシングルームのある二階のトイレの場所はわかるが、一階はわからない。

「ああ、そういえばまだお兄さんにセンターの中を案内してあげられてませんでしたね。今日こそは時間があるので案内してあげたいところですが……それはともかく」

 つばさはそこで言葉を切ると、ことりに視線をあてた。

「ことり、案内してやれ」

「うん」

 ことりは名残惜しげにクリームソーダを一口飲むと、立ち上がって迅雷の傍に寄って来た。

「じゃあ私についてきて下さい」

「ああ、頼む」

 迅雷はつばさをその場に一人残し、ことりのあとについて週末の混雑するカフェ・パドックを通り抜けていく。つばさと一緒にカフェエリアに入ったときはバリアフリーの斜面を下ったが、ことりと二人の今は階段を軽やかに上って、少し歩いてトイレまでやってきた。

 迅雷が男子トイレに入ろうとすると、ことりも女子トイレに足を向けた。

「ついでに私も……」

 ことりは消え入りそうな声でそう云って女子トイレに姿を消した。

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