運命の歯車に乗って その6 

「うわお。こりゃ、またビップな対応受けちゃってるな」

「まさか、地下にこんな豪勢な宿泊施設があったとは」


 サズとタロウは用意された宿泊部屋は、ふかふかのベッドに完全完備されたシャワールーム。備え付けの冷蔵庫の中には豪勢な食事が入っていたりする。

 それはこの時代。ユーカライズ王朝が直接支配をする首都でも中々に類を見ない豪勢さだった。


「ま、いかにここの違法闘技場イリーガル・レアの儲けがいいかってのがよくわかるな」

「これだけの設備が整えられて維持できるってことは、王朝と同等かそれ以上の貯蓄額はあるってことになりますよ」

「王様より金持ちってか。そりゃ、毎晩豪遊しても使い終わらねーってことだな」

「きっとこれから先。資金の面は何世代も働かずして生きていけるでしょう。少なくとも十世代は余裕でいけます」

「一世代を百年換算すれば、ここの一族さんは千年先までは何もしなくていいってことだな。そりゃ、スゲ」


 そんな話をしながら二人はベッドに座る。

 ぼふっと音をたてるベッドは、この時代では富の象徴の一つとしてよく知られている。


「うわっ、まさか俺さんの生きている中でふかふかなベッドにありつけるとは」

「俺も人生初です。うー、柔らかすぎて跳ねますよ」

「うっほー! このベッドで一日中遊べる気がするぜ」

「同感です。この全身を包み込み疲労を吸い取ってくれているかのような心地。本では人をダメにする寝具と書いてありましたが、まさしくその通りですね」


 それはまだユーカライズ朝の前身となるユーカライズ王国ができるもっと前の時代。

 今とは違い化学が世界を支配していた時代の頃は、こういった寝具が格安で出回っていた。

 サズは幼いころに本を読みそう学んでいた。

 そんな言わば、過去の遺産を体で味わえる喜びはこれ以上にないことだろう。


「はうぅ。最高ですぅ」

「声だけ聴いたらスゲー可愛い女子って勘違いしそうだな。今の」

「何言ってるんですかぁ」

「いや、マジでよ」

「そうですかぁー」


 二人はベッドに、試しにと横になった途端得体のしれない脱力感と虚無感におそわれ、話すのさえ億劫になり掛けていた。

 そんな絶妙なタイミングで、部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。


「サズ。でれるかー」

「もう、このベッドから離れたくないですねぇー」

「…あいよー。じゃ、俺さんでるわー」


 タロウはベッドから、気だるく立ち上がり扉を開ける。


「お、なんだ? おそいに来たのか?」

「ちょっ、私まだ何も言ってないよね」

「うっせー」

「ちょっと横暴すぎませんか!?」


 そこに居たのは、ジアンだった。


「あー、はいはい。んで、どうしたん」

「いやそのー、特にはないんだけどさ」


 ジアンはどこか言いづらそうに、珍しくもじもじして視線を下に向けていた。

 そんなジアンを見たタロウは、感づいたのか部屋にいれ扉を閉める。


「んで、どったん」

「え? なにが」

「何かあるんだろ。俺さんを騙せるとでも」


 タロウのそのいつも通りのふざけた口調は聞こえこそいつも通りだった。

 だが、真剣さがいつもと違っていた。


「…はぁ。まさか、日の浅い仲間に見破られるなんてね」

「あ、ジアンさん」

「ちょっ、はー」


 ジアンはあまりにも力の抜けたサズを見て、つい溜め息をついてしまう。


「ま、いいわ。あのね、まぁ、そこのタロウにはバレバレだったんだけど話があるの」

「よ! 待ってました」

「五月蠅い」

「きゃっ」


 タロウはふざけながらジアンの話を聞こうとするが、当の本人であるジアンは物凄くイラついている。


「いいから、ふざけずに聞いて」

「あいさ」

「サズも」

「え、あ、はーい」


 サズの間の抜けた返事は、ジアンのどこか気張っていた全身の力が抜けていった。

 

「はー、なんだろう。ま、兎に角明日の事で話があるの」

「明日の事? それってサズ君がバトる以外に何かあるってこと?」

「…まぁーね」

「試合以外ってことですよね」

「もちのろん。それ以外の何があるって言うの」


 深みのある笑みをうかばせニヒルに笑うジアンからは、何を言うのかをいともたやすくわかってしまう。


「明日、いの一番にテロりましょう」

「テロ? ですか」

「なんだ、サズ君。テロも知らないのか」

「まー、そうですね」


 サズは決して嘘を言っている様子ではなかった。

 そんなサズを見て、タロウとジアンの二人は思わず顔を見合わせてしまう。


「…そうね。えーっと」

「サズ君。あれだよ、えっとー。反逆ってこと」

「あー、反逆。なるほど……て、え? 反逆!?」

「ちょっ、サズ。五月蠅い」

「これ、俺さんが悪いの?」


 テロの意味を簡単に解ってしまったサズは、思わず驚いてしまう。


「でも、反逆って。えー」

「大丈夫、大丈夫。私達六人で暴走すればなんとかなるっしょ」

「わお、大胆。暴走を始める場所とか時間とかも無いのか」

「あったりまえじゃん。そんなのこの短時間で決められるわけないじゃん」

「いやいや、開き直られてもね。別に俺さんは文句はないんだけどね。隣のサズ君を見てみな」


 そう言ってタロウはジアンにサズを見るように促す。


「…すげー。私のおかげでサズの顔が今までに見たことのない絶妙に微妙なことになってるー」

「ちょっ、ジアンちゃん!? この状況で投げ出すとか無いよね」

「もちのろん。放棄する」


 ジアンはそう言うと、そのまま百八中度回転すると魔導師とは思えない運動神経で脱兎のごとく部屋から出て行った。


「くっそ!」


 適当難癖をジアンにつけて噂を広めたい気持ちにかられるタロウだが、そんなことをしてもむなしいだけと言い聞かせてなんとかこらえる。


「…それで、タロウさん」

「ちょい待ち。まず、俺さんの中で整理するから」

「わかりましたー」


 タロウは一人この状況を、ベッドのモフモフを味わいながら整理する。

 いきなり、ジアンが来て、そんなジアンの口からデモの二文字がでてくるとは、なにかあるだろうと予想していたタロウでさえ斜め上過ぎた。


「うし。ま、細かいことは考えずに明日起きたらバンバン攻撃とかすればいいんじゃね?」

「…随分とまた」

「いいか、サズ君。これはきわめて真面目に考えてはいけないやつだ」

「あ、はい」

「よし、じゃあ今日はもう」

「ゆっくりしましょう!」


 サズとタロウはその後、だらだらと疲れをいやすように過ごしていった。


「なんか、布で寝るって新鮮ですね」

「俺さん。まさか人類からその言葉を聞くなんて思いもしなかった」

「だって、あれなんですよ。馬の上とか草の上とか」

「せめて何か敷いたりしたろ? せめて」

「いや、まったくですね。あ、でも強いて言えば、草は天然の布みたいなものですね」

「それなんかもうさ。極地に居るよね、サズ君」

「何言ってるんですか? その極地に慣れなきゃいけないんですよ、タロウさんも。一緒に旅を続けていくのならですけどね」

「…俺さん。旅止めよっかな」


 シャワーを浴び清潔になったサズとタロウは再び、モフモフベッドへダイビングする。

 ボフッと弾力性のある音を奏でれば人を瞬時に包み込みすべての疲れを吸い取っていってくれているかのような至高な時間がやってくる。

 そんなベッドの上で横になりながら他愛もないことを話すのは、実に贅を尽くしていると言っても過言ではないだろう。


「なんですか、その旅をやめる理由」

「いいんだよ。俺さんにゃ丁度良すぎる理由だ」

「流石というべきかどうか」

「そこは、よっ! 男の中の男! トウイの血を受け継ぐ男! とか盛大に褒めちぎってくれてもいいんだぜ」

「その褒める要素が何一つないから困ってるんですよ」

「あ、結構酷い」

「現実なんていつもそんなものです」

「ぶー。大人相手に大人ぶりやがって―」


 二人はまるで兄弟かのように話がどんどん弾んでいく。

 そして時間は過ぎていき、眠気も程よい感じで増してきた頃。


「おー、そろそろ寝るか」

「じゃ、魔導ランプ消しときますね」

「あ、俺さん。薄暗めの明かりがほしいかな」

「えー、真っ暗にしないんですかー」

「俺さん。ビビりだから」


 おどけて見せるタロウを、サズは早く寝たいのか少し鬱陶しくかんじながも、つい話してしまう。


「ビビりって。冗談にも程がありますからね」

「ふ、サズ君や。俺さんの何を知っていると言うのかね」

「そうですね。一人称が急に俺さんってなったことですかね」

「うわお! 気付いてらっしゃったか」

「ま、中途半端なキャラ付けだなーって」

「うわ、辛辣―」

「絶対に思ってないですよね」

「まっさかー。俺さんの心はバッキバキのボッキボキのパッサパサよ」

「もう、意味が分からないです。てか、もう寝ましょうよ」

「そうだったな」


 二人はまた少し話し込んでしまった。

 男だけの話しというのも中々に会話が途切れないものである。

 くだらない事、どうでもいい事を話題にできてそれを深く掘り下げて行ったり行かなかったり。

 そんなサズとタロウの会話は終わりを見せなかったのを、サズは察したのかみずから会話の終りを宣言した。


「じゃあ、本当に消しますからね」

「だーかーらー」

「はい、おやすみなさい」

「あ、サズ君!? マジで? それマジで」


 タロウの必死の訴えかけも、サズは物ともせずに眠りについた。

 どうやら、タロウは本当に暗闇が嫌いらしい。

 タロウにしては珍しく慌てふためくような言い方だった。


「サズ君!?」


 その後もしばらくの間タロウはサズに必死に訴えかけるが、とうに眠りについたサズにはその声が届くはずもなかった。


「……うぐぅ」


 そしてタロウは、ぐうの音のような音を自らの声で再現しながらなんだかんだと眠りについて行った。



――翌朝


「タロウさん。タロウさん」

「…んにゃん」

「起きてください。多分、朝ですよ」

「…んだー。その多分って」

「地下だからよくわからないんですよ」

「あー、そういえばぁーそうだったんなぁあー」


 初めてのふかふかなベッドで寝たおかげか二人とも元気な様子で、とても良い調子だった。


「んで、なんで俺さん起こしたの?」

「それはアレですよ。ほら、デモ」

「……あ、あー!」

「…忘れていましたね」

「あぁ、もちのろん!」


 ベッドの上で座りながらタロウは思い出す。

 そんなタロウをサズは、タロウの居るベッドの横に立ちながらあきれた様子でいた。


「んで、もう始まってんのか?」

「それが…まったく」

「んだよー。向うさん方からの話しだったのに、こっちに先陣をきれってか?」

「それが単純にまだ寝ているかのどちらかですね」

「それはまたなんともなー。イラってくるな」

「まぁ、でも。今はデモを実際にやるかどうかですよ」

「それな。結局のところ、俺さんたちはやるとは言ったけど、前向きに検討レベルだからな」

「そうなんですよね。なんか、どっちでもいいと言うか」


 サズとタロウが部屋でそんな話をしていると、ドアがそれは綺麗に破壊され飛ばされる。


「わお」

「ふえっ!?」

「おっはよー! お二人さん」


 先陣きって意気揚々と入ってきたのは、ジアン。

 その後に眠そうにしているスイに、飽きれているリミカ、なんか楽しそうにしているミラが続いている。


「まったく、目覚めが遅いのね」

「そちらさんはテロるのが遅いようで」

「あー、それはね」

「急にジアンが弱腰になったんですよ」

「あ、リミカちょっと」

「それでその後に私が、じゃあみんなでテロすればいいじゃん。って、言ったら賛同しちゃって」

「ミラっ!?」

「それでこの様ってわけ」

「スイまで!」

「あらら。完全に味方が居なくなった」

「あはは。はぁー」


 ジアン一人が落ち込み、そのほかの五人はただただ呆れる。

 そんな不思議な光景が広がっていた。


「ま、話し戻すとだ。結局はすんだよな」

「うん。今から」

「あいあいさー」

「…わかりました」


 サズとタロウはジアンからそう聞いてすぐに着替えはじめる。

 ジアン、リミカ、スイ、ミラのいる目の前で。


「な、なぁ!」


 そのうちの一人。リミカが人類史上見たこともないほどに両頬を真っ赤に染める。


「お、なんだ。リミカちゃんは気にしちゃうほどにウブいのか」

「ち、ちがっ」

「以外ですね。リミカは、気にしないタイプだとばっかり」

「サズ君もまだまだでんなー。こういうクール気取り程ウブってるものだぜ」

「へー、そうなんですね」

「てか、俺さんの予想じゃ、サズ君は人前で着替えられないタイプかと」

「そんなの気にしていたらこの世界で生きていけませんよ」

「わお、正論」


 タロウとサズは雑談しつつ、女性四人の前で堂々と着替えはじめる。

 しかし、目の前に居る女性四人のうち、リミカのみが物凄い勢いで恥ずかしがって、他三人は是と言って動揺などは一切していなかった。


「ジアンも正直に恥ずかしがっていいよ?」

「え? 唐突に何を言うの、ミラ。今日は随分と攻撃的だね」

「そう?」

「あー、まー。ジアンはほら、ねー」

「スイ? スイはスイでなにその含みを聞かせた言い方は」

「…いや別に」

「なに!? その間は」

「ま、いいからいいから」


 リミカは既に限界を超えたのかあわわと一人赤面し続け、その隣に立っている三人はなかなかにテンション高めでこちらも雑談ぽいことを話している。


「あ、着替え終わりましたー」

「早いなっ!?」

「え? なんで、ジアンさんから文句をもらわなきゃいけないの」

「…サズ君や。それが天命なのだよ」

「タロウさん。何を言ってるの?」


 サズは素早く着替え終わる。

 しかし、何故かそれをジアンから激しくツッコまれてしまう。


「きが、きが…ふー。どうやら、着替え終わったようですね」


 そして、サズが着替え終わったことを確認するとリミカがいつも通りに戻る。


「うお、すげー。リミカちゃん」

「はい? 一体なにが?」

「いやー、サズ君の生着替えを見ている時はそれはそれは純情な乙女だったのに」

「…な」

「なんて、冗談だよ。俺さんの言葉なんて真に受けちゃノンノン」


 そんな、リミカをタロウはからかって見せる。


「はいはいほら、皆。目的見失ってない」

「ミラの言う通り。テロるんでしょ」


 まるで、どこかのお茶の間のような気の抜けきったその空間を、ミラとスイが優しく喝を入れて空気を入れ替える。


「わかってるわよ。大丈夫大丈夫」

「ジアンの言葉とタロウの言葉ほど信頼のおけないものはないよ」

「み、ミラっ!?」

「あー、ほら。ジアン、そうやってふざけるから時間が無くなるんでしょ」

「え? なんで私オンリーでスイから怒られたの」

「ドンマイです」

「あ、リミカが私のこと見捨てた」


 女子たちはまた、どうでもいいような雑談をはじめだした。


「おいおいさすがの俺さんも、もう待てないぜ。信頼のおけないと言われても仕方ないとしてもよ」

「そうですね。時間も時間。有限なんですから」


 そこに男二人が雑談を止めに入る。

 そうしてやっと、話が前に進む。


「そ、そうだった。おっと、私としたことが」

「それでは、ジアン。私達はどうすれば?」

「そうね。まぁ、ばばーん! と、いっちゃ大暴れでもしませんかい?」

「俺は大丈夫ですよ」

「私もサズと一緒でー」

「俺さんも」

「私のボイパを大観衆の前で披露する日が来たのか」

「ミラ? お願いですから、何の効果も無いボイパは止めてくださいね」

「わ、わかってるよ」


 ジアンの言葉にそれぞれがそれぞれいらしい賛成の意を表明をする。


「よし、じゃあ。…パーティーでも開催しようとするか」


 少し捻ったジアンの言葉の後に全員の気の入った返事が続く。

 そして、六人はこの違法闘技場イリーガル・レアを壊すべく暴れはじめた。

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