運命の歯車に乗って その5


「さぁ、スイ・鋳薔薇! 前人未到の一日で三試合目だ!」

「だったら、試合そんなにやらせるなよ」


 スイはリングに上がり、レフリーのアナウンスを聞くと呟く。

 しかし、スイには体力が有り余っていた。

 一戦目の相手は話にならず、二戦目のヒーローも結局軽くとは言わないが、サズとコーリーの激戦に比べればまだ早く決着がついたと言えるだろう。

 それを踏まえれば、次に試合の待つサズに比べたらまだ余裕はある方だ。


「さぁ、スイの対戦相手はー」

「さぁ、さぁ。五月蠅いな」

「右手に宿った謎の光は点を貫く光線を放つレーザーガン! な、設定のイワトモヤ・ミルミル!」


 その愛らしい名前と相反した、いかついガチムチな男がリングに上がると、パフォーマンスなのか雄たけびを声高らかにあげる。


「名前は、イワトモヤ! そしてミルミルー」

「はいはい。なら、早く終わらせましょ」


 ミルミルのパフォーマンスは、劇的につまらなかった。

 しかし、観客たちは熱気の渦をさらしてくる。


「はぁ、なんか今日一で疲れる? 何コレ、精神攻撃」


 スイは脱力感に満ち溢れていた。

 だが、これから試合だからと無理矢理体を動かす。


「さぁ、準備はいいですか? レディーファイ!」


 毎回唐突な試合開始の合図で観客たちは罵詈雑言や関係のない下ネタまで叫び始める。


「オラは、強いから一瞬で死なないようにな」

「…それはアンタの事でしょ」


 スイの冷めきったその一言の後、ミルミルの首はリング場にごろんと転がっていた。

 胴体からは血飛沫が天高く噴き出している。


「はい、終わり」

「しょ、勝者! スイ・鋳薔薇」


 一秒もないその試合は、酷く目に焼き付くものだった。

 極限までに鍛え上げられたその脚部からおりなす人類最速域の速さは、常人が視認できなくなる速さ。そして、鞘から抜き出す刀の綺麗な曲線美はこの世で一番美しい抜刀といえるだろう。

 それに斬り落とされたのだから、ミルミルは痛みを感じずに死ねたことだろう。


「さて、じゃ」


 スイは刀を鞘に納めて、リングから降りて行った。


「いやー、速かったね」

「神速ともいうべきですね」

「まさか、スイがあんなにとはねー」


 ジアン、リミカ、ミラの三人がほのぼのと試合光景を振り返っていると、そこにサズとタロウが遅れてやってきた。


「あれ? 試合は?」

「もう、終わったよ」

「秒殺でした」

「うわっ、マジか!? やっちまったな」

「見たかったですね。スイの試合」

「あー。ま、明日もあるしいっか」

「…ですね」


 サズとタロウは互いに苦笑いして、慰め合った。


「んじゃ、ほら。次はサズの試合だろ? 行った行った」

「はー、きっとまた変人さんが相手なんですよ。しかも、絶妙に強い」

「それな。スイの敵さんも、あのヒーローってやつは絶妙に強かったのかもしれないけど、サズは、な」

「1試合目、2試合目共に女性が相手で1試合目は平常心で勝てましたけど、2試合目は暴走しちゃいましたしね」

「ありゃ、見ものだったぜ」

「からかうのは止めてください。…それじゃ、俺行くんで」

「俺さんも行くからな」


 タロウの呑気で元気な声にサズは笑いながら会場となるリングへと少し早く向かった。


「…ふぅ。この一試合を乗り越えれば今日はもう終了」


 リング下で、自分自身に言い聞かせ平常心を保っているふりをするサズ。

 いまだにあの興奮と怖気がサズの心の中で混在し、複雑な心境をつくっている。


「やれるやれるやれるやれるやれるやれるやれる。俺は強いんだ」


 それは念仏のようにも聞こえる。


「さぁ、スイ・鋳薔薇の次はコイツだー! サズ・フレン!」


 レフリー兼アナウンスの女性が叫ぶ。

 それは、サズにとって悪魔の時間の始まりの合図にしか聞こえなかった。


「そして、対戦相手は」


 サズが、気を落としながらリングに上がると観客たちは知ってか知らずか勝手に盛り上がる。

 そして、レフリーはサズの対戦相手となる選手を呼ぶ。


「魑魅魍魎に百鬼夜行に敗れし惨敗神! 願かなわずココに流れ着いた自称神! イミアルカ・ナイヤ」


 じゃらじゃらと貴金属の音を優雅に奏で選手紹介とは裏腹に勝ち誇ったその男。

 屈強な肉体に見せかけた胸元はまったいらの平面ボディ。

 しかし、その顔は妙に強気で勝ち誇ったなんとも言えないイラつきを覚えてしまう。


「やぁ、獣人君。私はナイヤ教が崇拝するが神! イミアルカ・ナイヤだ! さぁ、この宝石をくれてやるから負けたまえ」


 ナイヤはそう言って自身の首飾りに装飾してあった碧く輝く宝石を一つ無造作に取りサズに渡す。

 それをサズは無言で受け取りポッケにしまうと、いきなり小刀を構える。


「さ、試合を始めましょう」

「解りきった結果しか見えぬわ」

「レディーファッイ!」


 レフリーが例のごとく叫ぶと会場の熱気が渦を巻く。


「獣人君。私の武器は剣なのだが、ちゃんと貫かれてくれるか?」

「……」

「そうか。今になって死ぬのが怖くなったか」


 ナイヤの勝ち誇った下品な笑い声は会場に響き渡る。


「…いやぁ、対戦相手が貴方の様な人で本当によかった」


 その冷めきった声を耳元で聞いたナイヤは、ぞくりと悪寒を感じ聞こえた方が瞬時に向くと、そこにはサズが笑顔で立っていた。


「おかげ様でこの試合。疲れないで済みます」

「あん!?」


 ナイヤの最後の言葉だった。

 やるせないにもほどがあるだろう。


「……なんて幻想を見ていただろう? 獣人君」


 喉を完全に刺し頭を斬ったと思っていたサズには、それが信じられずにいた。

 サズの真後ろに対する場所にナイヤは仁王立ちし、相も変わらず勝ち誇った笑みを盛大にこぼしたっていた。


「神を少々なめ過ぎだ。獣人君」

「…言葉もありません」


 その言葉が終わるころには、サズはナイヤに瞬時に近づき小刀を腹部に斬りこもうとした。

 だがしかし、それはナイヤの指で挟まれ阻止される。


「おいおい、獣人君。神の御言葉をちゃんと聞かないとはなんたる愚鈍な行為だ」

「俺は神とかそんな類を信じないんですけどね」

「神が眼前に姿を見せ付けていると言うのに。…なんとも無様な」

「惨敗神が何を言いますか」

「それでも、神だ」


 ナイヤの圧倒的オーラの前に小刀が折れ、サズはリングに叩きつけられる。


「神に刃を向けるではない。貴君は獣人なれど人の身ぞ」


 その威圧は全てを凌駕し支配する神そのものを物語っていた。

 しかし、ナイヤの異名は惨敗神。

 その名に恥じぬ圧倒的負けっぷりを披露してくれると、少なくともサズ達は思っただろう。

 今回の試合は簡単にも程がある。イージーなバトル。

 それが、蓋を開けてみれば神の威圧に押さえつけられ一方的にサズがやられている。インポッシブルなバトル。


「どうだ? 地面とキスをする気分は」

「んぐがぁぁぁ」


 サズは無理矢理に立ち上がろうとするが神の威圧の前では何の意味もなさず、すぐにまたリングに叩き押さえつけられる。


「相手が俺みたいな見てくれだから、この試合イージーかと思ったか? 残念だな。獣人君。貴君はノービスの分際でよくもまぁ、その考えにまでたどり着けたものだ。いいか? これがノービス。これがここのベーシックな試合だ」


 ナイヤはもはやサズの事を獣人君とは呼ばずに、ノービス。未熟者と呼び始めていた。


「ほら、ノービス。立ち上がって見せろ。そうしたら、また獣人君と呼んでやる」


 一方的なその試合は、ナイヤの持つカリスマセンスのおかげで今日一番の盛り上がりを見せる。

 しかし、その盛り上がりはナイヤの演出故に生まれた物であり、サズには決して生み出せないものの一つだった。


「クッソがぁぁぁぁぁぁ!」

「単細胞だな。ノービス」


 サズがまた同じように立ち上がろうとすると、今度はナイヤが自らの手でサズの頭を地面に叩きつける。

 その衝撃は揺れとなり、観客たちへも伝わり会場全体を揺らす。


「少しは頭をつかったらどうなんだ? 神である俺にそんな単純な動きを防げないとでも? その惨めな姿をあえて見て一喜一憂し油断するとでも? 馬鹿馬鹿しい。そんな古典的な行動をとるわけがないだろう」


 威風堂々。

 その言葉が安く聞こえてしまうほどナイヤの圧倒的オーラにその場が支配される。


「ノービスよ。降参するがよい。さすれば簡単に殺してやろう」

「し、ません」

「…誰が声帯を揺らしていいと言った?」

「っっっっっっっっっっっっっ!?」


 神を信仰する信者の様にサズはずっと、ナイヤの足元で地面とキスをし続ける。

 その姿は神のナイヤからしたら滑稽そのものでしかなく笑いが止まらずにいたが、今のサズの発言が気に入らなかったのか怒りに全てを任せるように抑えつけはより暴力的になる。


「ねぇ、なんでサズの相手っていつもこんな厄介なの?」

「俺さんに聞かないでくれよ!?」

「あー、そうね。悪かった」

「ま、ミラ。サズならきっと大丈夫よ」

「まぁ、私のシノビジュツとパパ譲りのがあるしね」

「そうですね。けど、今回の相手にが通用するのか」


 いつの間にか観客席に居るスイを含めた五人は手を出せないので、ただサズの無事を祈るしかない。

 ただ、目の前の状況を見せ付けられるとその祈りさえ無駄に思えてきてしまう。

 なにせ、相手は惨敗神とはいえ、神なのだから。


「どうだ? 神の力は」

「…ざ、ざんぱぁっ!?」

「ノービス。今度は筋肉を動かしたな? なぜ、私の言の葉の許しも無しに筋肉を動かした?」


 ナイヤの怒りはサズの微細な動きにさえ向けられる。

 その怒りに触れてしまったサズは、顔面をさらに地面にめり込まされる。


「さっさと逝けばいいものを。何をそんなに耐えられる? 生への執着か? 好きな女でもいるのか? それとも、ただのプライドか?」

「…んぐっぅぅぅ!」

「しつこいぞ。ノービス」


 何度も同じことを繰り返すサズに、ナイヤは心のどこかで疑いを持ち始めた。


「…ノービス。何をたくらんでいる」


 急に芽生えた疑いは、早々にぬぐいきれるわけでもなくナイヤはサズに直接聞くが返答が帰ってく訳でもなく、不安を余計に煽らせる結果となってしまった。


「私の問に答えろ!」


 そして、ナイヤは自分勝手に焦り思わずサズの頭を押さえつけていた手を離し、圧倒的オーラを焦りで強める。


「答えろと言っているのだっ!」


 しかしサズは、その圧倒的オーラのせいなのか起き上がるどころか身動き一つすらしない。

 それは死体のソレと何ら変わらなかった。


「……んなっ!?」


 ナイヤはそのサズを見て焦りが一気になくなり、今度は勝利の余裕と自分への賛美が生まれ始めていた。


「はっはははははははははははははっ!! 神を焦らせおって!」


 最高の余裕に浸るナイヤは、圧倒的オーラを消してしまう。


「……本当に焦らせてあげましょう」

「んなっ!?」


 オーラさえ消えてしまえばサズは自由の身となる。

 そんな当たり前で単純な事を、ナイヤは自己陶酔が故に一瞬でも忘れてしまっていた。

 その結果が今の状況を創り出す。

 背をサズにとられ、振り返った瞬間には不気味に嗤ったサズがそこには立っている。

 そんな状況。


「なんでしょうね? デジャヴを感じますよ」

「何がデジャヴだ!?」


 静かなサズに対し激昂するナイヤ。

 そして、静かなサズは隙しかないナイヤの両目を横一文字に斬りつける。


「ぬ、ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「どうですか? 痛いでしょう。今の今まで俺が受けていた痛みの何万分の一の痛みですよ。それ」

「ふざけるなよ。ノービスゥゥゥゥゥゥゥゥッ」

「そのノービスにやられるんですよ。神サマ」

「どこだ!? 私の周囲に居ることは知っているのだ! 大人しく身を投げ売り私に殺されろぉぉぉぉ」


 両目をサズに斬りつけられ見えなくなったナイヤは、さらに激昂しまともな思考回路を持つことが不可能となっていた。


「神サマがそんなに騒いだら、信者さんたちが怖がっちゃうでしょ? 駄目ですよ」

「ほざけホザケほざけホザケほざけ! 私に対して説弁をたれるではない! 獣人ごときがぁっ!」


 サズは冷静な思考回路を保ったまま、ナイヤの腹に小刀を一刺し。


「んがっ!? がはっ、獣人がぁぁっ……」

「少し黙っていただけますか? 神サマ」


 そして、そのまま喉を掻っ斬ると、頭に一刺し。

 ナイヤはそのまま地面に倒れ込み血飛沫すらあげずに死に絶える。


「勝者、サズ・フレン!」


 レフリーはすぐさまその状況を理解し、サズの勝利を叫び伝えた。


「なんと、本日入った特別処置の新人二人が生き残ったぁぁぁぁ! これは凄すぎる」


 サズの試合がどうやら今日のトリだったらしく、レフリーの女性が締めのアナウンスを始める。


「サズ!」

「あ、スイさん」

「よくやった。本当によくやった」

「ちょっ、いきなりなんですか!?」


 リングから降りてきたサズにスイがいきなり飛びつき抱きしめる。


「おうおう、美しき姉弟愛ってか」

「違いますよ!」

「まぁ、まぁ。兎にも角にも、お疲れさん」

「本当に全てを投げうる形になってしまい申し訳がつきません」

「私も出たかったんだけどなー。得意のボイパで」


 それぞれが言いたいことを言う。


「よし、それじゃあ明日に備えよっか。な?」

「はい!」

「おけー」


 しばらく話し込み、そのジアンの言葉で初日は男女別の宿泊部屋に向かうことになった。

 

「これは、生涯の運全てを使いはててしまったかのような高揚感と絶望感。まさか、ココの看板選手が全員殺されるなんてね」


 その様子を高みの見物が如くアマヤミは、支配人指定部屋マスタールームで静かに笑いながら見ていた。


「この展開、マジワラすぎんだろ。なぁ? 犠牲者チャレンジャーの皆さんよぉ」

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