運命の歯車に乗って その4


「なんでですかね?」


 サズはリング上で一人、半泣き状態でつぶやく。


「ぱらっぱっぱぱー! 誰が待ったか、我が待った! 世界を敵にし、我を味方とす! 我らが待望スーパー戦隊・コドクンジャーピンク。それっぽく登場! あはん」


 リングに立つサズの前には、ピンクの全身タイツを着た覆面が意気揚々と、腕を全力で斜めにあげ、決めポーズをとっていた。

 そして、その対戦相手は見た目からもわかるとおり女だ。


「さぁ、登場した! この違法闘技場イリーガル・レアの看板選手! コーリー・マズルカだ!」


 可愛らしい女性のレフリーのアナウンスにより、覆面の本名がことごとくばらされてしまう。


「さぁ、正々堂々と殺し合おうね! 獣人サズ!」

「怪人みたいに言わないでくださいよ。…まったく」

「ふ。私の敵は常に怪人でなければならないのだよ」

「あー、はいはい」


 普段は何も投げ出さず真剣に受け止めるサズもさすがに呆れたのか、返しがかなり適当である。


「さぁ、両者。そろったところで早速はじめましょう。レディィィィィィィファイ!」


 と、突然レフリー兼アナウンスの女性が試合開始の合図を声高々叫んだ。


「え? いきな、りぃぃ!?」

孤独之圧死コドクン・キック


 サズが急な試合開始にうろたえているとコーリーは、瞬間にサズの頭上へ移動したと思えば、さらに岩でできたリングが部分崩壊をするほどの威力を持つ『孤独之圧死』と大それた名前を付けた踵落としを一発放つ。


「なに! この獣人できるぞ」

「いちいちリアクションがデカいなー」


 しかし、サズはそれを全神経を一瞬にして高め軽く避けてみせた。


「ならば、次はこうだ!」


 コーリーはそう宣言すると獣人のサズの背後に素早く位置を決めてくる。

 そして、今度は空気をも貫く絶大なパンチをサズの背にこれまた一発放つ。


孤独之放出コドクン・パンチ

「カッ!?」


 そのままパンチを受けたサズは、フェンスまで一気に吹き飛ばされる。


「よし! 正義の拳、見たかコレ!」

「ングッ……。ッハ! はぁはぁ」


 サズはリング上でげんなりと血を吐きながら倒れ込むが、すぐに立ち上がり、両手に小刀を構えはじめた。


「獣人をこす、はぁはぁ。に、人間なんて、初めてだ」

「私は人間じゃない。スーパー戦隊だ」

「そ、そうですか。なら、なんで仲間がいないんですか」

「私のハードなジョブリングについてこられなかったんだよ」

「ジョブリングって。……ふぅー」


 息を整え全てを静寂に任せたサズは途端雰囲気を変え、コーリーに一つの緊張を生ませる。


「何をしてくる」

「……何をって。攻撃ですよ」

「いつの間に!」

「シノビジュツ」

「しまっ」

「ソウケンレンギリ」

孤独之拒否コドクン・シールド


 人を超えた速さで今度はサズガコーリーの背後を位置取り、葉が舞い落ちるような予測不可能な刀さばきで、コーリーを斬り刻んでいくサズ。


「…これなら」


 刀が止まり、サズは勝利を確信し得た。

 …が。


「ふー。セーフ」


 そこには覆面の下でニヤつきながら自慢したげな顔をしているコーリーの姿が傷一つ腕についた程度で立っていた。


「…今のでほぼ無傷って。本当になんなんだ」

「その質問はかなりくどいぞ。私は、コドクンジャーピンク。ただのスーパー戦隊」


 コーリーのとてもじゃないがそのふざけたリングネームでさえ、今はただの恐怖や絶対的な何かに聞こえてしまう。

 サズは確実な手ごたえを感じたいたからこそ、コーリーに対する見る目が変わったのだろう。


「そうでした。忘れていました」

「思い出したのならそれで大丈夫。さぁ、とっとと死んでくれ」

「正義のスーパー戦隊がそんなこと言っていたら世界は破滅しますね」

「悪が何を言おうと、私はそこら辺の二流ヒーローじゃないから聞く耳をまったくもたないよ」

「いいですよ。ヒーローなんて元々エゴを押し付けているだけのクソ野郎ですからね」


 ニヤッと挑発的に笑うサズだが、コーリーは言われ馴れているのかまったく同様の一つすら見せなかった。

 さらに言えば、動揺ではなく単純な静かな怒りをふつふつと見せ始めていた。


「…そう。ヒーローは侮辱するの。だったら獣人サズは今この瞬間でさえ生きる価値がまったくないただの生物のようね」

「侮辱? 俺は何一つそんなっ!?」

「アンタにとってはそうかもしれなけど、私にとっては侮辱以外の何物でもないわ!」


 サズをも上回る圧倒的な速さでサズの眼前に移動すれば、コーリーはそのまま左胸よりやや右寄りに一発、何とも言えない気味の悪いきしむ音と共にパンチを打ち込む。


孤独之常識コドクン・ワールド


 コーリーが技名らしきそれを呟くが状況が何一つ変わっていなかった。

 別段、地面から何かがでてくるわけでもなく、リングのみを別空間にするわけでもなく、ただ聞こえる聞こえるか程度の声でコーリーはそれを呟いた。


「…んぐ。なんですかこれ」

「どう? 痛いでしょ」

「そりゃ、心臓をあの強さで殴られれば痛いに決まってます……よ?」


 サズが普通に立ち上がろうとした瞬間、ふと力が入らなくなったのかよろめき倒れる。


「あれ? なんで」

「ふふ。やっぱり、戦いはフェアじゃないとね」


 そんなサズを見て、コーリーは勝ち誇ったかのようにただただ静かに笑っていた。


「一体、何を」

「私と同じにしたんです。獣人サズの全感覚を失くしたんです」

「…へ?」

「あ、大丈夫ですよ。ちゃんと、力はのこしてありますから」

「いやいや、そうじゃなくて」


 コーリーからのいきなりのその言葉に、サズは慌てるしかなかった。


「実は私は、感覚を全部なくしてるんですよ。このスーパーな力の『孤独コドクン』を使うために私は感覚を失くして、制御してるんですよ」


 コーリーは笑いながらさも当たり前かのようにそう説明する。


「力のためって」


 さすがのサズはすでに若干慣れてきたのか、多少はふらつきながらも立てるようになっていた。


「いやいや、力のためじゃありません。力を手に入れて世界を平和にするためです」

「訳が分からない」

「それはアナタが理解しようとしないからです! さぁ、獣人サズ! とっとと、死になさい」


 感覚をすべて失くされ立つのがやっとのサズに、コーリーは容赦なくそれを告げる。


「ここからが私の見せ場。さぁ、とっておきのヒーローショーを始めましょう」


 コーリーは天高く飛ぶ。

 そしてなぜか、頭部からさかさまに落下してくる。


孤独之激昂コドクン・ブランディッシュ!」


 それはただでさえ、壊れたリングをさらに破壊する一撃必殺の技だった。

 たった一つの拳でリング場にクレーターのようなものが地下深くまでできてしまう。


「さぁ、獣人サズ! 逃げたことはわかっていますよ。正々堂々と出てきなさい」

「…やっと、慣れた時なのに」


 溢れかえる土埃の中から、サズがゆっくりと姿を現す。


「その様子だと完璧になれてしまったみたいね。まったく、順応性の早い」

「褒めてもらってるんですかね、一応は」

「それは受け取る側がどう受け取るかで変わるわね」


 コーリーからなる感覚喪失は、サズにとっては軽いものだったのかすでに完璧になれてしまっていた。


「じゃあ、私。ちょっとだけ本気でいくわね」

「俺も、ちょっとだけ本気でいかせていただきます」

孤独之終焉コドクン・バーストプラス孤独之恋愛コドクン・イミテイシア

「シノビジュツ、ミヲケズルタテ」


 サズとコーリーから発せられるオーラが完全に変わった。

 どうやら、二人は肉体強化の技を使ったらしい。


「獣人サズを消して、世界の平和へ一歩近づこう」

「よくいいますね」


 その一言が合図になったようで二人は瞬で姿を消す。

 その圧倒的な速さに絶対的な力がぶつかり合って、だれの目にもとまることは不可能だった。

 ただ、観客が見えるのはサズらしき何かとコーリーらしく何か。ただそれだけだった。


「本当にただの人間なんですか? 獣人とかじゃ」

「私はただのスーパー戦隊だ! 獣人なわけがない」


 サズは小刀でコーリーを斬っていくが、人間とは思えないその速さで回復していく。

 それに比べサズは、回復など一つもできないのでコーリーから受ける傷を一つ一つ確実に増やしていった。


「なんで、傷が」

「それは、私がスーパー戦隊だから」

「それ、理由になりませから」

「スーパー戦隊は絶対なんだよ。それこそ、正義の味方」


 攻撃の手はサズがどんどんとなくなっていき、コーリーはその逆にどんどんと増やしていった。

 それが意味するのはただ一つ。

 サズの敗北。つまりは死だった。


「さぁ、もう負けが見えてきましたよ」

「…誰が負けますか」

「諦めるのもまた一つの有能な判断ですよ」

「その有能な判断をしたら死んじゃう状況じゃないですか!」


 しかし、死に際の力というのはそれは恐ろしいもので、今の今まで押され弱っていたサズが、小刀をコーリーの腹部に刺し横に抉るように抜き取る。

 そこから、サズの形勢逆転劇が始まった。


「獣人をなめない方がいいですよ」

「っー。これはさすがに効いたかも」

「…よしっ!」

「……でも、ほら元通り」

「なら、もっとだ」


 迷いのないそのサズの闘志燃える目は、コーリーを一歩後ろに足を動かすのにはたやすいにもほどがあった。


「もう、シノビジュツに頼らない。獣人本来の力で圧倒する!」

「獣人本来って。…バカじゃないの」


 その言葉にコーリーは、馬鹿にするように笑った。


「馬鹿にしていいですよ。ただ、後悔を全力でしてくださいね」


 何一つ感情の入っていないその冷めた一言は、虚勢を張るコーリーを完全に狂わせた。


「なにが後悔だ!? 今までのテメーの戦いで有利な状況が一つでもあったのかよ? 人間以下の獣人ごときがほざくなよサル」

「残念ですが、俺はサルの獣人じゃなりません」


 コーリーの背後に陣捕ったサズは、そのまま小刀をコーリーの喉元に突き刺す。


「さ、次はどこ?」

「かッ!? あっんっっっっっっっっっ」

「眼球? 口内? 腎臓? 肺? 足? 手? それとも、心臓?」

「っっっっっっっっっっっっっ!?」

「…そうですか。全部ですか。安心してください。小刀はまだまだありますからね」


 サディスティックに笑う爽やかなサズの笑顔は、コーリーを恐怖に陥れる。


「てか、はやく傷を治さないんですか?」

「っっ」

「あ、そっか。小刀さしっぱなしだから傷を治したくても治せないんですね。なーんだ。じゃあ、抜いてあげますよ。小刀」

「っっが」

「そーれ」


 サズは、笑いながらコーリーの喉元に刺したままの小刀を押し出した。

 抜き出すのではなく、そのまま押して無理矢理小刀を取り出した。


「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!?」

「おー、やっぱり回復してきたね。じゃあ、その治りかけの所に、ずさっと」

「んっっっっっ」


 コーリーはフェンスを撫でるように力なく座り、うなだれる。


「ほら、スーパー戦隊は獣人サズを倒して世界を救うのでしょ。立ってよ、ほら!」


 コーリーの髪の毛を持ち、小刀を抜いては刺してを何回も繰り返すサズ。

 その光景は今までのサズからはまったく想像できない、信じがたい光景だった。


「っ……」

「あれ? もしかして死んじゃいましたか?」


 サズは、浴びた返り血を笑顔に、持っていたコーリーを投げ捨てる。

 投げ捨てらたコーリーからは最早、生きている様子がうかがえられなかった。


「勝者、サズ・フレン!」


 観客たちは当たり前のようにレフリーの宣言で盛り上がり、熱気に包まれる。


「うし。勝った」


 サズはそう呟いて、リングから降りて行った。

 その姿を見たタロウは、すぐさま後を追うように移動し始めた。


「わり、ちょい俺さん。サズのとこまた行ってくるわ」

「あい、頼んだ」


 そんなタロウを止めることなくジアンは、軽く受け流した。


「…ジアン。あのサズの姿って」

「多分、のかな?」

「影響って。…あー、もしかして」

「…だと思う」


 その場に残った、ジアン、リミカ、ミラ、スイの四人が重々しく確信をついた話をする。


「こんな感じで影響受けちゃうのかー」

「変な所だけうつっちゃいましたね」

「これを見てたら、バレットさんはどう思うかな?」

「パパは、多分二人と一緒に大笑いするよ」

「てか、スイいいの? またすぐに始まるんじゃないの」

「あ、そうだった」


 ジアンに言われスイは気付いたようで、自分の戦うリングへと四人で向かった。


「おーい、サズ君」

「あ、タロウさん」


 控室にある椅子に深くうなだれるように座っているサズへ、笑顔で話しかけるタロウはそのままサズの隣に座る。


「さっきのサズってさ、もしかして普段隠してる本性とか?」

「…いきなりそんな核心ついちゃいます?」

「俺って、こんな奴だろ? まわりくどいのとか嫌いとかじゃなくて、苦手なのよ」

「得意そうな顔してるのにですか?」

「わお、毒つくね。どうした、本当に? なんか、サズっぽくないぜ。ま、俺はそこまでお前の事なんて知らないんだけどよ」

「本当ですよ、まったく」


 サズは、味気なく嗤う。

 その様子はタロウから見れば、もうそこまで悩んでいないように見えた。


「でも、ま。お陰様で気が楽になりました」

「それは良かった。それで、さっきのは獣人特有の何かなの? それとも、サズだけの何かなの?」


 それがサズの本性ではないことは、タロウのこの短い会話の中で自分なりに理解したからかもう提示した選択肢には入っていなかった。


「少なくとも、俺の見てきた獣人の中にはいませんでした。けど、一概に俺だけって言えません。それに…」

「それに?」

「…いや、なんでもありません」

「お? 一著前に焦らしか?」

「違いますよ。それに、このまま俺達と一緒に旅をして言ったらいずれわかりますよ」


 そのサズの言葉を聞いてタロウはそれ以上踏み込むのを悪ふざけでさえやめた。


「そう言われちゃ仕方ね―な。わーったよ、今は存分にサズに焦らされておくとするよ」

「その言い方は何か誤解が」

「ほら、スイの試合はじまんぞ」

「え!? ちょっ、スルー!?」


 タロウは立ち上がりサズの腕をひっぱり、会場まで走って向かって行った。

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