運命の歯車に乗って その3

 レフリーの叫びとともに、男は手に持っていたソレを振り回し始める。


「随分とふざけた武器だね」

「そう思うだろ? コレがこの環境にはベストマッチしてな」


 ケタケタニヤニヤと、不気味で気色の悪い笑い方をしながら男は手に持っていたソレをスイに向けて、投げた。


「…あたるわけないじゃん」


 男が投げたソレをいともたやすくスイは避ける。


「てか、何がベストマッチ? こんな狭いリング上で? そんなデカ物を振り回して投げる。よくそれで今まで生き残ってきたね」


 軽くあざ笑うかのようにスイが男を小ばかにして挑発する。

 すると、単純なのか男がいともたやすくそんな挑発に乗ってきた。


「しゃらぁぁっ! その挑発のっちゃるわ、ボォケェッ!」

「挑発とわかってて乗ってくるのは悪くいないけど……よく、周りを見ようよ」


 男が奮起し一瞬にして隙ができた。

 それをスイが見逃すはずもなく目に見えないスピードで男の懐までもぐりこむ。


「華斬・かざん・はじめ


 そしてすぐさま、その刀で横一線に男の首と胴体を切断する。


「あれ? これ、Killっていいルールだよね?」


 会場が一気に鎮まるが、リング上に男の首から上がコロッと落ちるのを見ると一気に盛り上がる。


「勝者! スイ・鋳薔薇!」


 それからレフリーのアナウンスでさらに会場は盛り上がりを増していった。


「あ、ど、ども」


 そんな激しい盛り上がりを見せる会場をスイはそそくさと、作り笑いをしながら出て行った。


「なんか、相手雑魚だったね」


 スイが控室に戻ると、そこにはジアンがドリンクを片手に一人持って待っていたらしく、スイが控室に入ってくるとそのドリンクを投げてスイに渡す。


「おっと。…今の相手ならジアンでも軽くKillしたっしょ」

「あれぐらいならね。だってねー」

「まー、ないよね。あんなリング上でボウガンを武器にするなんて」


 ボウガンとは長い鎖に小さいが貫通能力の高い鉄球を付けた中距離型の武器の一つ。

 そんな武器を使った今は亡き相手に呆れかえすジアンとスイ。


「勿論、相手さんは本気だったんだろうけど」

「私の刀が相手じゃ、無意味にも程があるって言うか」

「ほんと、それな」


 ジアンは、喋りながら立ち上がる。


「んじゃ、私は可愛い弟分と勝手に思っているサズの試合を見てくるわ」

「私の分まで応援よろしく頼むよ」

「あいさっさー」


 そう言ってジアンはスイの控室を後にした。


「…どうしよ。休憩すつほど疲れてないんだよな」


 ボスッと青白いベンチに座って一人、ぼやくスイはジアンから受け取ったドリンクを少しずつ飲み始めた。



「さぁ、こちらの試合を始めましょう!」


 今度は女のレフリーが可愛らしい声でアナウンスを始める。


「まずは、今日入ったばかりの獣人君! 我が戦うのは相手をいたぶるのが好ーきだーからー! サディスティックのサズ・フレン!」

「え!? なんですかソレ!」


 謎のリングネームをレフリーから突然読み上げられ困惑するサズを見ながら、完全に応援にまわっている、ミラ、ジアン、リミカ、タロウの四人はくすくすと笑う。


「続きましては現在2年間生き残っている何気にベテラン。物理大好き魔女っ娘のクレレル・クルカン!」


 サズの対戦相手はどうやら女の様だ。

 目の前に現れたのは魔女っ娘というリングネームからは想像しがたい、普通の格好をした普通の体型の女。


「それでは、バイオレンスな試合になりますように」


 レフリーの優しい声と共に開始のベルが鳴る。


「あのー」


 試合開始した瞬間、クルカンと呼ばれた女がサズに話しかけてくる。


「は、はい?」

「今から殺しにかかるので是非ともそこから動かずに」


 ニコッと笑いながら殺人宣告をするクルカン。


「は? それは、嫌に決まってますって」

「なーんで、避けるかなー」



 サズがそう言っている間にクルカンが、どこから取り出してきたのか鋭利100パーセントの魔法ステッキを取り出し、サズとの距離を一気に縮め斬りかかってきた。


「当たり前ですよ! そんなの」

「っ。こいつ、真面だ」

「なんで、そんないいことで舌打ちされてるんですか、俺!」


 思いっきり空中へジャンプしフェンスに逃げるサズ。

 そして、そんなサズをクルカンは走り昇ってまた距離を縮めてくる。


「とか、油断させつつー。はい、全力ダーッシュッ!」

「ギャー! 快楽大量虐殺犯シリアルキラーがフェンスを走り昇ってきたー!?」


 泣き叫びサズは向かい側のフェンスへ飛び移る。

 これくらい、獣人にはいともたやすいことなのだが……。


「はい、それくらいヨユー!」


 クルカンはフェンス上を走ってサズを追いかける。

 見た目からして普通の人間がこうもフェンスを駆け巡るなど尋常ではない。

 もしかしたら、物理大好き魔女っ娘というリングネームは間違っていないのかもしれない。


「まさか、本当に魔導師」

「なにをいまさら」


 クルカンは当然の様に答えた。


「…そっか。なら」


 サズはそのクルカンの返事で確証した。

 この試合は確実に生き残れると。


「これをちょっと試すのもいいかも」

「なにをぼそぼそと。もしかして、私の体をっ!?」


 そんなネタ発言をする狂気じみたクルカンを余所に、サズはフェンス上からリング上へ降りる。

 しかも、リングのど真ん中に立つ。


「この間、スイにちょっと教えてもらったから多分大丈夫だよね」


 そう呟いてサズは自身の小刀を二刀取り出す。


「お? ついにやる気に」


 クルカンが、サズへ向かって飛びつこうとしてフェンスを離れたその瞬間。


「シノビジュツ」


 二刀の小刀を両手で、頭上にいるクルカンへ向かって投げる。


「ばーか! そんなのあたるわけないじゃん」


 そんなクルカンの叫びは辺り二刀の小刀はクルカンを見事に避ける。

 …が、しかし。なぜか、クルカンの周りをフェンスを使って跳ねながら飛び回っている。


「ちょっ、何コレ!?」


 そうクルカンが叫んだときにはすでに、クルカンの姿は見えずに白い蚕のような糸の集合体の中に居た。


「カイコイトヒキ」


 サズはそのまま自分の隣に意図にぶら下がりながら落ちてきた小刀二刀を引っ張る。

 すると、空中に出来たクルカンを閉じ込めていた蚕のような意図の集合体が一気に小さくなる。


「な、あっ!?」


 そんな断末魔のようなクルカンの叫びは、糸の集合体によって潰された体から出た大量の血飛沫と共に消えていった。


「あ、成功した」


 サズは頭上から降り注いでくる血を気にすることなく、自らの技が成功した喜びを噛みしめていた。


「勝者、サズ・フレン!」


 レフリーが試合終了の言葉を叫ぶと、観客たちは盛大に盛り上がる。

 その観客たちの歓声の中、サズは試合場であるリングから降りて、控室に一人向かった。


「よ、サズ」

「あ、タロウさん」


 サズが控室に入るとそこには、待ち構えていたのかタロウが一人立って待っていた。

 そのタロウは、笑みを浮かべて一人壁際に立っている。


「勝ってよかったな。俺さん、冷や冷やしたぜ」

「じゃあ、この会場ちょっと暑いくらいだから丁度良くなったでしょう?」

「そりゃ、ありがたいほどに」


 タロウは凍える仕草をわざとらしくすると、こらえきれなかったのか少し笑いをこぼしてしまう。


「あっはは。それにしても、あの強さはなんだ? サズってあれか。ただの獣人じゃないだろ」

「何言ってるんですか? ただ獣人ですよ」

「ただの獣人ってどうも疑いしかないな」

「本人が言ってるんですよ」

「そうだな。ま、俺さんはユーカライズ生まれユーカライズ育ちのトウイかぶれだから疑い深いのよ」

「なんですか、それ」


 男二人だけの軽快な会話は、長く続いた。


「さてと、一日三試合の超過酷スケジュールのサズ君。そろそろ、同じスケジュールのスイが第二試合を始めるころだと思うんだが」

「あ、そうでした! 早く、行きましょう」

「そうこなくちゃな」


 そうして、サズとタロウは二人で仲良く試合場へと向かって行った。


「さぁ、始まった! この試合、さっきとてつもない強さをみせてくれたあのスイが登場だー!」


 レフリーの男の煽るようなアナウンスは、期待を押し殺すのにはもったいないほどの熱気を持っていた観客たちを騒がせるには簡単な事だったようで、すぐに会場は熱気と歓声の渦に埋もれる。


「お、なんだ。丁度、始まるところか」

「あ、早く。こっちですよ」


 リミカが、二人を見つけ手招きをする。


「これまた、結構な盛り上がりで」

「そうよね。この盛り上がりは違法闘技場イリーガル・レアならではって感じよね」

「私は、まだ慣れないかも」


 意外なことに、こういった場所が好きそうなミラは少し嫌悪感を示していた。


「あら、以外。ミラは騒がしい場所とか好きだと思ってた」

「ただ騒がしくて楽しかったらね。だけど、ここは楽しくもなんともないから」

「あー、なる」

「ほら、始まりますよ。ちゃんと、みないと」


 リミカのその一言で、全員リングを見る。


「まず出ますのは、スイ・鋳薔薇だー!」


 レフリーのさっきとは打って変わったシンプルすぎるスイの紹介に五人は呆気にとられるが、当の本人であるスイは何にも気にせずにリング場に立つ。

 すると、観客がより一層もりあがり、熱気が酷くあれた。


「さて、スイ・鋳薔薇の対戦相手は……、アイツだ!」


 レフリーのもったいぶった紹介は、観客をさらに熱気の渦にさらすのかと思いきや、一気に鎮まり返らせた。


「な、なに?」

「なんだ、忙しい奴らだな」

「ですね」


 そんな間の抜けたことを言っていると、リング場に一人の男が現れるする。


「右手に持つのは、勇気! 左手に持つのは、希望! 世界が望み定めた……絶対勇者! オールフォーワン・セイギ! ここに登場」


 天井から登場したと思えば、パフォーマンスなのか、すぐにアピールを始めたいかにもな衣装を身に纏った、その男。


「うわ、キャラ濃いな」


 つい、スイは感情の入っていない目を向けながら言ってしまった。


「宜しくな! 挑戦者チャレンジャー・スイ」

「あ、はい。ども」

「さぁ、レディ――――――フアァァァイ!」


 スイのことなどお構いなしにレフリーが試合開始を宣言してしまった。


「え? あ、ちょっと」

「うっしぃ! 行くぜ」


 背中に抱えた大剣らしきものを抜き構えてくるのかと思えば、単身なんの武器も持たずにスイに向かってくる。


超広大壱連撃打ワンフォーオール・オールフォーワン!」


 そしてそのままスイに向かって物凄い勢いで殴り掛かってきた、スイはそつなくそれを横に避ける。

 …が。そのセイギの空ぶった一打は、空気を激しく揺らし、試合場の一部分に大きな穴をあけてしまった。


「…マジで。今の私避けなかったら一撃で死んでたじゃん」


 それを真横で見たスイは完全にビビっていた。

 第二戦目にしてようやくまともに戦える相手と出会えたのはいいのだが、落差が酷過ぎた。


「おらぁ! 俺は相手が女だからって悪の手先は許さない主義の絶対勇者なんだ!」


 そんなスイに構わず、セイギは獣人のサズとほぼ同格の跳躍力を見せ付けるように飛び上がった。


超一点撃蹴落キルミーキルミーベイビーベイベー!!」

「今度は、もう!」


 考える暇などセイギから与えてもらえず、その強力過ぎるを見事な瞬発力でよければ、行きを一瞬で整えスイは刀を構える。


「ふぅ。こっからはもう取り乱さない」

「お? 悪よ、本気になったのか」

「誰が、悪だ。悪はそっちでしょ」


 何の疑いもなくセイギはスイに悪と言い放つ。


華斬嘩かざんか薙伝なぎづたえ


 しかし、スイはそんなセイギの言葉を一言で返すとすぐに反撃に打って出た。

 まるで、それは薙刀の様に広範囲に。しかし、その鋭角さは刀の様に。

 スイの周囲を空気もろとも斬り刻む。


「…おっつ。っぶねー」

紅華斬こうかざん瞬鋭しゅんえい


 セイギは、スイの刀から逃げるようにフェンスまで追い込まれる。

 そこをスイが冷静に風に花びらが舞うがごとく美しく俊敏に、セイギの心臓部へと突き刺す。


「お? おぉ?」

華斬流かざんりゅう落花らっか


 刀をセイギの心臓部から抜き、上から花びらが舞い落ちるかのように斬り落とす。


「っ!?」


 心臓部からドクドクと赤黒い血が流れだし、縦に斬りつけられた部分からは血が溢れるように吹き出すセイギの体はもう、死んだも同然だった。

 そして、それは予想通りになりセイギはそのまま倒れ込んだ。


「案外、手ぬるいのね」


 強敵に会えた。そう思ったスイには少し残念な気がしてならなかった。


「勝者、スイ・鋳薔薇ー!」


 それからレフリーが叫ぶまで、何故か妙に時間が空いたが特にスイは気にすることなく刀を鞘に納め、控室へと帰って行った。


「なんか、最初はヤバかったですね」

「そうさな。私的には、なんか後半にわざと負けた感がするんだよね」

「お、なにジアン。俺さんと同意見」

「うげっ。何それ。劇的に嫌なんだけど」

「え? そこまで否定しちゃう」


 試合を見ていた五人はしばらくそこに居たが、ジアンとミラはスイのいる控室に、サズは次の試合に備えて自分の控室に、残ったリミカとタロウはサズの試合会場になるリングへとそれぞれ移動を始めた。

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