本章#1 新世代始動
運命の歯車に乗って その1
バレット、ガレット、カルデアが聖魔王ミニエルに攫われアンリミデット・ワークスの若き世代たちがユーカライズへ帰還してから一週間がたっていた。
世界は相も変わらず奇妙なほどに平和で、憎悪のかけらも見当たらないとてもクリーン。
それは壁の外を経験した者にとってはとてつもなく奇妙でしかなかった。
だからか、新たなアンリミデット・ワークスの五人は壁の外の空気に妙な親近感を覚えていた。
「この荷台に乗るって、なかなかに良いわね」
魔女っ娘衣装のこの女ジアン・ラリティアは、馬ひく荷台でくつろいでいた。
それを見た、獣耳が特徴的な獣人の少年サズ・フレンは、堕ちないように慌てて注意をする。
「ちょっ、ジアンさん! そんな気を抜かして、荷台から落ちないでくださいよ」
「ぷぷ、そうですよ。落ちたら駄目ですよ」
サズのその言葉に笑いを隠せなかった巫女装束の少女リミカ・神代・スグトゥーワは、わざとらしくジアンを馬鹿にする。
「あ、今なんでわかりやすく馬鹿にした!」
「え? 何のことですか? 私にはわかりかねます。ジアンのその脳内構造が」
「オブラートに包めてないんだよ! 泣くぞ! リーダー泣いちゃうよ」
「別に構いませんよ。ね、サズ」
「え!? いや、俺は―」
三人が荷台を大きく揺らしながら盛り上がっていると、馬に乗っていた女性二人のうち刀を携えたスイ・鋳薔薇が怒鳴り注意をする。
「コラァ! そろそろ黙らないと、Killぞ」
そのあまりにも迫力のある怒りに、荷台に乗っている三人は一気に静かになる。
そんな様子を見て軽快に笑う、もう一人の馬に乗った女性ミラカスファ・ローゼス。
「ハハハ! 相変わらず元気だね。ここはいっちょ、お姉さんが得意のボイパを披露してあげようか」
「いや、大丈夫だから。お願い、前向いて馬をひいてくれるかな? ミラ」
サズがあわててミラがやろうとしていたボイパを止める。
そんなボイパを止められたミラは、ふてくされながらも馬をひくことに戻る。
「ちぇー。わかったよ」
この五人が新生アンリミデット・ワークス。主に世界救済と攫われたおっさん三人を救出することをこの世界の唯一の皇リズマレット・サーライズを命じられた、週数精鋭の傭兵団といったところになる。
そんな五人は今、壁に囲まれた世界国家ユーカライズ朝から出て自由気ままに三人を救うべく、あちこちにいる魔族討伐をしながら、攫われた採掘場へ向かっていた。
「それにしても、魔族の数も増えたよね」
「でも、きっとユーカライズの民たちはこの危険を知らないんだよね」
「いえ。多分、知ったとして今のユーカライズの民は恐怖を抱かないでしょう」
「そして、そのまま魔族たちにKillられると」
「うわ。そんな死に方絶対嫌だ」
五人は移動しながら、現在のユーカライズのおかれている現状を話し出す。
この世界は今、復活した魔族たちで埋め尽くされ始めている。それなのに、ユーカライズの民たちは皆揃いにそろって笑顔を絶やさず幸せに生活をしている。
現状をそんなに事細かく知らないとはいえ、それがどれだけの異常性を持っているかくらい、この五人には嫌というほどにわかっている。
「まぁ、そうなる前に私たちがそれをくい止めるんだけどね」
「そうね。だから、不安の一つも無くていいわね」
ゆらゆらと揺られながら半ば言い聞かせるようにそう言いながら、先へ進む五人。
「へい、そこなお嬢ちゃんたち」
そんな五人に、一人の男が荷台の前に現れ話しかけてきた。
みてくれは、短髪に程よい筋肉がついた綺麗な体。そしてなんといっても高身長。
「え? こんなところに人。地下の人間かな」
「それにしては、綺麗な身なりしてると思うけど」
馬に乗っていたスイとミラがぼそぼそと荷台を止めてから話す。
その様子を見てか、男は一人勝手に自己紹介を始めた。
「こりゃ、失礼。俺の名前はタロウ・マサムネ。ユーカライズに嫌気がさして壁の外に出た自由人だ」
見た目からして二十前後の青年タロウは、律儀に腰を折りまでながら控えめな自己紹介をした。
「…そう。それで、用件は」
「おっと、つめて―な。ま、いっか」
その話し方や見た目からしてタロウは軽い性格の持ち主の用だ。
そういった人を嫌う五人は信用もクソもない大前提で用件を聞くだけにしようと、意思疎通ができていた。
「俺をこの世界のどこかに連れてってくれ」
タロウのその用件に、五人全員が不意をつかれた。
しかし、タロウを見る限りでは本人はいたって本気のようにも見えた。
「え? なにそれ」
「俺は今さ徒歩で世界を周ろうとしてんだけどよ、やっぱ限界ってあんじゃん。そう思ってた矢先にアンタたちがここを通ったわけだ。こりゃ、運命だと思ったね」
タロウのそんな言葉に五人共に、唖然とする。
たが、このままここから動かない訳もいかない。タロウを無視するわけもいかない。
「ちょ、サズ。同じ男なんだし、ね?」
「えー!? それって、職権乱用とか」
「私もジアンに賛成です」
「リミカまで!」
そう考えたリーダーのジアンは同性という理由だけで、サズをいわゆる交渉人としてタロウとの話し合いを命じた。
リーダーであるジアンからの命令は緊急を要する以外は絶対の権利を与えられている。しかも、サズは基本的に逆らえない性格だ。
ここで、嫌だと言うわけがなくしぶしぶ荷台を降りてタロウの前へ出て行った。
「ど、どうも」
「お、男だ! なんだ、いたならとっとと言ってくれれば俺だっけこんなに緊張せずに済んだのによ」
「今の何所に緊張がっ!」
つい、いつもボケが強烈なメンバーと過ごしているサズはツッコミが条件反射的に出てしまった。
あわてて口を両手でふさぐが、時すでに遅くツッコミをしたことを取り消せはしない。
そんなサズを見て荷台の面々は必死に笑いをこらえている。
「…おー、いいツッコミだな。気に入った」
「へ?」
タロウは両手に腰をあて満面の笑みをこぼしながらそう言った。
「おっと、俺さんがお前さんを気にいろうが何の得にもなんねーよな。すまんすまん」
「あ、いえ。別に」
「それで。俺さんはどうやって気にいられればいいんだ?」
「…えっとー、それは無理ですかね」
サズは調子を狂わせながらも単刀直入にためらいながら言った。
「おっと、これまたストレートに言われたもんだ。そんじゃ、仕方ね―な」
「それじゃあ!」
「おう、勝手について行く」
笑顔で何のためらいもなくタロウはそう言った。
サズは反応に困りながらタロウに何とか言い返そうと必死に試行錯誤する。
「だから、言ってんだろ。俺は勝手について行くって。だから気にするこたーねーって」
結構意志は強かった。
ここまできてしまったらサズの及び腰も折れてしまってどうしようもない。
「そっちが気にしなくたってこっちが激しく気にするのよ」
それを見ていられなくなったのかスイが加勢に入る。
「お、アンタ和人か」
物珍しそうにタロウがスイを見つめる。
「ちょっと、こっちの話をいい加減きけよ。Killぞ」
「えー、こわーい。俺、泣いちゃう」
「ふざけるのも大概にして。こっちはね、皇リズマレットの命で動いてるの。アンタみたいな世界不適合者一人に構ってる余裕は全くないの、わかる?」
「……ほう。てーことは、ユーカライズの傀儡集団さんかい」
タロウのその言葉を聞いた瞬間、スイは刀を抜きタロウの首元を斬る寸前で止める。
「…Killぞ」
研ぎ澄まされた殺気のみを放つそのスイの目は、タロウを黙らせるのには一番効果があったみたいで、タロウは大人しく黙った。
「その黙りを肯定と受け取るから、とっとと失せろ」
刀を鞘に戻すスイはそのまま乗っていた馬に戻る。
「ほら、サズ。とっとと乗って」
「え、あ、はい」
サズは慌てながら荷台に乗る。
「おい、邪魔だからそこどけ」
スイがイラつきながら言うが、タロウは全くどく気配がない。
「おい、どけって! あ、もー」
何回言ってもタロウはそのままたったままだったので、スイがまた馬から降りて様子を見て見ると。
「…おい、コイツ。気絶してんぞ」
「は? 気絶って」
スイがそう言うとジアンも様子を見に荷台を降りて見に行くと、確かにタロウは立ちながら気絶していた。
「どうする、これ」
「どうするって。ねー」
結局その後五人で相談し、目を覚ますまでタロウを荷台におきながら移動することになったのだが、タロウが目を覚ますまでにはそんなに時間を要することなく割と動き出して直ぐに目を覚ました。
「あいや、スマンスマン。俺、ビビっちまってよ。ほら、刀とかこえ―じゃん」
タロウは回復するとすぐにその調子を取り戻し、ちゃっかりあぐらで座り頭をさすりながらのん気に謝っていた。
「んでもよ、成り行きでアンタ等と行動できたからラッキー的な」
「本当は今すぐにでもこの荷台から降ろしてやってもいいんだけど」
「流石にそんな非人道的なことは私が許しません」
「って、訳だから」
「いやー、ありがたい」
ジアンとリミカが渋々とった最善の策とでも言えるだろう。
しかし、タロウにはそんなことなどお構いなしに興味の対象をすぐにサズに移す。
「なな、そこの獣人くん」
「な、なんですか」
サズは明らかな嫌悪感を表情として出すがタロウはそんなことなどお構いなしに話す。
「その尻尾本物?」
「え? あー、本物ですよ」
「マジか! な、触ってもいい?」
サズは、純真無垢なタロウのそのお願いを特に断る理由もなく触らせることにした。
「別にいいですけど」
「おっしょ、さわんぜ!」
たかだか尻尾を触るだけでこの気合の入れようはタロウだからだろうか。
「うおー、なにこのモフモフ」
「ちょっ、先端は、だぁ、はぁはぁ」
その何とも言えない見事な御さわりテクにサズの息が荒くなる。
「お? ここがええんのかー」
「い、いやぁ。んんん」
「止めろって」
そんな様子を見ていたジアンが耐え切れずにタロウの後頭部を激しく殴打する。
「あだっ」
「調子に乗るのも大概にしないと、またあの刀がアンタの首元に来るわよ」
「…おーけー。平和的に行こうじゃないか」
あのスイの刀がよっぽどトラウマになったのかその脅しをするだけでタロウは静かになる。
そんな時だった。
「あー、もう。せっかく進み始めたのに」
「ついてないね。スイ」
「アンタもよ。ミラ」
二人が落胆するのと同時にイラつきながら言うのを聞いて荷台に乗っていた四人が荷台から降りて確認する。
すると前方には、約三十体の魔物がうじゃうじゃとうめき声をあげていた。
「うわー、私パス」
「ちょっ、ジアン!? 貴女が魔導を使ってくれなければ私の弓はあの大勢を相手に出来ませんよ」
「私、今日ソイツのせいで疲れたから無理だわ」
「それ言ったら、俺はどうなるんですか!?」
「え? 自己解決するば」
そんな三人の会話を面白く聞いていたタロウが一つの提案をしてきた。
「なら、俺があの化物たちを相手しよう。もしそれで、勝ったなら俺のこと認めてくれ。どうだ?」
そのどこかの物語の登場人物のようなセリフをタロウはやすやすと言った。
それを気に入ったのかジアンは軽くOKを出す。
「わかった。なら、すぐに消してきて」
「あいさー」
タロウはそのまま一人魔物たちの群へと向かう。
「ちょっ、ジアンさん! あのタロウって人武器何一つもって無かったですよ」
「だから? アイツからの折角の提案にのってあげなきゃ可愛そうじゃん」
「そうですよそれに、私みたいな特殊な武器だったり、ジアンのような魔導師かもしれませんからね」
サズだけがタロウの心配をしていた。
他の四人は心配すらしていなかったらしい。
「ここで、一発きめなきゃ男じゃねーよな。てか、仲間に入れてもらわなきゃ俺が困るんだよ」
そんな状況になっているなどタロウはつゆ知らず、ついに魔物の群の前に立つ。
「神誕・阿修羅鎧」
タロウが叫び、背に化物じみたデカさの刀を持った鎧兜が現れる。
「さぁ、一掃しようか」
右手を空をつかみように大きく上げ、そのまま振り落す。
「不利オトス条理」
するとリンクしたかのようにタロウの背後に現れた馬鹿でかい鎧兜が持っていた同じく馬鹿でかい刀を一気に振りおとす。
そして当然の様に前方の大地はうなりと土煙を上げ、魔物たちを一掃した。
「終縁。ドウカムクワレル事ナカレ」
そんな様子を見ていた五人は開いた口がふさがらないでいた。
「どうよ」
してやったり顔のタロウが荷台まで走って戻ってくる。
「アンタ、何者」
ジアンがそう聞くとタロウは少し困りながら言った。
「俺は、当代マサムネ家が長男タロウ。ユーカライズに生きつく和人にしてオンミョウを継し次世代の子なり。つってな」
にしっと、笑いながらタロウはそう言った。
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