世界を二度救う? その9

「な、なんだこれ?」

「さぁ。私もわかりません」


 マゾンドのあの魔導。

 思いもよらない場所に被害が出ていた。

 それはサズとリミカがいる。謎の場所。


「え? うえぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ふわふわな足場が急に光ったと思ったらそこから柱が現れ周辺を消す。ついでに魔物も。


「…今のは一体」

「今の柱もそうですが。サズさん。凄いですね」


 サズはリミカを急いで抱えその場から離れた。

 これが獣人の真の力である。

 一瞬で何十キロ、何百キロを移動できる。

 しかし、代償がつかないわけでもなかった。


「本当は、やっちゃいけないんですけどね」

「なにがですか?」

「一気に体に負担を与えちゃうと。ほら。ね?」

「ま、まさか!?」


 リミカは、あはは、と空笑いをするサズを見て気付いたのかサズの足を見る。

 そのサズの足は、力の反動で、足の指全てがまるで生きているかのようにぐにゃりとあらぬ方向へそれぞれ捩れていた。


「でも、まさか。この程度で済むなんて思いもしませんでしたけどね」

「この程度って」

「本当はボクぐらいの歳の獣人が今みたいに、力を一か所に集中させ放出させると、そこが力の反動でなくなっちゃうんだ。だからボクはラッキー中のラッキーなんですよ。たかが骨折で済んだ」

「たかがって」


 リミカは自分のせいだと思い込む自分を酷く責める。

 サズはたかが骨折と言ったが骨折でもかなりひどい状態だということは見ただけでわかる。


「まぁまぁ。今は命があることが何よりだから」


 サズのその笑顔にリミカは内心ほっとしてしまう。

 自分のことを酷く恨んでいなかった。


「さらに言えば。ほら、さっきの柱の部分。大きな穴が開いちゃったて」


 白くてふわふわな足場に大きな穴が開いていた。

 そして、空気の流れができた。

 その穴から下から流れるようにして、今サズとリミカがいる場所から空気がどんどんと流れ出ていっているような感じだ。


「…もしかして!」


 その穴を見てリミカはあることに気付いた。

 そして同時にサズが苦笑いしながらリミカに言う。


「あ、なんかあった感じの所でごめんなさい。多分、落ちます」

「え?」

「想像以上に穴がどデカくて」


 柱自体は街五つ位の大きさだった。

 しかし、柱から生まれた余波ともいえる衝撃で穴の広さは軽くその二倍はあった。


「ちょっと待ってください。と、言うことはですよ。この穴から落ちるってことですよね」

「ですねー」


 サズは全てを悟ったかのように全身全霊の棒読み。


「…あの。この現状で非常に申しあげにくいのですが」

「あ、どうぞ。言っても全然」

「では、いいますね。……今、私たちがいる場所。多分ですが雲の上です」

「……は、い?」

「そしてこのままこの穴から落ちると言うことは地上に落下すると言うことです」

「…う、そ」


 リミカの言葉を裏付けるように、どんどんと落下していく二人。

 その視線には、はっきりくっきりと開いた穴から見える地面が見えていた。


「これってまさか死ぬのでは?」

「はい。天にお召しに」


 リミカは何故か無表情で言う。

 そして二人はしばらく沈黙する。

 その間も耳で、ぐおんぐおん、と空気音がなりながらものすごい勢いで落下していく二人。


「…う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「…い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 開いた穴に入ろうとした瞬間。サズとリミカはようやく現実を受け止めたようで二人して叫ぶ。


「らぁっ」

「くそがぁ」


 サズとリミカが上空で必死に抵抗している最中。

 その下ではバレットとサドンドがラストスパートをかけて、剣劇を繰り広げていた。


「早く、教えてくださいよ! 現魔王をっ!」

「いーやーだ、ねっ!」


 剣と剣がぶつかり合う金属音。

 その音がどんどん激しくなっていく。

 ここまできてしまったらもうスイには完全に手出しができない。

 まぐれで業も当たらない。


「なら、一層のこと。早く負けてくださ、いっ」

「どっちもお断りだ」


 バレットが剣を斬り付け、それをサドンドが防ぐ。サドンドが剣を斬り付け、それをバレットが防ぐ。

 ずっとそれの繰り返し。

 あのスイがバレットの手助けをできた時とは次元が違いすぎる。


「では、せめて。是だけは聞きたい」

「なん、だよ」

「現魔王は僕達の知り合いか」

「……あぁ。多分な」


 サドンドは肯定した。

 つまりはバレットのみの知り合いではなくバレットやガレット、カルデアの知り合いともなる。

 そうなると人数もだいぶ絞られてくる。

 そして、現魔王を考えている間もバレットは攻撃の手を休めない。


「ま、すぐに気づくだろう」

「一体。誰なんですか」

「だから、教えねぇよ」


 剣と剣の火花が散る最中でバレットの疑問はさらに大きく膨れ上がっていく一方だった。


「ほら、なによそ見してんだ? クソジジィ!」


 サドンドがそれまでよりも力強い一撃をバレットに喰らわせる。

 すると、バレットにとっては急にきたも同然で防ぎきれずに、左肩に傷を負ってしまう。


「くっ」

「ようやくだ! オレはこんなに傷ついてんのにテメェは傷一つなかったからなぁ。…でもまだまだなんだよぉ」

「これは、考え事をしている暇など無いようですね」

「傷を負ったジジィを仕留めるのは簡単だ。たとえそれがかつてオレ等魔族を根絶やしにした勇者様だろうがな」

「その勇者の力をなめてかかったらどうなるのか。今一度その体に刻み込ませてあげますよ」


 そこには一人の人間と魔族ではなく、二人の剣士しかいなかった。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 最初に動いたのはサドンド。

 サドンドは例のごとく光をも超える速さでバレットの前まで移動し、横一文字に斬りつける様に剣を振りぬく。

 それをバレットはいともたやすく防ぎ、流すようにサドンドを斬りつける。しかしサドンドもただでは済ませなかった。流すように防がれたさっきの一撃をそのまま、綺麗にバレットの太もも目掛けて斬りつける。

 バレットはそれを事前に知っていたかのように飛び上がり避け、剣を踏みつける。

 この剣劇を一秒も満たない速度でやってしまう。


「ほら。なめてかかったら痛い目を見ましたでしょ」

「さーて。それはどうかな」


 バレットは何故か忘れていた。

 今、戦っている目の前の敵は人間ではなく魔族ということに。


「魔族ってさ基本的に魔導が使えるんだぜ? だってよ、魔の力の主となるものは人間が魔族や魔物から解剖して取り上げたもんだからな」

「それが……しまっ」


 バレットが気づいた時にはすでに遅く、踏みつけていたはずの剣の刃がバレットの右肩を後ろからぶすりと刺す。


「だからこうやって、剣の刃を伸縮自在に操ることだって可能なんだぜ。だから人間にしろ、魔族にしろ、魔導剣士は厄介な相手なんだろうが」

「ぁぁぁぁ! やってくれましたね。魔族」

「やってやりましたよ。人間」


 二人は睨み合い、ほくそ笑み合う。


「これが魔族だ。ボケェェェェ!」


 バレットはサドンドを見てあらためて思う。

 見た目は完全に人間と一緒。これと言った外見的特徴はない。ただ人間と違うのは内に秘める魔の力の性質。簡単に言ってしまえば人間が白で魔族や魔物が黒。ただそれだけ。細かいことを言ってしまえば、全生命体と話せたり、誕生の過程が違ったりと様々あるが、それは普段の生活において、隠れてやっていればバレなかったりする小さなこと。


「…そうですか。魔族ですか」

「なんだ? 妙に落ち着いてんな」


 その奇妙なまでのバレットの落ち着きはサドンドに余計な疑心を与える。


「その魔族はかつての大戦において、僕一人に根絶やしにされたのですよ。無論、前魔王も僕が倒しました。そして僕はそれからいろいろあって今に至るわけですが」


 バレットの活躍は後世に語り継がれる程のものだ。そんなことは魔族のサドンドにだってわかるほどに、この世界全体にとっては基本常識の一つだった。この世界でバレット、ガレット、カルデアの三人の名を知らぬ者などはいない。

 そんなバレットが今、戦いを知らない人が見たら劣勢とも見える状態となっていた。

 しかし、そんな状況になってもバレットは自信を持って言う。


「力や速さが歳と共に衰えていったなんて考えていませんよね?」


 次の瞬間だった。

 サドンドに疑問すら持たせてはくれなかった。

 それほど速い速度でサドンドの胸に剣を刺す。


「これを見てもまだ強気でいられますか?」

「わぁお。こりゃ。ゴフッ。やべぇわ。マジヤベェ」


 口から血を吐くサドンド。そこにバレットは剣を縦に刺していたのを横にするために抜かないまま動かす。すると当然のようにサドンドは口から血を吐く。

 だけど、サドンドは死なない。死ねない。


「酷いことするね。勇者様」

「勇者様だってただの人間ですよ。様々な感情があって当たり前じゃないですか」

「そりゃ、違いねぇよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 サドンドは自力で刺さった剣を抜く。

 抜くと言うよりも抜け出す。


「っあかっぁぁぁぁぁぁぁぁ! イッテェェェェなおいぃぃぃぃぃ」

「な!? 自力で」

「ほら、見てみろよ。この穴。腹にぽっかり空いちまったじゃねぇぇぇかよ」


 そういってバレットから少し距離をとったサドンドは、丸く穴が空いた腹に腕を入れる。


「こんな時あれか? 敵とかだったら、あひゃひゃひゃ、とか嗤えばいいのか? あん?」

「気色の悪い」

「これがオレだ。そして魔族の本性だ。よく物語とかにでてくる魔族とかいるけどよ、あんな雅できらびやかな訳があるか。汚く血を吸って汚く人を食べて汚く世界を壊す。それこそが敵キャラの本分であり魔族のあるべき姿なんだ」

「…そうですか。だけど僕には微塵も関係ない話ですね」

「当たり前だろ。テメェはいつだって主人公側である人間だ」


 そうこう話しているうちにサドンドの腹に空いた穴が無くなった。


「おー。まさか時間稼ぎでもしていましたか?」

「まっさか。たまたまだ。たまたま」


 二人はニヤッと笑う。

 しかし、次の瞬間サドンドの視線がバレットから外れバレットの右側。その奥を見つめる。目を大きく見開いて。


「ん? 何かありましたか」

「……おい。あれはテメェの仕業。な、訳がないよな」

「一体なにを」


 バレットはサドンドの様子を見て自体が尋常ではないことを察し後ろを振り向く。

 すると、目に映ったのは空からかなりの魔物が局地的豪雨のようにいきよいよく降ってきているところだった。


「聞いてねェですよ。魔王様」


 しかも、その場所がバレットたちの居るところからかなり近い。


「これ、後少しで多分ですが。ここに流れてきますよね。…部下ですよね。魔物って。どうにかできないのですか?」

「無茶言うな。あの数はさすがに抑えきれねぇよ。オレとマゾンドが組んでもせめて五千万を抑えるのが限度だ。アレは多分、それを超えてる。それを抑えられるのは魔王ただ一人だ」

「なら、その魔王様を今すぐ連れてきてくださいよ」

「バッカ。愛しき人が近くにいるとか言ってどっかに行っちまったんだよ」

「なんとも自由な魔王様ですね」


 バレットとサドンドが戦いを一度中断して、現状をどうするか話をしていると、ついに目の前に魔物の群が見えた。


「ま、オレも不死身だからと言ってそう何回も死にたくはないからな。ちょっくら抑えられるだけ抑えてくる」

「任せましたよ」


 サドンドはそう言って空中に浮かぶ。


「テメェェェェェェラァァァァァァァァァァァ! 止まれクズドモォォォォォォォォォォ!!」

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