世界を二度救う? その8

「…うわぁ。同じ女でも、さすがに引きますよ。これ」

「そうだろうな」


 ミラはガレットに耳打ちしながら話す。

 その姿はまるでラブラブなカップルの様。


「てか、同棲してたんですね」

「同棲か。…アイツが勝手に合鍵を造るから諦めた。何軒家を越しても三十分たらずで必ず場所を突き止めてくるからな。もう若干のホラーだったわ」

「うん、それ。完全なホラーです。若干じゃない」

「……ねぇ。なにやってるの? 私こんなに苦しんでいるのに」


 ミニエルが、ほんの少し、ガレットが私のことを心配して見ていてくれているのではないか? そんな淡い期待を抱きつつ、ちらっと前を見てみると、ミラとガレットは急接近していた。

しかも、

 ミニエルはそれを見た瞬間に静かな憤怒にかられる。


「は? 何ってそうだな。ひそひそ話し」

「あら、ずいぶんと仲がよさそうじゃない」


 ガレットは気付く。

 ミニエルが何故だかは知らないが怒りの限界値を越したことに。


「あー、そうか?」

「そうよ。そうよ。そうよ。そうよ! もう、私、貴方とその隣の女。……殺すわね」


 ミニエルのその言葉と共に、空気が重くなり、地面が揺れ始める。


「あ、そうそう。言い忘れたけど」


 瞬間、ガレットがミラの前に移動し、何かを防ぐ。

 その際に、金属同士がぶつかり合うかん高い音が響く。


「最高に愛しているわ。ガレット」

「あぁ。最高に笑えねぇ冗談だ」


 その言葉を交わしたのを皮切りに人の域を軽く超えた戦闘が始まる。

 ミニエルが黒い翼を生やし、衣服を漆黒のドレスに瞬時に変えれば、妖艶に嗤い、ガレットに黒くて細長い不気味な魔手と呼ばれるものを幾つも生み出しガレットを襲う。

 しかし、ガレットはそれらを軽くあしらい着実とミニエルへ近づいて行った。

 その場には剣と魔手が、並の動体視力ではとらえきれない程の速さで戦い合っている。


「くっそ。これじゃ埒あかねぇ! なんかイラついてきたしよ」

「今の私ならガレットを殺せる! あぁ、最高に快感だわ」

「…こうなったら。おい、ミラ! 手をかせ」

「いや、私戦闘とか無理ですから」

「わーっとるわ! サポートしろってことだよ」

「あーね。わかりやした」


 ガレットのその表情を見れば、ミラにだってわかる。いや、見なくたって解る。

 今、この状況がどんなにやばい状況かなんて。


「それじゃ、いきますよー」

「おう! さっさとしてくれ」


 ミラは大きく息を吸う。

 そして、全てを吐き出すように声を響かせる。

 その声は女神か何か。硝子のように透明感があり薔薇のようにトゲがひどく、壁を蹴るように反響し、聴く者の心に響かせる。


「笑えねぇよ。なんだよこれ」

「あぁぁぁぁぁ。っはっはぁぁぁぁぁぁ」


 ガレットはミラの声を聴き、ただただ茫然とし、ミニエルはまるで業火に焼き尽くされているかのような酷く耳障りな悲鳴を上げる。

 しかし、ガレットの耳にはそんなミニエルの悲鳴など届いなかった。

 ガレットにはミラの声しか耳に届いていなかった。


「……マジかよ。こりゃぁ、いろんな意味でヤベェよ」


 ガレットがミラの正体を知ってしまったのとほぼ同時刻。

 バレットとスイの二人は協力し合いサドンドと剣を交えていた。


「パパ!」

「こっちを見ないで! そのまま下」

「ほいっ!」

「無駄だよぉ。テメェなんかに防ぎきれるとでもぉ? ぶぅーかぁぁぁぁ」

「断衝・幕変え」

「っ!?」


 スイが自身の脚力を活かし空中に留まっている隙をつき、下からサドンドが剣で襲ってくるが、スイが急にふすまのようなものを具現し、サドンドからの斬撃を防ぐ。


「からのー」

「クレイジィ・ファザー」


 サドンドがスイに斬撃を防がれたことによって、その反動がすさまじくサドンド自身に跳ね返ってくる。

 するとサドンドは物凄い勢いで地面へ落下していくが、下ではバレットが待ち構えており、バレットの斬撃をもろに喰らう。


「っかぁ!?」


 バレットの斬撃は空気を切断した。

 その繊細かつ大胆な一撃がバレットの剣戟の持ち味である。

 故にこの世で、一番とも名高い神聖剣をいともたやすく扱って見せているのだろう。


「まだ、ですよ?」


 バレットが珍しく酷い笑い方をした。


「散華懺・朔良瀧」


 バレットの剣を喰らい、すぐにスイの刀を喰らう。

 スイのその様は、まるで花が散るように儚げ。また、新たな生命の誕生を託すようなその賢明さ。その二つが合わさったようななんとも心に響く演舞。

 しかし、見た目とは裏腹にその演舞は内に秘めた凶暴性を魅せていた。

 四方に花びらを描くように斬られた痕は、サドンドの体に刻み込まれていた。

 着ていた衣服は既にボロ雑巾と化し、半裸も同然だった。


「随分と、コケにし、て、くれやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 ゆらりと立ち上がりながらサドンドは咆哮。

 その叫びだけで地面にひびが入り、いくつかの木々が折れ倒れていった。


「あぁ、もうしらねぇ。魔王様からは殺すなって言われてるけど、仕方がないよね」


 サドンドのその言葉にバレットが反応する。


「ま、魔王がもうすでに」

「ったり、めぇだろうが。魔王様が居なくては、俺達はこの場にいないから。お前に滅ぼされた魔族は復活しないから。お分かり?」

「…そうでした。でもその確かですけど。前魔王であるルキメデス・シャーロニクス・ホワイツェは妻子を持っていなかったはず。魔王は世襲制だったはずですから」

「あぁ、そこか。そこはアレだ。今回の魔王はテメェと同じ人間様だよ。前魔王が死ぬ間際に残した黒耀玉をたまたま拾った人間様が居てよ。俺達は祝、復活ってわけよ」

「はい? 今回の魔王が人間? 黒耀玉? 理解できない」

「まぁ、あれだ。現魔王のコトは一つ置いておいてだ。黒耀玉について説明してやる」


 サドンドは律儀に攻撃の手を休め、黒耀玉の説明をしてくれた。

 黒耀玉とは、魔の力を圧縮し濃縮したもの。たった一つで人類史をかるく千回は止められる代物。

 つまり、ミニエルが拾った黒い球の正体は黒耀玉。

 それで、ミニエルは幸か不幸か魔の力を手に入れたのだった。


「なるほど。さすがと称賛を送りたいですね。自分が負けた時の想定などやたら滅多にしませんからね。まさか、黒耀玉などと言った魂の分離体代わりの物を、あの時以前にすでにこの世界のどこかに置いていたとは」

「そして、現魔王様に拾われるわけだ」

「しかし、その黒耀玉は一体だれが」


 バレットはまだ知らない。

 この時、ガレットがその魔王と戦っていることを。

 そしてこの男もまた。ガレットが魔王と戦っていることを知らない。



「もっと。聴かせてくれ」

「もう、その魔導は終焉にしませんか?」


 マゾンドはカルデアに挑戦的に言う。

 そして、マゾンドは魔導の詠唱を始める。


「光は偽りか。闇は偽りか。光が優勢か。闇が劣勢か。この問いに解を求めし我に、どうか神の思考を。God gives a blessing equally. …恵みよ」


 途端、天まで届く白と黒の魔導陣が幾重にも重なるように出現し、膨大なエネルギーの柱が現れ、空気を振動させる。


「…わぁお。これまたいきなりすぎだろ」

「私。…こんなの初めて見た」

「あぁぁぁっぁぁぁぁぁ!! さい、こうぅ」


 その柱はいきなり出現したと思ったらすぐに消えた。

 しかし、その魔導が残した傷跡は凄まじかった。

 繁栄している街を軽く五つはなくなったであろう広さの地面がなくなり土がむき出しになっている。空気も消されたらしく流れがわかるほどに動きが激しくなっている。

 すこし離れた場所で見ていたジアンは何とか防御系魔導で防げたが、盾は一瞬でボロボロになっていた。

 そしてよりマゾンドの近くにいたカルデアは、


「…ったりねぇな。俺を殺すには」


 防御系魔導を発動せずとも、その場に立っていた。


「……本当に化物だよ」

「残念ながら俺は化物じゃねぇよ。ただの人間だ。サイキックでも英雄でも勇者でもねぇ。そこら辺にいる通行人的な都合のいい高尚な魔導師様なんだよ」

「高尚な奴はこんな泥と血のにおいであふれる戦場の最前線には来ない気が」


 マゾンドは苦笑い。

 正直言って本当は苦笑いさえできないこの状況。

 マゾンドにとって今の魔導は勝利への近道的な役割を担う切り札的存在だった。もちろんのこと切り札を一枚しか隠していないわけでもないのだが。切り札の中では上位にくみする魔導だった。最上の次あたり。

 それがいともたやすく防がれたのだ。

 心が諦めを覚えるには十分すぎるほどだった。


「さぁ、お前が言った終焉とやらにむかうおうか」

「……うぃ」


 カルデアはマゾンドに向けて宣戦布告をにやりと笑いながら言った。

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