世界を二度救う? その7
「おい、ジアン」
「な、なんですか?」
カルデアがジアンへ振り向き言う。
「今から大先輩の戦いを直に見るんだ。盗めるものがあったらとことん盗めよ。もちろん相手からもだ」
「は? 何言って」
ジアンのその言葉が届いたのか届いていないのか。カルデアは少し笑ってその瞬間に魔導を発動させる。
「さぁさぁ。はじめようか」
途端。カルデアが両手でドアを広げるような動きをした。
するとそこからピンク色の基盤が現れる。
「どうだい? シャレてるだろ」
「中々のバッドセンスですね」
カルデアの基本魔導。サポティクス。自分の目の前に機械のような基盤を出現させることによって雰囲気出しと、ある程度に魔導が強力になる。サポート系魔導。
「まったくもって不快だが。とある英雄様のおかげで俺が回復専門魔導師みてぇな事にでっち上げられたが、本来俺はな。なんでもこなせる天才のオールタイプなんだぜ。因みにこう見えて計画はきちんとたてる派だ」
「知っていますよ。そんなこと」
「なら、話は早い。…テメェは今からこの俺に惨敗する」
「…それはどうでしょう」
そのマゾンドの言葉を聞いてなぜかカルデアは余裕な不敵の笑みを浮かべる。
しかし、これといった攻撃をするわけでもなくただその場に立っているのみ。それはマゾンドも同様。
「ほら、少しは何か動きを見せてみたらどうだ」
「その言葉。そのままお返しいたします」
極度の緊張状態が続く。
「……聞こえる」
その緊張状態をすぐに破ったのはカルデアだった。
「聴こえてくる」
「…!? しま」
何かに気付いたマゾンドはその場から逃げようとするが時すでに遅し。
カルデアを中心として半径十メートルの地面が抉れた。そしてそのままマゾンドを閉じ込めるように球体になる。
「下。上。右上。左下。下下下下上下。右右右右上上上上上。……全方位」
目を閉じながらカルデアはブツブツと言っている。それはまるで何かの呪文のような暗号のような。
よく聞けば、カルデアがぶつぶつと言うと地面を抉って作ったマゾンド入りの球体の中から音が聞こえてきている。
「んなっ!? 何故ですかっ! 何故、この空間は魔導が使えないのですきゃぁぁぁぁぁぁ」
球体の中に閉じ込められたマゾンドは空間移動で脱出を試みたものの、カルデアに閉じ込められたその空間内ではまったくもって魔導は使えない。同様に魔法も。
「まぁ、流石は魔導師の最終到達点とも名高いカルデアです。……しかし、この俺がこんなことで。ん? なんですか。この不吉な何かしか予感させない不気味な音は」
球体が急にゴゴゴッとうなり始める。
「何かが突きでてきましっ!? まさか。この球体」
マゾンドは何かに気付いた。
「…もう手遅れですか」
そして諦めた。
「かはっ! っか。はぁはぁはぁ……」
球体の中では非常に鋭利な先端を持つドリルのような物がランダムに現れマゾンドを標的として向かってきていた。
しかし、避けられたのは最初だけで徐々に避けられなくなっていき、ついに貫通してしまった。
「ヤベェですよ、これは。カルデアさんも鬼畜生なこったですね。ボクが魔族で、魔導師で、アンデッドだってこと知っているくせに」
上級魔族には様々な特別能力が備わっている。
見た目からしてわかるものや、内に秘めたる何かが解ったり、何か物を動かせたりと。人間にしてみれば全てまとめてマジックと呼んでしまう類のやつだ。
しかし、中には自分の死を経験してからわかるものや、何かの刺激があり不意に新たな能力に目覚めたりだとか。そんな類のことを人類はまとめてサイキックと呼んだ。
旧文明における人類はマジックと魔法や魔導は同一のものであると認識していたようだが、現人類史が始まって以来、マジックや魔法に魔導は全て一つ一つに分けられた。
「…トドメですか。なるほど」
そうこうして何回も刺され貫通しているうちに痛さにも慣れてきたマゾンドが新たな刺激を欲し始める。
そんな矢先。全方位からドリルのようなものがマゾンドに向かっていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! さいっこう」
嗤った。
マゾンドはその痛さや自分が死んだことに対して快感を得ているのか頬を上気させるように赤く染めている。
「まだ。聴こえる」
カルデアはマゾンドの叫びが聞こえたのか少し、悔しそうにする。
「開け」
そのカルデアの言葉と共に球体は花弁のように開く。
「さいっこう。ひゃーはー」
球体が開くと真ん中に血だらけになるもののなぜかどこにも傷がないマゾンドがいやしく嗤いながら立っている。
「最初は何事かと思ったけど。まさかいきなり攻めてくるとは。カルデアさんらしくもない」
「……」
「その魔導。使うの何年ぶりだ?」
無視されるのを知っていてマゾンドは一方的にカルデアに話しかけている。
「……」
「やっぱり。その魔導を使っている時は周りの音が。いや、ある一定の音しか聞こえないんですよな」
魔族でありながら人間味を帯びているマゾンドは多かれ少なかれ理性を失っている。
そんな状態になっても冷静に周りを見ている。
「聴こえる。聴こえる」
「ほら。隙だらけですよぉ」
マゾンドは、目を閉じてずっとブツブツと、聴こえる。を連呼しているカルデアに魔導をぶち込む。
「天は堕ち、地は腐り果て、信ずるものを失いし時。魔を宿し闇さえも希望の光に見間違えん。神を捨て、魔を望む者たちよ。…The devil's children have the devil's luck. 蝕め」
マゾンドが唱えると、右手の前に黒い何かが生じ始める。
その右手をカルデアに向ける。
「堕天楼」
瞬間。カルデアの周囲からマゾンドの右手の前に合った黒い何かが囲うようする。
「さぁ。逃げられるかな」
マゾンドの余裕たっぷりの薄汚れたそのゲスな笑みを見て、ジアンはイラつきを覚えるが決してカルデアの心配はしなかった。
なぜなら。ジアンが知っている限りではカルデアと言う偉人はこんなことで死なない。教科書とかでしか見たことがないカルデアだが。しかしそれだからこそ。心配などせずに済んだのかもしれない。
カルデアなら絶対に大丈夫。
「ばーん」
マゾンドは、ジアンがそんなことを思っていることは全く知らずにその一言を躊躇いもなく言う。
その一言は子供が銃撃戦などでよく使う効果音。
しかし、この状況においてマゾンドがそんなふざけた意味でその一言を言ったわけもなく。合わせるようにカルデアの足元をただ囲っているだけだった黒い何かが急に、天へ突き刺さる塔が如く湧き上がった。
堕天楼。黒い何か。人間の憎悪や嫉妬といった負の感情を集めてできるだけ濃密に仕立てあげた極上の瘴気。それを対象者の足元へ囲うように流せば、好きな時に対象者に仕掛けることができる。塔となった瘴気の中は、肉体ダメージよりも精神ダメージが多く与えられ死よりもつらい痛みを味わうことになる。精神操作系魔導。
もちろん。魔族以外のただの人間の魔導師でも鍛錬を積めば使用可能になる。
「まぁ、こんなんじゃ屈しないとは思うけどさ」
マゾンドのその言葉は的中する。
「聴こえる。…聴こえない。……聴こえる」
いまだに目を閉じているカルデアが何かを疑った。
今まで耳に入ってきた音に少しのノイズが入り混じったのだ。
「そろそろか」
カルデアは目を開ける。
「ったくよ。カルデアは本当に人間か。ってぐらいに強いし魔力保有も相当なものだし。欲しいものです」
中の様子など見れるはずもなくマゾンドは暇をしていた。
そして、何故か興奮してしまっている自分を抑えきれないのか口調が荒くなったりならなくなったり。こちらもこちらで大変そうなのだが。
「…! 捕まえた」
中のカルデアがにやりと笑う。
その瞬間。マゾンドの心臓が強く一度だけだがまるで打ち付けるように鼓動した。
「な、なんだ。今の」
暇をしていたマゾンドが一気に臨戦態勢に入る。
しかし、暇をしすぎて油断もしていたマゾンドにはそれを防ぎようがなかった。
「…おう。中々に早いお帰りで」
「どうも。あ、勿論。お土産もあるぜ」
カルデアはあの瘴気の塔を消した。
「やはれはれ。カルデアさんは瘴気すら自身で払いのけちゃうのですね。…化物が」
「最後の言葉。まんまお前に返すぜ。…それよりもだ。ここで問題。俺が持ち帰ったお土産ってなーんだ?」
突然のカルデアからのクイズに、これまた冷静に答えるマゾンド。
それはまるで、答えをあらかじめ知っていたかのような確信めいたものがあった。
「コレだろ」
「あぁ。コレだ」
そう言って二人はある線を持つ。
それはイヤホンのコードだった。
旧文明時代の中期。旧文明上では一番平和だとされる時代。様々な国が武力ではなく金という権力で世を治めていた時代。
その時代では小型機器で音楽を聞きながら日々を過ごすことが当たり前だった。その時に必要だったのがイヤホン。
性能はそれぞれ違ったりもするが、今カルデアが使っているイヤホンはその時代では高額で取引されたであろう性能。
なにせ、魔導で造ったのだから。
「たしかその魔導はアレですよな。あらゆる物や人の音を聞くことができる。だからコードは地面に溶け込む様に伸びている」
「正解。よく覚えてたな」
ヒア・アイディール・ワールド。
世界中のありとあらゆる物や人の心を聞くことができる精神系上級魔導。攻撃力はないものの使い方を理解し友好的に使えば物理的攻撃よりも相手にダメージを与えることができる。さらに、カルデアの場合。この魔導を少し改良して相手の心を直接壊せることができるため、他の魔導師が使用するのと違い攻撃要素も加わることにより、精神異常系特異魔導とその形を変える。
「当たり前ですよ。一回それで精神崩壊されたんですから」
「そうだったか? 昔のことなんて忘れちまったよ」
二人は静かに闘志をぶつけ合う。
そして、同時刻。カルデア達から離れた場所。
「なんで? なんでこんな多い」
「サズ。文句ばっかり言っていないでください。気が滅入ってしまいそうです」
「だってー」
今、自分たちがどこにいるのかさえ把握できない状況で魔物と戦うサズとリミカ。
「それにしてもいつまで増え続けるんですかね。これ」
「今の状況に最も近い表現は無限でしょうか」
「…絶望しか残ってないじゃないですか。それって」
「そうですね」
リミカは軽く笑う。
「それにしてもこれだけの数の魔物がいるこの場所は一体」
上を見上げれば雲一つない晴天。目の前には魔物と自分たちと同じ高さぐらいに感じられる位置にある太陽。それにふわふわな足場。
「まるで、幻想世界に飛ばされたかのようですね」
「ちょっ!? リミカさん。手を止めないで」
サズが涙目でリミカに訴える。
「あ、ごめんなさい」
状況判断などしている暇なんてない。今は目の前にうじゃうじゃと湧き出てくる魔物からどう生き残るかを全力で実践するのみだった。
そんな状況になっているサズとリミカに対して、ガレットとミラはいまだに薄暗い道を歩いている。
「トゥクトゥクトゥクトゥクトゥク。ちぇけちぇけちぇけ。ホッホッホホー」
「うっせーよ! いい加減うっせーよ」
ミラのボイパもどきに痺れを切らしたガレットがつい怒鳴ってしまう。
「へい。ガレット老。こんな時だからこそ私が明るくしようと」
「一体お前の脳内はどーなってるんだー!」
道を進み始めてから実に三十分は経っているだろう。その間隣でずっとボイパもいどきを聞かされていたガレットのストレスは相当である。
「しかし、アレですね。お互い魔導が使えないと。大変ですね」
ミラが笑いながら言う。
「テメェ。存在を消されたいのか」
「消せるものなら、やって見せてくださいよ。ほらそこの石とか」
「…おっけー」
そしてガレットは大剣を一振り。
「……え? あっはっは」
その一振りは大剣にもかかわらず空気の振動音や意思にぶつかるときの斬り音すら聞こえなかった。ただ、指定された石に刃をあてその石を粉微塵にせず、本当の意味で消した。
「な」
「な、じゃないですよ。え、今の本当に」
「オレ位にもなればお茶の子さいサイクロンだ」
「今、そのオヤジギャグはダメ。絶対だめ」
「あ、そう言えば。バレットもできたっけな」
「もう、本当に何。イレギュラーにもほどがあるでしょ」
「オレやバレット。それにカルデアもだが。何のイレギュラーでもねーよ。ただ努力してきた分がちゃんと身に帰ってきているだけの頑張り屋さんの集団だよ」
そんな話をしていると前方から二人の元とは違う足音が聞こえる。
「…聞こえたか」
「イエス。あいどぅー」
コツン、コツン。まるで砂利道の上を歩いていないような優雅な足音。徐々にその音は近づき足音の主の姿が見えてくる。
「……あぁぁ。なんで」
「が、ガレット老?」
ガレットの絶望と理不尽さに染まったその表情を見てさすがのミラもふざけずに心配をする。
「あ、ガレット! ガレットなの」
「が、ガレット? だ、誰のことだい」
二人の前に現れたのは一人の女性。
妙齢でガレット達とそんなに変わらないだろう。しかしその美しさは誰しも目を移してしまうほど。
しかも見た目だけで言えば、しわもなくきめ細かい白い肌。二十代にしか見えない。着ている衣服もガレットと同じ年代にしてはカジュアルで。疑いようもなく初見では二十代と言ってしまうほど。
髪の毛もさらさらでどこかほんのり甘い匂いを漂わせているので。さらに誤解を招くだろう。
「何よもう。そ、ん…な。じょ」
その女性はすぐに表情を崩す。
ガレットを見てではなく隣にいたミラを見て。
「……ちょっとその女。誰?」
「お、コイツか。こいつは旅の仲間だ」
ガレットは話題が自分よりミラにいったことで、どこか安堵していた。
しかし、話題がガレットからミラにいったわけではなかった。
「また、私を忘れて。せっかく貴方に見てもらうために、ちゃんと力も手に入れたのに。そんな若いだけが取り柄の女に行くなんて」
「いろいろ誤解を招いているが。…力ってなんだ、おい」
「力は力よ」
そう言って女性は、内に秘めた力を開放する。
「ほら、ガレット。私、すごいでしょ」
「おいおいおい! それってよ。魔の力だぞ。しかもその力は、魔王そのものじゃねぇかよ」
「そうよ。私、頑張って手に入れたのよ」
「え、ちょ。ガレット老。私、話が全然見えない」
「おぉ、奇遇だな。オレも今、絶賛混乱中だ」
女性が解放したその力は禍々しく、どこか美しい漆黒の色をしたものだった。
「ちょっと、そこの女。勝手に気安くわたしのガレットに話しかけないでちょうだい! 殺すわよ」
その冗談にもならない女性の発言にさすがのミラも怯える。
「私はね。今、魔王になったのよ。この力を手に入れたら急に魔物たちが生まれて。そしたら私に従って」
「生まれたんじゃなくて、生み出したんだろうが」
「そんなことしないわよ」
「過去、歴代の魔王は自らの眷属を自らの手で産み落とした。自発的にそこら辺から魔物や魔族は生まれねぇんだよ。母体となる存在が居て、そいつが自らの意思で誕生させるんだ」
ガレットはどうやら状況整理ができたらしく一気にその眼つきを変える。
それを見た女性は何故か嬉しそうにする。
「やっと、私のことを見てくれたわ! しかも真剣に」
「…あぁ。とてもじゃないが殺したいほどに真剣だ。なぁ、ミニエル」
ガレットが女性の名を呼ぶ。
ミニエル・エトワール。彼女はガレットの元交際相手でガレットがミニエルから受けた束縛ともいえる状況から逃げ出すために破局。
しかし、ミニエルはガレットを愛し続けた。その結果、ガレットが自分の元から離れたのは同等の力がないせいだと思い込み、力を求めるべく様々な地を巡り巡った。
そんな時に、ある黒い球をみつける。その黒い球は恐ろしさの中に美しさがありミニエルは見惚れていると、突然その黒い球がミニエルの体の中に入った。
すると、どうだろうか。不思議と得体のしれない強大な力が湧き上がってきたのだ。
それが魔の力とも知らずに。
「随分とよ。やらかしたみてぇだな」
「全部、貴方を想って」
「人のせいにすんじゃねぇよ。テメェ自身が望んで手に入れた力の制御もできないでなにがテメェの力だ。反吐が出る」
魔の力を秘めた黒い球がミニエルに渡ったのは天文学的な確立だが、運命だったのかもしれない。
力を求めれば力が自然とやってくる。
しかし、努力をせずに手に入れる力は必ず、悪の力。すなわち、魔の力。
努力せずに正しき力など手に入るはずもない。
「だって、貴方は」
「オレは別にテメェに力がねぇから別れたんじゃねぇよ」
「じゃ、じゃあ!?」
必死の形相でミニエルはガレットへと迫る。
その横では、うげっ、と言いながらミラが引いていた。
「なんかこう、プレッシャーがな。後は、こう」
「…な、なによ。そんな意味の解らない身勝手な理由」
「いや、多分だけどな。特殊な性癖がない限りは耐え切れぇねぇぞ、あれは」
ミニエルはガレットから別れた理由を聞いたが、理解ができずに苦しみ、怒り狂う。
「私がどれだけ貴方に尽くしたと思っているの? 毎朝六時に起こして、朝食は健康に気遣ってその日の貴方の朝一番の顔色を見て判断して作り。その後は家事洗濯。そして昼食はいつも決まった定食屋で食べていつもの決まったメニューを食べてくるから、夕飯は貴方の今日一日の歩数や燃焼したカロリーを計算して作って、お風呂もその日の体調に合わせて温度を変えて、シャンプーとかもあなたの肌に合ったのを選び、就寝は貴方が好む枕の位置や高さ、掛布団に敷布団の相性、そして気温を毎日見て、変えたのに! それなのに突然別れを切り出して!」
ミニエルは誰にあたるわけでもなくその場でただ一人で怒鳴り散らす。
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