世界を二度救う? その6
「…マジで着きやがった」
「科学ってスゲーね」
「あぁ。けど、どうやらこの座標に飛ばされたのはオレとお前だけの様だ」
「そうみたいだね」
ミラとガレットペアは採掘場の外ではなく中へと飛ばされたらしく、周りを見渡せば少し薄暗い。ランプ型の魔法光がかろうじて生きておりその光のみがその場を申し訳程度に照らす。そのおかげか足場が薄暗く照らされ進む道があることを示してくれる。
「とりあえず進んでみるか? それともここで待機するか」
「私はどっちでもいいよー。なんなら今ここで歌ってあげよっか」
「遠慮しとくわ」
どう反応していいのかわからずに苦笑いで返すガレット。
「まぁ、進むか」
「あいあいさー」
ガレットとミラは待機することなく、明かりが少しでも強い道の方へと進みだした。
「ねぇ、ボク達どこに飛ばされたんだろうね」
「そうですね。私が思うに確実に採掘場の中ではないことは確かですね」
「あ、やっぱり」
サズとリミカぺアが飛ばされたのは空がやけに青く、空気が薄い場所。
そして何より、特徴的だったのが。
「それとあと一つ聞きたいんだけど」
「偶然ですね。私も尋ねたいことが一つだけあります」
「これは一体なんの冗談なの?」
「これはどんな冗談なのでしょうね」
二人は同じことを思っていたらしい。
目の前に視線を向けながら言う。
「やっぱり同じこと考えてた」
「やはりそうなりますよね。この状況に遭遇すれば。敵味方関係なく」
二人は自然に背中を預けるように背あわせになりそれぞれの目の前を見る。
そんな二人の視線の先には無数の魔物がうじゃうじゃといた。
さまざまな形容をしたスライムに、ゴーレムのミニ版であるミニレム。他の生物の血を吸い生きる鳥、キラーバード。主にこの三種が大量にいる。
「生きて帰れるといいですね。この状況の他のペアと同じじゃないって結構きついですよね」
「そうですね。できることなら私はワープ装置に入る直前へ戻りたいぐらいです」
サズとリミカは互いに一度見合い、笑い合い魔物の群集へと挑みかかった。
「それじゃ、何もしても始まりませんから戦いますか?」
「全力を尽くして」
サズとリミカはその場所が一体どこなのかも知らずに空気が薄い中、戦い始めた。
「うむ。なるほど」
「まさかこうなるとは」
「えー、パパと二人きりがよかったー」
「私はおかげさまで助かった。本当に助かった」
「おい、その言い方やめろ! なんか俺がヤバい奴じゃないか! 二人きりだと見境なく襲いかかる最低な男みたいじゃないか」
採掘場の入り口と思しき場所に飛ばされたのは、スイとバレットペアにジアンとカルデアペア。
他のペアがそれぞれ違う場所に飛ばされたのに、なぜかこの二ペアのみ運よく同じ場所へ飛ばされた。
「どうやら同じ場所へ飛ばされたのは、僕達のみらしいですね」
「…あぁ。それにしてもなんで俺等だけが同じ場所に」
ふと疑問に思うバレットとカルデア。
これがもし偶然だとしたらとんでもない確率で奇跡と呼べるだろう。しかし、もし知らず知らず導かれていたとしたら。
誰かが意図的に仕組んだことだとしたら。
「なぁ、まさか」
「えぇ。多分カルデアさんの考えと一緒です」
瞬間的に考え、答えを導き出す。
そんな二人を目の前で見て首をかしげるジアンとスイ。二人にはまだ理解がとてもじゃないができなかった。
「これは上級の中でもトップが居るぜ。絶対に」
「多分ですが、もし科学を理解しそれを利用したとするならば、ほぼ魔王と変わらない実力者ですよね」
その言葉にジアンとスイは驚きを隠せない。
今、この場に魔王とほとんど同等の力を持った魔族がいる。
死を宣告されたのと同じようなものだ。
「え? ちょっと待ってください。それって、マジなやつで」
ジアンがバレットとカルデアに尋ねている最中だった。
ジアンのすぐ横を何かが通った。
「……は、い?」
その場の全員が凍り付いた。
「やっぴー」
「あぁぁぁぁん」
四人の目の前にはさっきまではいなかった男が二人。
「なかなかどうして笑えない冗談じゃねぇか。え?」
「これが現実なら幻術にでもかかっていたい気分ですよ。…なんでよりにもよって」
「あ、バレットー」
「え、あ! 本当だ。老けました?」
どうやら目の前に現れた男二人とバレットは知り合いの様だ。
「なぜに貴方たち二人が。もっと真面な魔族がいるでしょう? よりにもよってイカれてる二人なのですか」
バレットの落胆ぶり。その様子はスイとジアンから見て上級魔族に出くわした反応とは考えられなかった。まるで、友人と話しているかのような。そんな感覚。
「真面って。う、け、リュ―――――――! 魔族に真面とかマジでう、け、るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「魔族には、真面なやつなんていませんよ」
一人は腹を抱えてバレットを煽るように指さしながら笑い、一人は冷静に何の面白味もなく返す。
「あ、やべ。パパのことバカにした」
スイは一人の男の反応がたいそう気にくわなかったのだろう。
気付いた時には光の速さ以上のスピードで男二人に斬りかかっていた。
「あー、ダメダメ。だーめっ」
一人の男は手を広げスイの斬撃を止める。
「…んな!?」
「スイ! 今すぐ離れなさい! 特殊性癖になりたくなければ」
バレットが叫び、忠告したことがスイにとっては助けになった。
「あぁ、もう。お仲間に出来ると思ったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
刃が抜け、男の掌は、ぱかっとものの見事に二つに割れていた。
しかし、男がレローと一舐めすればその傷はなくなり元の掌に戻る。
「ねぇ、パパ。あの二人が魔族なことは話の流れから理解はできるけど。さっきの忠告の特殊性癖になりたくなければって、どうゆう意味なの?」
「あぁ、それはですね」
「まぁ、待て待て。バレット。自己紹介は自分でしたい」
「以下同文でお願いしたいね」
盗み聞きしていたのか、魔族の男二人が声高らかに言ってきた。
「……じゃあ、お願いします」
バレットは一瞬考え、自分の口から言わなくて済むことに気付くと、魔族の男二人の意見を肯定する。
「オレはサドンド・ヒスト。最高に強くてかっちょいい。三七五〇歳だよっ」
「俺はマゾンド・ヒスト。最高に天才らしいです。ま、別にかっこいいとか自己主張はしませんから。てか、恥ずかしくてそこの糞弟みたいにはできませんよ」
短髪で運動が見た目からしてできそうな爽やかな好青年魔族サドンド・ヒスト。赤い半そでの上着を着て中には黒のシャツ一枚。下はチノパンという、夏スタイル。
セミロングでメガネをかけた見た目からして叡智を極めていそうなインテリ系魔族マゾンド・ヒスト。黒の長袖を一枚。下はジーパンというシンプルを極めたスタイル。
そして二人とも中々に顔がきれいである。
「騙されんなよ。ジアン」
「な、なんで私限定!? そこのスイとかは」
「バレットパパに夢中だな」
「…そうだった」
二人を見ていたジアンにカルデアが悪戯っぽく笑い、まるで本当の親子のような。そんな会話をする。
「二人とも。まだ足りないのではないですか?」
「あー、確かに。オレ等の魅力はこんな自己紹介程度にはおさまんないよな」
「俺を巻き込まないで」
見た目からして対極のサドンドとマゾンド。
「では、失礼して。オレはこう見えて相手をいたぶるのがクソ大好きだ! 愛していると言ってもいい! むしろ攻撃手段と結婚したいほどだ」
「俺は特には無いが。感情が高ぶるとこう変な声で喘いでしまう癖がある。それと殴られたり暴力を振られるのが極めて好きです。大好きです」
初めてのスイとジアンは無言で引く。
現実的にまさか存在するとは思ってはいなかった。
無論、そう言った類の店に行けば、うじゃうじゃと血反吐を吐き出したくなるほどにいるらしいが。ここまで堂々と人前で宣言し、それを自分の良い所として他人に紹介できるのは中々にいないだろう。
「わかりましたか? どうして僕が戦いたくないのか」
「しかもアレだぞ。一時的にだけどよ。アイツらのどっちかの放つ魔法にでもかかってみろ。テメェらもあいつ等みたいになるぞ」
カルデアが説明してくれたことでスイは理解した。
バレットのさっき言ったことの意味が。
わかるとすぐにバレットを見ると静かにこくりとうなずくバレット。
「え、でも。強いからなんだよね。人の言語も話せて自身の戦略とかも練れるのは」
「あぁ。そうだな。それだからあの二人は厄介なんだよ」
「まぁ、上級魔族は全員厄介ですがね」
バレットは言い終わると同時に姿を消す。
「今回は手短にお願いしたので」
次に姿を見せたのはサドンドとマゾンドの丁度間。
「さすがはバレット。だけど」
「オレ等に一人で猪突猛進はまずいんじゃなかったっけ?」
「あの時も一人だったんですけどね。忘れちゃいましたか」
バレットは笑みを浮かべ、自身の剣を横一線に斬りつける。
「それはあれだろ? オレ達みたいに若かっただからだろ」
「約四千歳が何をほざきますか」
「おや。バレットにしては汚い言葉遣いだ」
「そうですかね。僕的には結構頻繁に使っているつもりなんですが、ねぇ!」
バレットが剣を斬りかざしてはそれをサドンドが避ける攻防が続く。
マゾンドはその間に距離をとり、何かを始めた。
「アレは、今のうちに止めとかねぇとな」
そのマゾンドに気付いたカルデアが自身の魔導を使い、瞬間移動をする。
「…よし。これで」
「何が、よしだぁ? あぁん」
虐められっ子に虐めっ子が絡むようなそんな感じにしか見えない。
「アンタ。そうか。あの時のやたらめったらに馬鹿げていた魔導師か」
「いやぁ、覚えてくれていたんだ。最悪だ」
「俺を唯一、魔導で負かした人間だ。忘れたくても頭に小汚くべっとりとくっついて離れないんでね」
「お前。本当にマゾかよ」
「さぁ。設定上はそうだけど。本当のところはどうでしょう」
過去。カルデアが戦争以外で名を世界に広めたことがあった。
どうやら、その時にマゾンドと知り合ったらしい。
「少しは斬りつかれてみては」
「それはぜひとも、オレの偉大なる兄のマゾンドに言ってほしいね」
「イヤですよ。趣味が悪い」
少し離れた開けた場所。
バレットとサドンドは剣を互いに交えながら常に場所を移動している。
「さっきみたいに避けたらどうなのですか?」
「オレが避けてばっかりじゃ、つまらないと思ってね」
「それはとんだ有難迷惑ですね」
バレットとサドンドの剣舞のような小奇麗な剣劇を何とかついて行きながら見ているスイ。
自分が今、あの間に入ったらどうなるのか。それは息を吸うよりも簡単に解る。
「ほら。バレット。あそこで見ている愛しのマイベビーにかっこいいところ見せつけないの? パパはこんなにちゅよいんでちゅよー、って」
「悪いのですが。僕には言葉攻めで昇天して戦意喪失的な事にはなりませんから。それにスイはもう僕より強いですから」
「…ふーん。でも、剣を交えて面白いのはやっぱりバレットな気がするから。もっと激しく突いちゃおっかな?」
「ご遠慮願いいただきたい限りですが。どうやら断れはしないようですね」
「……よくお分かりでぇ」
バレットが、ちらっとスイを見れば彼女はもうそこにいなかった。
「一体、どこに」
「大丈夫、大丈夫。死にはしない所だから」
「…これだから魔導剣士は嫌いなのですよ。そもそも魔族なのに人間味が溢れすぎているところからして気にくわないですね」
「やー。人間の英雄様に、ほーめられちった」
サドンドはその瞬間、少しだけ気を緩めた。
自身の魔導でスイをどこか別の場所へ移動させ、この一帯にはバレットと自分しかいないと。
「おっと。サドンド」
「なに?」
バレットが珍しく、言葉ではなく行動で示す。
顔を、くいっ、とサドンドの後ろを示すように動かせばサドンドはそれにつられる様に後ろを向く。
「あ、どうも」
「あ、どもども」
「………」
「………」
「………」
「……はぁ!?」
今度は勢いよく振り返るサドンド。
だが時すでに遅し。
「珀花舞撃」
サドンドの魔導によりどこか別の場所へと飛ばされたはずのスイがサドンドの真後ろにいた。そして、零距離からの斬撃。
「っか!」
サドンドの背中に花弁を描くように斬りつけるスイ。
「よくやりました」
「そりゃ、パパの一番弟子で、愛娘みたいなもんだもん。あったりまえじゃん」
スイがバレットとハイタッチをしながらも、二人は油断をせず、すぐにサドンドに対して自身の刀を構える。
その構えは、同じく刀を使用していた旧文明の人類には誰一人成しえない構え。
スイ自身の魔導で、刀で半円を描くように浮かばせる。さらに両手にはそれぞれ刀を持ち隙を見せない。
神懺・阿修羅。
それが刀の構えの名前。彼女のオリジナルである。
「おいおい。刀ってことは、そこな女は和人ってことか。マジかよー」
「そう言えば、サドンドは和人が苦手でしたね」
「まぁな」
むくりと立ち上がり、何事もなかったかのように頭を掻きながらバレットと話すサドンド。バレットもそれが当たり前と思っているのか自然と話す。
「まさか、それを知って」
「今の今まで忘れていましたし。そんな戦略を練っているのでしたら最初から言ってサドンドが怯んだ瞬間を狙って殺戮していますよ」
「だよな」
バレットとサドンドは何故か軽く談笑していた。
まるで今が戦闘中ではないと思っているかのように。
この二人。立場や出会いが間違っていなければ親友に成りえたに違いない。それほどまでに仲が良く見える。スイはそう思った。
「さぁ。御託は言い終えました。サドンドの弱点も思い出せましたし。是はとうとう勝利の風が僕等に向いてきたってことですかね」
「ぬかせ。勝利も敗北も。力が勝っている方に歩み寄ってくるもんなんだよ。勝利の風だぁ? 笑わせるなよ」
「笑わせているつもりはまったくもって無いのですがね」
バレットとサドンドは、見合いながら笑う。
「少しは抵抗して見せてくださいね」
「オレに魅とれるんじゃねぇぞ?」
「そうですね。気をつけます」
ただ距離をとって二人は笑っている。
途端。空気が大きく揺れる。
「なんで抵抗しちゃうのですか」
「抵抗するに決まってるだろう。ただでさえ生物上頂点に立つ三大巨頭の一つと剣を交えているんだから」
「一度は世界を滅ぼしかけた上級魔族がよくほざきますね」
二人は一歩前へ踏み出したと同時にとんでもない加速をして、人間や中級魔族には到底見ることができない次元の速さで剣を交えている。
本人たち自身もまた体にとんでもない負荷をかけ、防ぎようのない速さで向かったのだが両者ともにその速さで相手へ向かったので効果は相殺された。
「ほれほれ。本性出ちゃってるよ。聖天君子の勇者様」
「聖天君子ですか。何も知らない人たちが勝手につけたくだらないあだ名ですよ」
「おいおい。笑えない冗談はちゃんと笑って言わないと。信じちゃう人間も出てきちゃうぜ」
「構いませんよ。僕ももう人間の勝手な期待と妄想には呆れて我慢の仕様がなくなってきているところでしたから」
「そりゃ、ご苦労なこったな」
「何でしたら。立場交換してみますか」
「ご遠慮願いいただきたい限りだ」
剣を交えながら冗談を言いつつも、バレットとサドンドの二人は徐々に駆け引きをしては、通じなければすぐさま新たな策を練り、攻防し、今を生き抜いていった。
この剣劇はどちらかが、ひと傷でも負えば決着がついたも同然となる。
だから、油断は必ずできない。
「そうですか。実に残念です」
そんな静かな剣劇が繰り広げられている場所から離れ、約七十キロ。
幾つもの岩が地面から天に向かう様にそびえたつ場所。足元もゴツゴツして安定できない場所。
「あー。メンドくせぇなぁー」
「ほら! もっともっともっと――――」
「ねぇ。私。この場所にいたくないんですけど。早く決着つけてくれませんか」
「まだ始まってもない戦いにどう決着をつけろって? そんなに早くことを済ませたければ、テメェがなんとかしやがれってんだ」
「あ、言いましたね。いいんですね? 私を惚れさせるためのせっかくの見せ場を失いますよ」
「無駄口叩いてんなら、さっさとけり付けてみろ」
「わっかりましたよーだ」
カルデア、ジアン、マゾンドがそれぞれの魔導を発動させるための『導具』を構えている。
ジアンはステッキ。
カルデアは普段持っている杖ではなく何故か、小洒落たメガネ。
そしてマゾンドは。
「本か。なるほど。魔導師としてのテイストを律儀に守ってやがんな。魔族のくせによ」
「いやいやそれよりもですね。今朝の魔族進攻時には、おっさん導具使ってなかったじゃないですか。今更感半端ないですよ。しかもメガネって。せめて使ってる風に見えていた杖でいいじゃないですか」
「軽い魔導なら導具なんざなくてもできんだよ。それにいいだろ? メガネ」
「趣味。最高に悪いですね」
「んだとコラ。メガネ萌え共に全力で謝罪して来い。体で」
軽い冗談のつもりだったのだろう。
しかし、ジアンにとってはそれが冗談に聞こえなかったらしく全力で導具であるステッキで物理的に打撃をある一点に集中させる。
「っっんな!?」
「ほらほらどうですか? 美少女に金玉打たれる気分は」
痛さのあまり声が出なくなり、急所を手で押さえ軽く飛び回るカルデア。
「羨ましいです。やってほしい」
そのマゾンドの一言に全身から危険信号の一種であろう汗がぶわっと湧いて出てきたジアンはステッキでカルデアを殴るのをやめる。
「よし。カルデアさん! 二人で協力してあの人外を倒してやりましょう」
「……え? 謝罪とかないの」
「そんなことやってる暇があったら、少しでも相手にダメージを与えることを考えてください! ふざけている時間が一秒でもあるのなら真剣に考えてください」
「見事な掌返しだな。おい。この痛みは無駄だってか」
「年寄りのほざく愚痴は後で十二分に聞きますから。今だけは真剣になってください。…アイツ。ヤバいですよ」
キリッとキメ顔をするジアン。
「あぁ、何故だろうな。テメェをまずぶっ倒してぇ気分なんだが」
「だから冗談はあとでききまっ!?」
ジアンの後頭部に強烈な一発を喰らわせるカルデア。
「これでまずはひとまずだ。…後でもっと殴らせろよ。安心しな。どんなに顔面を殴ろうと俺の魔導でなかったことにしてやっからよぉ」
ニタニタと勝ち誇ったように笑うカルデアはきっと満足したのだろう。
「…いったいじゃないですかぁー。起き上がるのてちゅだってくれないとぉ、ジアン怒っちゃいますよぉー」
「キメェよ」
地面にうつぶせに寝ているように倒れていたジアンが何を思ったのか急に顔だけをカルデアに向けて目をうるうるさせ訴えかけているが、百戦全敗の色男であるカルデアにとってはその方法はまったくもって聞かなかった。
むしろ、普通に、起き上がるのを手伝ってください。と言った方がよかっただろう。
「…ちっ。使えねぇ、老害だな。ふっ」
「はいはいそうですね。…それよりも早く、アイツをぶっ倒すぞ」
「やっと本題に戻れましたか。でも、そんな状況ですが私は戦えません」
「…はい?」
「今さっきカルデアさんに殴打された後頭部からとある液体がどばどば流れてるなーって、思って手で触ってみたら。ほら」
ジアンがカルデアに見せてその掌に、嫌になるほどの血がべったりとついていた。
「なので、私は自分で自分を治すことに手一杯なので。…任せたぜ相棒」
血がべったりとついた手でカルデアの肩を触りキランと歯を輝かせるように笑ったら、そのまま後ろの座るのに丁度良い岩までてくてくと歩いていくジアン。
「精一杯殴りかかりたいが。俺が原因でこうなってしまったのだから何もできねぇ」
手を握り締めプルプルと振るわせるカルデア。
「ねぇ。いつまでこの状態続くの。もう俺、このプレイで七回は絶頂してしまったよ。四回目辺りからはあまりの興奮にもう、言葉すら出なかったよ」
律儀に待っていてくれたマゾンドはどうやら、放置プレイの最中だと勘違いしていたらしく自家発電を余分にしていた。
「あぁ、もう終わりだよ」
「…なんだ。空気読んでくださいよ」
「生憎と読まない性質なんでね。知ってるだろ」
「そうでした。今の今まで忘れていました」
そこで空気が変わる。
今までの軽い空気は一体どこへ消えてしまったのか。はたまた逃げてしまったのか。ジアンも空気が変わったのを肌で感じた。
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