世界を二度救う? その4

「いやー、ごめんなさい」

「もう、僕は一体どうすれば」

「私について生きればいいんだよ」

「お願いだ。バレットのために一度、黙ってくれや」


 ガレットが女性をバレットから引き離し、かくかくしかじかな説明をカルデアがサズ、ジアン、リミカにする。

 彼女の名前は、スイ・鋳薔薇いばら

 彼女は、獣人のように特殊な少数部族“和人わじん”の一人で名前に“和字わじ”と呼ばれる字が入っている部族。肌の色も黒でも白でもない中間色で少し黄色が混じっているように見られる。

 スタイルはそこそこ。胸も程よい感じにあり、背の高さも成人男性より拳一個分低い程度。

 そして何より彼女の部族はあることに秀でていた。


「そして最後に、その和人共は繊細な技法に特に秀でているんだ」

「繊細な技法?」


 ジアンが少し、イラついたように聞く。


「あぁ。例えばだな。剣や刀で首を斬り落とす時ただ単に横にスパッと斬ろうとしても骨が引っ掛かるから綺麗に斬れない。けど和人共は骨に引っ掛けることなく斬り落とすことができる。他にも、心臓にギリギリあたらず肋骨を通り抜け人体を貫通させたりと。…そんな感じだ」


 カルデアのそのジアンに対する返答にリミカが補足する様にさらに情報をつけたす。


「しかし、和人全体がそうかと問われればそうとも限りません。私の家系のように神に仕えたり、衣服などを編む、機織り。さらに言えば今現在で世間様に名の知られている料理人たちは皆、和人の血が入っているそうです。何も武にのみ長けている人だけだはありません」

「そうか。リミカの家も和人の家系だったな」

「はい。純血ではありませんが」


 言いたいことは全て言えたのかリミカは満足げな表情をしていた。


「まぁ、大体はわかったけど」

「状況説明にはなっていませんね」


 ジアンとサズが事前に打ち合わせでもしていたかのように言葉をつなげる。


「…おっとそうだったな。すっかり忘れてた」


 カルデアが頭を掻きながらどこか面倒くさそうに話し始める。

 スイ・鋳薔薇の年齢は二十五歳。女性としては大人な雰囲気を身に纏い始めようかといった年齢だ。

 そんな彼女と彼女がパパと呼び親しむバレットの出会いは二十年前。

 まだ魔族をバレットが根絶やしにしきれていなかった頃。当時は魔族の猛攻が激しく、ユーカライズもまだ世界統一を果たしていなかった影響もあり各地では多大なる被害が出ていた。

 その中でも特に被害が大きかったのが当時まだ、スイ・鋳薔薇も住んでいた東にある諸島連合国であるトウイだった。

 トウイはユーカライズや当時はいくつもあった帝国がある本土より離れた場所にある島国で形成された連合国だったため魔族の進攻はないと油断していた。

 そしてその油断は大きな過ちをおこす火種となってしまった。水中特化の魔族たちがトウイに攻めてきた。結果は取るに足らずにトウイは

 魔族たちはそのままトウイの島々を襲っていった。

 そのことは必然的にバレットの耳に入ることになり、魔族がトウイを襲い始めてから二日後。バレットがトウイに到着した。

 そんなバレットの視界に映ったのは姿だった。人々は死に絶え、バレットがおりたその島には人一人として息をしている者は見つからなかった。

 それからバレットは様々な島におりては魔族を斬り、生きている住人はいないか探索を続けた。

 バレットがトウイの初めの島に下りてから既に二日が過ぎていた。魔族の進攻はバレットが各島にいた魔族を斬ってきたのでなくなりつつあった。被害も残った島からは聞こえなくなってきていた。そうは言いつつも魔族進攻の前は五十もあったトウイの島が今は既にたったの五島へとなっていた。それ以外の島は少なくともその当時は人の住める状態でもなく住人も一人もおらず、島として経済がまわるわけもなくトウイとしてはそれはもう島ではなくただの大地に等しかった。

 そんな中である事件が起こった。

 それは、バレットがトウイの島で最後に訪れた場所で起きた。

 その島には他の島とは違い魔族進攻が起きていたにも関わらずまだ住人が数人生き残っていた。それを瞬時に見極めたバレットは今まで以上に迅速に魔族を斬っていった。

 それがまだ下級魔族のみだったら生き残った住人全員を守れたのかもしれない。

 その島には上級魔族が居た。しかもバレットがその魔族を見つけたのは丁度、一人先に船に乗り次の島へ向かおうとしていた所だった。右手には恐怖のあまり平静を失った女の子の頭をわしづかみにして粗暴に持っていた。

 その女の子こそがスイ・鋳薔薇。彼女だった。

 結果は今、彼女が生きていることが何よりも証拠だが、バレットの勝利。トウイの魔族進攻はそこで終わった。

 終わったのは良かったのだがバレットが助けた女の子は両親を魔族に殺され一人身になってしまった。それをかわいそうに思ったバレットが、彼女をしばらくの間、面倒を見たので今、彼女はバレットのことをと呼ぶ。


「それからスイ・鋳薔薇は二十歳になるまでバレットと一緒に暮らしたんだ。んで、二十歳になったある日、急に世界を見て周りたいと言い出して旅に出たんだ」

「そうそう。そしたらさ、急に魔族復活してるでしょ? んで、たまたまいたこの村にいて流れで地下都市に来ちゃったんだー」


 どうやらカルデアの説明を聞いていたらしいスイが言いながら近づいてきた。


「へー、なるほど。君たちがパパの新しい仲間かー。…クソ弱そうだね」

「こら! スイ」

「えー、だってー。見るからにクソ弱そうじゃん。そこの獣人君は元々のスペックが高そうだけど残りの二人のコスプレちゃんズはちょっと」

「コスプレじゃないわよ!」

「列記とした装束です」

「え? リミカは確かに巫女さんだから、その恰好は当たり前田のクラッカーだけどよ。お前のその魔女っ娘衣装はコスプレじゃないのか? てっきりレイヤーかと」

「え? ずっとそんな目で。同じ魔導師だからわかってくれると思ったのに」

「ワタシアナタノコトハワッカリマセーン」

「なんで私限定!? それ虐めですからね! 列記とした社内苛めですからね」

「社内じゃねぇからいいんでね?」

「ガレットさん。無駄に口挟まないでください」

「扱い酷いな、おい」


 そんなこんなでスイも結局合流することになり七人となったガレット達は地下都市で適当な飲料と食料を調達しに中心地ともいえる栄えた場所へと行った。


「なんかアレだな。これじゃまるで旧文明の外観だな」

「そうですね。今の僕達が住んでいる街並みとはすべてが違う。塗装された道に鉄でできた細長い乗車機。そしてこのユーカライズにもない高すぎる建築物」

「まるでここだけ時代が違うみたいだな」


 今現在のユーカライズ朝にある技術でもここまでの建築物を造るにも年単位を要するだろう物が幾つも建てられ、街の道は灰色になっており何かで塗装された形跡もあった。この現象はこの地下都市のみでのことなのか。そんなことをバレットは考えて街並みを見ているとあることに気付いた。


「……ガレットさん。カルデアさん。僕、気付いちゃいましたよ」

「どした?」

「何に気付いたんだ」


 バレットのそのあまりにも緊迫した言葉についサズ、リミカ、ジアン、スイも足を止めて聞き言ってしまう。

 しかし、スイだけはまるでバレットが驚愕するのが分っていたかのようにバレットを見ていた。


「この地下都市。…電気で動いてますよ」

「は?」

「……ってことは、おいまさか」


 そのバレットの言葉にカルデアとスイ以外は理解ができていなかった。

 学校で習った。まだ。その頃の重要資源の類。電気がなくなったらその時代の人類は発狂し滅ぶとまで言われていたが、一度文明が崩壊し新たな力を手に入れた人類はソレを捨て、新たな資源である魔法で生きていくことを選んだはずだった。その選んだときに電気や化学と言った概念は全て教科書や古文書の中にのみ存在する忘れ去られた旧文明の資源。

 それが今、ガレット達の目の前で存在している。


「ここに着て、遠目で見たときはまさかとは思いましたがこう目の前で見せつけられるとそうとしか言えなくなっちゃいますね。この地下都市は科学で繁栄している」

「ってことはだ。あの細長い乗り物は電気で動く電車ってやつで、さっきから目に入るこのバカデカい建物はビルってやつか」

「えぇ。そうでしょう」


 バレットとカルデアの会話を聞いて理解のできなかった四人もようやく理解ができた。


「はー!? 化学ってお前。マジか、おい」

「なんだ。ようやく理解できたのか」

「バレットもそうだがカルデア。お前もなんでそんな冷静でいられるんだよ」

「冷静に見えるか?」


 よく見ればバレットとカルデアの額には冷や汗をかいていた。


「おい、ジアンにリミカ。俺たちはちょっくらこの地下都市を調べんぞ。いいよな、バレット」

「えぇ、是非お願いします」

「えー、なんで私がー」

「いいから行くぞ。これから魔族討伐もあるってのにこんなところで愚図ってられないしな」

「ほら、ジアン。行きますよ」

「リミカまでー」

「行くぞ、魔女っ娘」


 ジアンはそのままブツブツ言いつつもリミカ、カルデアと共に地下都市の探索をするために別行動を開始した。


「さてと、僕達はひとまず必要なものを調達しに行きましょう」

「おう」

「はい」

「……」


 その場に残ったのはバレット、ガレット、サズにスイの四人。

 スイはこの地下都市の秘密を黙っていた後ろめたさから黙ったまま。


「スイ」

「…は、あ、えっと」

「この街で食料とか飲料を買い揃えたいのですが」

「えっと、なら」


 挙動不審。スイはバレットに話しかけられ、おどおどしながら、食料や飲料を取り扱っている場所へと案内する。

 その場所へと向かう間、四人は一言も話さないまま。


「あ、着いたよ」


 話さずに進んでいたのにあっという間に目的地に到着する。


「ショッピングーモールー?」

「違いますよ、ガレットさん。ジャンピングモルンですよ」

「…二人とも間違っていますよ。特にサズ。ひどすぎですよ」

「あれ、パパ。二人ともボケてるんだよね」

「ボケなら僕も、そう真剣に言わないよ」

「…マジで」

「うん。マジだよ。だからスイ、あの二人に正解を言ってあげなさい」


 さっきまでのあの重い空気はなんだったのか。今まで通りに気軽にバレットと話すスイ。


「あの、ショッピングモールです。大型販売店のその先を行く、旧文明の後期に非常に多く見られた販売形式の一種で効率よく売り上げが上がり、人の回転率も非常によくできた仕組みです」


 スイの説明を聞いてさらにわからなくなるガレットとサズの二人。


「スイ。その二人にそんなオプション付きの説明をしたら余計に混乱するだけだよ」

「え、でも」

「ガレットさんにサズ。ショッピングモールとは超デカいデパートのことです」

「なるほど。確かにどデカいな!」

「そうなんですね」


 バレットの大雑把すぎる説明に納得した二人を見て、何故か無性にイラつきを覚えるスイ。


「わかったところで、中に入りますか」

「おう、れっつらごー」

「ごー!」

「…はぁ」


 溜め息一つつきスイは一番後ろについて行く。

 中に入れば様々な専門店が賑わいを見せ、それぞれが顧客獲得のために必ずどこかは商品を安く売る、セールを実施している。

 防具専門店、武器専門店、薬草専門店、などなど今の時代には需要のなさそうな専門店も、賞金首を狩ることで生計を立てているハンターや、死体から金品や防具を盗み取ることで生計を立てているスカベンチャーまで、そう言った職種の人々がその専門店に足を運んでいたりした。

 ユーカライズ朝の中心地から離れれば人々の心の中には自然と殺人や窃盗などをしようと思う人も出てくる。

 原因は一目瞭然。貧富の差だ。

 なので、ガレットとバレットのガッチリとした鎧装備でもさほど目立ちはしない。


「それにしてもいろんな店があるのな」

「見てください。あの店なんて本しか置いてませんよ」


 ガレットとサズはテンションが上がりに上がって、ショッピングモールを駆け回る。


「ちょっ、二人とも! 目的をちゃんと果たさないと」

「そう固いこと言うなって。少しぐらいはいいだろ?」

「もう。時間がないのは知っているはずですよね」

「そんなに言うんだったらよ。バレットとスイで買ってきてくれよ。俺とサズはちょっくら見て周ってるからよ」

「そんな勝手な」

「おい、行くぞサズ―」

「はーい!」


 ガレットとサズはバレットの言葉を最後まで聞かずに専門店エリアに行ってしまった。

 その場に残ったバレットとスイは互いに一度、見合いため息をつく。


「…パパ」

「あ、最後まで言っちゃダメですよ」


 それ以上は言わなくてもわかります。と、目で訴えるバレット。


「……食料品売り場はこっちだよ」

「では、行きましょう」


 食料品売り場には現在発達している文明の中心地からこんなにも離れている場所でどうしてこうも栄えているのかと疑問に思ってしまうほどに野菜に食肉、加工食品までありとあらゆるものが取り揃えられており、その一つ一つがユーカライズ朝中心地では考えられないほどの安さで売られていた。


「なかなかどうして、侮れませんね。こうも安いと衛生面など不安要素がつきものなのは旧文明から続くことなのに、このキャベツは一玉五十バイカルで、しかも衛生面や生産者名まではっきりしている。安心と安全の両立と安さを実現できている素晴らしい商品です」

「パパ。なんか通販の人みたい」


 スイが商品を眺めては手に取りいちいち声に出してその凄さを言っているバレットの横で呆れ顔をしていた。

 因みにこのユーカライズ朝においてお金の単位はバイカルと呼ぶ。このバイカルはユーカライズがまだ王朝になる前の帝国時代、この金銭流通を完璧に築き上げた四代目の皇の名前から拝借したものである。


「本当はいっぱい買いたいのですが、そう多く買っても余るだけですからね。今回は少しだけにしておきましょう」

「へー。今回はそんな長い闘いじゃないの?」

「今回はこの近くにあるはずの採掘場にいると予想される上級魔族の退治だから、そんなに長い闘いってわけじゃないですかね」

「採掘場? あぁ、あそこか」

「…え? 場所知っているんですか」

「え? 知らなかったの?」


 バレットとスイはその場で固まる。

 互いが互いに知っていて当然。知らなくて当然。と、思っていた。それが話してみれば互いが互いに真逆だった。


「ちょっと、待ってください。スイ、何で知っているんですか?」

「ちょっと待ってって言いたいのは私だよ。パパたちは知らずに採掘場を目指していたわけ?」

「えぇ、何あたりまえのことを言っているんですか?」


 スイはバレットのその言葉を聞いて額に手をつき顔を左右に振る。


「…ねぇ、買い物一回止めない?」


 スイは呆れ半分、確信半分に言った。

 バレットならきっと喰いつくに決まっている。この状況でそんなことを言われたらバレット以外の誰しもが喰いつくに決まっている。そう確かな確信があった。

 そして案の定、バレットは喰いついてきた。


「…それは、どういった意味合いで言ってますか」


 にやりとスイの口元が自然に吊り上る。


「ついてくれば解るよ」

「……なら、あの二人と、調査をしてくれてるカルデアさんたちも呼ばないと」


 バレットは、それ以上は深く追求せずにただスイの言葉にのった。

 その頃、ショッピングモール内をはしゃいでいるガレットとサズは不思議な出会いを果たしていた。


「いやいや、それ吟遊詩人とか言わないぜ」

「うん。流石のボクでもわかる」

「何を言っているのですか。正真正銘、私は絶世の美女にして天の声を持つ吟遊詩人です。その名もミラカスファ・ローゼス」


 奇妙な形の帽子に全身を覆う様にしているマントみたいなものを羽織っている女性。

 彼女の名はミラカスファ・ローゼス。自称吟遊詩人。

 しかし、彼女は楽器を奏でることができない。

 代わりに。


「トゥクトゥクパー、トゥクトゥクパー。ヘイヘイ。トゥクトゥクパー、トゥク」


 完全に途中で声を発している怪しすぎるボイスパーカッションが出来たりする。


「だからそれも、最早、声で言ってんだろ! せめて真似てみろよ」

「何を言っているのですか冒険者さん? 私自身が七色の音を奏でる楽器だと言うのに何をどうやって真似ろと? ヘイ、トゥクミー」

「だーかーらー。…あぁ、もうサズ、言ってやれ! なんかお前の方が歳近そうだし」

「えー! イヤですよ」

「これも修行だ! 精神面の」

「横暴すぎですよ」


 サズは嫌々一歩前へ出て、自称吟遊詩人のミラカスファに言う。


「…あのー、それ。やっぱり吟遊詩人とは違いますよ? 吟遊詩人はこう、ギターを持って歌って魔導的効果を生み出すのが吟遊詩人って言うのですよ?」


 終始、疑問形で弱気なサズの物言いはミラカスファに響くわけもなく。


「うん? なんでそんなよそよそしいの? もう私の演奏を聞いてこうやって話し合っているんだらもう心の友だろい! マイベストフレンドゥーイ。 フゥー」

「ガレットしゃん」


 サズは一歩後ろへ後ずさり横にいるガレットに涙目で訴える。


「すまん。こればかりは自分で乗り越えるべき壁だ」


 目を全力でそらしながら、俺を巻き込むな、とオーラを出すガレット。

 つまりはガレットも関わりたくない。


「どうしたの? あ、そっか。私のことを何て呼べばいいのか困ってるんだね! 私のことはミラって呼んでよ」

「…う、うん。わかったよ、ミラ」

「おう!」


 ミラはニカッと天真爛漫に笑う。きっとこの笑顔だけを見ていればサズも素直にミラのことを可愛いと思えたのだろう。

 今はもう手遅れだが。

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