世界を二度救う? その2
「なにちんたらしてんだ、クソジジィ。置いてくぞコラァ」
「……あぁ」
「この短時間で何があった?」
「さぁ。僕に正解を求められてもわかりかねますね」
カルデアがガレット達に追いつけばいよいよ、旅の始まり。
世界を救う旅の始まり。
「ボク、なんかワクワクしちゃいます!」
サズは隠し切れない好奇心を露わにしている。
そんなサズは軽装備で接近戦重視のスタイルであり、持ち合わせているのはサバイバルナイフと何かあった時のために用意したのかショルダーバックいっぱいに詰め込んでいた。傍から見ればただの気弱な好青年。
「この天命。何としてでも」
自分に言い聞かせるように言っているのはリミカ。
巫女装束を華麗に着飾ったリミカは背に大きな弓を背負っている。しかし肝心の弓矢を持っていなかった。しかも他の荷物もどこにも持っている様子などない。
「そう言えば、お前。弓、持ってるのに矢をもってなくないか?」
歩きながら気付いたガレットがリミカに聞く。
「私の使う弓矢は光矢ですので。光の集合体を矢に模して射るので」
「あぁ、なるほど」
光矢とは清き行いではなく汚れた行いをする者や存在そのものが邪に連なる者。つまりは魔物や犯罪者などにしか効かないのが光矢である。その光矢は神か仏に仕える者にしか具現化できず使用権限が今、この世界に生きている者だけで十人程度。その中の一人が若くして使用することを許されたリミカである。
「…私もここまできたよ。頑張らなくちゃ」
そのリミカの横で同じように自分にしか聞こえない声でつぶやくジアン。
黒のつばの大きい帽子に黒マントのついたワンピースのような服。見た目からしてジアンが魔導を使う人だとよくわかる。
そんなジアンはバレットと同じかそれ以上の魔空間をつくれるのでそこに荷物などを入れているのだろう。手に持っている荷物や腰にかけている荷物が一切ない。
「よし、こっから先がもう街がなくなって草原エリアだ。多分だがもうここから先、魔物が出る。いいな、気張ってくぞ!」
気付けば太陽も上り空も澄んだ青空になっていた。
城壁を幾つか通り抜け、八番目の街の最後の城壁。ここから先は名前こそ草原エリアとピクニックに出かけたくなる名称だがその実は手を一切付けていないエリアになる。故に採掘場などにもってこいの場所なのだ。
ユーカライズ朝も世界を統一したのはいいのだがいまだに世界の半分は手つかずのまま。人類を半分におしこめている状態になっている。食料や水に関しては何の問題もないのだ一つ一つの街の密度の高さが問題になっていたりもする。
そして今回。手をつけないままでいたせいでこの様な問題まで起きてしまったのだった。
「よし。久しぶりに全力出しますよ」
「怪我したらすぐに俺に言えよ」
「ボク、皆さんの邪魔にならないように頑張ります」
「私もサズと同じように頑張ります」
「ワタシもサズとリミカみたいに頑張っちゃうよ」
六人は横一列にきれいに並び、その一歩を同時に踏み出す。
「わぁお。予想通り最悪だ」
目の前に広がったのは果てまで続く吹き上げる風が心地よい草原にそれを、埋め尽くすようにいる魔物だった。スライムからゴーレム、飛行しているバッドと呼ばれる魔物から体がとにかくデカいゴーレムと同等のミニドラゴンまで。下級魔族と呼ばれる魔物たちがうじゃうじゃとそこにはいた。
「…久しぶりに見ましたね」
「…うっわー。私、今からでも回れ右して帰りたいです」
「ここまで来たんだ。そんな野暮な事言うなって」
「なに、気取っているんですかカルデアさん。キモいです。生ゴミよりもキモいです」
「おい! そこの二人。…仕事始めんぞ」
ガレットがカルデアとジアンに向けて落ち着いたような低い声で言う。
その一言がまるでガレットや他の三人の覚悟のように感じたカルデアとジアンに重くのしかかり、二人とも真剣になる。
「よし、行くぞコラぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「ちょっ、ガレットさん! いきなりエンジン全開はダメですってっば!」
「オレも、頑張らなくちゃ」
近接戦闘に特化したガレット、バレット、サズが魔物の群れに飛び込んでいく。
「さすがは脳筋どもだ。いつみても惚れ惚れするほどに無計画だ」
「カルデアさん。そんな人たちの計画を作りサポートするのが我々、魔を扱う者じゃないんっですか?」
「あぁ、そうだ。だから今は何もするな。あ、リミカは光矢を適度に東西南北それぞれに射てくれ。敵に当てなくてもいい。むしろその方が早く済むからよ」
「…わかりました」
リミカは疑問に思いつつもガレット、バレットに並ぶ、分野は違えど実力を持つカルデアの言うことに従い光矢を出現させる。
「えー、カルデアオジサマー。私は、私は何をしたらいいんですかー」
「ジアンはそのまま待機。今回ばかりは出番はないと思えよ」
「それって私の存在価値がー」
まるでぶりっ子のように駄々をこねるジアンを余所にカルデアは目を極限までに見開き右指の中指と人差し指をこめかみに当てそのまま、じっと立っている。
「ねー、か。…なんだ。本当に私の出番はないんですね」
カルデアのその姿を見て何かを諦めたかのようにジアンはそのまま黙って大人しくなる。
《あー、あー。聞こえるか》
《はいよ》
《はい。聞こえます》
《え!? なんですかこれ》
カルデアの声が戦闘中の三人の脳内に直接届く。
これもカルデアが得意とする念話系魔導の“リミック”と呼ばれる魔導であり、相手の脳内へ直接的に意思を送ることができる。なので人間相手の情報戦などでも頻繁に使われたりする割とポピュラーな魔導。
しかし、ポピュラーだからと言ってそう気軽に使えるものでもない。
《サズは初めてか。とにかく慣れてくれ。状況が状況だからな》
《わかりました!》
《んで、今のこの状況はどうなってやがるんだ》
《そう慌てるなジジィ。》
そう言って一息ついて状況説明を始める。
《敵は俺から見える範囲二十キロ以内に軽く千は入るな。そんで今、お前らの周りには二五七いる。いる魔物はスライム、ゴーレム、ミニドラゴンの氷、それからスカル君だ。どうだ? かなり余裕だろ》
《…余裕だな》
《えぇ。かなり余裕です》
バレットとガレット、そしてカルデアの連携の良さと状況説明されて伝えられた数が二百を超えようと余裕だと言ってしまうその凄さにサズは言葉一つすら挟めなかった。
《そう言うと思ったからよ。一応、範囲三キロ程度だろう。リミカにお願いして東西南北にそれぞれ適当に光矢を射てくれと頼んだ。オケ?》
《おーけー! わかったぜ》
《では、それで行きましょう》
敵を、食材を包丁で切るように斬り倒していくガレットとバレット。
本当に彼らは五十代と四十代なのかと、疑いたくなるほどに動きのキレがよすぎる。これでは若いサズの方が歳をとっているみたいだ。
「ガレットさん! 僕とサズである程度やっちゃいますから、トドメはしっかりお願いしますね」
「え、バレットさん!?」
「おう、任せたぜ! バレット、サズ!」
バレットからそう言われたガレットはひとまず高台へ。
「さぁ、サズ。頑張りますよ」
バレットの優しい笑顔。
普段なら緊張が解けていくのだがこの状況下に限って言えば緊張がよりました。
「サズは、俗に言えば剣士よりもより近接に特化したファイター。格闘家になります。でもサズはナイフを持っている。その特性を生かしてください。大丈夫、やればできますから」
「ば、バレットさん!? オレこれ初めてのせ、んとうなんですけど……」
サズが言い終わる頃にはもう遅くバレットが魔物を一撃で斬り倒していく。
初めての戦闘にどうしていいかわからずにいるサズはとにかく目の前にいる魔物を倒していくことにした。
「……マジか。でも、ここまで来たんだ。逃げるって選択肢はもうないんだよね」
初めての戦闘で何一つわからないこの状況でサズは記憶の中にあった格闘家の基本スタイルを思い出しながら真似る。
両手を拳とし左手を前へ右手を少し後ろへ構え、腰を低くし力が最大に出る体勢。昔、読んだ本に書いてあった、相手に正々堂々と立ち向かう時に構える体勢。
ファイティングポーズ。
それはまだ、科学のみで人類が繁栄していた頃の言葉。
「ふー。…しゃぁ!」
掛け声とともにサズは姿を消す。
「まずは一体めぇぇぇぇぇぇぇ!」
次にサズが姿を現したのは魔物であるゴーレムの頭上だった。
叫びながら振り翳したその拳に岩でゴツゴツした肌を持ち、その肌が頑丈な鎧となっていたゴーレムも一瞬で粉微塵になる。
「つぎぃ!」
そしてサズはまた姿を消す。
それから次々にゴーレムや鳥類型スライムなどを倒していく。
そのあまりの速さにさすがのバレットやガレットも驚き、笑ってしまう。
「あはは! サズ。流石ですよ!」
「がっはっ! あれが獣人の力だぁ。ステータス違いすぎだろ、クソが」
その頃、カルデアもまたサズの力に笑いはしなかったが驚きが隠せないでいた。
「ほう。久しぶりに獣人の戦闘を見たが。あのサズは獣人の中でもかなりのトップクラスだな。他の獣人が初戦闘で人間の目に見えなくなるほどの速さを出せるわけがない。しかも的確に魔物の弱点をついてやがる。獣の勘か戦闘家の血、それかそのどっちもが合わさっているのかね」
「カルデアさん。この程度で大丈夫でしょうか」
光矢を東西南北に適度に矢を射ったリミカがカルデアに尋ねる。
「おう、大丈夫だ。んじゃ、最後に、どばーん、とやってくれ」
「どばーん?」
「ほら、空に魔導陣浮かばせてやるやつだよ」
「…あ、アレですね。了承しました」
「でもよ、魔物だけにはあてるなよ。最後はガレットのもんだからよ」
「…では、どうすれば?」
カルデアの無茶な要望にリミカは尋ねる。
「こう、なんだ。小さい魔導陣をばばばばーんって、出してだな。魔物をある一点にまとめるんだ。それをするために今まで射ってもらってたんだ。気付かなかったか?」
「それは、多少ですが察しはしていましたが。…まさか今、カルデアさんが仰ったのは」
「総まとめ。さぁ、無茶してみよう。今からこういった状況になれないと明日生きてる保証はなくなるよ」
「そんな大袈裟な」
カルデアの言葉にリミカは当然のように反応するがカルデアはそれを遮りしゃべりだす。
「それが大袈裟じゃねぇんだよ。…それよかさっさと射れよ。今回は雑魚しかいないレベル上げのヌルい戦闘とは言え数が数だ。油断の一つしてたら死ぬんだ。気を散らすな。一つのことに集中しろ。コンマ一秒でも無駄に気を散らしてみろ、テメェの雁首跳ね飛ぶだけだ」
それは戦争や魔族大戦を経験したものしかわからないナニか。まだリミカ、サズ、ジアンには無いもの。
そしてこれから得ようとしているもの。
「……わかりました」
リミカはそんなカルデアの目や表情を見て、冗談で言っていることではないとわかり素直にカルデアに従う。
「よし。無茶をしてみろ」
「はい!」
そんな二人を何も出番のないジアンは後ろにあった、座るにはちょうど良い岩に腰を掛けていた。
「言うわね。ジジィ様。説得力が他のジジィ様とはやっぱり違うわね」
少し悪戯っぽく笑いながら言うジアン。
「おい、ジアン! 手伝え」
ジアンは急に名を呼ばれ、驚くこともなく、やれやれといった感じで立ち上がりカルデアのもとへ行く。
「えー、なんで私が。ってか、出番ないって宣言受けたんですけど私」
「あの時の今だ。この瞬間の今には必要なんだ」
「…屁理屈は一生ヤれませんよ」
「なんか言ったか? おい」
「いえ、なにもー。…よし、ちゃっちゃっとやっちゃいますね」
「ごめんなさい。私の力不足とカルデアさんに見抜かれてしまい」
「いいの、いいの。それはお互い様でしょ」
「…お互い様とは?」
「ほい、出したよ。魔導陣」
「…え!? いつの間に」
一瞬、リミカがジアンの言葉に疑問を抱いた瞬間に大量の魔導陣がカルデアの言われた通りに出されていた。
「そりゃ、私は魔導師だから。これぐらい楽勝よ」
ジアンは片手を振りながら、また勝手に後ろの岩に戻り座る。
約五十の魔導陣を一秒以下で出せることは容易ではない。それを知っているカルデアは表情に出さないにせよ心底、心の中で好奇心が躍っていた。
(これが名家の遺伝子? いや、違う! これはジアンの圧倒的な魔導センスと潜在能力。アイツ自身のポテンシャルだ! マジかよ。これはオレ以上だぞ。生まれてくる時代が早ければとっくに教材やらなんやらに名が刻まれているレベルだ。アイツ、隠してやがったな)
ジアンはニタニタと笑いながらドヤーッとカルデアを見る。
しかし、カルデアは好奇心が最大限に働きそれどころではなかった。
「よし、リミカ。射て!」
「はい」
リミカはカルデアの合図とともにたった一本の光矢を何もない空へと射れば、そのまま地面に向かって落ちていく。
そして、ドーナツのように幾つもの魔導陣が並んだその中央。くっきりと開いたその空白に融け、なくなる。
「お、来たな」
「来ましたね。サズ! カルデアさんたちのところに戻りますよ」
「はい! わかりました」
バレットとサズはその場から離れる。
次の瞬間、各、魔導陣から無数の光矢が雨のごとく降りはじめる。
「わぁお。魔物たちが中央に一気に集まってきたな」
ガレットのいる高台からは魔物たちが光矢から逃げようと誘導されていることも気付かずに、光矢の降ってこない中央へと集まる。
それもそのはずだ。ドーナツ状のように展開されている魔導陣に隙があるはずもなく、逃げる場所と言えば、その中央しかないのだ。
言わば、台風の目。その中央の安心さに誰しもが油断をしてしまう。
それは、人であろうが魔族であろうが関係なく、知性を持った全生命体がそうなのだから。
「よし。一気にやろうかね」
ガレットが大地から飛び上がる。
瞬間、地面が揺らぐ。その揺らぎは、五キロは軽く離れていたカルデアたちの所までつたわる。
「せ―――――――――――――――――――――――――――――――っの!」
ガレットが山となった魔物たちの頂上を自身の持つ、錆びれた大剣を落ちるスピードと衝撃に合わせるように振り翳す。
すると、今度はその衝撃によって生み出された衝撃波がカルデア達に届く。
「さすがガレットさん。規格外ですよ」
カルデア達のところまで戻ったバレットがまるで少年のような輝いた目でさっきまで自分が居た場所を見ている。
その目は尊敬のような、憧れのような、そんな目。
「バレットさんがそこまで言うなんて。凄いですねガレットさんは」
サズがバレットのつぶやきを聞き、目の前で起きたことに茫然としつつ尋ねた。
「えぇ、本当に凄いですよ。ガレットさんには絶対に一生、勝てないでしょうね。なんて言っても、ガレットさんは史上最強の英雄であり、今現在も、その力を衰えさせることはない伝説なのですから」
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