そしていつかの冒険譚

えあろん

プロローグ

世界を二度救う? その1

 その国。ユーカライズ共和国には世界を救い英雄と讃えられている人物とその後を追うように十年後、復活しかけた敵勢力を根絶やしにした勇者がいた。

 そして時は経ちそれから二十年後。ユーカライズ共和国は世界統一に成功しユーカライズ朝へと変わり世界は平和の一途をたどっていた。


「あーあーあーあ―――――――――!」

「昼間っからうるさいですよ。ガレットさん」

「暇だな。平和だなー」


 ユーカライズ朝にある豪勢な建築物が建ち並ぶ中の一際、豪勢な住宅。その人生の成功者のみが許されるような住宅の中には初老の男と少し老けた凛々しい男が住んでいた。

 その二人。かつてユーカライズを救いし神にも等しき存在。

 一人は、英雄ガレット・ローアン。突如として人類の前に現れた魔族たちに勇敢に立ち向かい人類を救った生きた伝説。現在五十六歳。

 一人は、勇者バレット・ルグドラム。英雄ガレットが魔族に勝利してから十年の時が経った時代に再び魔族が復活しそれをガレット同様一人で立ち向かい撃退した現役勇者。現在四十五歳。

 二人はユーカライズの救世主でもあり人類の救世主でもある。

 しかし二人は戦場でのみ輝くことのできる宝石。平和になり人類同士の争いもなくなり魔族を根絶やしにした今の時代、もはや用無し。…と、思われたが二人とも大層な頭脳を持っていたために高等職に就けている。


「なに言っているんですか。今日は定例通議会がある日じゃないですか。そろそろ準備しないとですよ」

「あんなの金に飢えたジジィ共がどうやって民から金を巻き上げようかを話し合うだけの学級会じゃねぇか。俺は行きたかねぇよ」

「そんなガレットさんも僕もジジィなんですから」

「うるせーよー。おめぇーは見た目ワケェーじゃねぇかよ。俺なんてよ」

「そこら辺のオジサマ好きにモテてるじゃないですか」

「ま、そうなんだけどよ」

 まんざらでもないようで、むしろドヤ顔で布団から出てこようとしない五十六歳。

「はいはい。仕事をちゃんとしないと経済力がないってことでモテませんよ」

 まるで母親のようにガレットから掛布団を奪うバレット。

「ひでぇ。こいつ人間じゃない」

「勇者ですから」


 素っ気なく答えそのまま掛布団を突如として出した魔法陣で汚れなどを一気に洗い落とすように清潔にさせる。

 この世界には魔法と言えば今、バレットが使ったような掃除洗濯の家事魔法のような日常魔法が一般的であり火の玉などを出す攻撃系統の力は魔導と称され、才能の有無がものを言うために極められる人が少なくとてもマイナーである。


「ほら、本当に早くしてください。また遅刻しますよ」

「別によくね? だってオレには関係ないし」

「いやいや。そこで働いているんですから関係あるに決まっているじゃないですか」


 議会開始十分前になっても布団の上でグダグダとしている引きこもりのようなガレットを見て呆れたのかバレットは奥の手を使う。


「もう、恥かいても知りませんからね」


 そう言ってバレットは、パチンと指を鳴らす。

 すると、バレットとガレットは定例通議会の会場である朝廷神殿に瞬間的に移動していた。


「また、このパターン」

「ガレットさんが起きないからですよ。ほら、行きますよ」


 朝廷神殿は豪華絢爛の極みをつくしあらゆる贅を嗜んだ建築物であり、民の働いた血税で造られた。

 その中の幾つもある部屋の一つ。議会場と書かれた部屋がいつも定例通会議が行われている場所であり、ドアを開ければ中は果てしなく広くなっており議会に出席する人数約五千を軽く収納してしまうほど。しかも一人一人に席が設けられておりゆったりとした討論ができる。

 その中でも最前列の席に座れるのはユーカライズ朝の長に君臨する皇に選ばれたわずか十人。そして内の二議席がガレットとバレットだった。

 この議会場の一列に二百議席となっておりそれが七十列ほどになっている。一番前は神官クラスのみが座れる十席。次に高級官僚が座れる席が二列目から十五列目まで。中級官僚が座れる席が十六列目から三十列目。三十一列目から七十列目が下級官僚の席となっており、座る位置でクラス分けがちゃんとされている。さらに細かく言えば各官僚の席でより数の若い列の席に座るほどその発言力が強くなる。


「なんだ、まだ始まってないじゃん。寝間着で来たオレ、どーよ」

「どう、と言われても」

「なんだガレット。また寝間着で来たのか」

「っせーよ。若作り野郎」

「あはは。本当になんで努力している俺がモテなくてガレットみたいなやつがモテるんだろうな」


 爽やかに毒をつくこの男。カルデア・ルイザム。かつてユーカライズがまだ共和国だった頃、他国との戦争で傷ついた兵や民の半分以上を一人で治癒したと言われている回復魔導士。しかしその実、三十歳を超えて未経験だったら魔導使いになれるかどうかを実際に試して人生を棒に振ってしまった

残念な人。見た目は十二分に若いが、ガレットとほぼ同い年で五十一歳。


「それはアレだよ。懐の深さに違いだな」

「クソジジィが。何が懐だ」

「ジジィなのはお互い様だろ」


 バレットはそんな無駄な言い争いをしている二人を横目に席に着いた。


「…また言い争っているのですか。ガレット・ローアン。カルデア・ルイザム」


 その澄んだ混じりけのない綺麗な声を聞き、立っているガレットと立ち上がろうとしたカルデアが冷や汗を流しながら議会場の中心へと視線を移すと、そこには肌が白くその立ち居振る舞いの優雅さ、全てを兼ね備えた皇、リズマレット・サーライズが居た。


「い、いつの間に」

「お、皇、リズマレット。いつ御着きに」

「今ですよ。さぁ、私がいることを確認できたのなら席に着き定例通議会を始めましょう」


 二人はそれ以上何を言うこともなく黙って自席に座る。それをリズマレットが確認すると定例通会議が開始される。


「では、早速ですが今回の議題なのですが…」


 リズマレットは何やら口ごもるように言った。


「この世界に再び魔族が現れました」


 その言葉に議会場にいた約五千人の時が止まったように目を見開き驚く。


「このような反応が返ってくることはわかっていました。かつて、ガレット・ローアンがその脅威から人類を救い、その十年後には魔族を完全にこの世から消滅せしめたバレット・ルグドラム。この二人が確かな戦果を挙げたのは今、この場にいる人ならだれもが知っていること。しかし、実際に魔族が復活したのです。先日、鉱物資源の採掘場でのことでした。そこで働く一人の作業員がこの世のものとは思えない滑らかに動き、とても柔らかい鳥の死骸を見つけたその作業員は、死骸が動く様を不気味に思い、持っていた作業道具で叩きつけたようです。しかし、叩きつけたはずなのに感触はなく、ただへこむだけ。作業員はそれを見てあまりの恐怖に体が動かずにそのままその死骸に飲み込まれたそうです。それを見ていた別の作業員が決死の覚悟で責任者へ伝え、なんとか被害はその一人だけで食い止められたそうです」


 その話を聞いたガレット、バレット、カルデアが口をそろえて言う。


「それ、スライムじゃね」

「ただのスライムじゃなくて、アンデットタイプですね」

「しかもそこにカニバタイプも含まれたってことだよな」


 スライム。魔族の中では最も人類に知られている下級魔族。人類はスライムに意思がないと考えると意思があり知能も備わっている。さらにどんな環境にも適することができ自身に追加で属性など様々なエンチャントができる。場合によっては中級魔族よりもその脅威が上とみなされることがある。形状に概念がなく様々な姿で目撃されるのも特徴の一つ。


「はい。貴方達の言っている通り、その死骸の正体はスライムでした。その作業員はまだ若く魔族の脅威をそこまで知らなかったため油断してこうなったと、責任者は言っていました」


 ユーカライズが世界統一を成して、すでに十五年の時が経つ。このユーカライズでは十五になれば各自それぞれの特性や意思によって職種に就くことが一般的であり、今回の被害者である作業員もその流れで職に就いた。


「世間様はもうそんなに平和ボケしてんのか。たかが十五年前のことだってのに」


 ガレットが悪態をつくがそのことに言葉に議会場にいた誰もが否定をしなかった。

 魔族がバレットの手によって完全に消滅を確認されてから二十年。そしてユーカライズが世界統一を果たしてから十五年。ユーカライズは急速な文化の成長を成し遂げ、人々の中から争いという概念そのものがなくなってしまっていた。それを証拠づけるように犯罪から小さないざこざまで不気味に思えるほどになくなり、自己犠牲他人愛の概念が人々の心に植え付けられた。特に魔法をかけたわけでもない。しかしそれは飽く迄も一遍的な人々だけの話であってここにいる約五千の人は一昔前までの人類が持っていた概念を持っており、人間らしいと言える。


「そこで、その魔族復活調査を始めたいと思います」


 リズマレットは明らかにバレット、ガレット、そしてカルデアを見ながら無邪気な笑顔で言う。


「あはは。…オレは嫌だぞ」

「お前は戦えるんだからいいだろ! 俺なんて回復魔導しか使えないんだぞ。……設定上」

「ロッドかなんかで殴れば戦えるじゃん」

「いやいや、それも魔導士として成り立たないから! ただの暴力上等なヤンキーだから」

「じゃ、それでいいじゃん」

「ガレット、てめぇ!」

「もう二人とも醜いですよ。現実は静かに受け入れるものですよ」


 バレットが冷静に言ってもバレットとカルデアの言い争いは終わることがなかったがリズマレットはそれを気にすることなく話を進める。


「そのメンバーなのですが、リーダーが英雄、ガレット・ローアン」

「……今のこの言い争い聞いてなかったか? リーダーとかマジで御免こうむりたい」

「ひゃー! お前がリーダーとか」

 リーダー指名されたガレットを盛大に茶化すように笑うカルデア。

「そして、まずメンバーはカルデア・ルイザム」

「…うっそ」

「なんだ、お前もか」


 リーダー指名をされ茶化す気力すら残っていないガレットは憐れむ様にカルデアを見る。


「勇者、バレット・ルグドラム」


 名前が呼ばれても静かに何も言うことはなくただ現実を受け入れるバレット。


「サズ・フレン」


 名前を呼ばれ立ち上がったのは狐の耳を生やした獣人と呼ばれる種族の気弱そうな青年。


「ジアン・ラリティア」


 次に呼ばれ立ち上がったのは、髪の毛がピンク色で長い女性。服装が完全にコスプレと言いたくなるほど魔法使いの格好をしている。


「リミカ・神代・スグトゥーワ」


 今度、立ち上がったのは巫女装束を華麗に着こなしている大和撫子のような少女。


「以上が調査隊のメンバーになります」


 呼ばれたのが合わせて六人。この世界においてはとても小規模な人数での調査となる。


「そして、調査隊のコードネームも用意しているんですよ」


 にこにこと笑いながら言うリズマレットを余所に、もう抗う気力もなくなったガレットとカルデアは、へー、へー、とながすように相槌をうつ。


「アンリミテッドワークス。無制限に働けって意味合いでつけました」

「泣くよ? 全力で駄々こねて泣くよ? おっさんの駄々こねなんて見たくないだろ? だからさ」

「見てみたいです」


 リズマレットはガレットの駄々こねをどうやら見たいらしい。


「……スンマセンでした。ちゃんと働かせていただきます」


 床に全身全霊を込めて土下座をして頭を下げる英雄、五十六歳。


「そうですか。見たかったなー。ガレット・ローアンの泣き喚きながらの駄々こね」


 この時、議会場にいた誰もが思う。皇に逆らっては社会的に殺されると。しかもその方法がかなり心をへし折る方面へと特化している。


「では、今日はこの辺にして解散です。あ、アンリミテッドワークスに選ばれた皆様は私と一緒に来てください」


 リズマレットは帰っていく大多数の人とは別方向へと歩いていく。その後を追うようにして呼ばれた六人も同じ方へ向かう。

 そしてしばらく歩いてついた部屋は、特務司令室、と表示された部屋だった。


「さぁ、皆様。入っていいですよ。席は適当に座ってください」


 リズマレットに言われるがまま六人は部屋に入り、リズマレットから向かって右側にガレット、バレット、カルデアの三人が、左側にサズ、ジアン、リミカの三人が座る。


「…早速ですが今回の件に関しては急速に手を打たなければこの世界が消滅しかねないと思い、勝手ながら皆様を選ばせていただきました」


 議会場にいた時とはまるで話が違う様に六人に向かって深々と頭を下げるリズマレット。六人は皇に頭を下げられた、ということに驚き焦った。


「皇、リズマレット。貴方は世界の安否を案じてのことでしょう。なら、この場にはもう誰一人として文句を言う輩はおりません。どうか頭をお上げください」


 バレットのその言葉に対して思い当たる節がある二人はわざとらしく視線を浮つかせる。


「……いや。この頭は上げられない」


 その言葉にその場にいた全員に疑問と緊張感を覚えさせる。

 皇が頭をあげられないほどの何かをしたのか。もしくは隠し事をしているのか。バレット、ガレット、カルデアの三人は長年の勘がさえ渡ったようで皇が頭をあげられない理由がわかったが、サズ、ジアン、リミカはまだ見た目からして若い。勘がどれだけ冴えていようが経験には勝てるわけもなく疑問でとまっていた。


「……通議会で話したのは、一部だけ。本当は被害が小国並の広さまでになっているのです」


 魔族の繁殖や増殖は人間のそれとは比にならないほどに急速でおこなわれる。もし、リズマレットが通議会で言った“先日”が一週間程度だとすれば被害は確認されている以上に広がっていることだろう。もし、三日程度だったらリズマレットが今、言った通り小国並の被害でおさまっているだろう。


「なので皆様には、に調査に出てほしく」

「イイぜ」

「はい。もちろん大丈夫ですよ」


 ガレットとバレットがその場にいる六人の意見を代表して言っているかのように二人の言葉にうなずく四人。


「…本当に良いのですか?」

「良いも何も、悩んでいる時間がもったいない」

「そうですよ。だから皇、リズマレット。今度こそどうか、頭をお上げください。それに貴方がいつまでも頭を下げていたら示しがつきませんし、話が進まないですから」


 バレットの言葉に感化されるかのようにリズマレットが頭をあげる。


「わかった。なら、早速状況説明をしよう」


 リズマレットが説明した内容はかなり、急を要するものだった。

 この状況の最終確認されたのが十日前。そうなると被害は確認されてから少なくとも五倍以上には膨れ上がっていることだろう。かつてあった帝国一国に同等するほどに広がっているはずだ。しかも魔族も種類を増やしてきているだろう。スライムだけで確認時の小国並の被害はまず出せない。少なくとも下級に当てはまる魔族や魔物は勢ぞろいしているに違いない。そして中級も複数体確認されており、上級も指導者としてこの予想できる被害の大きさならば十体は最低でもいることが推測される。しかも今回の魔族や魔物の士気は異常に高く下級だとしても侮ることはできないほどの力を持っている。

 以上のようなことがリズマレットから説明された。


「まぁ、なんだ。上級がそこまで出てきないことが少しでも可能性として残るのなら救われたんじゃねぇか」

「そうですね。中級ならガレットさんと僕でなんとかできますし」


 ガレットとバレットの余裕とはまた違ったかつての経験からなる、その確信めいた言葉にリズマレットを安心させる。


「では、事態は急を要しますが本日は、各自の自己紹介をしていただきたく。…もちろんのこと状況をわきまえてのことです。集団戦闘においての連携は何よりも必要となってきます。急ごしらえなこのメンバー。少しでも連携が取れるようにと思いまして」

「…だな。皇の言う通りだわ」


 ガレットが肯定する。他の五人もガレットと同意見の様で特に反論はない。


「じゃ、、まー。オレからすっか」


 椅子に座ったまま自己紹介が始まる。


「オレはガレット・ローアン。世間では英雄なんて大それた名をもらっているジジィだ。よろしくな」

「僕はバレット・ルグドラム。勇者を生業としている。よろしくお願いします」

「俺はカルデア・ルイザム。魔導士だ。魔導士と言っても、もろもろの都合上の関係でから。期待すんな」


 三人は手短に自己紹介を終える。自分たちがある程度の認知度がある有名人であることを多少は自覚しているのであろう。

 現に目の前に座っている三人はながら見てきている。


「皇、リズマレット。オレたちの紹介はこれぐらいでいいだろ?」

「そうですね。貴方達は民たちへの認知度がヘタをしたら私を超えている可能性もありますし、そこまでしなくても大丈夫でしょう」


 ガレットの問いに多少の皮肉を込めたような返事をするリズマレット。

 三人とリズマレットの気兼ねのない掛け合いを目の前で見て思わず身が引けてしまうサズ、ジアン、リミカ。


「って、お前ら。自己紹介しないのか?」

「ガレットさん。貴方は自分がいかに威圧的な存在なのかを自覚してください」

「まったく、これだからガレットは。俺を見習え。この爽やか成分しかない、声のかけやすい青年のような、俺を」

「……あ、えっとオレはサズ・フレンって言います。獣人でカルカデア地区出身です! 伝説の英雄と勇者様と一緒に働けるなんて夢の様です! よろしくお願いします!」


 元気にあいさつしたのは獣人、サズ・フレン。獣人にしては華奢な体つきをしている青年。彼の出身地であるカルカデア地区のカルカデアとは現地の意味で、気高き者、という意味を持つ。


「ワタシはジアン・ラリティアと言いまーっす! 魔法少女をやってて。いや、完全無欠の魔法美少女!」


 座りながらでも伝わるそのテンションの高さと、計算されつくした横ピースをする少女。ジアン・ラリティア。歳がすでに二十歳なのに自ら魔法少女を名乗る。両目には天のご加護を受けた際に出来た星が宿っている。スタイルもそこそこな魔法少女。しかし実際使うのは魔法ではなく魔導である。


「私は、リミカ・神代・スグトゥーワ。オウミゼン神社の最高神主の娘です。今回の旅路につきましては多少、緊張しております。古来より伝わる術を少々使えますので足手まといになりませんようお気を付けいたします」


 若い世代の三人の中では目立つほどに落ち着きがある巫女装束をまとった大和撫子の名が似合う少女。リミカ・神代・スグトゥーワ。彼女の実家であるオウミゼン神社はかつて、ユーカライズがまだ世界統一をするよりもはるか昔、人類がまだ科学のみで繁栄していた時代から存在するこの世界において唯一ともいえる神社。世代が重なるにつれ神社の名も変わっていったがその形式は崩れることなく受け継がれている。


「オウミゼン神社の最高神主。……あ、カンゼンの娘か」


 ガレットはリミカの父親、オウミゼン神社最高神主、カンゼン・神道・スグトゥーワの友人だったりする。


「はい。ガレットさんのことはいつも父から伺っておりました」

「そうか。アイツ、娘なんていたんだな」


 若い世代の三人の自己紹介が終わりガレット、バレット、カルデアはそれぞれ正面に座っていた人と話し始める。


「サズ君だっけ。君はカルカデア地区出身って言ったけど、もしかして君は」

「あー、わかっちゃいましたか。でも内緒でお願いします。カルカデア地区代表の息子なんて知られたら面倒ですから」


 身を乗り出してバレットにしか聞こえない小さな声で伝えるサズ。


「まぁ、そうでもなければ、君みたいな若い子が下級官僚の席に座れるわけがないもんね」

「はい。少しでもここのことを勉強したくて来たんですけどね。まさかこんな事態になるなんて」

「僕もまさか、魔族と魔物が復活するなんて考えもしなかった。ちゃんとあの時、この手で倒したはずだったんですけどね」


 自嘲気味に笑うバレット。

 その横ではカルデアと二十歳の魔法少女、ジアンがなぜか見つめ合っている。

 カルデアは、睨みつけるように何かを疑う様に。ジアンは、両目をぱちくりさせながら。


「お前。どっかで見たことあんだよな」

「…え!? スルーされたこととかよりもそっちですか」


 カルデアのあまりにも唐突なその質問のような言葉にツッコミをしてしまうジアン。


「あ、しまった! 私、キャラでもないツッコミをしちゃった。…やだ。ツッコミってなんか卑猥」


 一人、忙しくキャラを演じているジアンを余所にカルデアは、じーっ、とジアンを見ながら考えていた。


「あ、思い出した。お前、あん時のキ〇バ嬢じゃねぇか。それにラリティアって確か原始魔導を扱うかなりの名家だったような」


 カルデアが言い終わるとそっと身を乗り出し耳元でジアンが囁く。


「……次、そのこと言ったらKillからな。老害」


 耳元にくる若い女性の甘くこそばゆい妖艶な吐息と一緒にカルデアの耳元には引導が届いた。

 それだけを言い終えるとジアンは乗り出していた身を元に戻し、きゃっぴ、と笑って見せる。


「……今夜のおかずはコレか」


 しかし、カルデアほどになってくればそれすらも性欲の対象。囁かれた耳元を撫でて冷静にそう言った。


「え、ちょっと待ってください。私の理解の範疇を大きく超えているんですけど。変態ですか? 変態でいいですよね」

「おう、かまわねぇ」

「少しは反論しましょうよ。老害さん。つまらなすぎて嘔吐物ぶちかけちゃいそうですよ」

「よし、かけた後、俺はちょっと野暮用ができてトイレに行く。もちろん個室だ」

「せめて家に帰ってからにしましょうよ。え、嫌だ。この老害、気持ち悪い」


 それぞれが個性ある話をしていれば時間はすぐに流れる。


「皆さん。今日はこれにて解散になります。各々明朝より始まる調査の準備をしてくださいね。身を守るための武器は最低限持っていてください。では、この辺で。皆さんの無事をお祈りいたします」


 そう言ってリズマレットは一人、部屋を出て行った。


「んじゃ、明日のために俺等も帰るか」

「いやいや、ガレットさん。明日の集合場所どうするんですか? 皇、リズマレットがそれっぽいこと言って肝心な事を言い忘れて部屋から出ていっちゃいましたよ」

「…あー、んじゃ、今回の目的地方面の城壁の通行口でいいんじゃねぇの?」

「まぁ、それが妥当ですね」

「んじゃ、俺先に帰らせてもらうわ」

「おう。発作とかで死ぬんじゃねぇぞ、ジジィ」

「現実味を帯びたソレを言うのはヤメロ、ジジィ」


 カルデアはイタズラっぽく笑いながら持っていた魔法の杖を床にコツンと一回つつくと天と地から魔法陣が現れ、カルデアを通り抜けるように動けば、カルデアがその場からいなくなる。

 これは移動魔法の一種であり回復魔導しか使えないカルデアが使えるはずのない魔法の一種である。


「……テンメェ――! も使えんじゃねぇかボケェェェェェェ」


 ガレットが理解すると同時にもうここにはいないカルデアに向けて叫ぶ。


「ちょっ、ガレットさん。そんな叫ぶと噎せ返りますよ」

「ごほっ! ぶほっ」

「ほら、言ったじゃないですか」


 むせるガレットの背中をさするバレット。その姿はまるで親子の様だった。


「あ、先に帰って大丈夫ですよ。しばらくはガレットさん噎せているでしょうから」

 バレットが言うとサズ、ジアン、リミカは素直に帰っていく。

「それでは、お先に失礼いたします」

「バレットさん。また明日です」

「ばっいばーい」

「はい。また明日」

「お、おう。……明日は無事にくるんだぞ」


 まるで最後の一言のように大袈裟なリアクションをとりながら言うガレットをリミカが苦笑いしながら帰るが、それ以外の二人はスルーして帰って行った。


「…ち。年寄りには優しくするもんだぜ」

「一般的な年寄りはそんなに筋肉質でもないですし、大剣を木の枝のように振り回すようなことできませんよ」

「うっせー。そしたらお前もだろうが」

「僕はまだ初老ですから」

「んなこと言われなくとも知ってるぜ」

「だったらそれっぽいこと、ふらないでください。それよりもほら、帰りますよ」


 そう言ってガレットは、来た時と同じように指をパチンと鳴らす。


「…たく。なんでお前は本当に魔導師にならなかったんだ?」

「剣を振り回してる方が性に合ったんですよ」


 自宅のリビングへと戻ってきた二人は各自、明朝へ備えての準備を始めている。この行動の速さはやはり過去の経験からなるものであろう。


「それでもよ。魔導剣士とかの道とか、選び様によっちゃその才能を生かせる道があっただろう」


 準備をしながらガレットは今更だがバレットがどうして勇者になったのかを聞いていた。


「純粋な剣と剣とのぶつかり合いに憧れちゃいましてね。僕だって勇者である前に一人の男ですから」

「…まぁ、わからんでもないな。剣と剣がぶつかりあった瞬間に感じるあの感覚は剣士にしか味わえないからな」


 バレットはかつて魔族を根絶やしにした勇者だが、その前までは将来を大いに期待されていた魔導師見習いだった。

 この世界には魔法・魔導・魔術と三系統あり、魔法が家事や移動手段などを全般として考えられたものであり戦闘においては、まったくもって役にたたない。次に魔導。魔導は戦闘特化。カルデアの得意とされる援護系もこの魔導に含まれる。そして魔法と大きく異なる点がある程度の才能が必要となることだった。そして最後に魔術。これは基本的にはいまだに解明されておらず、魔術の使い手もそんなに現れるわけでもない。そして、この魔術には生まれ持っての素質が必要となるために努力して使おうとしても無駄なのだ。

 バレットはその中の魔導において絶大なる才能を発揮した。あのカルデアさえ一目置くほどに。しかし、バレットにいくら才能が有ろうと本人の意思とは合わなかった。バレットは才能で優劣が決まる魔の世界よりも自身の努力で優劣が決まる剣の世界に憧れを抱き、そのまま剣の世界へとどっぷりつかっていく。そして、努力をした結果が後世にも語り継がれることとなる、勇者バレットを生み出したのだった。


「なんか俺からしたらスッゲーもったいなく感じるのは気のせいか?」

「気のせいじゃないですよ。実際に周りからは凄く汚い言葉を浴びせられましたし。あのカルデアさんだって今とは違って僕とは距離を置いてましたから」

「まー、それは立場上の問題だろうな。あ、薬草とか持ってくか?」

「わかってはいたんですけどね。何となく悲しい気持ちになっちゃって。…薬草とかは途中で村とかによって買えばいいですし、持ってく物は剣ぐらいじゃないですか。後は、防具を身に纏えば終わりです。衣服は、魔法とかで使った手製の空間がありますからそこに一緒にしまっておきますよ」

「お、すまねぇな」


 ガレットはそう言ったバレットに遠慮など一切なく、寝間着と下着をそれぞれ一着ずついれる。


「洗濯も魔法でどうにかなりますから。雨とか降ってもその日のうちに乾くから心配は無いですよ」

「なら俺はそれだけだな」

「はい、わかりました」


 ガレットとバレットは準備が終わると時間的には早いが夕食を済ませ、そのまま就寝した。

 翌、明朝。

 まだ、小鳥も囀らない太陽が昇りかけの少し肌寒い時間帯。

 まだ、監視さえ来ていない城壁の通行口は皇の権限により開いた状態となっていた。


「ふぁー。ジジィにこんな朝早くから動けとか労働法違反してないか」

「全くですね、ふぉー。まだ脳内が完全に起きてません」


 それぞれの領地の境目を視認できるようにと作られたのがこの城壁である。

 今回のような厄災から一部区間からの疫病発症も最低限の被害でおさまることからこの城壁に対しての不満はユーカライズ朝が始まって以来、民や家臣たちから何一つなかった。特に通行料をとるわけでもないのでこれと言った改善策もない。王朝始まってから唯一続く政策といっても過言ではない。


「あー、ダメだ。眠すぎる」


 だるそうにしながらカルデアが魔導を使うのを忘れ歩きながらやってきた。


「お前、移動系も使えるんだからそれで来ればよかったのに」

「えー、オレは回復専門だよー、だ」

「昨日、目の前で使ったくせに」


 このやり取りだけはどんなに眠くても完璧にやり通す。それがガレットとカルデアである。

 そんなことをしていれば若い三人が元気にやってくる。


「おはようございます! バレットさん! ガレットさん」

「本来であれば皆様よりも私たちの方が早く着いていなければなりませんのに。申し訳ございません。ガレット様。バレット様」

「おっはよー! 今日も元気にマジカるんるん」

「おう、気にすんな。今日からは対等な仲間だろう」

「そうですよ。気にしないでください」

「……ねぇ、絶対さ打ち合わせとかしてきたよね。なんで俺だけハブられてるのかな」


 涙目になりつつあるカルデアの肩にぽんと、手を置くジアン。


「ざまぁ☆」


 満面の笑みでカルデアにとどめを刺すジアン。今のナイーブになったカルデアの心にはその一言さえも耐えられることはできなかった。

「おーい。さっさと行くぞ、そこの二人」

「はーい! 今行っきまーす」


 先に通行口に入っていたガレット達に呼ばれ元気に走りだすジアン。それを余所にカルデアはとぼとぼと覇気なく歩いていた。

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