第十二話 時は流れて
フィレンがミストと行動を共にするようになって四年。フィレン十六の秋だった。
野宿明けの朝のことである。
ふと起きだしてみるとミストがいない。
荷物はあるのでどこかへ行ったということはないだろう。
フィレンはぼんやりしたままふらふらとミストを探しに出かけた。
ほどなく泉に出会う。そして。
「────!?」
そこには水浴びをしている一人の女性がいた。
思わず顔をそむけて木陰に隠れる。
み、見てないぞ俺は、などと言い聞かせながら少し落ち着くと、あることに気がついた。
それは彼女の緑色の長い髪だった。そしてあの、整った顔立ち。
頭の巻き布の中にあれだけの長髪が隠れていたということか。
いやそれよりも……女? ミストさんが……女?
フィレンは彼女のことをずっと男だと思っていたのだった。
混乱しながら、普通ならしないことを行ってしまう。
もういちど、水浴びをする女性の姿を見ようと顔を上げると、先ほどは気がつかなかったことに気がついた。
耳が──長く尖っている。先に緑色の羽毛のようなものさえ生えていた。
そして左の耳たぶから下がる薄紫のピアス。
女性はやはりどうしようもなくミストなのに──ミストではないように見えた。
尖った耳──それは人妖の証とされるもの。
うそ──だ……。
ミストさんが人妖? 俺を騙してた?
あまりのことに呆然と立ち尽くしてしまう。
ミストに気づかれたことすら気づかずに──。
「覗きとはいい趣味ですね」
そう言われて彼ははっと我に返った。
「ミストさん──アンタ人妖だったのか……!?」
「何を言って……あぁ、この耳……」
ミストは気づいてため息をつく。だから普段頭に巻き布をしているのだ。
「では聞きますが、人妖の定義は何ですか?」
「何って……人の姿をしたアヤカシで、耳が尖ってるやつらのことだよ……」
あの夜の人の姿をした狼も、人妖の一種だ。
ミストがあれらと同種だったなんて……。
「私はアヤカシではありませんよ」
ミストの目には明らかな敵意が浮かんでいた。フィレンの浮かべたそれと変わらないほどの敵意が。
「それでも我々を人妖扱いするなら、貴方もただの差別者だ。──私はエルフ族の異端者。人妖などじゃない」
エルフ族? それは伝説に聞く長命の魔法種族だった。
「……なんで今まで黙ってたんだよ!」
思わず叫ぶ。問題はそこだった。四年も一緒にいて、何故。……だがミストは頑なだった。
「フィレン。貴方が思っている以上にこの耳への差別は根深い。まして人妖に恨みのある貴方になど、打ち明けられるはずがない」
毅然としてそういったかと思えば──しかし彼女は次の瞬間ため息をこぼしたのだった。
「だがアロイスは──あいつの周りだけは違った。ああいう奴らもいるのだと、分かってはいるんだ。だが──結局は私に勇気がなかったというだけなんだろうね」
そう言ってうなだれる。
「あの──さ、まずは服を着ようぜ」
少し冷静になったフィレンはそう恥ずかしそうにうつむいたのだった。
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