いつかの邂逅

閑話 レイジレーニャ

 それは遠い昔のこと。

 レイジレーニャは森の中をなんとなくふらふらと歩いていた。

 薄い朝霧の中、ようやく顔を出した陽の光が直線を描いて降り注ぎ始めていて、なんとなく心地良い。

 そう、すべてはただ『なんとなく』から始まった。

 レイジレーニャはなんとなくそこにいただけだった。

 お気に入りの姿をしてふらふらと、森の中を歩く。

 そのうちばったり人影と遭遇した。朝露をたっぷり含んだ薬草を、鼻歌まじりに詰んでいる女。

 でも大丈夫だ。

 レイジレーニャは人には見えない。だが。

「まあ。ここに人は入れないはずなのに。あなたは一体どなた?」

 レイジレーニャは驚いた。

 女には自分が見えている。

『わらわのことが見えるのか』

 問うと、きょとんとして逆に聞き返される。

「見える? あなたは幽霊か何かなの?」

 幽霊。レイジレーニャは知っていた。人がそう呼ぶものが何であるかを。そして自分がそれに近いものであることも。だから面白半分に聞いてみる。

『だと言ったらどうする?』

「あら、まぁ、まぁ!」

 女は口をぽかんとあけてそれを隠すように右手で覆いながらそう声を上げた。

「私、幽霊をみたのは始めてよ。そんなに若いうちに幽霊になってしまうなんて、一体何が……いえ、聞いても楽しいことにはならないだろうから、やめておくわね」

 レイジレーニャのお気に入りは人でいう十代後半の姿だった。

 対して女は人でいう二十代後半に見える。

 だから、女は子供相手に話すようにレイジレーニャに話しかけるのだった。

「幽霊だから結界を通り抜けられたのかしら? うふふ、でもあなた、ちっとも怖い感じがしないわ。幽霊って怖いものだと思っていたのに」

『お前が望むなら、怖いものに変わってみせるぞ?』

 人が怖がるようなおどろおどろしい物の姿も、レイジレーニャは知っていた。

「いいえ! そのままでいて、お願いよ!」

 女は慌ててそう言った。

 人をからかうということは面白いものであるとレイジレーニャは記憶した。

『やはり人というのは面白いものだな』

 レイジレーニャがそう言うと、女は訂正を求めた。

「いいえ、私は人ではないわ。エルフというのよ」

『どちらも同じような物だ』

「元は同じだったと聞いているわ。でも、人はエルフを迫害するのよ。……ただ耳が長いからって、魔族扱いするの。あなたもそう聞いてきているはずだわ。耳が長いのは人妖だって」

 女は恐ろしさをこらえるようにきゅ、と薬草を入れている籠を握る手に力を込めた。

『ああ知っている。だがわらわにとってはどちらも同じような物だ。何も変わらない』

 レイジレーニャは繰り返したが、女は怯えたように首を振った。

「あなたを見て私もそう思うわ。だけど、外は怖いのよ」

『そうやってお互い怖がっているからいつまでも怖いままなのだ』

「そうね。でも、どうしようもないことだわ」

『ふふ。いつかそれがどうしようもあることになると良いのだがな』

 レイジレーニャは意味ありげに微笑んだ。

『女、わらわはお前に出会えて楽しかった。名はなんと言う?』

「ミーナよ。あなたは?」

『わらわのことを人はレイジレーニャと呼んでいる。ミーナよ、礼を渡そう』

 ふわり、とレイジレーニャの両手の中に、明るい緑の光が生まれた。

『お前のその胎の子に、精霊の祝福あれ』

 レイジレーニャがそう言うと、緑色の光はすう、と女の膨らんだ胎の中へ吸い込まれていった。

「い、一体何をしたの?」

 我が子のことである。何か悪いことをされたのであればたまったものではない。

『お前の子はこの星でも有数の強い魔力の持ち主になるだろう。そしていずれは世界の鍵となる』

「世界の……鍵?」

 ミーナが呟いた時には、レイジレーニャの姿はそこにはなかった。

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