第十話 押しつけの押し付け

「……で、連れて帰ってきたと」

 そう聞くアロイスの顔からは何も読み取れなかった。ただ淡々としている。

「別にいいでしょう。今更人数が一人増えるくらい」

 肩をすくめてミストは言う。

「別に構わないが、うちの連中は皆懇切丁寧に優しく色々教えてくれるようなタチじゃないぞ」

「それくらいで丁度良い。何せ妹を探して人狼を片端から追って行く気だ。厳しく鍛えてやってくれ」

 フィレンはフィヒターの家の立派さに驚いていたが、更には今まで見ていたのと全く違う砕けた態度のミストにも驚いた。

「……まったく、養成所に押し付けて終いだと思っていたのに」

 どういう縁でしょうね、と言いながら、ミストはフィレンの頭にぽんと手を載せ、視線を同じくして言った。

「この家はきっと養成所より厳しいでしょう。けれど良い人ばかりですから、怖がらずに信頼してあげて下さいね」

 まあ、そのうち分かりますから、とミストは言う。

「……お、おれ、絶対強くなるから! そしたら今度こそ、一緒に連れて行ってよ!」

 フィレンはしごかれる覚悟を決めてそう言うのだが、ミストはそっけなく、

「そうなる前に私が妹さんを見つけてきます」

 と言い、フィレンはありがたい思いと出端をくじかれるような思いとを感じてどう言葉を発して良いものか分からなくなった。

 ミストはといえばあの場で生き別れたのなら既に妹は人狼となっているだろうと厳しい判断を下しており、幼いフィレン相手にどう接して良いのか分からず、どうしてもそっけない態度になってしまうのだった。

 ヘタに希望を持たせたくもないし、絶望させるのも面倒だった。



□■□



 四年後──フィレン十二歳。

 数年ぶりにフィヒターの家を訪れたミストは目を疑った。

 剣術では家の中でも一、二を争う腕を持つサーフィスと、フィレンは互角に渡り合っていた。

「……サーフィス、貴方は一体どれだけ扱いたんです……?」

 ミストにとっては今でもただの子供のイメージしかない。その小さな子供にどれだけつらい鍛錬をさせたのだろうか。

「いやぁ、打てば響くというか、覚えがいいもんでさ、ついな! はっはっは」

 ミストからのジトりとした目線を気にも留めず彼は明るく笑った。

「ミストさんだー! 俺養成所の卒業試験受けて通ったんだぜ! 筆記がまずまずだったから濃赤だけど!」

 並の冒険者であれば卒業資格を得るのは十五ほどである。十二歳での卒業……トゥルフェニアで十数年前に史上最年少で卒業した冒険者と並んでしまったという驚異の実績だ。

 そして濃赤というのは成績順によって与えられるピアスの色のことだった。濃紫/薄紫/濃青/薄青/濃赤/薄赤/濃黄/薄黄/白/透明/黒/薄黒、の順に与えられるものだが、紫はごく稀にしか与えられない。薄黒をとっての卒業でも冒険者として腕を認められたということなので下流というわけではない。わりと厳しい基準で落とされる者も少なくはない。濃赤はかなり上等な成績なのだった。

 きらきらと目を輝かせて寄ってきたフィレンに、ミストはしかしコツンとでこぴんを食らわせる。

「私から見ればまだまだ子供ですよ。連れて行けと言われても──」

 しかし手加減いっぱいのそんな攻撃になど毛ほども動じず、フィレンは言うのだった。

「約束だからな! 俺が卒業資格取ってくるよりミストさんが妹見つけてくるのが遅かったら、俺も旅に同行するって!」

「……そういえばそんなことを言ったような気がしなくもありませんが」

 まさかこんなに早く資格を取ってくるとは思っていなかった。

「まぁ薄紫のミストさんにしてみればまだまだヒヨっ子だよなぁ」

 サーフィスが横で余計な情報を流す。

「薄紫!? まじで?!」

 フィレンが目を丸くして驚いている。

「このガイゼリアでは結構名が売れてるんだぜ? この人。本業ヒーラーなのに誰も信じやしねぇくらいに『破壊のミストレイ』とか言われてたり何十年たっても見た目がかわんねぇって『幽鬼のミストレイ』って呼ばれたり」

「噂というのは真実をアリの額ほども反映しないものです」

 言いながらミストは静かに肘鉄を繰り出していた。

「痛え。ほんとのことだろう、はっはっはー」

 サーフィスは笑いながら逃げていった。

「……ねえ、ミルアのことはやっぱり何も分からないの?」

「ええ……残念ながら。手がかりが貴方と似た顔とピンクの髪と現在九歳であることくらいですから、なかなか」

 それだけしか情報がないのだ。真っ暗闇の中糸くずを一本探し出そうとしているようなものである。

「そっかぁ……俺も頑張って探すから、これからよろしくな!」

「え、あの……」

 ミストはしばらく渋っていたが、根負けして承諾するのだった。

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