第八話 フィヒターの家
「お帰り、と言って良いのか、いつも迷うんだけれど。まぁ、お帰り」
「いつも同じ挨拶をありがとう。ただいま」
ミストはフィレンを養成所に押し付けた後、知己の家に足を運んだ。
質の良いローブで身を包んだ、とても小さい──フィレンよりも小さそうな──子供。
だけど顔も声もとても幼いのに、彼は子供ではない。
「また広がったな」
「……そう」
特に何の感情も浮かべずに突きつけられ、ミストは内心苦渋の念を抱きながらもそっけなく受けた。
「……術式を強化する。副作用が心配だからあまり強力なものにするのは気が進まないんだが……」
「今のところ何の副作用も出てないし、これが心臓まで到達してしまうより悪いことなんてないでしょう?」
気づかぬうちにそろりと右頬に触れながらミストは言った。
ただのオシャレにしか見えない刺青のような模様──それは、呪いの痕、だった。
「……違いない。だが、何か少しでもおかしいと思ったら、必ず知らせること」
「わかってる」
「じゃぁ、魔法陣の元へ」
促され、ミストは彼のあとについて別の部屋へと向かった。
呪いを遅延させるための魔法を、かけてもらうためだった。
□■□
「子供を拾った?」
「別に。案内しただけだよ」
「どうだか」
何だか彼はにやにやしているようだった。
「ようやく見つけたんじゃないのか? お前が探していた──」
「あんな子供に、何を求められると言うんだ」
「フン。まぁ、そんな話はおいといてやるよ。久しぶりなんだ、ゆっくりしていくといい」
「ああ、ありがとう。じじいの研究報告書はいつ見てもおもしろいからな」
「そのじじいというのをやめろ」
「じじいはじじいでしょう」
「せめて名前で呼んでくれれば良いのに」
ミストが彼と出会ってから、名前で呼んでくれていたのは実年齢を知るまでのほんの一瞬のことだった。
強大な魔力と知識の代償に、成長がとまってしまった彼の名は、アロイス=フィヒター。
そしてミストが彼のことをアロイスと呼んでいたのは──四十六年前までだった。
そのことから分かるように、ミストも決して若いわけではない。
だが彼はミストに対し年齢でどうこう呼び名を変えるようなことはしないようだった。
実年齢に見合わぬ外見を持つ二人は、その特異な共通点だけでも意気投合の材料になり得た。
加えて二人とも魔術師であった。しかも二人とも同様に向上心の高い、である。話が合うことも多く、魔術についてこの二人が語りだせば時間などすぐにどこかへ飛んで行ってしまうのだった。
親友同士、と呼べる間柄なのだろう。
そして今日もまた、のんびりとした二人の時間は流れていく。
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