二人の始まり
第五話 語らぬ空堕
人間というのは弱いのか強いのか。
両方なのかもしれない。
次の日にはもう、町人たちは片付けと修復作業を始めていた。
療養所と化したあばら家の中にも、今はもうほとんど怪我人の姿はない。
回復魔法というのは優秀な物で、大人たちはもちろん、子供たちもすっかり傷口は塞がり、あとは怪我自体に加えそれを回復するために使った体力を取り戻すために休むだけでいい。
代わりにヒーラーたちは消耗激しく、くたびれて蹲っていた。
「家に行きたい?」
聞き返すと少年はこくりと頷いた。
ここで駄々をこねられても説き伏せる方が面倒くさい。
今ならもう人狼がいるわけでもないし、火災も収まっているようだし、瓦礫を行く危険から守るくらいなら現状そのままに朝飯前である。
フラフラする身体を押して少年の導くがまま未だ煙くすぶる朝の町へ繰り出した。
その一角は特に火災の爪あと激しく、もう家と呼べるものなど一軒もなかった。
恐らくこのあたりの地域の特色である蒼魔術による岩石製の家々だったはずだが、人狼が破壊したのか、火災で爆発でも起きたのか、ひどい有様だった。
「このあたりですか……」
絶望的な景色に今更、連れて来て良かったのだろうかと思い始める。
少年は無表情にこくりと頷いた。一体何を思っているのだろう――。
何をするでもなくその辺りをしばらくうろついてみる。
一晩中回復魔法と治療で動き回っていたために身体のあちこちが悲鳴を上げている。
朝の清涼な空気の中、瓦礫で足場が悪いとは言え、のんびりと歩くことは多少の気晴らしになった。
だが──。
「─────!!!」
踵を返して少年のいるところまで戻り、その視界を塞ぐとそのまま腕にかき抱いて足早にその場から離れた。
「なんだよっ」
当然少年は驚いてむずがる。
「帰ります」
少し先の瓦礫の間に──その人たちは居た。
恐らく人狼化したであろう女性が、素手で男性を貫いていて──その男性は剣でその女性を斬って居た。
抱きしめあうような形で瓦礫の間に在った二人の顔は──少年に面影をよく伝えていた。
「なんでだよっ」
じたばたし始める少年。
だが色々伝える気力もないし──伝えるべきことなのかも分からない。
恐らく彼の両親であろうあの二人に限らず──未だ町人たちの手の届いていない地区は多く、遺体はそこら中に在るだろう。
「ごめんなさい。でも今の酷いこの町の状態が、見ていられないんです……」
それはないこともない理由だった。
自分たちが救えなかった町の成れの果て。
間に合わなかった、町の見せる惨状。
少年は悲しげに言うその人の顔を見上げて──ハッとした。
ターバンのようなもので髪をまとめている風ではあるのだが、それはいまや崩れかけていて、ハラハラと薄緑色の絹のような髪が落ちてきている。顔色は蒼白で、目には隈が浮き、唇は水気を失って土気色をしていた。
子供にでもさすがに分かる。この人は──無理をしている。
今まで俯きがちにして自分の家族のことで頭がいっぱいで、よく見ていなかった。
きっと、夜通し自分たちの町のために働いてくれていたのだ。
急速に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめん……なさい……」
思わず謝る。だがその人は逆に、
「いいえ。無力でごめんなさい」
よく分からないが謝ってきた。
「あ、あの! 自分で歩くよ!」
とりあえず今は少しでも負担をかけたくなかった。優しく自分を抱いてくれている腕を振り解いて自分で歩く。
「あのさ、おれ、フィレン。フィレン=ディラール。あなたは?」
「ミストです。ミストレイ=アスト」
ミストさん、か。と、少年は刻むように呟いた。
「あのさ、あの……助けてくれて、ありがとう」
少年の言葉に、ミストは目を丸くして驚いた。
ギルドからの救援が遅かったことを責める大人たちは多く居た。けれどこの少年は笑って礼を言ってくれた。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
その暖かさに、まだまだ頑張るという気力をもらった思いでミストはそう返すのだが。
「何であなたがお礼言うの?」
少年はよく分からずきょとんとしていた。
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