親馬鹿

閑話 何かの始まり

 突然現れた組織の導き手に、二人は目を剥く。

ばばさま、どうして……」

 金髪碧眼の女性が、彼女にしては珍しく狼狽ろうばいしていた。

 逆に、無色透明の男性は、彼にしては珍しくただ沈黙している。

「この件に手を出すのはおやめ」

 常に泰然自若としていた導き手が、縋るような目をしてそう言った。

 こんな顔など、する存在ではない。うつつに生きる者たちの行動を妨げるような真似は、絶対にしないはずの≪彼女≫。

 その≪彼女≫さえもがそう言ってくるような案件が、ただごとであるわけがない。

 だがこの二人はそのただならぬ事態を、その恐ろしい危険性を、理解していながら準備を進めていた。

「……貴女がこうして≪満月堂みつきどう≫以外の場所に姿を現せるとは思っていませんでした」

 男性の方が淡々と言う。

「そんなことはどうでもいいのじゃ。今すぐをやめろ」

「そんなわけにはいきません」

 女性の方は狼狽していたとは思えないほどひどく落ち着いてそう答える。

「……おぬしらは娘を置いて命を投げ捨てるつもりか!」

 たまらず、≪彼女≫は部屋の隅にある小さな寝床を指さして声を張り上げた。これも、あり得ない行動。

 二人には一歳とすこしになる娘がいる。たいそうデレデレした親馬鹿っぷりを、人目をはばからず披露するほどに溺愛していた。

 この二人は、そんな娘を置き去りにするか、へたをしたらこの子にまでの手が伸びてくる可能性があるのを、想定していないわけではあるまい。

「……貴女にはやはり、視得みえているのですね」

 女性が淡々と呟く。

「あたりまえじゃろうが……!」

「でしたら、放置できないこともお判りでしょう」

 男性も淡々と言う。

に、何かできると思うてか!!」

 もはや≪彼女≫は怒っているか泣いているか分からないようなめちゃくちゃな顔をしていた。≪彼女≫がこう言うのなら本当に敵わないのだろう。

「やってみなきゃわかりません」

 だが二人は口々にそう言った。

「あの子がこれから生きる世界を、少しでも脅威から遠ざける」

「そのためにはらなければいけません」

「……とはいったい何なのかを」

「そして、のかを」

「そんなもの、わらわ千里眼がすべて知っておる! おまえたちが探るようなことではない!!」

「……ばばさま」

 本来ありえない、感情に任せて声をあげる≪彼女≫を、女性は静かに呼ぶ。

「あなたなら、我々二人が≪地精の墓標≫のあの文字たちを、ことは、ご存じでしょう」

 男性が静かに語る。

「そして、貴女がその千里眼で得ているについての情報を語るには、でさえ足りないであろうことが分かったので、貴女が話せるようになるのを待つことはできません」

 その科白せりふに≪彼女≫はたじろいだ。

「……だから、俺たちは、立ち止まらない」

「……そして私たちは、必ず止めてみせる」

 二人は向き合いながら手を取り合って立ち上がり、祈るように目を閉じた。

「……やめるのじゃぁあああああ!!!!」

 その絶叫を二人が聞き入れることはなかった。

 二人してどこかに飛び立ってしまったのだ。そしてそのも、≪彼女≫には視得みえている。

 部屋には、地にへたりこみ泣く≪彼女≫と、すやすやと眠る幼子だけが残った。

 三人とも声を潜めてはいなかったどころか、≪彼女≫がらしくない悲鳴のような声まであげていたというのにこうして眠っているということは、母親の方が何か術をかけているに違いない。

 少し時間を置いて、彼女は泣きながら立ち上がり、幼子の眠るベッドに歩み寄る。

「……おぬしの両親は……っ、あとにもさきにもおらぬほどに『親馬鹿』じゃよ……」

 幼子の頭をなでようとした≪彼女≫の掌は、幼子には

 そのことに自嘲の笑みを浮かべる。

 実体がないのだから、しかたがない。

 わらわにできることは、なにもない。

 本来はおのが館の外には出られない≪彼女≫が、それでも押しかけずにいられなかった願いも、

 そして本来出来ないことをいくつも強行した反動で、≪彼女≫は揺らぎ始め、ほどなく消えた。

 この大事件のさなか、数日の間導き手が姿を見せなかったことは、組織の人員を大きな不安に陥れた。だが、事態が落ち着いたころに何もなかったかのように≪彼女≫は現れ、それからさらに──数日たって、も戻ってきた。



 ──……傾いた運命が、静かに糸車を廻し始める。

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