第二話 幻覚でもなんでもない現実

『緊急事態発生。≪ネットワーク≫閲覧者に至急協力要請。

 現在世界各地で魔物の襲撃を確認。

 通信断絶及び非≪ネットワーク≫地域における安否確認と魔物の撃退を求める。

 安否不明地域及び被襲撃地域は以下の通り。近ければ向かわれたし』


 突然入ってきた緊急通信は音声付きであり、強制的に脳内に大きく鳴り響いた。


 初めての事態にかなり驚いて飛び起きる。

 夜中とはいえこれを聞いてゆっくり寝ていられる人間などいないだろう。

 該当資料に軽く目を通すと現在地付近にもいくつか安否不明地域があるようだった。

 一瞬で荷物をまとめ一番近い町へ向かう。


 のんびりと森を堪能し野宿などしていたのを悔いてもなんの意味もないので一瞬で忘れる。

 しかしどうやらこの町は難を逃れていたらしい。直近のここが無事なら珍しく宿をとっていたところで建物を破壊して飛び出していただろうから、むしろほんのりとだけ余計な被害を避けられたとさえ言える。


『ガイゼリア公国トリムタウン現状異常なし。当方は留まらない。引き続き警戒を』


 情報だけ≪ネットワーク≫に投げつけて次へ向かう。

 次に向かった村も平穏に寝静まっていた。


『ガイゼリア公国ミュフェ村現状異常なし。当方は留まらない。引き続き警戒を』


 魔力枯渇を恐れるより時短を選び、次の安否不明地域まで高速飛行魔法で飛ぶ。


「……これは……酷い」


 遠くからでも町全体が燃えているのが分かった。


『ガイゼリア公国最南西エルムタウン危険度高。町全滅の恐れ有り。援軍を要請する』


 情報が集まるにつれ被害地域がどんどん増えていくのがわかる。

 被害規模がバラバラだとはいえ、全世界で百以上の地域が魔物の襲撃にあっているらしい。一体何が起きているというのか。

 こんな理不尽すぎる状況では援軍など来ない可能性も想定される。


 ともあれ助けられる住民はいないかと、到着までに町全体をスキャンした。町の大きさにしては人間の反応が少ないため嫌な気分になり、それが避難のためであることを祈る。理論上遺体の探知もできるが、わざわざ気が滅入ることをする意味はない。

 スキャン結果で優先順位を判断して次々と町中を飛び回る。


 結界を張っているため煙にあてられることはないが、視界がたいそう悪い。

 もとより目などに頼り切ったりはしないので自分はそう問題ではないが、逃げきれてない一般住民たちはそうもいかないだろう。


 町を襲っているのは多少厄介な……いや、一般市民にとっては遭遇からの生還などほぼ不可能に近いレベルである、人型に近い魔物たちだった。

 人間という種族の優位性を過信する気などさらさらないが、直立二足歩行ができるという進化結果はかなり進んだ、理にかなった形状だと認識している。

 それゆえ、魔物の類でもこの形状をしているものがより強いのは何の不思議もない。

 そんなものがいたるところで食料などをあさり、破壊活動にいそしんでいた。


 忌々しさをぶつけるように片っ端からワーウルフたちを叩き潰し、逃げ遅れた住民たちに自身と同じ結界魔法を施し、必要があれば鎮静魔法で落ち着かせ、割り出した最も安全な避難経路のイメージを付与してまわる。ちなみにこの結界は、移動の邪魔になる各種抵抗等も程よく遮断するため、住民たちは普段より早く移動できもするはずだ。

 

(他の町になだれこまれる前に、一体残らずころす)


 人間の気配がないのを確認して、上から多少範囲を広めに設定した攻撃魔法を叩き込もうとした時、小さな影が目に入った。


(は?)


 一瞬視覚を攪乱した罠を警戒するが、そんなものの存在を観測できないその知覚の方を、迷わず信じることにした。過信ではない。これまでの膨大な経験から判断したものだ。


 小さな子供が、数匹のワーウルフたちにいたぶられているようにしか見えない。


 その地点に移動しながら、子供にだけ何の被害も及ばないように調整した遠距離型の破壊魔法を容赦なく投げつける。

 おぞましいお遊びに興じていた連中は、殺気満々のこちらに気づきもせずあっさり蒸発した。


 そいつらの存在した痕跡は、虹色の光の靄がフワフワと空気中に消えていくという、存在にまったく見合わない美しい現象のみ。

 これが人間に害意しかもたないモノたちの魂の最期らしい。

 そうやって世界に還り、またどこかで新たな魔物の一部に混ざっていく、というのが、存在物進化論学会の結論だった。


 それと同じか少し遅れて、やっと人間の子供一人分の生命反応を観測することができるようになった。

 色々とその原因を予想立てるが今はどうでもいいのでその思考は放棄した。

 ひとまずの応急処置として下級回復魔法をひとつ張り付かせて抱きかかえ、迅速にこの場を離れることにする。

 町からそう離れていない森の中に廃屋を発見し、自分の換えの衣服をクッションに子供を横たえる。

 慎重に診て打撲痕しかないことに安堵し、てきぱきと治療を施すと、その場に子供を置いてまた町に引き返した。


(……あたりに人間の気配がなかったのは、この子供が自分で消していて、打撲痕しかないのは防御や受け身でも取っていた、とかいうのが一番トンデモ仮説か)


 実はこの子供は魔族の擬態だったとかいうほうが幾分現実味がある。ただそんな思考も今はどうでもいいのですぐに忘れる。


 増援が届いたのかすでに向かっていたのがようやく着いたのかは知らないが、あちこちでワーウルフと人間とが戦っていた。

 ためらわずその中に混ざり込む。


 町の外になど、出してやるものか、と、再度気を引き締めた。

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