シナリオ ありがとう

ヒロ・トミー

シナリオ 「ありがとう」

シナリオ 「ありがとう」

作 ヒロ・トミー



主な登場人物

タケオ 21歳

子連れの母親

老紳士A

組長、子分A,B

その他、店内 客




○平成22年12月27日18時

大手銀行のATMに並ぶ長蛇の人の列

(5台の内1台が故障している)



先頭から三人目にチンピラ風の若い男、タケオ。



タケオ「(早くしろよババア……)」

 いらついている態度に周囲も緊張している。



最後尾に幼児を抱いた母親が壁の時計を気にしている。

幼児は熱があるらしく、苦しそうに喘いでいる。

 母親は、バッグから携帯電話を取り出し


母親「もしもし、今日の受付は何時までですか?

―― そうですか…… ハイわかりました。」


バッグの中の財布を開け残金(千円札一枚と小銭少し)を確認する母親。



列をつくる人達は皆その様子に気付いているが、一様に無視している。



列の中程で気の毒そうに 母子を見つめる老紳士A。



タケオは、先頭まで後一人のところまで来ているが、

やはり母子のことが気になりじっと見ている。



壁の時計と子供とを何度も交互に見ていた母親が、

諦めて列を離れようとした瞬間!



タケオ「オイ! オイ! 子供抱いてる……

オマエ! ちょっと来いこっちへ来な!!」   



いきなり見ず知らずの、しかも風体の良くない男から

声を掛けられ驚いて立ち尽くす母親。



店の中、全員の視線が集まる。母親の方へ向かって歩き出す タケオ。



母 親「なっ! なにか?」



何とかしなければという使命感はあるが、

どうすることも出来ずに焦る老紳士A。



母親の前に来て



タケオ「替わってやるから早くしろ!」

顎で列の先頭を示して自分が最後尾に立つタケオ。



母親は驚きのあまりポカンとしていたが

その意味にハッと気が付く。

母 親「えっ…… でも いいんですか?」



面倒臭そうに額にしわを寄せ、顎で早くしろという態度の タケオ。



深々と頭を下げ、列の先頭へ走る母親。



列の整理係が笑顔で、早く! 早く! と手招きしている。

ソッポを向いている タケオ。



○店の中に安堵の空気が拡がる。



胸のすくような光景に感動し、じっとタケオを見つめる老紳士A。

視線が合ってしまい、睨み返され思わず下を向くが、



小さな声で何度も、ありがとう! ありがとう! と繰り返している。

目にはうっすらと涙が浮かんでいる。



○手続きが済み、タケオのところまで走って来た母親。



母 親「本当にありがとうございました。」

丁寧に礼を言うが、うるさそうに無視する タケオ。



困っていると老紳士Aが、いいから行きなさい! 

という合図をしてくれたので何度も何度も頭を下げながら走り去る母親。



店の中の全員が タケオに対して礼を言っているような空気に照れて、

よけいソッポを向く  タケオ。



穏やかな目で タケオを見つめる老紳士A。



○自動ドアが開き、寒風と共に組長とその子分A,Bが店内に入って来る。


店内を見渡して タケオを見つける。

組長達に気付き 恐れおののく タケオ。



組 長「こらっ! まだそんな所に…… バカヤロウ!!」


いきなり殴られる タケオ。


子分A「何処で…… さぼってた?!」

目をつぶり無抵抗の タケオを殴る蹴る子分A,B。



○たまらず止めに入る老紳士A 。



老紳士A「止めて下さい! 乱暴は止めて下さい! この人は……」

タケオ「うるさい! よけいなこと言うな!」


老紳士Aを手で制しその場に土下座する タケオ


タケオ「すみませんでした!」


老紳士A(そうか…… 自分の番を譲ったことが知れたらよけいに……)


子分B「すみませんで済むか! 間に合わなかったら テメエの指1本や2本じゃ片つかんぞ!」


殴りかかる子分A,Bに、


老紳士A「ちょっと待ってください!」


タケオに覆いかぶさる老紳士A。


老紳士A「私のところと替わりますから、どうか乱暴は止めて下さい」


さあ!と言って タケオを抱きかかえ列の中程に連れて行く老紳士A。

周囲の人達も手助けをする。



唖然とする組長達。中程まで来るとその前にいた中年の女性が、


中年女性A「お兄さん! 私の所に来なさい。替わりましょう。」

タケオ「―― ?」


またその前の会社員風の男性が、


会社員A「あっ! どうぞ! ここに来てください。替わります。」



○子分A,B、顔を見合わせる。



○店内上からの映像

次々と前へ進んで行く タケオ。

驚いて固まっている組長。



ATMの前に立つOL風の女性。


OL「私、替わります。どうぞ。」


列の整理係がうれしそうに手招きする。

その隣のATMの前に立つ職人風の男。


職人A「いや、おれが替わるからここに来な。」


その隣のATMの前に立つ3歳位の女の子の手を引いた母親が、


母 親「いえいえ、どうぞこちらへ。」

女の子「どうじょ こちらへ。」


3人が争うように、タケオの手を引っ張る。

大勢の人に抱えられながら、最前列へ進む タケオ。



子分A「組 長…… これは いったい……」

口を開けたままの組長。



○手続きを済ませ組長の前へ歩み寄る タケオ。



タケオ「すみませんでした。」


頭を下げ伝票を差し出す タケオ。

組長、子分A,B、顔を見合わせる。



○タケオの後ろから『どうだ!』という顔で組長達を睨みつける客達。



○タケオの手から伝票をむしり取り外へ出て行く組長達。



○店内に拍手と歓声が巻き起こる。顔を見合わせ喜び合う客達。

ビックリする タケオ。静かに老婆が近寄り、



老 婆「お兄さん、痛かったろう?」


ハンカチで唇の血を拭おうとする手を制して出口の方へ歩き出す。



タケオの顔は真っ赤、身体が小刻みに震えている。



拍手と歓声は鳴り止まない。



○出口 自動ドアの前で立ち止まる タケオ。

客達に背を向けたまま肩で息をしている。

自動ドアの前で立ち止まったままの タケオ。



静かになる店内、客達は皆、タケオの背中を見ている。



何かを言おうとするが声にならないタケオ。



沈黙の店内、中年女性,会社員,OL.職人,老婆。 



老紳士A「お兄さん! 立派だったよ。私はこんな気持ちになる事は もうないと思っていた。でも、あんたのおかげで熱くなった。生き返ったような気がする―― ありがとう」



○涙をうかべ、タケオに近づく老紳士A。    



老紳士A「あんたは誰よりも優しい人だ。だから真っ直ぐに生きて欲しい。

お願いだ! どうか……」



○外に飛び出す タケオ。



○高所からの街の夜景 タケオの声



『あの時は何がなんだかわからなかった。

火照った体に冷たい風が気持ちよかった。

極道からすぐに足を洗った。

必死で勉強した。』



○あれから5年―― 制服姿のタケオ。



タケオ「オレは今 消防士だ。人を助ける事の喜びをあの時知った。

恋人にもまだ話してない」



○監視塔から夜の街を見下ろす タケオ。



いつか子供ができたら話すだろう……。

今でもはっきり覚えている。

あの日の―― みんなの顔を……。

ありがとう。



           終



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