第肆章
第肆章一話 【恋慕】
手錠をかけられた死神。憐れにも思えるその姿は、裏切り者の成れの果てか
まるで罪人のごときその扱いに、彼は文句の一つも言わなかった
かつての仲間達は話し合いの末、死神の傭兵を拘束することに決めた。まだ、完全に元通りの仲間とは言えないからだ
拘束せずに身の自由を保証しようとした者も確かにいた。その中には、父を殺されたアレックスもいる
しかしフランシスカの元へ移動したという事実がある以上、彼が本当にホーネットに戻る気があるのかという疑問が残っていた
それに彼らは、死神の傭兵が戦友をその手に掛けることも念頭に入れているのかもしれない。実際マイケル・ジョンソンはタナトスとの戦闘で戦死し、メアリとアレックスは本当に殺されかけた
危険かつ不安な要素がこれだけある以上、その身が縛られているのは当然だとも言えよう
だが、処遇について殴り合いに発展しかける程には、傭兵はホーネットクルーに信頼されていた
ミシェルが彼を庇ったのもある
だが話し合いの中では彼を殺してしまおうと考えた者はただの一人もいなかった
が、今彼が自由に身動きできないのは事実でもある
死なすという選択肢が無い以上最終的には解放するしか無いのだが、しかし解放するタイミングは誰もが図りかねている
フルハウス団へ渡る前に彼が使っていた部屋は、今彼を軟禁するための部屋として使われている。元の主を逃がさぬためにか、鍵は外から厳重にかけられている
たった一人、部屋の真ん中の椅子に座り込む傭兵
何の音もせず、何の動きもしない。その部屋に静寂が満ちているように見えるのは、錯覚ではないのだろう
しかしその静寂は破られる
唐突なノック音。がちゃりと開くドア
「入ります・・・」
恐る恐るといった風情で、金髪の女性が部屋に入ってきた
ミシェルが、彼の部屋を訪れた
その頬はやや紅みを帯びていた。瞳は時折死神の方を見るが、一瞬見た後反らしてしまう
手はぎゅっと強く握られていて、唇は開いたり閉じたりしていた
挙動不審ともとれる様子ではあるが、彼女は至って真剣だった。少なくとも、かつてこれほど真剣に物事に取り組んだことはなかったように思う
今まで本気でやってきたこと以上に、この一時のために自分が頑張ろうとしているのがわかる
ミシェルは、口を、開いた
「あのね・・・」
緊張で口が乾く。まるで心臓を縛り上げられたような感覚に陥りながらも、羞恥心でおかしくなってしまいそうな自分を抑え込む
「・・・その・・・」
しかし言葉に詰まる
目の前にいるのに、上手く何かを伝えることが、できない。そう、頭がパニックになってしまっている
なんでもない
そう言って逃げてしまうのはとてもとても簡単だろう
だがミシェル・レイクはそれだけは考えなかった
逃げてばかりで、しっかりと見なければ、何もできない
死神を迎えに行った時はそれを身に染みて感じたのだ
だから、
逃げない
この想いを
精一杯
伝えることにした
「
ねえ、覚えてる?私と初めて会った日のこと。びっくりしたわ、戦闘が始まって、それからタナトスに乗っていた貴方を呼び出したんだっけ。あの時は恐かった・・・助けてくれたのは貴方だったね
ありがとう
大陸に来てからは忙しくなっちゃった。沢山貴方に人を殺させて、でも、その分貴方は私のそばにいてくれた 辛い時はいつもいっしょだった
あの戦場でも、支えあえたから、楽しかった
傭兵になって、どのくらいになるんだろう。すれ違った時もあるよね。私、貴方にあまり優しくできなかったかもしれない。貴方の助けになることをしてあげられなかったかもしれない。辛いことばっかり押し付けてたかもしれない
だけど、貴方が・・・行ってしまったとき、すごくすごく辛かった
胸が張り裂けて、死んでしまいそうなくらい辛かった
・・・・・・ねぇ
私、貴方といっしょにいたい
ワガママかもしれないのは、わかってるわ。だけど・・・だけどずっと側にいたい
私、貴方を愛しているわ
世界で一番、愛してる・・・
」
ミシェルは、傭兵の手を握った
瞳は彼だけを映す
互いに互いの温もりを感じる
ミシェルは、死神を抱き締めた
死神も、ミシェルの背中に手を回した
「お願い」
目を閉じ、呟くように彼女は言う
「これからも、私と、歩んでくれる?」
死神の傭兵は、ヘルメットのバイザーを上げた
おもむろに手に取った小箱のなかに、煌めくプラチナのリングが入っていた
重なる唇と重なる想いは、一時の間、二人を幸せにしてくれた
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