参章外伝 【後継】

「はあ・・・はあ・・・く・・・!」

デストロイア改の中で、アレックスは呼吸を整えた

自分の思う通りには、やはり行かないようだ。彼の父もそんなことを言っていた

丘を挟んで、敵とアレックスは戦っている。恐らくこの向こうには、十機程のフルハウス団の機体が彼の父の形見を蜂の巣にするべく待ち構えているはずだ

冗談ではない。自分には、これから世話になる人達を守る使命がある。わざわざのこのこ出てやられてやれる程アレックスも未熟ではない

「ラドリーさん、アリシオンは!?」

「待ってくれ、せめて後一時間は・・・」

だから、今は時間稼ぎに徹することにした

ひよっこのアレックスだけではまず勝てない。向こうはフルハウス団の鷹派スペードグループだった

その情報を伝えたのはミシェル・レイクだった。彼女は持ち前の情報収集能力を活かし、敵のデータをすぐに調べあげた

流石タナトスのオペレーターである。が、その情報には悲しいかな『元』がくっ付いてきてしまうのだが

「この・・・!」

丘から一歩踏み出し、右手のハンドキャノンを構える。引き金は迷いなく引けた

敵の四つ足機は意外に素早い挙動でその砲撃を避ける。どうやら最近の人型機動兵器はあんな脚部をしていても跳ねることができるようだ

横跳びの後の着地。敵機の降り立った場所の土が巻き上げられる

すぐさま丘に隠れた

肩に一発、マシンガンの弾が当たった

あのまま顔を出していたら蜂の巣だっただろう。その証拠に、さっきまでデストロイア改がいた所の地面は穴だらけになっている

このやり取りはこれで五回目だ。接敵してからずっと、メアリのアリシオンが来るまでここでこうして時間を稼いでいた

が、やはり無理があるようだ。だんだん装甲は削られ、敵にはダメージを与えられていない

いわゆるじり貧という状態だ

敵がホーネットの方へ行かぬように時々ちょっかいをかけてはいるが、このままでは自分のことを無視してホーネットの方へ向かわれかねない

しかし、それを阻止できるほどの実力と経験がアレックスにはない

焦り

どうすればいいのか。手段が脳内に生まれ、それが状況の整理によって潰される。その繰り返し

アレックスの戦場馴れしていない頭がその無駄行為を延々と繰り返す。そして思考の迷路に陥って辿る結末は大体決まっている

隙を見せたデストロイアの頭上に、砲弾が降ってきた

失念していた。敵に砲撃仕様のタイプがいないとは限らなかった そして、そのパイロットが丘の向こうのデストロイアに障害物を乗り越えた山なりの弾道で攻撃できないとも限らなかった

アレックスはそれを予想できなかった

「ぐっ!」

機体が大きく揺さぶられた。コクピットの中、ジャケットを着たアレックスがコクピット内部のどこかに頭を打った

視界が赤く染まっていく

意識が遠のいていく

ゆっくりと、ゆっくりと遠のいていく

アレックスは目を動かした。どこに頭をぶつけたのかを確認したかったのだ

何故こんな状況でそんなことを思い付いたのか、そしてどうして気絶しかけなのにそんな余裕があるのかはわからなかった。ただ、先程の衝撃で頭をぶつけた場所の確認はできた

小物入れだ

無理矢理コクピットに取り付けたような小物入れがそこにあった。マイケルが乗っていた頃からあるものだろうか、まだ血が薄くこびりついていた

そして、その小物入れは開いていた 重力に従い、中身が落ちてくる



それは家族写真であった

アレックスと彼の両親が写っていた


それが入っていたのはマイケルが乗っていた頃から付いていた小物入れで、そして写真には何度も手にとって見たように手垢が付いていて

今はもう母にも父にも会えなくて 今、父の想いを知った気がして

「ぐ・・・っ!おおおおおおおおッ!」

だから、気絶なんてしていられなかった

何故か、アドレナリンが大量放出されていた

頭部が半壊したデストロイアが丘から全速力で飛び出した。そう、全速力だ

足一本一本にブースターを取り付け、機動性を確保させていた

命知らずな戦法に、敵部隊の動きが刹那だけ止まった

ハンドキャノンとミサイルをありったけ。全部全部叩き込む

背部、肩内部、肩外部から、最早煙幕と見間違えるくらいの噴煙が噴き上がる

発射反動で狙いが上手く定まらない程撃ちまくってもまだ、ハンドキャノンの引き金は止めない

その名を轟かせた破壊者が復活した。否、文字通り二代目の破壊者が現れた。その目の前にある全ての存在は火と鉄の中例外なく吹き飛んだ

無数のミサイルと砲撃は、先程までアレックスを苦しめた精鋭達をいとも容易くなぎ倒す

地上に無数の花火が開花した

「落ちろおおおッ!!」

まだ一機だけ生き残っていた赤い機体が、いつの間にかデストロイアの左側にいた。その片手には一本の杭、パイルバンカーが装備されていた

アレが当たれば、デストロイア改の装甲など一瞬で貫かれるだろう

拳が振るわれ、ない

デストロイアはその敵機の横面にレールガンと一体化した長い腕を叩き付けた

「うるあぁぁぁぁぁッッ!」

アレックスはコクピットの中で吠えた。獣の如く吠えた。額が切れて血が右目に入り、右目蓋は閉じている そして顔は半分赤く染まり、とてつもなく汚れきった状態である

それでもアレックス・ジョンソンは、戦った

レールガンの展開は、終わっている

引き金は、やはり迷いなく引けた








「こんなにぶっ壊しちまって・・・」

「す、すいません!」

「いやいや大丈夫ですよ~、圧勝祝いです!」

アレックスの周りには、ホーネットクルーがほとんど集まっていた 彼の健闘を讃えるためだ

当の本人は顔を赤くして俯いていた 顔は拭いたので、それは照れによるものだろう

その場にミシェルはいなかった。彼女は多分、死神の傭兵のことで辛くなっている。なので、誰も咎めない。今くらいは、少しだけ休ませている

しかしミシェルも、アレックスを褒める言葉くらいは残していた

「ミシェルさんがな。お疲れ様、父にも負けない腕だった。と言っていた」

「あはは、そんな、そこまでのものでは・・・」

「私も見直した」

メアリの一言に、アレックスは力強く返事した

「はい!ありがとうございます!」

その右手に握られているのは、一枚の家族写真だった

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