第参章四話 【静寂】

ミシェル・レイクは、自分の部屋でとある写真を見ていた

ホーネットクルーの集合写真である この頃はメアリとアレックスはいなかった

ミシェルが真ん中。ラドリーがミシェルの右側。ジャスミンはミシェルの左側。三人の前に整備員達がしゃがんでいる。そして、『彼』は後ろの目立たない所に写っている

パイロットスーツのヘルメットに隔たれた表情を知ることはできなかった。が、きっと悪い表情ではないはずだ

何故ならば、ミシェルを含めた全員が、太陽のように眩しい笑顔を浮かべていたからだ。そこに『彼』が含まれていないとしても、この写真の中で、この写真を撮った瞬間は、きっと不機嫌ではなかっただろう

そして、切なくなる

彼はいなくなってしまったから

いなくなって改めて、その存在の大きさが、この心を埋めていた『彼』が、どれ程大切なことかを思い知った

ホーネットから去ったのは彼の意思だと言うことは重々承知だ。頭ではわかっている。では、心の奥底ではどうなのか

ミシェル自身の本心は、彼がいなくなったのを受け入れているのか

「そんなわけ、ない・・・」

その胸が締め付けられるような痛みは、あの一緒にいたときの幸福は、この心に空いた大きな穴は、ミシェルが彼を想っていたことの証明に他ならない

そう、真実なのだ

これが、人に恋するということか

「随分と思い詰めているみたいねぇ・・・」

「あ・・・ジャスミン・・・」

ミシェルの部屋のドアを開け、輸送機の操縦士が入室する。その片手にはある書類があった

「はいこれ」

「これは・・・?」

クリップで留められた資料を見て、それからミシェルはジャスミンを見る

「白虎帝国からの依頼。フルハウス団ハートグループの本拠を潰すってさ 捕虜取り放題じゃない。つまり・・・」

「つまり?」

「取り返しに行くってことよ」

依頼のついでにフランシスカ所へ殴り込み、死神の傭兵を無理矢理奪い返せ。ジャスミンはあっけらかんと言ってのけた

しかしミシェルはただ溜め息をつく

「私は・・・彼の意思を曲げてもいいのかな・・・」

泣き過ぎて赤く腫れた目の周り。食事も喉を通らなかったのか頬は細くなっている

重症だ

「私は・・・皆を、巻き込んでもいいのかな・・・」

頭を少し掻いた後、ジャスミンはミシェルに少しずつ近付いた

「だって、私、あの人のこと、ずっと・・・でも・・・そんな自分勝手じゃ、いけないって・・・私は・・・」

その声はやがて、だんだんと感情が籠っていく。そして周りに棘を向けるような内容になっていく

「わかってる、ミシェル、わかってるわよ」

「どうして行っちゃったの?あの人は、どうして?私辛い、辛いよ・・・」

そして声はやがて涙声に変わり、ミシェルは泣きじゃくる

想いを吐露し、心の中をさらけ出し だが目の前の仲間はそれを、ただただ受け止める

「辛いよ・・・」

娘をあやすように、ジャスミンは優しくミシェルを抱き締めた

写真が涙に濡れていた








現、タナトス格納庫

そこでは大陸最強の人型機動兵器が、さらなる性能強化を施されていた

「三つ目の『切り札』のアンロックは進んでいますか?」

「はい、現状では解除まで残り四十パーセントほどです」

「よろしいですね。そのままお願いします」

一人の整備員とハートグループ代表が、タナトスのことについて話していた。タナトスの機能の解除について話していたようだ

戦力の増強であることは、火を見るよりも明らかだ

「それで、『例の武器』は?」

「そちらはまだ進んでは・・・」

凍っているかの如くまったくの無表情でフランシスカは整備員に告げる

「それでは切り札解除を終わらせ、手早く済ませてください」

スーツ姿のフランシスカはそのまま踵を返し、油と鉄の臭いで充満した格納庫から去った

「愛機の見物ですか?申し訳ありませんが勝手に動き回るのは自重願います」

その向こうには、整備の様子を眺めていたパイロットスーツの男

タナトスのパイロット、通称死神

「着いてきてください、作戦内容を説明します」

冷えた視線で傭兵を射抜くと、銀髪で童顔なハートグループ代表は足早に自らの部屋に向かった






そこはほぼVIPルームだった。赤を基準とした内装に、木製の高級家具の数々。ベッドは無論ふかふかのキングサイズ

壁一面分の窓から都会の夜景が見られれば、どんなに素敵なことか。しかし代わりに星空が見えるので、そんな文句は出てこない

部屋の椅子に腰掛けて、フランシスカは資料を傭兵に手渡す

渡された紙の束を一枚ずつめくり、確認していく



【ストレートフラッシュ作戦

『大陸の謎』を持ち帰るための作戦

グループ一つを大陸に残し、他のグループが大陸から脱出する時間を稼ぐ。また敢えて他の組織の怒りを買うことで、大陸中の視点を残すグループに止めることができ、他のグループが攻撃される可能性を減らす

残すグループはハートと他のグループから募った決死隊、勢力圏がハートグループの本拠地の近くにある白虎帝国を攻撃する

脱出する時刻は七日後、白虎帝国がハートグループ本拠地を襲撃するであろうタイミングで行う】



「時間を少しでも稼いでくれるだけで充分です」

微笑んで、フランシスカは傭兵を見つめる

「これが終わったら、恐らく私たち残された者は死にます。貴方までそれに付き合う必要はありません」

その手は死神と呼ばれた男の手に重ねられる

フランシスカの唇はゆっくりと言葉を紡いだ。まるで怖さを隠すかのように

「彼女の元へ、もどってください。ここまで、今まで本当にありがとうございました」

その言葉は、ポーカーフェイスで仕事をこなす、冷たい表の彼女のものではなかった

一人の男を想う、自分よりその異性を優先するその言葉

裏の顔、本当のフランシスカ・ディバイング

「それでは、少し失礼します」







しばらくすると、フランシスカが戻ってきた

バスローブを纏い、ベッドに腰掛ける。熱いシャワーでも浴びていたのか、バスローブから覗く豊かな胸は火照ったように少し赤い

「お願いが、あります・・・」

フランシスカは、彼を死なす気など毛頭ない

彼が死ぬくらいなら、ミシェル・レイクの所へ戻らせる方が何倍も増しだ

それに、ぽっと出の自分よりかは、長年付き添ったミシェルの方が彼も良いだろう

自分はここで、身を引くべきなのだろう。運命はそう命じている

だが、

「一つだけ・・・たった一つ」

この幻想のような、愛している彼との一時くらいは、少しだけ身を沈めても、いいだろう

いや、沈めたかった

沈まなければ、死への恐怖など抑えきれない

「今夜は、一緒に・・・」

上目使いのフランシスカを見下ろし、死神の傭兵は静かに部屋の証明を消した

暗闇のなか、フランシスカの吐息と想いは果たして届いただろうか

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