参章外伝 【恋情】

やや小柄なスーツ姿の淑女が、まるでホテルのように豪華な廊下を歩いていた。銀髪のセミロングと童顔でありながらも麗しい顔、そして身長に似合わぬ豊満な体つき。こんな美人がフルハウス団の一派閥のトップと誰が信じようか

フランシスカ・ディバイングは、彼女の派閥の本部の廊下を歩いている。目的地はただ一つ。ハイヒールの音を鳴らしながらその部屋に向かう

たどり着いたその部屋の木製ドアを、軽く二回ノックする。乾いた音が響き渡った

「フランシスカです。入ります」

声を掛け、ドアノブを回し、ドアを開ける

ホテルのような廊下にあるホテルのような一室には、パイロットスーツの男が一人

ヘルメットはフランシスカの方を向いている

彼は、この大陸で恐怖を振り撒く、死神だ。どんな敵も叩き潰す、死神の渾名を持つ傭兵だ

「貴方には・・・感謝してもし足りないです」

これはフランシスカの我儘だった

『仲間を見限りフルハウス団の軍門に降れ』 

全く成果を出せていなかった彼女の派閥は、このままでは組織の全体に見捨てられてしまうところだった

フランシスカは、フルハウス団がある計画を決定した時に理解した

もう対話は意味を無くした、と

彼女の派閥の方針は、他組織との講話による事態の平和的解決だった。金銭やその他の物を使って、白虎帝国や革命者のような敵を利用していた

だが、状況は変わったのだ。フルハウス団は全体として戦闘を掲げ、徹底抗戦をしようとしている

彼女の派閥には、戦力がない。戦うことが組織全体の目的ならば、戦力が必要なのだ。圧倒的な、それこそ誰も寄せ付けぬ強い者が

それこそがこの死神だった

まさかダメ元で誘ったら付いてきてくれたなどと、優秀な頭脳を持つ彼女は想像しなかった。嬉しい誤算というやつだ

しかしフランシスカには、この傭兵を戦力として使うこと以外の意図があった

「それでは、作戦を説明します」

まるで悲劇のヒロインのような、女性らしい表情から一変。フランシスカは無表情になった。そして平坦な、感情の感じられない声で資料を読み上げる

「目標は白虎帝国の王女です。先行した味方部隊を援護しつつ、確実に目標を殺害してください。また・・・」

そして、所謂『仕事モード』に入ったフランシスカは最後に傭兵に告げた

「どうやら、貴方の元同僚が敵側に雇われているようです」

それでも、ヘルメットを見据えて、はっきりと

「手加減はしないようお願いします」

フランシスカは自嘲する

ああ、これでは

「それが貴方の仕事ですので」

魔女だ

オブラートにも包んでいない。フランシスカはただ、死神に、かつての仲間を殺せと言った

酷すぎる。冷たい心の持ち主。事務的で機械的な人間

それが、周りからのフランシスカの評価であった。まかり間違っても女性に対する言葉ではない

だが、それほどまでにフランシスカは無感情に見えるのだろう。それでいいと、フランシスカは感じていた

セミロングを軽く揺らしながら、フランシスカはドアの方へ向いた

そして一言

「それでは、失礼します」

ドアを閉める

木と金属がぶつかる軽い音が鳴り、傭兵は部屋に取り残される

彼を軟禁状態にしているのには、二つの理由がある



一つは、フルハウス団の鷹派が彼に接触するのを避けること。あの傭兵が懐柔されるハズはないが、過激派が勝手に死神を何かしらの作戦に突っ込む可能性もある

よって、フランシスカの管理下に完全に置けるように、彼女の派閥の本部にいさせているのだ



もう一つは、彼の元同僚が彼を取り返すのを恐れてのことだった

フランシスカは、ミシェル・レイクを恐れていた

ミシェルは完全に死神に恋愛感情を抱いている。具体的には惚れている

ならば高確率で死神を取り戻しに来るはずだ

『死神の代金』なんてモノで諦めてくれるような女性ではないと、フランシスカは考えている。なぜなら、女は一度完全に惚れたら、相手をとことん追い求めるものだから。それを知っているフランシスカは、あの傭兵チームの中で一番危険なのはミシェルだと考えた

まフランシスカにとってミシェル・レイクは、『ライバル』なのだろうか

「汚ならしい・・・」

フランシスカは自分をそう認識している。これは寝取りですらない、まるで泥棒だ

死神が自分をどう思っているかさえ知らないのに





話は変わるが、そもそもフランシスカとあの傭兵は初対面ではない

ある出来事があった

初めは、フルハウス団の依頼報酬を『ホーネット』のメンバーが受け取りに来たときだ。その頃はまだ、タナトスが大陸で暴れ出してから一年も経たない頃だった

仕事に疲れ、役職に疲れ、自分の性格に疲れ、周りからの自分に対する思惑に疲れ。それら全てに、フランシスカは疲れていた

あの時は先代の代表が『ご存命』だったため、フランシスカの肩書きは『フルハウス団ハートグループ代表補佐』であった

鳩派のハートグループが、鷹派のグループの行動を観、無用な戦闘をしてたら苦言を呈する。鳩派としては一流なそんな仕事の終わり

脳筋達の視察を一通り済ませ、フランシスカは街に来ていた。タナトスがミシェルと袂を別った、あの街だ

フルハウス団が白虎帝国から奪った街だ。その後奪い返されたのだが

そこで事件は起きた

「よぉ、アンタ、フルハウス団の重役だろう?」

「・・・ならば何だというのです?」

「美人さんには残念だが、死んでもらうぜ?」

「まあ待てよ、こんな別嬪そうそういねぇぜ。ここはお楽しみと・・・」

「ギャハハ、それもいいなぁ!」

下卑た笑い声をあげて下卑た表情を浮かべた下卑た者達が下卑下卑下卑下卑とフランシスカを囲い込む

人混みの無い場所で静かに休憩しようとしたのが裏目に出たか。フランシスカは状況を凄まじいまでの冷静さで分析する

こんなときでも職業病は出るものだと、フランシスカはその時思った

発言からして、目的はフランシスカの暗殺か。そしてそれを喋ってしまうのだから、プロではない。傭兵なら報酬の取り分からしてもう少し数は少ないはずだ。そしてこの出来の悪さ

この男達は、委員会の兵士だと思われ他。フルハウス団に打撃を与えるべく暗殺を試みたのだろうが、この大陸の性質上ハートグループの立場は弱い フランシスカが殺されても大したダメージになるとは思えない

多分それを知らないで委員会は暗殺を試みようとしたのだろう

だがそれとこれとは別だ。自分自身が殺されようとしているのだ 怖くないハズがない

しかし不思議と、フランシスカは恐怖を表には出さなかった

むしろ喜んですらいた。この血生臭く、そして仕事だらけでごちゃごちゃとした大陸に、いい加減うんざりしてきていたのだ

だから、

「ん?」

「な、なんだてめ・・・う、うわっ逃げろ!」

ピストルを持ったパイロットスーツの男が来たのは、少し誤算だった

そしてそのパイロットスーツの男が普通にピストルをぶっ放したことも、また誤算だった

「うげっ」

首辺りに弾丸が着弾し、下卑た男の一人が倒れた。あっさり仲間を見捨て、腕の悪い暗殺者達は逃げていった

ピストルの銃口を見詰める謎のヘルメット男。倒れた方の男の首を見ると、まるで注射針のような弾丸が突き刺さっていた

察するに、実弾を撃ったと思ったら麻酔弾だったので驚いているのだろうか

「ぷっ・・・うふふ・・・」

不謹慎だが、何処か可笑しかった

いつの間にか、さっきまで解けなかった『仕事モード』が、解けていた。恐らく白馬の王子様が自分を助けてくれたからだろう

なんだか嬉しかった。そう、死ぬとわかった時より嬉しかった

こんな、まるで婚期を逃した女の妄想みたいなシチュエーションが本当にあるとは

そしたら、なんだか急速にこのヘルメットさんに惹かれていく。これは、そうだ

一目惚れ

「先程はありがとうございました。お礼といっては何ですが、近くのカフェにでも行きませんか?」

死神がミシェル・レイクの所へ帰るまで、フランシスカは甘いひとときを楽しんだ





その後、フランシスカが強い傭兵を探し求めているとき見付けたのがタナトスのパイロットだった。そしてそのタナトスのパイロットこそ、麻酔弾一発でフランシスカの命を救ったヘルメットの王子様だった

これは運命なのかもしれない。少々ロマンチストなようだが、フランシスカはそう思ってしまう

しかしこれではただの寝取り女だ。それを彼女自身よく理解している

だから、もし自分の身に何かあったら、構わず見捨てろと、あの傭兵には言っている。こんな汚ならしい女に縛られている必要はないと

だが、せめてその時まで、この淡い幻想を抱いてはいけないなんて、それこそ酷ではないだろうか

「今だけは・・・」

冷たい女以外のフランシスカ・ディバイングでいたい









「作戦領域に到達 タナトス、出撃をお願いします」

淡々と指示を出す

フルハウス団の技術でさらに強化された彼の愛機が、凄まじい推進力で飛んでいく

それを見送るフランシスカの目。しかしその目の奥は、あの冷たい魔女の面影はない

そう、紛れもない恋する乙女の瞳だった

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