第参章三話 【父子】


何故、自分は大陸に残ることを選んだのか。ミシェルはその答えを選んだ理由に悶々としていた

フランシスカが傭兵チームに渡した大金、『死神の代金』。それさえあれば、大陸から出て平穏無事に暮らせるのだ。それだけの金額があるのだ

国家予算以上の額の二倍。借金や諸々の費用を差し引いても余りある金額と言える

ならば、それを受け取って一刻も早く帰ればいい。しかしミシェルはそれを自分の中で拒否した

彼の存在が、あの傭兵の存在が、彼女にとってそれほど大きくなっていた証拠だった

胸に穴が開いたような、痛みと喪失感。あのパイロットがホーネットを裏切った時から、それらがミシェルの心をずっと苛む

今の彼女には辛すぎるものだった。だから、この大陸から帰りたくない理由なんて最初からわかっていた

取り返したいのだ

「メアリ、準備はどう?」

「ああ、行ける。いつでも大丈夫だ」

「そっちはどう、アレックス君?」

「待ってください、親父の調子が・・・」

だから今日、この依頼を受けた

彼を取り返すのに、近付けると信じて







朝陽が眩しい緑の草原

そこに相応しくないいくつもの鉄塊。ここに、間もなくフルハウス団の部隊が来る。ここにいる白虎帝国の要人を襲撃するためにた

白虎帝国はその名の通り、帝国制だ。空中分解せぬようにリーダーを据えているという、あくまで形だけなのものだが、それでも王族というモノが存在する

今回の依頼は、その王族を防衛するのが目的だ

「まずアリシオン・・・いえ、ハイパーアリシオンが陣形の端でスナイパーライフルによる遠距離攻撃を。それから、ハイパーアリシオンが撃ち漏らした敵を白虎帝国部隊に迎撃してもらいます」

「俺はどうすればいい?」

「調子が悪いんだろ親父」

「アレックス君の言う通りです。万が一もありますし、デストロイアは最後方で待機してください。防衛対象に敵が接近してくるようならレールガンによる砲撃をしても構いません」

メアリ、アレックス、マイケル、ミシェル。四人の人物がその場に集まっていた。作戦会議だ

如何にして依頼を完遂するか。全員の意見はそれに集中していた。ただ一人を除いて

「ミシェル・・・」

「え?どうしたのメアリ」

振り向くと、パイロットスーツに身を包んだメアリがヘルメットを抱えてミシェルの方を向き見ていた。その顔は、歴戦の傭兵とは思えぬほど綺麗に整っていた。ミシェルはその大人な香りの漂う美しさを、時折羨ましく思っていた

「もしあの傭兵が来たら、どうすればいい」

「もし・・・」

その目は真っ直ぐミシェルを射抜いている。少しの嘘も見逃さないという意思が、そこからわかる

若干その険のある視線に後ずさりつつ、ミシェルは答える

「・・・倒して」

メアリは深呼吸をした。その目はやはりミシェルを見ている。そこにあった椅子を掴み、メアリは座る

そしてアリシオンのパイロットは、ミシェルの心を抉るように言った

「本心を、聞かせてほしい」

ミシェルは思わず目を逸らした。自分の醜い、独占欲のようなあの正直な気持ち。メアリはそれを聞きたがっている

悪気など無いのだろう。瞳からは刃のような鋭さは無く、慈母のような柔らかさがあった。しかしミシェルは話すのを渋った

わかっているのだ、彼女には。この大陸に残り、依頼を受け続けることは無駄なのだと

主目的である借金は、もう全て返済したも同然だ。それどころかお釣りが来る

だが、まだ大陸から去りたくない

ミシェルは、死神の傭兵に帰ってきて欲しかった。だから、まだ大陸から去るわけにはいかなかった

だがそんな理由で、信頼している皆を引っ張るのは、彼女自信とても悔いていた

「・・・正直でいいんだ」

メアリが諭すように言う

いつの間にかミシェルの目には、涙が一つ流れていた

「私は・・・ホントは・・・」

その瞬間、アレックスが二人のいるテントに飛び込んだ。そして、泡を食ったような顔で用件を簡潔に言う

「て、敵が接近してきました!」

ヘルメットを被り、メアリは立ち上がる

「ハイパーアリシオン、出撃する」

半身を振り向かせたメアリはミシェルに語る

「皆は知っているよ、ミシェル。あの輸送機の皆も、彼の帰還を待っている。だから、私達を頼っても大丈夫だ」

そしてテントの外に出たメアリを見送り、ミシェルは涙を拭った

輸送機のオペレートルームに走るブロンドの淑女。カメラアイを起動させたアリシオン。コクピットで機体の状態を素早く確認するメアリ

戦闘が始まろうとしていた








「親父・・・」

アレックス・ジョンソンは不安だった。父であるマイケル・ジョンソンは明らかに顔色がおかしい。瞳に光がなく、煙草を握る手も小刻みに震えている

「いや、歳かね・・・」

今の彼の状態を見れば、誰もが体調不良だと判断するだろう

「心配するなアレックス、これぐらいなんともない・・・」

そんな台詞も、どこか元気が無いように聞こえた

「親父、あんまり無理はすんな。他にも戦える人はいる・・・その人達に任せて、今は楽に・・・」

「そんなことを言えるなら、俺の跡を継いで傭兵ができるだろう」

もたれ掛かっていたパイプ椅子から立ち上がり、マイケルはデストロイアのコクピットへ向かう

「ああ、そうだ」

マイケルは振り向き、我が子に笑いかける

「もし俺が死んでも、敵討ちとか考えるなよ。それと、俺が死んだらミシェルさんのとこに世話になってもらえ」

これでは遺言ではないか。アレックスは気付いた。そして、慌ててマイケルを引き留めようとした

「おい親父、何を言って・・・」

「最後になぁ」

その言葉を遮り、マイケルはアレックスをしっかりと見て、父親として、尋ねた

そこにはベテランの傭兵などと言う物々しい肩書きはなく、男らしい父親の表情があった

「俺は、お前の父として相応しかったか?」

質問の意味が不明瞭で、アレックスは一瞬固まった

しかし、すぐに答えた

「ああ!」

「そうか」

その一言に満足しながら、マイケルはデストロイアに乗り込んだ










戦場は白虎帝国側が優勢だった

ハイパーアリシオンがスナイパーライフルを向ける。引き金が引かれ、凄まじいスピードの弾丸が飛んでいく

クリーンヒット。四つ脚の敵機が崩れ落ちるように倒れる

あの非人道的な処置の影響は最早メアリには欠片も残っていない。人為的にパイロット能力を上げるあのおぞましい実験の恩恵は、メアリにはもうない

しかし彼女は、そんなもの無しで上手く立ち回っていた

愛機の性能向上が、失われたかつての力の分まで傭兵の強さを底上げしていたのだ

無論、メアリ・クロード本来の腕前の良さも、その強さに拍車をかけている

二発目、スコープの向こうの重装甲機を撃つ。弾は突き刺さるものの、敵は動きを止めない

仕留め損ねた

敵機は反撃とばかりに、ハイパーアリシオンに武器を向け放とうとする

「チィッ!」

反射的にメアリは、アリシオンにジャンプをさせた。横っ飛びに回避した機体の、先程までいた場所の土が、ロケットランチャーにより派手に巻き上げられた

着地したアリシオン。その後ろから光が飛んできた

「デストロイアか!」

レールガンは重装甲のフルハウス団機を蒸発させ、その周りの地面ごと消滅させる。光の爆発が起こる

ハイパーアリシオンはスナイパーライフルのマガジンを取り替える。弾丸が装填され、銃撃を再開しようとした

「メアリ!」

突然ミシェルが通信してきた。コクピットのメインディスプレイを睨み付けつつ、メアリが応える

「どうしたミシェル!」

「来たっ!」

前後の文は端折られていたが、『何』が来たのかはメアリにも検討ついた

黒いボディの、あの機体

死神の傭兵

「この局面でか!?」

ブースターでこちらに飛んでくるのは、間違いなくタナトスだ。時折その下から爆発が起きているが、大方バズーカで白虎帝国部隊を殺戮しながら進んでいるからだろう

舞い散る鉄屑。砕け散る味方。これ以上の被害は流石にまずい。ハイパーアリシオンはスナイパーライフルを容赦なく撃った

ミシェルには悪いが、そもそも手加減できるような相手ではない。手加減しなくても勝てない。一度彼に敗北したメアリはそれを知っている

高速で移動する弾は、ものの見事にタナトスに命中した。しかしタナトスはまるで傷一つついていないままこちらに飛んでくる

「効いていないのか」

ミシェルから聞いた『金色の装甲』、多分その部分に当たったのだろう。何しろどんな攻撃をいくら喰らってもびくともしないらしいのだから、スナイパーライフルも効かないはずだ

「ぐっ・・・ッ!」

タナトスはそのままハイパーアリシオンの頭上を飛び越え、デストロイアのいる陣形の後ろ側に向かっていった。心なしかブースターの推力も強化されている気がする

黒い流星が飛んでいった先。もはやアリシオンでは追い付かないだろう

あそこを越えられたら防衛対象のところまでもう目前なのだ。そしてあそこを守るのは、いつもより調子の悪いマイケル

最悪としか言いようがない

「聞こえるかマイケル!そっちにタナトスが・・・マイケル?」

返事がない

もしや、まさか

「メアリ、デストロイアの反応が!」

あり得ない、死神はそこまで腕を上げたのか







四本の脚で地面を踏み締めて、デストロイアが武器を構える。マシンガンも、ミサイルランチャーも、レールガンも、準備は万端だった

「来たか」

最早砲弾にすら見える勢いで突っ込んでくる、人型機動兵器

タナトスだ

鉄の巨人の中で、マイケルは深呼吸した。悲鳴を上げていた体に酸素が染みる

「・・・さて」

タナトスとの距離は、目測で六キロメートル。そこまでに撃ち落とせば、デストロイアの後ろにいる要人に危害は加わらない。逆に、デストロイアを突破されれば、要人はいとも簡単に消し炭にされてしまう

それを止める依頼を受けたには、絶対に負けられない。例え、幾度も背中を預けた仕事仲間としてもだ

「老いぼれに付き合ってもらうぞ・・・!」

まずは牽制として、レールガンを撃ってみた。タナトスが急上昇し、レールガンがその足下を通り抜ける。よく狙いを付けた一射だったが、死神の傭兵はあっさりと避けてみせた

デストロイアの背中のコンテナから、ずんぐりとしたフォルムの物体が顔を出す。それは白煙を尻から吹いてタナトスに向かっていった

ミサイル攻撃を、僅かに左へ動いて避ける。タナトスは肩のロケット砲を発射した。そして、また飛んできたミサイルをガトリングで撃ち落とす

ロケットはデストロイアの両脇を通り過ぎた。爆発が土を巻き上げる

背中のコンテナから粗方ミサイルを出し尽くして、マイケルはマシンガンを向けた。だがトリガーを引かず、肩のコンテナから再びミサイルを撃った

ミサイルが三度タナトスに向かってくる。死神は避けようとした

だが、避ける前にミサイルが爆発した。マイケルがマシンガンで撃ち落としたのだ。煙が死神の視界を遮る

そこへ殺到する無数のミサイル。先までとは段違いの数だった。煙のせいで視界が不良だったタナトスに、ミサイルが容赦なく突き刺さる

空中に、大輪の炎が咲いた

デストロイアは爆発へマシンガンを撃ちまくる。死神が炎の花を突き破って突撃してくる

タナトスの装甲を、デストロイアのマシンガンが少しずつ食い破る。上下左右に動いても、マシンガンはかなりの確率で当てられていた

ブースターが更に焔を吹く。同時、タナトスは両手の武器の引き金を引いた

だが、マシンガンがその肩を叩く。照準がずれて、撃った弾の大半が外れた

だが、バズーカの弾がデストロイアの脚を一本砕いた。バランスを崩して、デストロイアが無くなった脚の方へ倒れる

タナトスは密着するほど接近した。ガトリングを投げ捨て、左拳をデストロイアの胸部に叩き付けた

その時には、パイルバンカーが起動していた

杭が深々と突き刺さって、デストロイアは動きを止めた

金属が擦れ合う音が響いてから、パイルバンカーが抜かれた。尖った杭の先端には、赤い液体がこびりついていた

タナトスはガトリングを拾い上げた。そして、ブースターを起動した

次の瞬間、一発の弾丸がタナトスを貫いた。右腕を貫通した弾丸が、タナトスを越えて明後日の方へ飛んでいく

アリシオンがこちらに向かってきていたのだ

先程攻撃を喰らい続けたせいで機体はかなりのダメージを受けている。そこへメアリ・クロードが操るアリシオンを相手したら、敗北は必至だ

死神は一瞬だけ立ち止まり、振り向いた

タナトスのカメラアイは、デストロイアの残骸が転がっているのを捉えた

向かっていた方とは別の方を向いて、タナトスはブースターで飛んでいった








戦闘が終わった頃、デストロイアの残骸の前。雄大な赤い四脚機の胸部には深々と穴が開いていた

接近されてからのパイルバンカーによる一撃。遠距離型のデストロイアには、どうしようもなかっただろう

啜り泣くアレックスと、防衛対象の要人

その要人は、女性だった。麗しい帝王の娘とのことだった

その帝国王女も、アレックスの隣で泣いていた

ミシェルも、ラドリーも、サラも。傭兵としていつも死を覚悟しているメアリを除くその場の全員が、マイケル・ジョンソンの死を悼んでいた

「親父・・・俺、決めたよ・・・」

涙と鼻水でぐじゃぐじゃになった顔で、アレックスは叫ぶ

それは、世界一尊敬する父との約束だった

「俺・・・俺は・・・傭兵になる・・・親父みたいな・・・強い男に・・・」

そのままアレックスは膝から崩れ落ちた。そして更に声をあげて泣いた

作戦は、依頼は成功した

だが、失ったものは大きかった

陽が、ゆっくりと沈んでいく。デストロイアは動かぬまま、夕陽を浴びていた

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