第参章二話 【蹂躙】
ミシェルはベッドの上にいた。具体的には、ベッドの上で毛布をかけられ寝かされていた
これでは怪我人か、はたまた病人だ
そのベッドの上で、ミシェルは跳ね起きた
多分、この寝慣れた床は、輸送機ホーネットの自分の部屋のものだろうとミシェルは結論付けた
お気に入りの掛け布団の柔らかさが心地いい
とりあえず、周りを見る やはり自分の部屋だ。今はいない『彼』とともに、ここで小さな小さなお茶会を開いたのを思い出す
そう、今はいない『彼』が
「ぅ・・・ぁ・・・」
胸の奥が、刃物で刺されたかのように痛み出す。瞳の奥から塩辛い水が、感情に任せるかのように溢れ出す
わかっていた
ただ、理解がしたくないだけ
失ったことを理解したくないだけ
自分の所から、彼が去ったのを、理解したくないだけ
「うぇ・・・ひっぐ・・・」
いなくなったのは、誰よりも信頼して、誰よりも愛していた人
時には守ってくれた。時には救ってもらった。時には頼りにされた?時には支え合った
ずっと一緒にいられると、そう信じていた。なのに、なんなのか
知らぬ時に知らぬ女と口裏を合わせ、知らぬ間に全てを決めて、そしていきなり消えてしまった
さらに、まるで何かの餞別かのごとくに払われた、フランシスカの言葉通りの額の金銀財宝
文句の一つも言わせないつもりか
怒りと共に、虚しさが込み上げる。それらがまとめて、悲しさになる
理屈ではわかっている。頭ではわかっている
しかし心は、ミシェルの本音は、とてもそうではない
考えたら考えるほど、嫌になる。何かが、言葉にならない何かが嫌になってくる
「ぇ・・・ぃぁ・・・ぅぁ・・・」
否、彼は何も言わなかった。元々、自分のことなどどうでも良いのかも知れない
自分が勝手に想っていただけで、彼は自分のことを想っていたとは限らない。なんだ、これでは質の悪い片想いではないか
啜り泣いている内に、ミシェルはベッドの脇に置いておかれた携帯端末を見つける
せめて、大陸の情勢を知っておこうとした。そうでもして気を紛らわせければ、胸が引き裂けそうだ
「これは・・・」
ミシェルは驚きに目を見開くことになる。白虎帝国から送られてきた映像、そこに映っていたのはタナトスだった
黒いボディ、紅い頭、両手の大型武器、背中のブースター
絶対に見間違えるはずはない、今まで共に戦ってきたあの機体。『彼』の愛機
「我々はこの暴虐を尽くすフルハウス団に、徹底抗戦をする所存である。これは我が国の非戦闘員・・・つまり市民を蹂躙するフルハウス団の映像である。これを見て義憤を覚えた諸君は、是非我々と共に奴等に正義の鉄槌を下そうではないか」
フルハウス団の幹部だろうか、渋い声の男性が怒りを顕に説明をしていた
そして、動画が始まった
照らされる地上、レンガの街並み
洗濯をする女、走り回る子供たち、畑を耕す大人たち
いつまでも続きそうな平和がそこにはあった。この戦乱の大陸において、幸せに暮らす者達
場違いで、それでいて少し羨ましくなる。そんな温かい光景だった
そんな中それは訪れた
街の者達が、何かの音に顔を上げる ジェットブースターの稼働音だ
気付いた瞬間、その場にいた全ての人間が青ざめた。これから起こることの予想が、簡単についてしまったから
そう、戦闘だ
大型の輸送機から人型機動兵器が次々に投下される
着地地点の民家を容赦なく踏み潰し、フルハウス団の機体はゆっくりと歩み出した
様々な種類の機体があった。四つ脚の機体と、重装甲な機体と、そして
「し、死神だああああ!!」
大陸最強の傭兵の機体も、その戦場にいた
まず四つ脚が、背負ったキャノンを上に向ける。鼓膜よ破れんとばかりに放たれた発射音とともに、砲弾が空に向かう
他の同型機も同じように砲弾を垂直に向け、発射する
そして、砲弾は重力に従い地表へと落下する。質量と爆薬を積んだまま、落ちてくる
地表に砲弾が墜落する。発射された分の砲弾が街にぶつかった
瞬間、爆発。着弾地点の民家は粉々に砕け散る。いともたやすく、先までの平和ととに砕け散る
白虎帝国も大福頭の機体を出撃させる。近くの拠点からマシンガンやショットガンを持った機体が、全力疾走で街に向かう
そして、着いた頃には街は火の海だった。家は焼け焦げ、跡形の無いものもある。畑は消し飛んで、周りに土が散らばっていた。大砲を大量に撃ち込まれたからか、街には所々にクレーターのようなものができていた
酷い有り様だった
「貴様らぁッ!」
一人のパイロットが機体を動かし、マシンガンを敵に向ける。街を、人を、平和を蹂躙した悪魔どもを断罪するために
しかし敵は既に此方に気付いているようだ
重装甲な機体が、腕に取り付けられたロケットランチャーを撃つ。真っ直ぐ飛んでいく大型の弾は、破壊の矢だ
破壊の矢は細身の敵を射抜いた。そして爆発した
尚も破壊活動を行う四つ脚に対し、白虎帝国の兵は攻撃しようとする
しかし重装甲の機体がそれを阻む。その装甲の前には、マシンガンやショットガンなど大したダメージにはならない。装甲をへこませるだけで、撃破には至らない
有効打が与えられない
そして反撃のロケットランチャーで、白虎帝国側は着々と戦力を削られる
唯一効果の見られたミサイルも、もう弾切れ
ここで、タナトスが動いた
その装甲は一部金に塗られていた そこが、他の装甲部と異なる反射の仕方をしている
黒い部分は、闇のような黒から完全な漆黒へと塗り替えられていた
しかし、タナトスには間違いない
いつの間にかタナトスは、四つ脚や重装甲が戦うこの街からいなくなっていた
空から、そう空からタナトスは再び現れる
その同時刻、大福頭が出てきた基地が壊滅していたが、前線の兵は知る由もない
大福頭がマシンガンを撃つ。連続マズルフラッシュ。弾丸シャワーマシーン
高速で放たれた無数の弾丸が死神を襲う
しかし死神は回避などしなかった
装甲が、マシンガンを、食らう
が、ダメージなど受けていない
元々黒い装甲は、あのような豆鉄砲をほぼ通さない。少々装甲がへこむ位だ
しかし金に塗られた部分はもっと驚くべきものだった
無傷。そう、まるで無傷。傷一つ付かない
金の輝きは、少しも失われない
映像を見ていたミシェルは驚愕した
「あそこは他のところより装甲が甘いはずなのに・・・!」
そして、タナトスも蹂躙に加わる
具体的には、
「・・・!?いや、待って・・・やめて・・・だめぇっ!」
足下の、赤子を抱いた母親を、家ごと踏み潰すこと
鮮血が舞う
ミシェルは、もう映像を見ていなかった
ただ、顔を両手で覆い、泣いていた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます