第参章
第参章一話 【帰還】
ある日、太平洋上に突如、巨大な大地が浮かび上がった
それは、その大きさから『大陸』という渾名を与えられた
当時の政府はすぐさま調査隊を派遣したが、未帰還者が続出。早々にそこの調査は打ち切られてしまった
そこへ、これ幸いと様々な組織が大陸へと殺到した
組織達はそれぞれの考え方の下、他の組織と血まみれの抗争を延々と続けている
そして組織が一つ倒れても、他の組織は争っている。最早戦う意味など無きに等しいが、誰がなんと言おうとこの戦場は血で動いている
そう、戦死した戦士達の血で動いている。絶え間なく絶える命が、この大陸を日々変わらせている
ただ、戦乱が続くということは変わらぬまま
しかし今は、そんなことを気にしなくてもいい
ミシェル達が今いるのは、フルハウス団の制圧している街。レンガ仕立ての建物が並び立つモダンな街だ
元々が白虎帝国の市民街だったものを、フルハウス団が接収したものである
「ふー・・・」
過労で倒れてから早一ヶ月 ミシェルはもう完全に回復しており、今では街を散策する程に回復していた
輸送機メンバーがこの街に来たのは、フルハウス団の重役から呼び出されたためだ。なんでも、この街でミシェルやあの傭兵と話がしたいらしい
名前は確か、フランシスカと言ったか。若く、そして美人な女性だった
「あれ?」
しかしミシェルは、ここで違和感を覚えた。あの傭兵がいない
ミシェル達が最も頼りにする、死神の渾名を持つ傭兵が、いつの間にかいなくなっていた。
先程までデートまがいの散歩をしていたのだが、ミシェルが街の風景に見とれている間にはぐれてしまったらしい
「どこにいったのかしら?・・・きゃっ」
呟いたミシェルの髪が、そよ風に揺られた
「この風は・・・!」
否、そよ風などではない。火の粉を運び、鉄の臭いの混じる、戦場の風だ
見上げれば、砲弾が建物を越えて向こう側へ飛んでいくのが見える
爆音とともに、砲弾が爆発した。真っ黒い煙が上がる
顔を腕で覆いながら、ミシェルはその方向を凝視していた
あり得ない、とは思っていなかった。こんなことなど大陸では日常茶飯のはずだ
ただ、久しぶり過ぎて戸惑っているだけだ。そう考えるべきだ
しかしミシェルは怯えていた
彼のことが一瞬脳裏に写った。そして自嘲した
「あの人がいないと、私は・・・こんなに弱かったのかしら」
「ミシェル、聞こえる!?」
輸送機の機長、ジャスミンの声。通信機からミシェルを思いきり心配してくれているのが手に取るようにわかる
「ジャスミン、何が起きて・・・!?」
それに応答したとき、ミシェルは声を途中で止めてしまった
そのとき、ミシェルの愛しの彼がいた。死神の別名を戴く、大陸最強の傭兵がいた
だが、様子が妙だった
傭兵は、人型機動兵器タナトスに乗った状態でミシェルの前に現れた
タナトスは背中のブースターを使い、空中を飛んでいた。滞空状態でルビー色のカメラライトを右に左に動かしている
「タナトス・・・」
戦闘に介入するつもりかとミシェルが思った直後、異変が起きた
録音メッセージだ
録音メッセージがミシェルの携帯端末に届いたのだ。それも、ジャスミンとの通信を、操作を乗っ取られた状態で切られた上で
そして勿論、ハッキングしたからには再生もされる。そのために送ってきたのだろうから
冷静で、ともすれば冷たい印象も受けるその声。音声はまず挨拶をした
「はじめまして、傭兵チームホーネットの皆様。私はフランシスカ・ディバイングと申します。始めに、皆様との交流がこのような形になってしまったのをまことに残念に思います」
それは、ミシェル達をこの街に呼び出した張本人フランシスカだった
「そんな!」
驚きのあまり、戦闘中にも関わらず叫んでしまうミシェル。だがこれからミシェルは、意外な人物に、更に意外な事を告げられることになる
「単刀直入に申し上げます
タナトス及びそのパイロットは、我々フルハウス団ハートグループが所有権利を買収させていただきました」
「え・・・?」
フランシスカは更に続ける
その間にも、砲弾はさらに街を壊す
「これはあの傭兵とも話を通した結果です。理解に苦しむかと思いますが、彼に見合うだけの『代金』は用意させています。ミシェル・レイクさんが抱えている借金、その二倍の額を」
そのとき、滞空していたタナトスが動き始めた
ブースターを動かし、前方へ推力を集中させ、視線の方向へ飛んでいく
そう、ミシェルのそばから、飛んでいく
今まで共に過ごしてきた彼が、今、ミシェルのそばからいなくなってしまう
「そんな・・・」
砲弾がミシェルの方へと飛んできた 領地を取り返すのが目的の白虎帝国の攻撃だったのだが、今はどうでも良かった
今のミシェルの目には、タナトスしか写っていなかった
「危ない!」
拡声器からのメアリの声と同時、アリシオンらしき機体がミシェルをかばう
ラドリー達整備班が、メアリを信頼に足るとして与えた、アリシオンの予備パーツをアリシオンの残骸と組み合わせた機体だ
メアリは元々敵同士だった。だが、ホーネットクルーは人間に人型機動兵器を託した。メアリはそれを仲間のために使っている。彼らの間には確かな信頼があった
どうでも、良かった
「待って・・・」
自然に涙が溢れた
「駄目だ、逃げようミシェル!」
アリシオンの手が、ミシェルを掬ってしまう。身動きがとれず、それでもミシェルはタナトスに手を伸ばす
「それでは、ごきげんよう」
最後に、フランシスカが告げた
同時、タナトスはもう、見えなくなった
ブースターの燐光と共に、見えなくなるほど遠くに行ってしまった
「待ってっ!」
「ミシェル!」
「いやあああぁぁぁっ!」
その目から、止めどなく涙が溢れた
ミシェルの叫びは戦場に消えた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます