第弐章二話 【水面】
大陸は、周りを海に囲まれている。太平洋上にポツンと現れたので、地続きの大地がないのだ
そして現在、輸送機メンバーは大陸の砂浜で一時の休息をとっていた。傭兵以外の全員が、水着を着ている
大陸は海に囲まれているので、海水浴もできるのだ
「ミシェル~!行くよ~!」
「あ、待ってセーナ、足場が・・・」
ある者はビーチバレーを
「うわ、おやっさん速いっすね」
「若いもんにはまだまだ負けんさ!」
「でもおやっさん、そこまで年取ってないですよね?」
ある者は素泳ぎを
「ジャスミンさん、味見を」
「ん、どれどれ・・・美味しい!すごいじゃないメアリ!」
ある者はバーベキューをしている
それを尻目に、傭兵は携帯端末を操作していた
フランシスカ・ディバイング。最近死神に接触してきた、フルハウス団関係者だ
今もまた、傭兵は彼女のメールを受け取っていた。実は、彼女のことは他の輸送機メンバーには全く教えていない。フランシスカの頼みで、このことは厳に内密にしていた
ラドリーやジャスミンにはもちろん。そしてミシェルにも
「どうかした?」
ミシェルが何もしていない傭兵に声を掛ける
いつもと比べ肌の露出が多くなりがちな水着姿。ミシェルはフリルのついた白色の物を着ていた
太陽の光が白い布に反射し、パイロットスーツのヘルメットを照らす
「ねえ、遊びましょ!たまにはこんな風に楽しんでも良いと思うわ。あなたも、ね?」
華奢な手を伸ばし、ミシェルは傭兵を誘う。このところ人を殺め続けていた彼を、ミシェルは精一杯休ませてあげたかった
いつも戦わせてばかりのこの傭兵への罪滅ぼしかもしれない。しかしまた、彼ともっと過ごしたいと言うのもミシェルの本心である
こんな機会なのだ、精一杯仕事したなら精一杯休んでも許されるはずだ
だが顔を上げた死神の手には、依頼のメールが着信していた携帯端末があった
「お、おいまさか・・・」
「もう仕事ですかミシェルちゃん!?」
「馬鹿な・・・死神、お前はどれほど仕事熱心なんだ」
その場の誰もが、早すぎるバカンスの終わりに落胆した
「・・・行く、の・・・?」
悲しそうな顔をしたミシェルが、立ち上がった傭兵を見上げる
本当は、行って欲しくない。彼が望まぬ限りは
こんなときこそ、骨を休めていて欲しい。人を殺してほしくなんかない
海で楽しく遊んでいてほしい
しかし、ミシェルの想いは踏みにじられる
輸送機のドック、傭兵はタナトスへと向かって行った
「無理なんて・・・して欲しくないよ・・・」
胸の前に手を置き、ミシェルは呟いた
「作戦内容を説明します・・・」
動揺を隠せないままミシェルは、タナトスのオペレートを開始する
潮風を受けながらタナトスは、その瞳の黄色い光を前に向ける
「今回は委員会の増援艦隊を攻撃、これの殲滅が目的となります」
ならば無論海上戦になるだろう。砂浜にタナトスが棒立ちしているのは、輸送機を飛ばして出撃するよりも砂浜から直接出撃した方が手間が省けると結論したからである
輸送機からわざわざ出撃するには、輸送機を飛ばせる必要がある。ジャスミンはその手間を省けて嬉しがっていた
「敵艦確認!タナトス、出撃してください!」
レーダーに目標の空母が映った瞬間、タナトスは機体の駆動音を大きく鳴らした
それは、レース前のアイドリング
浜辺の砂を大量に飛ばしながら、死神は海上へ舞い上がった
砂浜に機材を置き、ミシェルはオペレートを始めた
その顔には、中断された休暇を残念がる様子がありありと出ている
すると機材を置いている簡易デスクの上に、食欲を刺激する香りを放つ物が置かれた。振り向くとメアリがお盆を片手に立っていた
「これ・・・」
「私が作った。良かったら食べてくれ」
フォークを手に取り、ミシェルは一口頬張った。咀嚼するたび、その表情が笑顔に変わる
「美味しい・・・」
その顔を見ていたメアリは、死神が飛んでいった方向へ顔を向ける
「ラドリーさんから話は大体聞いた。そう死神を責めないでやってくれ」
優しく諭すような言葉に、ミシェルは口を尖らせて反論した
「責めてなんか・・・」
「いや、その顔は・・・『どうして仕事を優先してしまうのか』と訴えてるようにしか見えない」
メアリがミシェルに指摘する
ブロンドが風に揺られた
「・・・私は・・・」
青い、というより、黒い海。黒い機体が飛んで行く
それは死神。船を漕ぐ愚かな人間の命を刈りに来た、黒い死神だ
そんな死神が空中からバズーカを放つ。強烈な勢いの弾は、ちょっとやそっとの砲撃では傷つくことのない船の甲板を一撃で粉砕した
直撃、爆発
「被弾しました、もう持ちません!」
飛行甲板に大穴が空き、そこから黒い煙と赤い炎が立ち上る。数秒後、ゆっくりと空母は深海へと消えた
次は護衛のイージス艦を、狙う。砲撃やミサイルによる迎撃を掻い潜り、死神はブリッジに突貫した
ブースターの勢いそのままに、爪先を突き刺す。金属同士がぶつかり合う音がした
イージス艦のブリッジは、刈り取られるように蹴り飛ばされた
海に吹っ飛ばされ、ブリッジは海中に没する。中に取り残された船員の、絶望に満ちた表情と共に
司令塔を失ったイージス艦に、タナトスはガトリングを撃ち込む。戦闘艦とは言え、人型機動兵器を一瞬でスクラップにしてしまう銃撃には耐えられなかった
甲高い金属音。イージス艦に連続して穴が開いた
豪快に真ん中から折れ、イージス艦は沈んでいった
「二番艦、轟沈!」
「敵機、こちらに向かってきます!」
「迎撃しろ!」
別のイージス艦が主砲を発射する。大太鼓のサウンドを数倍大きくしたような音が響いた
続いてミサイル。発射された瞬間から噴煙をあげ手真っ直ぐ死神へと突き進む
体勢を傾け主砲を避けたタナトスだったが、その刹那ミサイルが頭部に直撃する
「ミサイル命中!」
「・・・い、いや、まだだ!敵機まだ健在!」
爆煙を振り払い、タナトスがイージス艦に狙いを定めた。肩の装甲の一部が開き、中から弾頭が顔を覗かせる
肩から煙が吹き出る。撃ち放たれた弾頭の噴煙だ
高速で発射されたロケット砲が、イージス艦を襲う
「敵の攻撃が・・・うわあっ!」
艦体の横っ腹にぶつかったロケット弾は、装甲を突き破りイージス艦の内部で炸裂。エンジンを破壊し、大爆発を巻き起こした
エンジンに続き、艦全体に爆発が広がる
そしてイージス艦は原型を留めず消し飛んだ
鋼鉄の破片が飛び散り、そのいくつかがタナトスの装甲にかする。海上には、赤々と燃える大きな残骸があった
やがてその残骸も、海に飲み込まれていった
これで最後の敵艦も撃沈できた
奇襲で慌てていたのか、艦隊から脱出できた者はいないようだ。これでまた、死神の名は広まってしまうのだろう
踵を返し、タナトスは輸送機の待つ砂浜へ飛んでいった
メアリは言った
「帰ってきた直後に連れていけばいい」
かつて敵として立った女は、今は悩める仲間のためにアドバイスをする。夕日に照らされた顔は、とても凛々しく見えた
「機体の修理中は、流石に何もできないだろう?本当に暇になるさ。そこが狙い目だ」
フルーツジュースのカップを二つ手渡し、メアリはミシェルの背中を押した
「ありがとう、メアリ」
「がんばれ、ミシェル」
機体から降りた傭兵のもとへミシェルが向かうのを見送り、メアリは呟いた
「さ、魚を捌くか」
修理班が獲った魚介類を見つめ、趣味の料理を満喫するのだった
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