第弐章

第弐章一話 【滞在】


太平洋に突如浮かび上がった謎の大陸

「はー・・・」

その大陸を飛ぶ輸送機の内部、金髪の女性が一人

その女性、ミシェルはとても大きな溜め息をついた

「・・・はぁー・・・」

手に持ったノートのページを見て、もう一度溜め息をついた

彼女はこの大陸にて戦う傭兵の補佐をしている。その傭兵が稼いだ依頼料によってミシェルは借金を返済していた

そして、借金は返済できた。アリシオンとの戦いを経て、前回の依頼の依頼主から報酬を受け取り、それで大陸ともおさらば。そのはずだった

「タナトスの修理費と弾薬費、輸送機の燃料費、人員の食費給料保険手当・・・その他諸々」

そう、傭兵チーム全体の諸費用を除けば

ミシェルはこれらの計算をせずにいた。会計の基本中の基本、損益決済を怠ってしまったのだ

結果、大変なぬか喜びをしてしまった

今回のため息はそれが原因だ

「はぁ・・・あ、ありがとう」

いつの間にか隣にいた傭兵が、湯気の立ち上るカップをミシェルに手渡した。中身は甘いココアだ

疲れた体にやんわりと染み渡る

「ごめんね、あともう少し、戦って欲しいの」

落ち込んだ顔で謝罪するミシェル。ブロンドが目を隠したが、その瞳には涙が浮かんでいた

情けなかった。とんでもないミスを犯した

ミシェルはその気持ちでいっぱいになっている

もう、彼が死神のようでいる必要はないと、そう思っていたのに

感情が零れ落ちそうになる

「ごめんね、私が悪いの・・・」

涙を堪えようとしたミシェルの手を、もうひとつの手が優しく包んだ

彼だ。ミシェルのパートナー、そして心の拠り所

ヘルメットを見上げ、今度こそミシェルは啜り泣いた

肩を震わせながら涙を流す。自然と嗚咽が喉から溢れた

涙がノートに水玉を付ける

彼女のその手を自らの手で包みこむ、死神と呼ばれた傭兵

その光景は少しだけ長く続いた

ミシェルは、それを望んでいた







屈強な体つきをした整備員ジョナスンは、大陸の外から来た補給船の艦長を怒鳴り付けていた

「だから、なんで俺たちがコイツの面倒見なきゃいけねえんだよッ!」

「仕方ないだろう!本社の命令なんだから!」

「だからっつってアリシオン用の物資まで・・・あの女に戦力与えるつもりかよ!?」

別の体つきの良い整備員がジョナスンの肩を掴んだ。ジョナスンの相棒、ディアーズだ

ディアーズがジョナスンを抑えている。そうでもしなければ、ジョナスンが艦長を殴り飛ばしてしまうだろうから

「落ち着けジョナスン、下っ端に文句言ってもどうしようもない」

そんなディアーズも、静かな怒りに拳を握っている

一触即発とはこのことだ。輸送機のために物資を持ってきてやったのにと、艦長の顔に冷や汗が浮き出る

「親父さん、なんとか言って下さいよ!」 

ジョナスンが整備主任に向かって声を掛ける。その場の全員の視線が、そこにいた初老の男性に集中した

腕組みをしながら黙っていた整備主任ラドリーは、ゆっくりと口を開いた

「タナトスを押し付けられた時は、結構焦ったもんだが」

間を置いて、叫んだ

「こうなったら一機も二機も関係ねえ!まとめて面倒見てやろう」

「いよっ!」

「それでこそおやっさん!」

女性整備員サラと同じく女性整備員セーナが囃し立てた

ジョナスンが驚きに固まり、ディアーズが苦笑いをした

そして、居合わせた話の中心人物もまた、信じられないような顔をしながらラドリーを見た

「ほ、本当に良いのか?」

メアリ・クロードは目を丸くして聞いた

彼女は元々この輸送機とは別の傭兵だった。敵として死神の傭兵と戦い、負けたのだ

自分のグループから見捨てられた後、彼女はこの輸送機ホーネットに拾われることとなった

そんないつ裏切るともわからない人間なのだ、普通なら手切るはず。メアリはそう思った

「そんなこと聞くなら、心配はないなぁ」

しかしどっしりとした態度で、整備主任はメアリを受け入れた。顎髭を撫でながら、ラドリーは微笑んだ

こうして新しい仲間が、輸送機メンバーに加わった

そして、ここで輸送機のパイロットがアクションを起こす

「・・・ぷっ・・・くふふ」

その様子を眺めていた機長ジャスミンが、メアリの言葉に吹き出したのだ。それにつられて、他の輸送機メンバーも笑い出す

「あはは、本当に良いのか?だってよ!」

「あんな強いのに・・・うっふふふ!心配症!」

「はははは!面白いなお前!」

笑いのネタが自分だと気付いたメアリは、顔を真っ赤にしていた

「か、勘弁してくれ!」

補給船の艦長が呆気にとられる中で、輸送機のクルーの笑い声が響いた










コクピット内部でオペレーターの美声が聞こえた

「作戦内容を説明します」

コクピットのディスプレイに、地図が表示される

「フルハウス団の依頼です。この地点で待機している敵戦力の排除が今回の目的です」

ミシェルが続けた

「敵部隊は疲弊していて、反撃もままならないようです。一気に叩きましょう」

赤い点と青い点が地図に浮かび上がる。青い点はタナトスを、赤い点は敵を表していた

「今回は補給されたアリシオン用の規格武装で出撃します。スナイパーライフルで遠距離から牽制、敵部隊の懐に入りショットガンで近距離戦闘をしてください」

別の画面に、タナトスの両手が表示された。右手にはやや短めの銃が、左手には逆に長い銃身の武器が握られているのがわかる

間を置いた後、ミシェルが報告した

「作戦領域到達!」

タナトスのエンジンが唸りをあげる。それは、言うなればレース前のアイドリング

ホーネットの後部ハッチが開き、黒い巨人が顔を出す

背部ブースターが起動。炎を上げて、凄まじい勢いでタナトスを目的地へ飛ばす

排煙の軌跡を残し、死神は飛び立った

「ねえ、ラドリー」

「どうしたミシェル?」

隣の整備主任が軽い感じで返事する

「やっぱり、無理あったんじゃ・・・」

「メアリちゃんは、同じ会社のほぼ同規格だから装備できるってよ」

「いいのかな・・・」

やはり軽い感じでラドリーは返事する。頭を抱えたミシェルに、ラドリーは笑みながら付け足す

「アイツなら大丈夫だろ」

それを聞いて、ミシェルはラドリーの方を向き、顔を綻ばせた

「それもそうね」

そう言い、ミシェルは画面に体を向けた。今はそんな心配より、支援をするべきだ

画面でタナトスの状態をチェックしようとしたとき、ミシェルは違和感を覚えた

タナトスが接敵していたのは計算通り。しかし、敵の攻撃が激しい

情報では、敵は戦闘で疲労して遠距離攻撃が出来ないハズなのに、弾丸や砲弾が死神に飛んでくるのだ

「これは・・・タナトス、聞こえますか!?何かがおかしいわ、注意して!」





雨が降る、山脈

スコープを使い、敵を見る。そしてスナイパーライフルの引き金を引く

死神の一連の動作の瞬間、ミシェルの声が響いた。ひどく驚いているようだった

「あれは・・・フルハウス団の機体っ!?」

空中でブースターを動かし、タナトスはスナイパーライフルを回避した

反撃の弾丸を、撃ってきた機体に撃ち込んだ。弾は見事に敵機体の胴体を貫通した

敵はフルハウス団の、つまり依頼主の戦力

しかも明らかに狙って攻撃している。初めから依頼主はこちらを嵌めるつもりだったらしい

敵部隊にはスナイパーライフルを持った四つ脚の青い機体がいる。どことなく、かつて共に戦ったデストロイアに似た重厚な人型機体も見受けられた

砲弾は重厚な機体が、肩のキャノン砲から撃っているようだ

タナトスがスナイパーライフルを再び撃った。規格と合うのか、はたまたパイロットの腕か、その弾丸は吸い込まれるように四つ脚の体へ当たる

空中からの狙撃にフルハウス団は反撃するも、一機また一機と撃墜される

しかしタナトスには攻撃が当たらない。少しずつブースターの噴射口の方向をずらすことで、敵に狙いをつけさせないのだ

スナイパーライフルの四つ脚が全滅した頃、タナトスは既にフルハウス団部隊の陣形の真ん中に突撃していた

まず目と鼻の先にいた一機に、弾切れのスナイパーライフルを槍の如く突き込む。見事に胸部に刺さる銃。後ろへ倒れる敵機

よく見ると、敵機は赤い色をしていた。ますますデストロイアに似ている

太い敵は右手のハンドガンをタナトスに向けるも、タナトスはショットガンで撃たれる前に撃つ

やられる前に、やる。これは至極真っ当な意識だ。戦場限定の話だが

別の一機のハンドガンを足に食らいながら、タナトスはショットガンの銃口を動かす

ブースターで一気に敵へ突撃し、発射。散弾に穴だらけになった赤い敵が、被弾の反動で吹っ飛ぶ。仰向けになった敵に、死神はだめ押しのもう一発をお見舞いした

しかし、振り向くと最後の一機がキャノンをタナトスに向けている。このままでは確実に食らうだろう

タナトスは再びブースターで突撃した。そしてショットガンをキャノンに押し当てる

砲口を塞がれながら放たれた砲弾はキャノン内部で爆発、ショットガンを道連れにキャノンは破壊された

そして、トパーズのごとき光を放つ死神の目が敵に向けられる

左ストレート。それとともに左手に隠されたパイルバンカーが作動した

杭が敵機のコクピットを打ち貫く

一瞬震えた赤い敵は、そのままタナトスにもたれかかるように倒れた





全てが終わった後、タナトスは輸送機に向かって飛んでいた

が、そこに一通のメールが届く

それはパイロット以外は知らない、禁断の文通だった











相手:フランシスカ・ディバイング

件名:謝罪

本文

本日は申し訳ありませんでした。これは貴方の実力を疑ったスペード派による独断行動です。今回の件については私から謝罪させていただきます。しかし今回の件で彼らも貴方の腕を認めたようです。これならあの作戦の成否も、貴方に任せられます。これからも是非よろしくお願いします。


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