第壱章五話 【死神】

現在、『大陸』には5つの組織が存在する

土地を手に入れ、国としての自立を目指す『白虎帝国』

世界中から集まったテロリスト達が、手を取り合い助け合う勢力『革命者』

財力を利用し、大陸に眠る謎を解き明かさんと奮闘する『フルハウス団』

大陸の外の国家の富裕層が、さらに私腹を肥やすべく立ち上げた『紛争抑止委員会』

出所も特徴も何もかもが謎に包まれ、自ら戦わずに傭兵を使い他を潰す正体不明組織『ヴィッセル』

多種多様な者が争い、憎み合うこの戦場は、傭兵にとってこれ以上のない仕事場である。数年程の月日が掛かっても大戦乱が収まることはなかった

硝煙が、血が、悲鳴が、鉄が、そして死がこの大陸を汚し続けた

しかし、可能性もこの大陸にあった

戦闘機や戦車に次ぐ新たな武器、人型機動兵器の誕生、大陸で生まれた、唯一の何か

それがこの先の未来に何を呼ぶのか、何を起こすのか、未だ誰も知らなかったのは、人の愚かさなのだろうか






朝、朝食を平らげたミシェルは、タナトスの状態を確認するため格納庫に足を運んでいた

扉を開けると、鉄の臭いがオペレーターを迎える。格納庫の真ん中には、静かに一機の機体が黄昏ていた

通称または蔑称、死神

多大な戦果を挙げたお陰か、パイロット共々物々しい渾名を、この機体は持つことになった

黒く輝くボディと血のような色の頭。元はと言えばそのカラーリングが死神などと言う不名誉な渾名の最大の要因なのだが、彼女はその色彩を気に入っていた

そもそもタナトスのパイロットが我が儘どころか意見の一つも言わないせいで、機体受領の際ミシェルにより武装とカラーの選定が行われたのだ。武装はとにかく強い奴を選んだが、機体カラーは彼女の趣味だ

やや子供っぽい感じもするが、紛れもなくミシェル自信の趣味だ

ミシェルが気に入らない訳はない

「今日もかっこいいな~」

にやけながら呟くオペレーターに、幼女のような女性と高身長な美人が苦笑いしながら近付く

「色はオペレーターさんの趣味ですからね」

「あ、サラ、おはよう」

「おはよう、こいつの整備は終わってるよミシェル。何時でも出撃できる」

「おはようセーナ。じゃあどうして二人がここに?」

ミシェルが女性整備員二人に質問を投げ掛ける。整備が終わったら、整備員がここにいる意味は無いのだ。自室に行かずに何故まだ整備ドックにいたのか

それに対する返答は、サラと呼ばれた合法ロリな方が、耳まで届きそうなほど口角を曲げて言った

「オペレーターさん、昨日はおたのしみでしたか?」

その台詞のあとに合わせ、セーナと呼ばれた高身長整備員は爆弾発言を投下する

「あんたが傭兵を自分の部屋に呼んだこと、みんな知ってるよぉ?」

どうやら恋愛絡みの話題のため、ミシェルを待ち伏せしていたらしい

戦場において、新鮮な話題は心の癒しとなる

特に女性にとって、所謂コイバナと言うもののネタは逃がす訳にはいかない。あれの甘酸っぱさは最早この地における彼女らの生命線だ

どんな返答が貰えるか心底楽しみにしてそうな不気味な笑顔が、ミシェルに向けられた

セーナが扉にロックをかけ逃走経路を断つ。サラが近付き、ミシェルをすぐ捕まえられる位置に移動する

対するオペレーターの答は至って冷静だった

この場合、つまらなかったと言うべきだろう

「何も、無かったの」

「・・・?え、何?聞こえませんでした」

「私の耳が正常なら、あの傭兵が部屋に招かれたにも関わらず何もせず帰ったって聞こえたけど?」

顔を赤らめながら、ミシェルがもう一度言う

「だから・・・何も無かったのよ!」

「・・・ええっ!?」

「・・・はああぁ!?」

自分と相手に止めを刺すように、ミシェルは付け足した

「紅茶の一杯も飲んでくれなかったよ・・・」

「うわあ・・・」

サラがドン引きしたように呟いた

ガールズトークに相応しくない鉄臭いドックの中、会話の雰囲気が一気に冷えていく

冷凍庫も顔負けだ

そんな時、セーナが何かに気付いた

それはミシェルの物言いの仕方だ

「ちょっと待ってミシェル、アナタあの傭兵を本気で・・・」

「ちょ、セーナ!?」

慌てたミシェルが慌てた言い方で慌てたようにセーナの発言を遮る。真っ赤になった顔が怪しさを引き立てている

「あ、あーあーあー、やっぱり!」

「サ、サラも止めて!」

「だってな~?」

「ですよね~?」

「もう!二人とも勘弁して!」

真っ赤な顔をしながら、オペレーターは叫んだ


一方その頃、機体の調整確認のためタナトスのパイロットが機体に籠っていたのだが、三人には知る由もなかった。会話が丸々聞こえていた可能性があったが、やっぱり三人には知る由もなかった






「作戦を説明します」

死神の体内。コクピットに、ミシェルの声が響き渡る

「今回の依頼は、白虎帝国の補給部隊の進路上にいる委員会部隊の殲滅です」

コクピット内にあるディスプレイには、交差するラインが映る

大方、片方が白虎帝国、もう片方が委員会の進路ルートだろう

タナトスを示す点が片方の線の上に置かれる

敵と交戦する位置だ

「時間が掛かれば白虎部隊の増援が見込めます。彼等に任せるという手もあります、無茶だけは止めてくださいね?」

味方の増援

敵部隊の数

余り危険な要素は無いように思える むしろこちらに有利な条件が目白押しだった

ミシェルの言葉を察するに、増援が来るのを待てばいいらしい。今回は楽そうだ

「そろそろ作戦エリアに到達します」

オペレーターの声がまた響き渡ると同時、機体の駆動音が大きくなった

それは、言うなればレース前のアイドリング

「タナトス、出撃してください!」

ミシェルが何時もの発進合図を下した

爆弾が吹き飛んだような音が、死神が背負ったブースターから飛び出る

死神も、勢いよく輸送機から飛び出る

「どうした?ミシェルちゃん」

輸送機のパイロットが、心配そうな顔をしているオペレーターに声を掛ける

何か、嫌な予感がする。ミシェルはそんな顔をしていた

「いえ、なんでも・・・」

「傭兵ちゃんなら帰って来てくれるさ」

言い訳を言い終わらせる前に、機長ジャスミンがさらりと言った

「・・・はい」

返事の割には元気が無いように見えるのが、彼女にはわかった



いつぞやの砂漠の荒野が、今回の作戦エリアだ

水分がなく、カラカラな大地に風が鳴っている。幾つもの残骸が転がる異様な光景を除けば、自然の厳しさがよくわかる土地なのだろう

「全敵機の撃破を確認しました。お疲れさまでした、帰還してください」

増援が来る前に、タナトスは敵を全て撃破していた

ミシェルは、今回も死神の死神らしい戦いぶりを見て不安になった

嫌な予感の正体がこれだ。前回この荒野で戦闘したとき、傭兵はきっちり敵を殲滅した

委員会の基地を襲撃したときも、誰一人生かして帰さなかった

地上戦艦の時など、地上戦艦が破壊された後に、残存している敵部隊を全滅させた。撤退させても良かった作戦にも関わらず、だ。後で聞いた話だと、地上戦艦のクルーは皆殺しだったらしい

やりすぎだ、とは言えない

どの作戦も、当初から敵を叩き潰す小とが目標だった。しかし、以前はここまで徹底していなかったと思う

「この戦場じゃ、おかしくならないのがおかしいの・・・?」

ミシェルは恐怖した。だんだん彼が、殺戮マシーンに変わる気がした

この戦闘が終われば借金は返済しきることができる計算だ

あの傭兵も、もう戦わなくて済む

だがそれは、自分だけが望むことではないのか

死神は、まだ血に餓えているのではないか?

ミシェルがそう考えた次の瞬間、機内のセンサーが大音量を鳴らした



わかっている 敵機が来たのだ

しかしその敵機が厄介だった

空を飛びこちらに向かってくる機体に、ミシェル達は見覚えがあった

赤い上半身。緑の下半身。ヒロイックなフォルム。片手に構えたビームガン

間違いない、いつぞやの騎士がやって来たのだ

「また会ったな・・・」

「メアリ・クロード!」

「その部隊は私の護衛対象だったんだ。近付いてくる敵部隊を襲撃していたら、まさか君たちがこっちを壊滅させてしまっていたなんてな」

着地したアリシオンの足元から、大量の砂が舞う

「お前のお陰で依頼は失敗だ」

味方部隊の信号が途絶えている

増援は来なかった訳ではない、メアリが襲撃して全滅したのだ

「その実力、前より強くなっているのか」

依頼が失敗したと言うのに、メアリの声はやけに嬉しそうだ

ライバルを手に入れた剣客は、こんな声をするのだろうか

「決着をつけよう、タナトス」

アリシオンの全身からスラスターが伸び出る。一つ一つの推力は少ないが、全身に多数配置することで爆発的な加速力を生むことができるのだ

「逃げて!もう戦う意味はないわ!」

オペレーターの制止の声を聞き、傭兵が機体を旋回させようとした

「逃がさん!」

メアリがアリシオンにトリガーを引かせる

タナトスの装甲を一撃で撃ち抜くビームが、アリシオンの銃から放たれる

しかし、直撃はしなかった

逃げようとしたタナトスの足元から煙が上る。必然的に足を止めざるを得ない

「次は当てて見せよう」

再びビームガンを構え、もう逃げられない状況を作り出す騎士。今背中を見せればどうなるか、わからないわけではない

ここで、互いの動きが止まった

互いに互いをにらみ合い、隙を見せたときを狙っていた

それは侍同士の決闘を彷彿とさせた。銃が誕生してから廃れていった戦法が、今再び使われている

永遠に近い数瞬、先に動いたのはアリシオンだった

理由は単純、タナトスが僅かに動くという隙を見せたから

ビームガンが光線を吐く。目の前にいる死神の五臓六腑を焼き尽くす為に

しかし、タナトスは隙など見せていなかった

ただ、ゆっくりバズーカを構えただけ

攻撃とトリックを組み合わせた、それでいて単純な行動

メアリはそれを隙と錯覚し、攻撃に移った。最終的に隙を見せたのは、アリシオンの方だった 

先にビームガンを撃ったアリシオン 今バズーカを撃ったタナトス

明らかに回避をとりずらい、攻撃した瞬間を狙われた

肩にバズーカの弾が直撃。後ろに吹っ飛ぶアリシオン

腹にビームがかするタナトス。ブースターを吹かしてギリギリで避けたのだ

さらに、メアリの予想だにしなかったことが起きた

タナトスの装甲が一部開き、中からスラスターが出てきたのだ

それも一つや二つでは足りない。身体中から現れた16個の噴出口から一気に推進力が生まれる

これ以上相手にリードされないよう、同じようにスラスターをフル使用し、上空へ飛ぶアリシオン

青空に移る機体には片腕が無かった。先の被弾でもぎ取られてしまった

タナトスはそれを追いかけて行く

前回戦った時は、アリシオンの方が速かった。しかし今ではどうか

「・・・奴の方が速い!」

背部ブースターを併用されれば、タナトスにスピードを越されてしまう

一瞬、タナトスのブースターから出る光が大きくなった

急加速

逃がすまいと、アリシオンがマシンガンを乱射する

急旋回

弾丸が一発も当たらないまま、アリシオンはタナトスに背中を取られる

タナトスのガトリングが弾丸を連続発射する

アリシオンの背中に、無数の穴が開く

そして、タナトスは、止めを刺すべくバズーカを向けた




そこには、鉄屑になっているアリシオンと、気絶したメアリ・クロードがいた

アリシオンのコクピットには、様々な内服系の薬品があった。メアリのパイロットスーツのヘルメットには、機体に繋がるチューブが複数見受けられた。どうやら彼女は、人為的にパイロット能力を上げる処置を施されていたらしい

道理でアリシオンがとてつもない機動を見せたわけだ

バイタル・サインや脳波を測定する機械すらあった。以前戦ったときの好戦的な態度も、この処置による精神の不安定化が関係していたのだろう

だが、彼女はそれでも負けた

しかし、討ち取られはしなかった

メアリ戦の前の戦闘で無駄弾を使いすぎたらしい。アリシオンにとどめは刺しきれなかった。殺さずに、済んだ

ミシェルはしかし、冷静に考えた

命までは取らなかったが、やっぱり傭兵は傭兵

これ以上情けはかけられない。タナトスのパイロットも賛成してくれるだろう

ミシェルがそう考えた時、メアリの迎えがやって来た

機首をこちらに向けゆっくりと飛ぶ輸送機

だがジャスミンは訝しんだ

アリシオンを回収するなら、何故輸送コンテナ入り口がある尻ではなく機首を向けるのか

次の瞬間に言われた台詞により、その疑問は解消する

「披検体3号がやられたか」

「『実験』の証拠を見られたからには、殺るしかないな」

重々しい言葉を、アリシオンの仲間達は口走った

披検体とは、メアリのことだろう

なら、殺るしかない、とは

「な、何をするつもりですか!?」

「機密のため、悪いが」

敵の輸送機のクルー達が、それを誰に言っているか解らぬものなどいなかった

ミシェルの質問虚しく、敵がミサイルを発射した

しかし、そのミサイルは着陸していたタナトスの輸送機ではなく、またタナトスでもなく、その近くにいたアリシオンに殺到した

機密を守るためだろう、見られたくない物の塊のようなメアリから始末するようだ

爆発爆煙爆音。ミサイル一発一発から鳴るそれが、アリシオンの上半身を消し飛ばした

先にメアリを機体から降ろさなかった場合、非常に後味が悪いことになっていたかもしれない

アリシオンの残骸の向こう、輸送機が第二射の準備をした

今ミシェルはタナトス側の輸送機の機首にいる。敵のミサイルが一番当たりやすそうな位置だ

アリシオンを運ぶための輸送機が、タナトスを運ぶための輸送機にミサイルを叩きつけてくる

クルー達が死を確信した

本物の死神が、彼らを・・・



(死んじゃうのかな私 結構あっさりだったな・・・あれ、あの黒い影は?私達を庇ってくれてるんだ・・・頭が割れて、中から・・・ドクロ・・・!

あの人が庇ってくれてるんだ!ああ、私はなんて馬鹿なんだろう、あの人は、仲間のためなら命を張れる。敵を殺すだけの死神なんかじゃない、血にも飢えてない!)

ミシェルは目を覚ました

タナトスが戦っていた

輸送機の前に立ち、ミシェル達に向かって放たれたミサイルを全てその装甲で受け止めていた

頭部の装甲が剥がれ落ち、不気味すぎる骸骨頭が晒される

黒い死神が、以前切断された左腕に仕込まれた機構を起動した。一本の杭、パイルバンカーと呼ばれる武器だ

そして、ブースターも、全身のスラスターも、一気に噴射する

重力から解き放たれた死神は、三度発射されたミサイルを全て避ける

そして、敵輸送機にくっつくかのように接近した

恐怖で凍りつく輸送機クルー達の目に、カメラのライトに照らされたドクロ顔が写った

後は、簡単だった



敵輸送機が空中分解してから、1時間

タナトスのパイロットが機体から出た

その隙を見計らい、三人の女性が仲間にエールをおくっている

「ミシェル!ゴー!」

「ミシェルちゃん、今だ!」

「行け!がんばれっ!」


「あ、あの」

オペレーターの声が、荒野に響く

振り向いたパイロットの胸に、ミシェルが飛び込んだ

「大陸じゃ、戦場じゃ、死神なんて酷い渾名は仕方ないかもしれません」

ブロンドが風にたなびく

「それでも・・・アナタは死神なんかじゃありません」

上目遣いで、一生懸命な思いを、ミシェルは伝えようとする

ヘルメットが無ければキスの距離

彼を繋ぎ止める心からの言葉を、そんな近さで彼女は伝える

「私が、絶対に保証します・・・!」


砂漠の荒野

愛が生まれようとしても、戦場がなくなる気配はなかった

それを嘲るように、太陽が夜明けを告げる

それは大変奇妙で、信じられないくらいきれいな光景だった

未開の大陸で、死神は佇む

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