第零章下 【駆動】

「作戦を説明します」

オペレーターの声が現在の状況を説明し始める。作戦を立てるには現状の把握は必須だ。どんな時でも

「現在、謎の武装勢力がこの街を襲撃しています。できるだけ街の被害を抑えながらこれを全て撃破してください。攻撃方法から、敵の戦力は全て戦車だと思われます。貴方の人型機動兵器なら勝てます、頑張ってください」

女性の期待の一言で、通信はそこで終わった




ラドリーが叫ぶ

「総員退避しろおーッ!『死神』の初陣だぁーッ!」

踏切が下りる時の音を何倍にも大きくしたようなサイレン音が、ドックの内外を埋め尽くす

発生源の近くの者は漏れなく聴覚不全になりそうな音量だ

ドックの壁の一部が横にゆっくりとスライドし、タナトスの通り道を開く

コクピットの中に機体の駆動音が響き渡る。それは、言うなればレース前のアイドリング

さしずめ今日は、ニューフェイスのデビューレースだろうか

黒塗りのタナトスが片足を上げる。永遠にも感じられるその一瞬の後、死神の名を戴く機体が歩き出した

ドックの中からそれを見守る整備員達。逃げ惑う街の人々

それら全てを見下ろしながら、タナトスは目標へ向かう

古き良きモダンな街並みを闊歩する、見た者を恐怖させる死神

今、それは命を刈りに行く

なぜなら、それが彼の役割だから





テロリストのメンバーは、旧式の戦車の中で砲をひたすら操作していた

彼らは、『革命者』との合流に間に合わなかったテロ組織だ。今は具体的な活動内容は伏せる

彼らは『タナトス派』を名乗る者達から、この戦車を受け取った

その対価が、ヨーロッパのこの地区の爆撃だ。彼らにとっては願ってもないチャンスだった

なぜなら、彼らはヨーロッパを目の敵にしていたから。理由は例によって伏せる

スペードの連中は、ことによっては更に戦力を貸し与えると言っていた。まさに棚からぼた餅である

憎き敵を倒すために力を無償で貸してくれるというのだ、断る理由は無い。彼らは早速行動に移った

結果として言えば、その行動は彼らを追い詰める結果になった

テロ組織の者達は先程までは街を攻撃していた。しかし今は、突然現れた人型機動兵器と交戦状態になっている

その機体のバズーカは、一撃で戦車を砂でできた城のように粉々にした。これでやられた味方は8両目

雷のような爆音が戦車隊から飛び出す。榴弾が敵の胸に突っ込んでいく しかし、敵の機体に大きな損傷を付けるには全く至らない

相手はまるでこちらの攻撃を受け付けない。装甲の堅さは恐らく、戦艦並みだろう

さっきからずっと戦車砲を叩き込んでわかった

「リーダー、こいつ強いですよ!?」

「うろたえるな!ま、まだだ・・・砲を止めるな!」

「リ、リーダー!前、前ッ!」

人型機動兵器の手からマズルフラッシュが連続して見えた。テロ組織のリーダーはガトリングにより即死した1秒に満たない攻撃を喰らい、戦車が穴だらけのスクラップになる

リーダーが死亡したことで、このテロ組織の士気は一気に下がったのだろう

キャタピラを鳴らして引き下がる鋼鉄のタンク達、しかしタナトスはゆっくりと追った

ブースターなどで素早く追いかけるわけにはいかないのだ

わざと敵の的になることで、街に砲弾を飛ばさせないためである。ミシェルの指示を、パイロットは忠実に守っていた

足を踏み出すたび、アスファルトの道路が悲鳴をあげる。タナトスのカメラアイが鈍く光り、次々と砲を撃つ戦車をロックオンする

戦車砲を涼しい顔で受け止めながら、右手を伸ばす

そこから撃たれるのは、破壊の嵐

一度に二台の戦車が消し飛ぶ。轟音に包まれるテロリスト 

最後の戦車が次の標的にされようとした、その時だった

その戦車は動かない。まるで動かす人間がいないかのように、動作を停止していた

否、いないのだ。戦車の乗組員は、既にそこからいなくなっていた

そこにいたのは、怯えた表情で女性のこめかみに銃を突き付ける、男

人質にとられているのは、ミシェルだ

ミシェルのその瞳はタナトスを見ている。その男も、タナトスを睨み付ける

男は恐怖と怒りを混ぜたような表情をしていた。よほど人型機動兵器との戦いが精神に堪えたのだろう、肩で息をつきながら血走った目でタナトスを見ていた

しかしミシェルは、信頼の顔でタナトスを見つめていた

タナトスのハッチが開き、パイロットが出てくる。ヘルメットに隠れた顔とパイロットスーツが、のっぺりとした不気味な印象を抱かせる

テロ組織の生き残りは、この世のものではない何かを見ているかのような顔をした。そして、タナトスのパイロットの額に銃を向ける

あとは引き金を引けばいい

しかしタナトスのパイロットがピストルを構えるのが早かった。なんてことはない、彼はパイロットはテロリストを確認した瞬間に銃を向けたのだから







ヨーロッパ軍が周りを捜査するなか、ミシェルはパイロットにあるものを渡した

まだ柔らかい食感を持つそれは

「ごめんなさい、今はこれしか渡せませんが・・・」

初仕事の報酬だ

「よかったら、パン、食べてください」

手渡されたそれは、ケンが買ったフランスパン

タナトスが守り抜いた街の名物だ

「あなたが・・・この街を救ったんです。だから、ありがとうございました!」

戦いの興奮が残っているのか、語彙が少なくなっている。だが満面の笑みを浮かべ、ミシェルは右手を差し出した

その手を握るパイロット。彼らを見つけて走り寄る整備員たち

ここに、ケンが揃えた傭兵チームが、集まった








その一月後

太平洋沖から大陸を目指す一機の輸送機がいた

「タナトス、聞こえますか?」

彼らは、これから大陸トップの傭兵すら倒す、最強の死神と共にいる

「これから大陸に着きます」

しかし彼らは、それを今知るよしもない

「頑張りましょう!私も、全力でオペレートします」

だが、彼が死神のようになったとしても、彼を支えたいと、ミシェルは思うだろう

「行きましょう、大陸へ!」

その気持ちに、偽りなど無い





この日、大陸に新たな傭兵が到着した

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