第零章中 【機体】
ミシェルは昨日の施設に訪れていた
オイルと鉄と火薬の臭いが充満するドック。その中に、一機の人型機動兵器が鎮座している
「おはよう、ミシェル。早いね」
「おはよう。私、あんまり夜更かし好きじゃないから・・・ところでラドリー、この機体は?」
整備クレーンの前の初老の男性に声をかけるミシェル
それに対しラドリーは苦笑いしながら答えた
「製品コード・deth666(試作型) ペットネームはタナトス。俺たちが使う人型機動兵器さ。こいつが商売道具になる」
そう言いながら作業を進めるラドリーは、どこか妙だ
ラドリーだけではない。このドックの整備員全員から疲労感が漂う
疲労感が霧のように辺りに浮いているような雰囲気だった。顔色も優れず、動きが鈍いような気もする
「ら、ラドリー・・・大丈夫?」
「へへへへ・・・なあに、こんくらい屁でもねえや」
心配そうなミシェルに、力ない笑顔で応えるラドリー
「いやあ、すまないラドリー。僕の権限じゃそのジャジャ馬しか用意できなかったんだ・・・」
そこに、ケンが現れた。ケンは、その片手に書類を持ちながらドックに入ってきた
「ケンさん、こんな早くにどうしたんですか?珍しい」
「今日は僕の親戚と君達を会わせる日なんだよ。そんなめでたい日の前に夜更かししたらバチが当たっちゃうよ」
ケンは大仰に手を広げ、にやけながら続けた
「僕の故郷じゃ、早起きは三文の得、と言うしね」
「ケンさんの親戚?」
「ああ、このチームのパイロットになる予定の人だよ。ミシェルちゃんの初恋の人、と言うほうがいいかね?」
その発言に、ミシェルは顔を急速に赤らめる
今の彼女の顔面なら、お湯を沸かせるかもしれない。少なくとも本人はそう自覚してしまった
照れ隠しに叫ぶ
「ケンさん!」
「あははは ところでミシェル、朝御飯まだだよね?近くに美味しいパン屋があるから行こうよ!僕のおごりで、ラドリー達に食べきれないくらい買ってあげてさ」
「食べきれないくらいは要りませんよ?あぁそうだミシェル、聞きたいことがあるんだが・・・」
ニヤニヤしながら、ケンはミシェルを食事に誘う。それに対し突っ込みながら、ラドリーはミシェルに資料を手渡した
二秒で目を通し、ミシェルは呟いた
「塗装と武装の選択?」
ラドリーは大きなため息をついて話す。その一行為から疲労が貯まっているのがよくわかった
プロがここまで疲れるとは、この機体はどれ程整備性が悪いのだろうか
「今のままじゃダサいから、変えたいんだが・・・パイロットが決めてくれないのさ。ミシェルが決めちゃってくれ。今決めたら一時間で終わる」
「私が?良いの?」
「こういうときはリーダーが決めるのが良いだろ。そしてこのチームのリーダーは、多分あんたになる」
「でも・・・」
ラドリーは困った顔で呟いた
「お前さん以外には、無理だ。悪い意味で」
「ああ・・・皆個性的だもんね」
そう言うとミシェルは、資料の記入欄にボールペンを走らせる。スラスラと達筆な字で要望を書き入れると、素早くラドリーに返した
「早いな!」
10秒に満たないその行為に、ラドリーは驚きを隠せない
「お土産待っててねー!」
ケンがそう言いながら、ドックの前の車に向かう。ミシェルはお辞儀をしてそれについていった
二人が去ったドックにて、ラドリーは資料に目を通した
武装・一番強いの。塗装・ボディは闇のような黒、ヘッドは静脈血のような暗い赤
資料にはそう書かれていた
本日二度目のビッグため息が、彼の口から飛び出した
パン屋から出て、ケンとミシェルは話し込んでいた
それは会社の話だ
「タナトスを開発した方の部署はかなりの問題児でね、僕が抑えてないといつ非人道的なことを始めるかわかったもんじゃない」
「じゃあ、ケンさんは会社の一部の人達に嫌われてるんですか?」
「そうだよ、殺されそうな具合にね・・・ん?」
冗談めかして話していた途中、ケンが突然空を見上げた
そこには榴弾があった
ミシェルの目の前で、ケンが盾になる
爆発、爆光、爆音、爆煙
ケンの背中がそれら全てを食らう
苦痛に歪む、男の顔
「け、ケンさんっ!」
倒れこんだケンに、ミシェルは声をかける。しかし素人目でも、致命傷なのがわかった
多分、その背中は、言葉では表現できないほどの有り様だろう
「ミシェル、よく聞いて・・・」
ゆったりと、ケンが言葉を紡ぐ
「え・・・は、はい」
ミシェルは、それを静かに聞く
「僕を嫌ってた奴等の仕業だろうけど・・・近場のテロリストでも焚き付けたかな・・・」
ケンは、残りの力を振り絞り、右手を上げる。そこには携帯が握られていた
「これは・・・?」
「ミシェル、これを使って、僕の親戚・・・パイロットに指示を出すんだ・・・」
「わ、私が・・・オペレーターに・・・?」
携帯を受け取り、ミシェルは呟やく
「この街をアイツといっしょに・・・守ってくれ」
「嘘・・・?ケンさん!しっかりしてください!ケンさん!ケンさん!」
「ジョーはね・・・ミシェルには、一番安全だけど、一番危ない場所で働いて欲しいと言ってたよ・・・危険な経験を積んで、成長して欲しいって」
顎髭を撫でて、ケンは一呼吸置き、そして死した友に向けて呟いた
「それはこういうことだったんだな・・・ジョー・・・」
ケンの腕が、糸が切れた人形のように、落ちた
その事実に気づき、ミシェルは
涙を、堪えた
私が・・・オペレーターに・・・
街を・・・守るために・・・
私が・・・やらなきゃ・・・
彼を・・・動かさなきゃ・・・
それが出来るのは・・・嫌だけど・・・怖いけど・・・
今それをできるのは、
「私しかいない!!!」
狭いコクピットの中、唐突に通信機から可愛らしい声が聞こえた
「はじめまして・・・こちらオペレーター、ミシェル・レイクです。タナトス、聞こえますか?」
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