第零章

第零章上 【邂逅】

太陽が燦々と照らす町に、一台のバスが停車した

空気が抜ける音がしてから、一人の金髪の女がバスを降りてくる。故郷を離れ、ミシェルはヨーロッパに来ていた

観光などではない。そもそも、父が信じられない額の借金を残して失踪した彼女には、そんな余裕はない

今からその借金を手早く返すためにある人物を訪ねるのだ

バスから降りたミシェルは、バス停でベンチに座る人物に声をかけた

「ケンさん、お久しぶりです!ご無沙汰してます!」

その可愛らしい声を聞き、新聞紙から顔を上げた男は微笑む

「やあミシェルちゃん、待ってたよ」



バス停からケンの車に乗り、ミシェルは物々しい施設にたどり着いた。そこは、彼女が見たどんなビルよりも大きかった

風にブロンドをたなびかせ、ミシェルは呟く

「ここは・・・」

日本車のキーを閉めながら、ケンはその呟きに答える

「なんせ、最新の兵器工場だからね。あの『大陸』の外で人型機動兵器を開発している、数少ない企業がここさ」

「人型機動兵器・・・まさか!?」

何かを察したミシェル。それを見てにやけながら、ケンは顎髭を撫でた

「仮に可愛いミシェルちゃんが売春してもあの借金は返せる額じゃない。君の父親が借りたのは国家予算以上の借金だからね。だけども、大陸の傭兵ならあの額を・・・長く見積もって3年以内には返せる」

この男ケン・モリモトは、ミシェル借金返済の伝を教えると言っていた

借金を返せるとは言われたものの、具体的にどう返済すかミシェル聞かされていなかった。そして今言われたその答えに、目を見開いた

確かに、危険だがかなり早い段階で借金を返済することはできる。だが、ミシェルか弱い女性だ。今も中学の頃からそこまで身長が伸びたわけではないし、彼女が大陸で人型機動兵器に乗って戦うなど無理だ

だがその対策を、父の友人は備えていないわけはなかった

「僕はこの会社の株主総会の主要メンバーでね、なんとか傭兵チームを作り上げて大陸に送れるようにしたよ」

「傭兵チーム?」

「整備士やパイロット、オペレーターのグループで仕事に取り組むのさ。ミシェルちゃんが戦う必要はない」

「な、なるほど。私はそれに同行すれば良いのですね?」

「仕事はしてもらうけどねぇ~・・・じゃ、早速チームメンバーに会いに行くかい?」

「お願いします。でも今いるんですか?」

「会社に待機してるよ。よし、それじゃ行こうか!」

そう言ってケンは、ウインクした






「どーだった?」

「なかなか、個性的な人達ばかりでしたね」

数時間後、ケンの言っていた傭兵チームのメンバーに一通り挨拶をしたミシェルは、ケンの用意した宿で食事をとっていた

今は、甘いクリームのケーキに舌づつみを打っている

舌先でミルクの香りが溶けるような感触が、ミシェルは好きものだった

電話の向こうで、ケンはミシェルの発言に笑う

「ごめんね、集められたのは彼らだけなんだ。腕は保証するから勘弁してやってくれ」

「大丈夫ですよ。それに、あんな素敵な人達を集めてくれたケンさんに感謝したいくらいです」

そこでミシェルは、ある疑問を抱いた

ケーキのフォークが止まる

「そう言えば、パイロットの方は?」

「ああ、あいつがまだだったね 色々手続きしてるのさ」

「手続き?」

一呼吸置いてケンは言った

「実はそいつが、君を助けるべく僕にこの件を頼んだのさ。自分が殺し合いすることを良く理解した上でね」

フォークがミシェルの手から落ちる。金属が落ちたとき特有の甲高い音が響く

ミシェルの心臓の鼓動が早まる 

「ま、さか。そんな人が・・・?」

「僕の遠縁だけどね、彼。君の借金保証人は明日から彼になるよ」

それが意味するのは、そのパイロットが聖人君子であるということ。彼女のために、戦うことを決意したということ。彼女のために、わざわざ自分から死地に赴くということ

ミシェルのために、ミシェルの背負うべきものを無償で背負ったということ

「そ、その人は・・・」

「なんだい?」

「その人は・・・私に、何か言っていましたか・・・?」

ミシェルの父の元借金保証人はにやけながら答える

「言わなかったよ、何もね。彼はそういう男だ」



        


この日から、未だ会っていないパイロットに、ミシェルは甘酸っぱい気持ちを抱いていたのかも、知れない

そしてこの時彼女は、その12時間後に悲劇が起きることを知らない









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