第5話 侍従官の事情説明

「――とまあ、そんな感じだよ。」


 とりあえず、事のあらましを話し終えた私は、机に寝そべりながらつぶやいた。


 シビアナの追及に観念した私は、何をしたかを全て話した。

 私が知られたくない事実を何とか曖昧にして話そうとしても、全てお見通しと言わんばかりに、シビアナからすぐ事細かに質問され全てばれた。

 あと、言いたくもないのに結婚関連の話まで吐かされた。それは関係ないだろと言いたかったが、すぐに切り返されてまた手酷い一撃をもらいそうなので黙っておいた。


 しかし、それを喰らわなくても、私の乙女心はズタズタだ。自分の語りたくない恥を全て言わされたんだから当然か。

 もう、いっそ殺せと何度叫びたかったか。


 おかげで全てを吐いたあとは憔悴しきってしまった。

 髪の色も最後には倦怠感を示す薄い紫色に変わってしまった。はあ疲れた、お菓子食べたい。


 豊胸の薬を飲んだことは、ばれたくなかったあ。

 私の他でおっぱいに悩む女性は少ないが、その者達に対して罪悪感があったし。

 あ、この薬の存在がばれたら残り一本しかないし、私のような女性が殺到するんじゃないか?

 血を見るよな。


 あと馬鹿にされるかもしれないからな。薬を使ってまで、大きくしたいのかよって。

 大きくしたいに決まってるだろ。

 別に何とも思われないかもしれないが、持たざる者の性がそう思うことを阻害する。


 でもまあ、そんな事はもうどうでもいい。

 結局、この薬は私には効果がなかったのだ。シビアナにも伝えた。

 一か月くらい経ったが、私の胸に変化はなかった。

 毎朝鏡をみて確認をし胸囲を測ってみたがいつまでも慎ましいままだった。

 残りの一本に手を出そうか迷っていたら、シビアナに取り調べを受けている。


 そして、効果がないと実感した時のあの空しさは、時折私の中に舞い戻り、溜息をつかせている。泣きたい。

 母様には効果があったのに、なんでだよ。うう。


 しかし、一体何でこんな所で取り調べされてるのか?

 落ち着いてきたので、少し今回のことを考えてみる。

 豊胸の薬を飲んでしまったのが原因ということは間違いないよなあ。


 シビアナの方を見ると、思案気な表情で目をつむって黙っている。 


 最初から怖かったよなこいつ。箱を取り出した時すごく冷たい声出してたし。反射的にやばいと踏んで嘘を言って誤魔化そうとしたくらいだ。


 うーんやっぱり、母様の私物を無断で使用したのがいけなっかたのか。

 あんな所に隠されていたものだから何か価値があったのか。

 高額な商品だったとか?

 でも、それでこんなとこに連れ出して取り調べみたいなことするかね。

 ここまで秘密にすることだったのか。


 あ、毒の類だったてことか?

 あの時は、興奮してそこまで注意していなかった。

 母様が飲んでいたという事実が、私から躊躇いという言葉を忘れさせた。

 でも健康だよな?苦しいとかないし。違和感も感じられない。

 体に異常を感じることができないからと言って、毒とは関係ないと断言できないか。


 母様の死因を私は知らない。遠出をしているときに訃報を受けたのだ。

 あの薬が原因だったとしても肖像画ではおっぱいが大きくなっているから、効果があったのは事実だ。最悪おっぱいが大きくなってから死ぬのかもしれないな。

 でも、私には効果がなかったんだよなあ。


 高額の商品を弁償させられるのか毒の可能性か……。

 うーん。説得力がいまいちだが、いま思いつくのはこの二つかな。


 分からない、これ以上はお手上げだ。情報が少ない。


 もうこれ聞いた方が早いな。

 そう思っていると、シビアナが目を開いてこちらを見た。そろそろ種明かしをしてくれ。


「いつから気づいていたんだ?」


 いつから分かっていたんだろ。気になったので聞いておくことにした。


「殿下が王妃様のお部屋に入られた後、やけに嬉しそうに出てこられました。不穏に思いましたので陛下に事情をご報告し、王妃室の鍵を拝借する御許可を頂いて、入室させていただきました。寝台の寝具が乱れておりましたので、そこら辺りを重点的に調査した結果、この箱を発見いたしました」


 え? 現場にいたの? 気付かなかったんですけど。人がいないことを確認して退出したんだけどな。

 気配も感じなかったし結構遠くから見ていたのか。

 箱を見つけられたのは納得だな。寝台でゴロゴロしてたもんな。

 ていうか初めから知っていたのか。


 ――初めから知っていた、だと? じゃあ何で一か月も放置していたんだよ。なんですぐに言ってこない?


 シビアナが言葉をつづける。


「箱の中身を確認し、陛下にご報告いたしましたところ、昔この薬を王妃様が手に入れていたことを御存知でした。ただ複数本あったことまではご存じありませんでした」


 はあ、あとで父様に何を言われるかなあ。


「詳しく話を聞いたところ、この薬を王妃様は服飲なされておりません。陛下が寸でのところで取り押さえ、その時に王妃様が手に持っていらした一本使って薬の成分を調べられたそうです。そして毒の類はなかったことが確認されています」


 んん?


「いや、肖像画では胸が大きいじゃないか。本当に飲んでないのか?」


 母様のは私よりも小さかったのを思い出したし辻褄が合わないだろ。


「肖像画の王妃様の乳房は画家に頼んで大きくするように偽造したのです」


――その考えはなかったなあ。そこまでしたか。何やってんだよ、母様。よし、私もそれでいこう。


 しかし、これで自分が浅はかな行為に走ったことが決定した。

 何の根拠もなく訳のわからない薬に手を出してしまったことに等しい。

 毒じゃないから良かったが、軽率すぎた。素直に反省しよう。


「毒はありませんので、陛下も放っておいてよいと仰られましたが、念のため私の方で最後の一本を使って、この薬を調査する事に致しました」


――こいつは優秀だ。無駄なことはまずしない。こいつの無駄は必要な無駄だ。


「何が引っ掛かったんだ?」


 だから、気になってしまった。

 シビアナが目を細める。


「王妃様はトゥアール王家の血統ではありませんでしたので」


 なるほど、そういうことか。納得したよ。


「調査の方はシドー様に依頼いたしました。そして今朝、調査の結果が届いたのです」

「え? 先生に依頼したのか?」


 ありゃ、先生かよ。なるほど、先生の調査結果待ちだったんだな。だから今まで何も言ってこなかったのか。

 元々行こうと思ったてたけど、こりゃお礼するためにも絶対行かなきゃならなくなったな。


「シドー様は薬物の専門家でございますので」


 薬物以外も専門家だがな。あの先生は。


 はあ、軽率すぎたなあ。でもまあよく分かった。なんでこんなことになっているか。

 先生から調査の結果が今日届いた。

 取り調べはこんな部屋。

 後シビアナが怖い。


 碌なことにはなっていないのは明白だ。


「殿下、シドー様がおっしゃるにはこの薬は不完全だそうです」

「は?」


 まあ、私には効果なかったもんな。なんだろうなその言い方、完全なものがあるのか。

――つまり完全なものっていうことは、本物の豊胸の薬ってことか!?

 あれ、碌なことになっているぞ?いやいや待て待て、とにかく先生に聞いてみるのが先だ。

 肖像画の件の二の舞は嫌だぞ。私は反省したんだ。落ち着け、どうどう。


「不完全について詳しい説明はありません。ただ早急に会いに来いだそうです。恐らくそこで説明があるのでしょう。殿下には今から会いに行っていただきます」


 流石はシビアナ仕事が早いな。よし行こうすぐに行こう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る