第4話 王妃の部屋
一か月ほど前の話だ。
私は酷くげんなりして正直かなり参っていた。
縁談が全て失敗したのだ。しかもその時進んでいた五件が悉く駄目だった。
ほぼ同時に全員からお断りがあったことをシビアナから聞かされた。
髪の色も変わらなかったし、またかという感じで私は投げやり気味に報告を聞いていた。
まあ予想はしてたというか。それでも、まとめて一括で返事がくるとは思わなかった。
シビアナから破談の話を聞いた後、父様に呼び出しを喰らっていることも報告された。内容は勿論、結婚についてだろう。私はしぶしぶ父様の執務室へ向かった。
私はある事情で表立って縁談をすることが出来ない。
今このトゥアール王国では、ほぼ不可能である。まあ、そのある事情のそもそもの原因は私なのだが。
王家の直系は私しかいない。私は一人娘なのだ。
このままいけば、次期王は私になるだろう。
建国時以来の二人目の女王だな。
この国を興したときの王は女性だったと以前歴史を習ったときに知った。
私以外に王になれる条件を満たしたものもいない。
もし万が一私が子を残さず死んでもしたらこの王国は途絶えてしまう。
ていうか、私が無理なら父様が再婚なり側室を持つなりすればいいと思うんだが。
まだまだ働き盛りで健康そのものだし、何の問題もない。
しかし、何故か父様は再婚をしない。勿論側室の話もでない。
宰相をはじめ他の家臣たちも何故か父様の再婚には触れない。
父様や家臣たちに理由を聞いても頑なに拒んで答えてくれないんだよなあ。
だけど私には結婚しろと言ってくる。
けっ忌々しい奴らだ。
父様が再婚しない以上、私が責任を持って結婚して子供を産まなければならないんだが、王女である私が誰とでも結婚していいようには、この王国の法はできていない。
私が結婚できる相手は限られている。とは言え無理難題というものでもないだけどね。
結婚するのに外せない条件は――。
家格が王族に釣り合うものであること。これはまあどうとでもできるんだがな。
次に見合い相手個人の武芸が優秀であること。これもいる所にはいるだろう。
そして、国民がその見合い相手のことを詳しく知らない事。これが最近結婚条件に加わった。私のせいで。
といってもこの国以外でいいだけだから別にいいだろう。
これらの条件に沿って他国の貴族たちの中から、武芸の達者な結婚相手を探すことになっていた。
初めて会うときは、取り敢えず縁談であることを伏せながら、外交の一種という名目で昼餐や晩餐なりで様子見をするのだが……。
顔を合わせた途端に腰を抜かしたり、体がいきなり震え出したり、ひぃって声をあげて逃げ出す者が続出した。
一見普通だなと思えた者もいるにはいたが、目を見ると何かおかしかった。
あれは生きるのを諦めた者の目だ。なんでだ? なんでそうなる?
お前ら全員根性がなさすぎだろうが! どれだけ私が怖いんだよ。
本当に失礼な奴らだった。
会う前に一応、私の小さな肖像画を添付して手紙を送っているだよ? 私はこんな感じの王女様ですよって。
その上で、今度うちに来ませんか? ご飯でもご一緒に的な招待状をつけて送る。
肖像画は断じて美化して描かせたものではない。断じてだ。鎖骨より上を描かく様に命じている。
会う前の感触はいい感じなんだ。
なのに会った途端ご覧のありさまだ。会う前の乗り気はどこへ行った。
本当になんなの? 喧嘩売ってんのか。人の顔を見てあれはない。
乙女の心は容易く傷つくんだぞ。
まあ、そんな状態じゃ大したこともできず、早々にお見合いは終了してしまうのだ。
ともかく、このような感じで破談数の記録をガンガン更新していた。
父様の話が終わり憂鬱な気持ちになりながら、とぼとぼと自分の執務室へ帰っている途中、ふと顔をあげるとそこには母様のお部屋があった。
私は久しぶりに母様のお部屋に入ってみることにした。
私と父様しか持っていない鍵を使い中に入る。
母様は豪華な装飾品等には興味がなかったそうで、部屋の装飾も王妃としての体面を保つために必要な最低限の豪華さしかない、そんな部屋だった。
いや姿鏡の装飾はそれなりに豪華だな。金色だし。まあ貴族用しか買えなかったのかもな。
あと王家御用達の職人に作らせた頑丈そうな木の机に本棚、あとは寝台がある。
壁には大きな肖像画が飾られていた。左に父様、右は椅子に座った母様。そして、その手前に小さい頃の私がいた。
ふふ、なんか表情がきょとんとしているな、肖像画の私は。
懐かしいな。
この頃はよかった。結婚なんて本気で考えることなどなかったし、毎日好きな鍛錬と沢山の勉強していればそれで満足だった。
まさか結婚がこんなに面倒くさいものだとは思ってもみなかった。
こう何というか夢があるというか幸せの代名詞みたいな。そんな感じでしか考えていなかった。
王族の義務だからとか相手は選べないとかそんなことは考えていなかった。
かっこいい王子様が私と結婚してくれるんだって思っていた程度だ。
勉強は面白かった。知らないことを知ることはとても楽しくてわくわくした。
分からないことを自分で調べてちゃんと答えが出たときはなんともいえない達成感があって、先生と一緒になって喜んだっけ。
でもあの先生だったから楽しかったんだよな。元気かな先生。
今は研究室にずっと閉じこもっていると以前届いた手紙に書いてあったけど、大丈夫だろうか……。
今度近くに様子を見に行った方がいいかも。
「母様、また結婚できませんでしたよ」
そう肖像画の母様に向かってつぶやいた。
肖像画の母様は、優しそうな笑みをしてゆったりと椅子に腰かけていた。
美人の若奥様だな。髪の色は私と同じ銀髪だ。
母様は、私が小さい頃に死んだ。私の前ではお調子者で天真爛漫とした人だった。
「なんで結婚できないんだか」
またつぶやいて、肖像画の母様を見つめる。そこで気付いた。
母様、体は小柄なのに、おっぱいでっかいですな。
ふと閃いた。
考えてみる。私の周りの既婚の女性たちは皆おっぱいがでかい。
シビアナを筆頭に皆ぽよんぽよんだ。
あれ? もしかしてこれ――。
おっぱいがでかくないと結婚できないんじゃないか?
そうだよ、男どもは皆おっぱいがでかいから結婚してるんだよ。
理由はなんだ?
おっぱいがでかくないと子供を育てるのに支障が出るのか?
いや、単純に性的嗜好の問題か?
くっなんてことだ。とにかくこれだ、これが原因で結婚できないんだ!
「おい待て。確か……」
おっぱいがでかい順に結婚してないか? シビアナが一番早かったのは間違いない。ということであるならば、私は最後から何番目に……。
はっと私は自分の胸を見た。
母様よりも小さな胸がこれが現実だよと教えてくれた。
「どうしようもないな」
成長期はとっくに過ぎていた。順序は変わらない。
私は母様の匂いがもう残っていない寝台にぼすんと倒れ込んだ。
「おっぱいの大きさで結婚の順番が決まってたまるか」
ちょっと暴走してしまった。自分の胸を見て冷静さを何とか取り戻せたようだ。悲しくなんかないやい。でも大きいに越したことは無いのだろうとは思う。
「はあ……」
私はゴロゴロしながら寝台の上で転がりだした。
「ぐほっ」
どすんと床に落ちた。起きる気力はない。そのまま仰向けに寝ころんだ。
結婚できるのかね?
そう自分に問いかける。残念ながら希望を見つけることはできなかった。
「ん?」
何かあるな。寝台の下側に目をやると何かの箱が寝台にくっつていた。
「何だろうな、これ?」
そう思いながら寝台の下に体を入れて箱を寝台から取り外した。
固定は帯革で簡単に留めてあるだけだった。
体を寝台の下から出して、箱を開けてみると、小さな小瓶が三つ入っていた。
私はその中の一つを取り出してみた。
瓶には『豊胸の薬』と書かれてあった。
「嘘だろ、こんな薬があるなんて聞いたことがないぞ」
そう戸惑いながら、私は箱を詳しく調べてみることにした。
注意書きが入っていた。
『この薬は、女性の乳房を大きくするための薬です。男性には効果がありません。また、子供には男女関係なく効果がありません。薬の使用方法は、瓶の封を切ってお早めに経口から摂取してください。使用期限は、瓶の封を切らない状態で――』
どうやら本当におっぱいが大きくなる薬らしい。
さっきまでの陰鬱な気持ちは吹き飛び、何やら興奮してきた。
使用期限は注意書きを見るに問題ない。
三つの内一つは空っぽで使用済みだった。
残り二つは未開封だ。
一つ誰かが使用したのか? しかしこんな所に隠してある箱を誰が――。
ん?
私は肖像画の母様をじっくりと見る。そして目を瞑り、生前の母様の姿をよおく思い出してみた。
記憶にある母様の胸はここまで大きくなかったような。いやむしろ小さかったような。
「…………」
母様もしかして、あなたこれ、飲みましたか?
母様が右目をつむり、舌を斜め右上に出したように見えた。
「うおおおおおおお!!」
私は瓶を高らかと持ち上げた。
来た来たよこれ。千載一遇の好機到来だ!
私はなんて運が良いんだ。
母様ありがとう。結婚できない娘を導いてくれたのですね!
感謝、感激です!
私はその場で持ち上げていた瓶の封を切り、中身の液体をぐいっと飲みほした。
少し苦めの味がした。これが結婚に至る為の味なんだと私は噛みしめた。
「くくく。これで私の結婚に希望の光が差し込んだぞ!」
私は箱を元の場所に丁寧に戻し、肖像画に感謝をこめてお辞儀をした。
そして、意気揚々と母様の部屋を出ていった。
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