第3話
海を左手に見ながら、真琴は涼しげに自転車をこいでいた。
後ろの席では深沢が不機嫌そうに表情を浮かべている。
「七人目の犠牲者になるのはゴメンよ!」
真琴はそう言って有無を言わせずに深沢から運転席を奪うと、彼に親指を立て後ろを指差した。
深沢は抗議しようとしたが、真琴は構わず自転車を発進させた。
運転手を降格させられた元運転手はしばらく背中越しに不服を申し立てていたが、真琴が何も返さないでいると、やがて諦めて静かになった。
真琴は後ろで拗ねている深沢の表情を想像すると、小さな笑みを零す。
頬にあたる夕暮れ時の風はとても気持ち良く、真琴は目を細める。
沈みゆく大きな太陽の光を受け、海面は色んな色が混じり合い、その色同士が生きているみたいに輝きを放ちあっていた。
もう少しすれば太陽は完全に水平線に飲み込まれるだろう。
真琴は、深沢の機嫌が直ったであろう頃を見計らって質問する。
「意外ね、博士ってこういう非科学的な事は一切信じないと思っていたのに。学年一頭の固かった博士が、言い伝えになんかに興味があるなんて」
「それが、おおありなんだよ」
深沢が嬉しそうに話に乗ってくる。自分が後部座席にいる理由などすっかり忘れてしまったようだ。
真琴はそんな深沢の単純さに思わず笑いそうになる。
「まあ、言い伝えなんてのは昔の人が、その現象を理解できずに適当に言葉で飾って美化したもので、信じちゃいない」
「じゃあ、どうして?」
「宇宙船さ」
取って置きの切り札を出すように、深沢は自信に満ちた声で言った。
「宇宙船……? UFOの事?」
怪訝に問い掛ける真琴に深沢は大きく頷く。
「こういった言い伝えや伝説には、大抵宇宙船が関係してるんだ。有名な所ではエジプトのピラミッドやナスカの巨大な地上絵……数え上げればきりがない」
「それって、みんな宇宙人が関係してるって言うの? 今回の言い伝えも?」
「俺はそう信じている。光の船って言うのがどうも怪しい。あの時代の人が宇宙船を見たら、きっとそう表現するに違いない」
「ふうん……」
背中越しに熱く語る深沢とは対照的に、真琴は気持ちにはどこか冷めたものがあった。
深沢の言うように、歴史の中の出来事や神話に宇宙人が関わっていたと言う説は聞いた事がある。真琴自身、テレビでエジプトのピラミッドと宇宙人とを結び付ける番組を見た事があり、その時は歴史の教科書には書かれていないミステリーに好奇心をくすぐられた。
でも、あくまでもテレビの中の物語であり、訪れた事も無い遠い国の話である。
自分の生まれ育った身近な場所で、そんな壮大な出来事があったとは想像し辛かった。
そんな真琴の気持ちを察したのか、深沢がぽつりと言った。
「四千億……」
「え?」
「銀河系に存在する星が数さ……これをドレーク博士の方程式にかけて計算して行くと、生命がいて今も文明を存続させている星の数は最高で十億。凄い数だと思わない?」
「最低では?」
「ひとつ……この惑星だけさ」
真琴が何気に投げかけた質問に、痛い所をつかれたとばかりに深沢が答えた。
二人の間に沈黙が訪れる。
真琴は自分の質問で会話が途切れた事に気まずさを感じていたが、不意に、それを押しのけるように湧き上ってきた新しい感情に、自然と口元を緩ませていた。
「でも、もったいないよね。そんなに星があるのに地球だけだって…」
自分でも驚くほど素直な気持ちでそう言っていた。その言葉は深沢のフォローでも、気まずい沈黙を破るためでもなく、ただ純粋に、そう信じたいという偽りの無い気持ちで、それはどこかに忘れていた、懐かしい心でもあった。
自分の意見に同調した真琴に気を良くしたのか、深沢は嬉しそうに再び口を開く。
「だろ? だから俺は信じてる…今年こそ必ず第三種接近遭遇できるって」
「今年こそって、今年で何回目なの?」
「五回目……」
深沢は再び言いにくそうに間を置くと、悪い悪戯がばれたように白状する。
真琴のペダルをこぐ足が重くなる。
運転手の落胆を自転車の速度と背中から感じる空気で読み取った深沢が、取り付くように慌てて言った。
「で、でも、今回は何か起こりそうな気がするんだ、きっと……」
「そうね……」
真琴がわざと冷ややかに返事を返す。
―少し意地悪だったかな。
真琴は後ろで慌てふためく深沢の顔を想像すると、悪戯っぽい笑みを零す。
真琴自身、深沢との会話はとても心地よく、刺激的だった。
自分の持ついろんな感情が、深沢によって引き出されていくような気がした。
もちろん、深沢本人にはそんな意識は無いのだろうけど……
―でも、これって?
深沢との間に芽生え出した不思議な感情について考えようとした時、その当人が背中越しに声を上げていた。
「人が想像出来る全ての出来事は、おこりうる現実である」
思考を中断された真琴は、仕方なくその声の相手をする事にする。
「それって?」
「物理学者、ウイリーガロンの言葉さ」
「博士の頭の中って、一体何人の学者さんが住み着いているのかしら?」
揶揄を込めてそう質問した真琴に、深沢は微塵の迷いもなく即答した。
「星の数ほどさ」
冗談とも本気ともつかない深沢の言葉に、真琴はおかしくて笑いだしていた。
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