第26話

マスターとの話を終え、扉を開けるとペレンネが出迎えてくれた。


「……話はまとまりましたか?」


「はい、ペレンネさんのおかげです。ありがとうございます」


軽く頭を下げるサクヤ。ペレンネはホッとした様子で首を振る。


「私はマスターに渡りをつけただけですよ!それでこれからどうする事になりましたか?サクヤさんの呪力量ならどこに行っても歓迎されますよ。最近売り出し中の洗濯屋はどうですか?日に一度呪力を注いで、時々樽の手入れをするだけでいいそうですよ。あとはお爺ちゃんが昔やっていた術式の研究もいいですね。術式を練習したあの小屋、今は使ってないのでサクヤさんさえ良ければ……」


「あぁ、これからの事は決まりました。グレーリン山を目指します」


事も無げに告げるサクヤに一瞬顔を強張らせたペレンネだったが、すぐにかぶりを振って再び問う。縋るような目付きだった。


「あ……あぁ、あの山の麓は鉱石が採れますからね!この街に持ち帰れば良い値が付きますよ!私の知り合いに目利きの出来る奴が居ますから、そこに……」


「そうなんですか。でも私の目的はその山に棲んでいるって噂の……」


「っ……マスター!!」


我慢の限界、とでも言いたげに顔を歪めたペレンネが怒気の篭った声を向けたのはサクヤではなかった。会うのは2度目だが、朗らかな印象からは想像も出来ぬ形相にサクヤも口を閉じる。


「どういうつもりですか⁈彼女の顔を見れば私にだって何があったかくらい分かります!そんな人を……仲間を失ったばかりの人をあんな危険な所に行かせるなんて、死なせるつもりですか⁈引っ込んでないで出て来なさいよ!」


渋々姿を現したマスターに跳びかからんばかりの剣幕で激昂するペレンネに、瞼を伏せたマスターが告げる。


「よしなさいペレンネ。これは……彼女が望み、危険を承知した上での選択です」


もちろん、マスターが言葉巧みにそう仕向けたと考える事も出来る。しかしペレンネは憤怒の形相を徐々に悲哀の"それ"へと変え、無言で成り行きを見つめるサクヤの手を取った。


「……すみません、折角良くして頂いたのに。でも行かなくちゃならないんです。そこに私が求めるもの……が、あるかも知れないので」


「どうしても、今すぐ行かなきゃいけないんですか?せめて少し休んでからでも……」


「いいえ、もう出発します。そうしないと……追い付かれてしまう。追い付かれてしまったら私は……。レザリクス、大切にします」


その手をそっと剥がすと、踵を返して出口へ向かうサクヤ。


「し、修理!いつでも待ってます!それと、半年に一度は手入れをしないといけませんからね!それから!それから……」


扉に手を掛けるサクヤは振り向かない。


「……だから、また来て下さい!待ってますから!」


逆光で陰になったサクヤが僅かに首肯したように見えた。どんな顔をしているのかは見えない。


やがてその姿も、ドアの向こうに消えた。

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