第24話

「……さん、平見……、平見さんっ!」


自信を呼ぶ声に気付いたのは、身体に付着した血が赤黒く乾いた頃。既に手中にダガーは無く、その場にへたり込んでいたらしい。


「…………ぁ?」


ゆっくりと眼の焦点を合わせる。サクヤを"平見"と呼ぶ人物は少なくなった筈だが……。


「良かった、やっと反応してくれましたね!揺すっても叩いてもピクリともしないんですから、心配しましたよ」


「片……桐さん?生きて……?」


隻腕でサクヤの肩に手を置いていた片桐は意識を取り戻した事を確認すると、ホッとした様子で頬を緩ませる。


「本当に、壊れていなくて良かったですよ」


そしてそのままサクヤを押し倒した。


「っ……」


「話もまともに出来ない状態では、使い途が少なくなってしまいますからね。私の意図を理解出来るだけの思考が残っていれば……おっと!」


腹に膝が食い込んで上半身を起こす事が出来ず、仕方無しに腕を挙げようとすると、喉元に鋭い刃が現れる。どうやら片桐の得物はただの棒ではなく、何かしらの仕込み武器だったようだ。


「動かないで下さいね?少しでも例の術式とやらを使おうとすればブスリ、ですよ」


勝ち誇ったような顔で片桐が続ける。


「油断しましたねぇ、私が生きていて安心しましたか?平見さん、あの時逃げてしまいましたし⁈あの狂犬が暴れている間、血を止めて傷口に包帯巻いてくれたのは杉谷さんただ1人!彼女と私が死んだ事にして身を隠す間も、ずっと励ましてくれていた……それをあの狂犬が!!」


腹に食い込む膝に力が入り、呼吸に支障をきたし始めた。


「っ、はっ……それで、私はどうすれば、いいの?」


「そんな事も分からないんですか?本当に貴女は愚図ですね。当然、杉谷さんを生き返らせる方法を探すんです。あの狂犬の言葉を借りるのは癪ですがこんな世界です、きっとあるに違いありません。それを探す手伝いをするのは当然の義務でしょう⁈」


協力を仰ぐのなら、その感情を隠して友好的な接触を図るべきだ。こんな風に脅されては目的の達成まで素直に協力する者がいる筈も無い。片桐の瞳は、生ける屍の如く濁っていた。


「らしく、ないね」


「……は?」


「別に。断ったら、私は死ぬの?」


「呆れるくらい呑気な子!断ったら殺す為にこんなものを突き付けているんでしょうが!愚鈍も度が過ぎ」


炎が生まれ、片桐の腕を焼いた。サクヤは指一本動かしてはいない。


「……えっ?」


「それなら……死ぬのは、お前だ」


残った片腕が炎上する様子に理解が追い付かないまま、胸に突き立てられたダガーにも気付かぬまま、ひどく間抜けな声を残して片桐は事切れた。覆い被さるように倒れる片桐の身体を押し退けて上体を起こすサクヤ。


「"伏せ火"……お爺さんに教わった2つ目の術式。さっきの剣に纏わせる術式は、私が突貫で間に合わせた出来損ないの術式だよ」


独白は虚空に消え、血塗れの全身を引き摺って歩き出すサクヤ。


「ここにはもう用は無い、手掛かりも食糧も。ここにいたら死んでしまう……外に、出なくちゃ」


頭がそう命じても身体は、筋肉はとっくに限界を超えていた。


「生き……る……」


もはや唯一とも言える存在意義を呟きながら、サクヤの意識は黒く塗り潰されていく。



酸化し変色を始めた血液のように。

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