第23話 炎が告げる

ジゼルの持つ剣は腐食の呪いが剣の形をとった物。触れた物をたちまち腐らせては押し広げ、斬撃に似た攻撃を行う。それは眼前の小さなダガーも同じ。金属は錆び、腐る。


「…………はっ?」


腐るはずだ。出自の分からぬ武器とはいえ、金属には違い無い。現にミナトの円盾には穴が空いた。ならば何故このダガーは腐食剣を受け止めていられる?


「貴女……お前が、言った。自分で」


答えはすぐに現れた。否、既にそこにあったのだ。剣が触れた瞬間に音がしていなかった、それが答え。


ダガーには触れていない、届いていない。


腐食剣との間を隔てる髪の毛1本程のほんの僅かな空間。あとほんの僅か、しかし確実に腐食の呪いを食い止めた"それ"が仄かにジゼルの頬を暖めた。


「炎は、腐らない」


解を得たジゼル。その代償は数秒の隙。サクヤが別の術式を行使するのに必要な、充分な時間。





「炎は、焼くモノだ」


「……そうね」





頬を暖めたのとは別の、腹から胸にかけてを焼き尽くすそれは"投げ火"としてサクヤが行使している物。至近距離で放たれたそれはジゼルの半身に一瞬で焼損を負わせた。



「死ぬのは、お前だ」


腐食剣が切っ先から音も無く床に吸い込まれ、柄が引っ掛かって止まる。


感情に乏しい声色で告げるサクヤの言葉は正しい。それは内包する血液のほぼ全てを失ったジゼルが理解していた。


「そ……のようね。傷口も焼かれて再生が叶わない。力の一端を取り戻したに過ぎないわたしでは、もうどうしようも無いわ」


「…………」


人間であれば肺にあたる部位すら灰燼に帰している身体でしみじみと語るのを警戒しているのだろう、剣はおろか腕を挙げる事すら叶わぬジゼルへ未だダガーを構えたままのサクヤ。首から上は辛うじて無事なジゼルはなだめるように微笑む。


「なるほど、ダガーに炎を纏わせたのね。それがあのご老体から教わった術式かしら?だとしたら見事な物だわ、刃にだけ絶え間無く炎を出現させ続けるなんてもはや芸術の域よ」


「…………」


「さぁ、血を吸う化け物はこれでおしまい。程無く貴女の目の前から消え失せるわ。だから武器は下ろしていいの、全身をこわばらせる事もないのよ?」


開かれ続けたままの両眼からは涙が溢れ、手足の筋肉は小刻みに震える事で限界を訴えている。それでも、サクヤは頑として警戒を解こうとはしない。


「あぁ、わたしが言ったのだったわね。正しいわサクヤ。常に疑いなさい、それだけが……最後に貴女を生かすのだから」


微笑んで告げた笑顔が輪郭を失う。


一瞬にして鮮血と帰した吸血種のロアはサクヤの身体を真っ赤に染め上げた。




まるで、別れの抱擁をするように。

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