第22話
"死ぬのはお前だ"と、確かにサクヤはそう言った。
この状況で言うところの"お前"とは、これから死ぬ可能性があるのは、ジゼルに他ならない。それだけに彼女は、サクヤが本当に壊れてしまったのだと断ずる他無かった。
しかしサクヤの眼が、真っ赤に充血した眼から放たれる静かな視線があと一歩を躊躇わせる。
「聴き違いかしら?誰が、どうなるですって?」
言い終わらぬ内に放たれる"投げ火"。しかしそれもまた、先ほどの物とはまるで別物だった。呪力量に任せて片っ端から放っていた火球は、身体能力を駆使しなければ躱せない巧妙な時間差で放たれている。
「……ちっ、これは……!」
不覚を取られ、躱し切れなかった一球を腐食剣で薙ぎ払おうとするジゼル。その表情は直後、更なる驚愕に染まった。
剣に触れた瞬間、弾かれる事無く燃え出す火球。触れたものを焼き尽くす術式なのだから当然の帰結ではあるのだが、やはり先ほどでたらめに放っていた燃焼力の不十分なそれとは訳が違う。
「そう……そうなの。そうよね、そうだったわ。癪だけれどミナトの言う通り。貴女の心がこの程度の事で壊れる筈は無い」
人ならざる膂力で炎を振り払うと、ジゼルは全てを理解したように独りごちた。
「翔魔を倒した時は意識を失いかけていたけれど、ようやくきちんと会えたわね……
サクヤ」
既に言葉は聴こえていない。否、聴こえていても届いていない。ジゼルの吐く言葉は1つとしてサクヤが生きるためには不要な物なのだから。
「貴女は美しい。造形は関係無い……その在り様が美しいわ。容易く手折られそうな佇まいで毒針を隠す花のよう」
それでもジゼルは紡いだ、誰にも届かぬ独白を。
「だからわたしは貴女を手に入れる。弱々しくとも確かに光る瞳に諦観を、怖じ震えても絶えず回る思考に停滞を。貴女の中を巡る血にわたしを刻む!その首筋に、腿に、心臓へ至る全てに牙を突き立てたい!だって!貴女はわたしの……!わたしの……」
何かを言いかけて、黙り込むジゼル。
「まぁいいわ、それはゆっくりと考えればいい事。今は……」
しかしそれも数秒、再びサクヤを見据える。その姿は獲物を補足した地蜘蛛。動けば即座に襲いかかる、捕食者だけが持つ独特のそれだ。
当のサクヤはといえば、先ほどの発言など無かったかのように動かない。ダガーを構えている以外には脅威を感じさせない佇まいである。されど侮るなかれ、ジゼルを捉える瞳は獲物の蝿ではない。襲い来た蜘蛛を狩る蜂の如く。
「……私に出来る?」
ーー出来るよ。
「やり方は……分かる……」
ーーうん、もうその力は手に入れてる。
「いい……のかな?だって私は……」
ーー殺したくない?違うよ。選ぶだけ。
「……選ぶ?何を?」
ーーそれはもう、自分で言ったはずだよ。
「まずは右腕を落とすわ。術式で防いでも構わないけれど、さっきと同じように反撃出来るとは思わない事よ。今度は全力。貴女が右腕を守る間に左腕を狙うだけ。術式を組み上げる隙を狙い続けるわ」
サクヤの眼では本気を出したジゼルの剣筋など視えるはずが無い。しかし彼女は言った、肩の辺りを斬り落とすと。そして右腕を狙うと。だからダガーは右肩の辺りを守るように構える。
目が合った。サクヤの選択を映したジゼルの眼は嬉しそうに、しかし悲しそうに細められる。それはまるで別れを惜しむかのよう。どうしてそんな顔をするのか、考えるための思考は残されていなかった。
そして一瞬で距離は詰まり、腐食の剣があやまたずダガーへ振り下ろされる。
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