第20話

深い黒色をどれくらい見つめていただろうか。恐らくほんの数分だった。


事切れたミナトの瞳からは光が失われ、鏡のようにサクヤの顔を映し出している。


ーー「お前はお前の望みを通せ」


先ほどの彼女の言葉が頭の中で反芻する。鏡の中のちっぽけな少女の望みとは何だ?元の場所へ帰る事ではないのか?本当の私とは何だ?


ミナトの言葉を借りれば、それはここへ来るまで常識が蓋をしていたという。サクヤが時折その片鱗を覗かせていたらしい、殺意。その殺意は今、どこに居る?





「さぁ、これで貴女を虐げる者はひとまず消えたわ。これから先はサクヤ、貴女自身で決めなさい。ここでわたしに全ての血を差し出すか、それともわたしが完全に力を取り戻すまで血を差し出し続けるか」


「血を……」


サクヤは自身に流れる血潮を意識した。心臓から送り出され、血管を伝い、指の先まで力を運ぶ血液を。眼前の美しき怪物はサクヤの血を奪いたいらしい。

三田と杉谷は命を。ミナトは心と身体の尊厳を。誰も彼もがサクヤから奪おうとする。




鼓動。


聴覚全てを支配しているかのような、鼓動。この感覚にサクヤは覚えがあった。


「……は、……の?」


「何か言ったかしら?」


頭の中まで響く鼓動の中にジゼルの言葉がかろうじて放り込まれる。


そう、あの時に似ている。空を翔ける魔物と対峙したあの死線。翔魔もまたサクヤの生命を奪わんと嘶いていた。


「完全に力を取り戻した後は、私をどうするの?」


視界がジゼルを捉える。それまでも視えてはいたはずだが、今ようやく像を結んだ。彼女の視線もまたサクヤを捉えている。


「あぁ、やっぱり……それが、貴女なのね」


視線の奥、赤々とした燃えるような瞳が僅かに揺れて、




「貴女は食事の後の食べ残しを、後生大事に取っておくのかしら?」




瞬きの後、侵掠の炎となって開かれた。

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