エピソード6 すべてのはじまり

 「なんだよ高村さんも志保もさ。勝手に俺達を戦争なんかに参加させやがって、、何考えてんだよほんと」

 二人はそのひんやりと凍った部屋から飛び出して屋上へと逃げ出した。

 目の前に突きつけられた、いつか戦争行かなければならないとわかりきっていた現実が突如として少年少女の前に現れる。

 それは処刑宣告のようにも感じ取れてしまった。まだ戦闘経験の浅い状態で戦争に参加しろというのはあまりにも身勝手すぎた。

 迅はその怒りの最低限を心の内へと隠した。現実からその気持ちを遠ざけるかのように。

 「でも僕達はある程度の実力はちゃんと認められたってことなんでしょ?それだけでも良かったと思わない??」

 満瑠の迷い無き真っ直ぐな瞳は迅の心を大きくぐらつかせた。

 戦争に出向けば、その戦争に負ければ、その戦争で戦った者は。

 そんなことばかりが少年の全身を痺らせるように駆け巡る。その瞳を少なからず荒んでいると考えてしまう自分がいた。

 首を横に振り頬を叩くとその気持ちが嘲笑うようにどこかに隠れる。

 「まあ、しばらく光助と一緒に訓練できるってのは嬉しいものかな。頼もしい仲間が増えたような気がするだろ」

 先ほどまでの悩みが嘘みたいに晴れ上がる。


 気持ちは決まった。

 戦争に行くのは初めてだ。だからこそたくさん訓練して強くなったという成果をしっかりと刻みたい。


 そんな気持ちが迅を後押しするかのように高ぶらせていく。満瑠は笑顔でうん!と頷くと二人で背中をタイルの上に乗せて緩やかに揺らめく真っ白で穢れのない雲を眺めた。

 まるで時間が遅く流れているかのように少年達の時間を忘れさせる。広い世界でただただのうのうと浮かぶ雲は、何者にも囚われることのない自由な存在のようにも感じられた。

 空も綺麗な青さを守ったまま浮かぶ雲を優しく 包み込む。途中で色が消えることもなく広い世界が全てを見ている。

 するとドアが小さく開き二人は顔をそちらに向けた。そこには起きたてのアリスの姿があった。

 「おはようございマスデスヨ~」

 目を擦りながら完全寝間着でこちらへと歩いてくる。ゆらりゆらりと揺れ動きながらも倒れることなく二人の元へとたどり着けた。少女も二人の横へと倒れ込んだ。

 三人で広い世界をずっと眺めていると迅が口を動かした。

 「〝戦争〟て何で起きるのかな?」

 「なんででしょう?満瑠は何かわかるデス?」

 「え、僕?そうだね、例えば」

 満瑠は一度深呼吸をするとまた青い空を見つめた。すると身体を軽く立ち上げて二人の顔に視線を送った。

 「人間が争うから、じゃないかな?」

 「なんだよそのありきたりな答えは」

 少年少女は笑いあい、一日の中の僅かな時間を共に空の下で過ごした。

 「だったらさ」

 また口を開いた迅に二人が驚いた顔を見せながらもその言葉を聞き入れた。


 「いつか俺が人間の争いを無くして、戦争という概念の無くなった世界を築けたら。またこうして三人でこの広い空の下で笑い合おうな」


 その言葉に二人は表情が一気に豊かになった。照れているのを隠すために迅の服に付いているフードを深く被ってしゃがみこんだ。

 またこうして三人でこの空を。


 眺められたらいいのにな





 この勢いでは流石に言いにくかったのでリビングにて志保がアリスの戦争参加の件を話してくれた。

 もちろん初耳だったものでアリスは何度もその言葉を聞き返した。初の偽装世界での戦争ということに戸惑っている様子だった。

 二人に目線で助けを求めては見たものの上手くフォロー出来そうになかったので助けずにその空気を放置した。

 「つまり迅と満瑠は戦争に行かなくちゃダメだということデス?」

 「まあ、そういう意味だな」

 志保が何度も繰り返して丁寧に話をしてみたがどうも上手くまとまらなかったらしく、また状況を判断出来ていないアリスは自室(まあ、共同で使っているのだが)に戻ると標的を迅に定めた。

 ようやく納得はしてくれたのだが、アリスが状況判断をして納得に辿り着くまでに何回も何回も同じ言葉を繰り返した。おそらく志保も理解させようと頑張っていたのだろう。

 「それで迅、明日って何時に世良さんと合流すればいいんだっけ?」

 ベッドに座りながら満瑠が迅を見つめる。

 「ん?ああ、たしか。午前十時だと思う」

 そう言うとポケットの中から小さく綺麗に折りたたまれた紙を取り出した。そこにはこれからのことについてサラッとした字で書かれている。もちろん合流時間、地点だって完璧だ。

 「あってる。午前十時だってさ」

 迅は広げた紙をまた小さく折りたたみ満瑠に向かって投げた。それを綺麗に受け取り念の為にと紙を広げてもう一度注意事項などを読み返す。


 一、仲間の大切さを学び絆を深める

 二、たくさんの知識を学び実践に活かす

 三、おやつは三百円まで


 「実践に活かせるといいよね。あとみんなともっと仲良くなっておやつは三百円ね」

 「いやいやいやいや。まずおやつ三百円までってどこぞの小学生じゃないんだからもう少し増やしたっていいのにな」

 「ツッコむところそこなのデスカ??」

 お茶目のつもりか何かは知らないがおやつは三百円までとわざわざレタリングまでしてデカデカと書かれてある。

 もはやお茶目が隠せていない、というよりも隠す気があまりにも無さすぎる。見れば誰でもわかるというか、そもそもお菓子は重要なところではないのにレタリングとは凝ったことをしてくれるものだ。

 「おやつかー、買いに行ってまたあんな目に遭うのは面倒だからな」

 「だったら!明日は一日中支部館でクッキーを作るデスヨ!!」

 アリスの突拍子のない発言に二人の視線が集まる。は?という疑問の声の先には笑顔で笑うアリスの姿があった。

 「いや、まず明日から俺たち光助との訓れ、、」

 「大丈夫デス!私に任せるデス!!」


 、、、、。


 多分これ以上言っても無駄なんだろうな


 光助がこの事実を知ったらなんて言うか




 「全然大丈夫だよ!初日くらい息抜きは必要だからね!!」

 この事実を知った光助の一言目は凄まじい破壊力があった。

 戦争に出向くまであと二週間しかないというのに初日に息抜きとか言ってクッキー作ってまったりしてる場合ではないはずだ。

 逆に戦争前にクッキー作ってまったりしてる光景など見たくない。如何にも「私たちは戦う気ないけど戦争には行くのでよろしく!」て宣言しているようなものだ。

 アリスの思いつきで急遽始まった息抜きという名のクッキー作りは白虎にある広いキッチンで行うことになった。

 メンバーは迅、満瑠、アリス、志保、斧谷、高村、そして世良光助。

 この由々しき問題を総本部に監視されていたとしたらもう言い逃れなどできない。

 何にせよもう既に全員エプロンを着てしまっているからである。

 「うわぁ!アリスちゃんのハート柄のエプロンすごい可愛い!女の子って感じね!!」

 「そんな事言ったら志保のドット柄も似合ってるデス!とても可愛いデスヨ!!」

 志保とアリスはお互いの着ているエプロンを眺め合いながら褒め称えあっていた。

 そして何よりも気になるのが

 「ねぇ慎ちゃん。いい加減出て来てよ」

 斧谷がそう言うとオレンジ色のドット柄エプロンを着て姿を現す謎のお兄さんがいた。

 そう。高村のエプロンが他の誰よりも派手で可愛らしいところだった。

 「、、くそ。クッキー作り終わったらすぐに脱ぐからな!!」

 赤面しながら可愛らしいエプロンを着るお兄さんというのはなかなかインパクトがある。またそれを見て楽しむ斧谷は先程からずっとニヤニヤしている。

 「な、なんだ斧谷、、て、おい!!!」

 名前を呼んだ瞬間に斧谷はパシャリと写真を撮った。それを見てさらに赤面し暴れ回る高村。

 「消せ!!今すぐに消せ!!じゃないと本気でグチャグチャになるまで殺すぞ!!!」

 「大丈夫だよ~、これも記念ってことで白虎のアルバムに加えておいてあげるから」

 「『ティザスモーション』!!」

 お?と足元を見てみると小さく斧谷の身体が浮かび上がっていた。ティザスモーションは他人の重力場を小規模ながら操ることが出来る。一点に集中して発動出来るためにその威力はなかなかだという。すると右手の人差し指を軽く曲げて斧谷の端末を掌に収めた。

 赤面状態で高村は斧谷の端末を触るが画面がパスワードが分からなくて先に進めなかった。

 「斧谷!パスワード教えろ!!」

 「え?パスワード??別にいいけど」

 「早く!すぐに!即座に!」

 「そんなに急かさないでよ、、」

 斧谷はどこか笑うことを堪えている様子で高村はそれに気づいていなかった。

 「パスワードは、、」

 「パスワードは!!??」

 「僕の指紋さ!」

 「ふざけるなあああああああああああ!!!」

 叫びながら斧谷の首を絞める高村を見て志保は深くため息をついた。

 「お二人共落ち着いてください。さっさとクッキー作りますよ」

 「「はい」」

 志保のにこやかな笑顔に思わず狂気を感じ両者同時に黙り込んだ。

 アリスはドタバタ走り回りながら何かを探している。迅は気になって言葉をかける。

 「どうしたんだよアリス、何探してんの?」

 すると動きを止めてこちらを見やる。

 「クッキーの作り方が書いてある本がどこにもないのデスヨ。知りませんデスカ?」

 「本?それなら今満瑠が読んでるけど」

 隣で本を手に取りジッと見つめる満瑠の姿を見てアリスは謎が解けたようで笑顔になった。

 アリスのこの無邪気な笑顔は周りの雰囲気ですら変えてしまう、いはば魔法のようなものなのかもしれないな。

 それにしてもさっきから光助の姿が見えないけどどこにいるのだろうか。

 ふらりとドアを開けて廊下に出ようとすると何かに当たって開かない。思い切り押してみても微動だにしない。視線を下げるとそこには小さく丸まり座り込んでいる世良の姿があった。

 それを見て軽くドアを叩いてみる。世良は気づいたようですまない。と合図しながらドアを開けた。

 「どうしたんだいアカメ、今からクッキー作るんでしょ?」

 「どうしたはこっちの台詞だ。さっきから何やってんの?」

 「さっきから、少し頭が痛くてね」

 そう言うと少しばかり頭を抑えてまたドアの前で座り込んでしまった。

 咄嗟に背中を支えて今の状態を保とうとする。 そこに高村が来てくれた。

 「おいアカメ、そろそろ、、て、おい世良!大丈夫か!!」

 優しく背中を叩いてみたが反応がなかった。 すると高村は仕方ないなと世良を背負った。

 「アカメ、とりあえず世良は俺が面倒見とくからお前はみんなとクッキー作ってろ」

 そう言うとドタドタと自分の部屋へと帰っていった。

 部屋に入ると勢いのまま世良を布団の上に置いた。少しばかり表情が痛い。引きつっている様子を見るだけでも相当頭痛が酷いのだろう。

 高村は「今、リビングから水入れてくるから待ってろ」というとドアを閉めてまた階段を降りていった。


 「いつまで俺にいるつもりなんだ、お前は」

 そう言うと真っ白な世界に一人の少年が立ち尽くしていた。何も無い。どこか世界の境界線のような。ずっと先を見つめても何も見えてこない。少年は世良に話しかけ始めた。

 「いつまでと言われても、まだアカメが目醒めてないんだからここにいて当たり前でしょ。それにアカメが僕に目醒めたら、アカメは正式に僕に従う末裔イグナイトになる。もう出番なんてなくなる。そうでしょ」

 何もかもを見透かした少年の声は世良の心の中に酷く響き渡る。その言葉が真実であるか、将また理想であるか。その答えを知っているのは少年だけだった。

 「前までよくアカメとらしいじゃないか。おまけに能力に目醒めさせようと自ら力を与えてみるなんてこともしていたんでしょ?話は聞いているよ」

 「相変わらず悪趣味な男だね。能力に目醒めてくれないと僕はを殺せない。だからアカメに力を与えて目醒めさせようとしているんじゃないか」


 「お前は間違っているよ」


 「は?」

 世良の一言に少年は顔を曇らせる。別に自分が間違ったことなど言っていないと主張しているような。世良はニヤリと少年の眼を見つめる。


 「お前が力を与えなくても彼は能力に目醒めるよ。最近グレンが動き始めているという情報も耳にしている。下手に動くと真っ先に殺されるのはお前だ」


 「自ら動き出しただと、、。あいつ、に散々した上にこのザマか。何を企んでやがるんだ」

 「まあ、そこは俺の専門範囲外だ。知りたければ自力で情報を集めろ。じゃあな」

 そう言うと世良は境界から姿を消した。今までのように意識を失われてから消えるのではなく、自らの力で境界から消えた。

 少年はその跡を見てから顔を上げて何も無い空虚な世界を見つめた。


 「となると創造神が動き出すということか。何を企んでるのかは知らないけど、僕は必ずに辿り着く。たとえどれほどの犠牲を虐げられるとしても」




 その後ゆっくりとリビングへと戻った迅は断るヒマもなく志保とアリスの餌食になった。

 二人はドアを開けて入ってきた迅を見るなり足音を立てながら迫る。突然の行為にどうしていいものかわからずに戸惑う姿があった。

 「私とアリス!どっちのエプロンの方が可愛いと思う!?」

 「ワタシと志保!どっちのエプロンの方が可愛いと思うデスカ!?」

 青のドット柄エプロンの志保か、ピンクのハート型エプロンのアリス。

 正直なところを言うとかなり選びづらい。

 なんて理由を立ててこの質問に答えなかったとしたらしばらく冷たい視線を浴びるなんて目に見えてるし、志保を選ぶとアリスからの冷たい視線だしアリスを選ぶと志保からの冷たい視線を浴びることになる。

 迅に残された選択肢は「冷たい視線を浴びる」の一択しか残されていなかった。

 考え込んでいると先ほどよりももっと二人が迅に寄りかかった。しかも表情が色々と本気すぎて目が二人とも怖い。写真に撮ったらしばらく遊べそうだけど、今はカメラを持ち合わせていない(そういう問題じゃない?)し逃げ道が何処にもない。

 流石に近づきすぎというか苦しいし息をするのが何故か辛い。なんで、、さっきまでお互いのエプロンを褒めあってたのに、、

 (誰だよ!こんな状況作ったの!!)

 少し睨みを利かせていると奥で黒いエプロンがケタケタと笑いながらこちらを指差していることに気がついた。

  (斧谷さん!あんたか!!畜生!!!)

 おまけに黒エプロン斧谷の隣でこちらを見て哀れみの目で見てくる少年の姿が。

  (おい満瑠!!お前助けろよ!!!)

 「ねぇ聞いてるのアカメくん!?どっちのエプロンの方が可愛いと思ってるの!!??」

 「いい加減答えてクダサイ!!」


 うああああああああああああ!!!!

 やめてくれええええええええ!!!!!


 その後なんとか場を上手く収めた迅が満瑠の元に走り込んでいった。

 「み、満瑠!!お前、た、、助けに来いよ!!大変だったんだからな!?」

 迅は息切れしながも満瑠の目を怒りの目で見つめる。するとさりげなく満瑠が視線を逸らした。

 「ぼ、僕気づかなかったなー」

 「そんな棒読みで、はいそーですかって言うと思ってんのか!!」

 「アハハハハ」

 完全に棒読み体制だ。まさか満瑠が棒読みで返事するなんて考えたことがなかった。

 迅はどこか残念そうな顔をして下を向いた。

 ため息をついた迅を見て満瑠は知らぬ顔して背中を向けた。だが満瑠のエプロンの紐をグッと掴まれ迅から逃げられなくなった。

 「逃げられる、とでも?」

 殺意の篭った言葉を境に満瑠と迅が二人で騒ぎ出した。

 そんな光景を見て斧谷が大きく手を鳴らす。

 「ほら、そこ暴れてないでさっさとクッキー作るよ~」


 お前が元凶だろうがあああああ!!!!


 そんなこんなで俺達のクッキー作りはようやく開始されることになった。

 まずはキッチンに小麦粉、砂糖、卵、マーガリン、ポリ袋、ボウル、麺棒を順番に並べた。アリスは興味津々そうにキッチンで飛び跳ねている。それだけ今日を楽しみにしていたのだろう。まあ、昨日言い出したということに変わりはないのだが。

 志保は軽く腕まくりをすると一人一人に役割を分担させ始めた。

 「とりあえず斧谷さんは今からオーブンでマーガリンを温めてください」

 ひょいとマーガリンを渡すと斧谷はオーブンへと向かう。

 「ねぇ志保ちゃん。何Wで温めたらいい?」

 「600Wで10秒お願いします。あとでまた仕事してもらうのでそこら辺で色々手伝ってください」

 おっけーと気のいい返事をすると斧谷はオーブンを開いて熱量を設定した。   

「じゃあアカメくんには揉み作業をお願いしてもいいかな?マーガリンと砂糖、卵に小麦粉をそこのポリ袋に入れてもらって粉っぽさがなくなるまで揉み尽くしてね。力仕事は任せるよ」

 やっぱりこうくるか、とでも言いたそうな顔で迅はポリ袋を手に取った。

 「さっさと終わらせるか」

 「あ!マーガリン温め終わったから渡しておくね」

 オーブン係としての仕事を一旦終えた斧谷はマーガリンを迅に預けると疲れたと言いながらソファーに転がった。

 すると迅はマーガリン、砂糖、卵、小麦粉の順番にしっかりとポリ袋を揉み始めた。グッと力を入れる度にまだ粉っぽさの残っている感覚が両手を襲う。少しため息をついて背筋を伸ばすと横からアリスがこちらを見ていた。

 「私もやってみていいデスカ?」

 「疲れたから少しだけ頼むよ」

 任せてクダサイ!!と言うとアリスは勢いよくポリ袋を掴み揉み始める。だが迅が先にかなり揉みほぐしたおかげでかなり力を入れないと揉めないレベルに達していた。

 アリスは歯を食いしばりながら両手に全力を注ぎ込んだ。必死に頑張っているアリスを眺めるのもなかなか楽しい。とても可愛いというか努力してる姿が愛らしいというか。

 「迅、やっぱ無理デス。よろしくお願いするデス」

 「早いなおい!まだほんのちょっとしか手伝ってないじゃん!!あー、もうなら見とけよ」

 すると立ち位置を入れ替えて迅は力強くポリ袋を揉み始める。それを見てアリスが感激の声を上げていた。さすが男の子といったところだ。力強さは迅にもあるらしい。

 ポリ袋を何分か揉んでいた頃に何かを思い出したように迅が表情をハッとさせると、アリスの顔を見やった。

 「アリスさ、この前剣城さんと戦ったろ?あの時に使ってた∑《シグマ》って何なの?」

 「あれは特殊型スペクトルと呼ばれる∑の一種なのデス。銃撃特殊型スペクトル:ナイトメア。普段は普通に銃として扱えるのですが時として自分の身にナイトメアを浸透させて手振り一つで攻撃が出来てしまうのデスヨ」

 なるほどね。と迅が首を縦に振る。

 「丸腰だと思って近づいてきた相手に対しては効果的面な訳か。もひとつ質問いいか?」

 何デスカ?と言いながらアリスは首を傾げた。少し聞きにくい質問ではあるが迅は勇気を出してそれを口にした。

 「俺たちが訓練室に行った時、剣城さんが思い詰めた顔でアリスに∑を向けてたよな。それと怒って叫びながらよくわかんない∑使って暴れてたけど、何があったんだよ」

 「それは……」

 アリスが表情を暗くして顔を下に向けて黙り込んだ時に、向こうから志保の声が聞こえてきた。

 「アカメくん!手が止まってるよ!!アリスちゃんはこっちおいで。あとでお仕事あるんだから」

 するとごめんなさいデス。と呟いたアリスは志保の座っているソファーに走っていった。どこか寂しそうで辛そうな表情のアリスを見て迅の心がモヤモヤし始めた。結局あの時の出来事について聞けなかった。何かあったことには違いない、と人のことばかり考えてしまう。


 「君の悪いところだよね」

 ハッと後ろを振り向くとまたどこかの白い境界に立ち尽くしていた。奥からポチャンと音を立てながら少年がこちらに歩いてきた。

 「やあ、アカメ。また会いに来たよ」

 「うるせぇんだよ」

 「口調が荒れてるね。あの少女のことがそんなにも気になるのかい?」

 ピタッと迅は口の動きを止めた。歯を食いしばって下を向く。

 「別に。それよりもいい加減教えてくれてもいいだろ。ここはどこなんだよ。こんな何にもない世界に何度も連れて行かれて迷惑なんだよ」

 迅は睨みを利かせながら少年を真っ直ぐに見つめる。少年はどこか苦しそうにしていた。

 「……まだ君には教えられない。それを今知ってしまうとグレンは真っ先に君を殺してしまう。まだ一歩も進んでないのに僕が君を失う理由にはいかないんだ。今の君じゃグレンには勝てない。を手の内に収める程の力がないとダメなんだ。だからまだ教えることはできない」

 すると少年はこちらに手のひらを向けて迅から遠ざかっていく。徐々に何も無かった白い世界が色を消して消えていく。


 俺はその時の少年の言葉の意味を全く理解できなかった。



 ーそう、その時まではー



 気づいて意識が戻った時にはもう生地が薄く広がっていた。隣を見ると志保とアリスが二人で麺棒で生地を広げていたのだ。

 「アカメくん、しんどいならソファーで横になってていいんだからね」

 「う、うん。ありがと」

 そう言うと言われたままソファーに転がった。しかしあの空間は一体……

 ガチャりとリビングのドアが開きそこから姿を見せたのは世良光助だった。まだ少しフラフラしているが先ほどよりだいぶ元気になっていた。

 「あれ?高村さんは一緒じゃないの?」

 光助は少しよそ見をしながら返事をした。

 「ああ。慎太郎なら自室で仕事があるからってエプロン着たまま作業してるよ」

 「それじゃ、慎ちゃんでもイジリに行きますか」

 そう言うと斧谷がニコリと笑いながらドアを開け全力疾走で高村の自室へと走った。まだ出ていって数秒しか経っていないというのに上で二人が暴れている音が聴こえてくる。

 「仲が良いのか悪いのかよくわからないよね」

 光助はどこか呆れ口調で迅を見た。

 「たしかに。でも俺は仲良いんだと思うけどな。何だかんだ言って高村さんも斧谷さんに甘いしね」

 「へぇ。アカメは視野が広いんだね」

 その言葉はどこか不自然で気味が悪いと心のどこかで思ってしまった。何かをような口ぶりに迅の鼓動が増す。

 「そう?人間観察って結構楽しいよ。それにずっと続けてれば人間の癖とかどんどん理解できるようになってきて、今こいつこんなこと考えてんのかな。とか今こんな気分なんだ。みたいな感じでさ。だからなんか習慣グセになったみたいだから今もこうして続けてるだけだよ」


 「……


 俺はふと疑問を表情に浮かべて光助を見つめていた。さっきから光助の発している言葉が何かを隠しているような気がしてならない。

 まあ、隠しているといえばな訳だけど。

 特に光助みたいに能力をコントロールして発動させることだってできな…い。


 あれ…今俺なんて言って……


 「そういえば……」

 光助はふと頭で考えたことを口に出しかけると迅の方を向いて微笑んだ。

 「僕がアカメをあの場所に連れて行ってから彼此三ヶ月近くも経ってるね」

 ああ。たしかにそうかもしれない。

 俺が泥棒か強盗かに殺されそうになった時に光助が助けてくれて…。そうかあれから三ヶ月か。

 「なんかあっという間に時間って過ぎてくものなんだね。改めて実感したよ」

  迅が遠目で窓の外を眺めているのを見て光助がクスッと笑った。何故笑ったのだろうか。

 「あっという間、か。それだけアカメにとってこれまでの時間は充実していたという事だよね。支部にも完全に溶け込めてるし」

 「みんな優しいからね。まるで……」

 言葉を続けて発そうとしたが思わず口を噤んでしまっていた。その瞳はどこかしら悲しさと残念さが入り交じっているような気がして、光助がその言葉を続けた。

 「家族みたい…かい?」

 「ああ。あの頃を思い出すよ。俺にはただ現実を受け入れることしかできなくなって。あれ以来どんなに辛いことがあっても、そういうものなんだって思い込ませるようになったよ」

 迅の脳裏にがふと過ぎった。普段は思い出さないようには気を付けているのに……。


 ーもう死んでいるってわかってるのにー


 「出来たデース!!!」

 迅が顔を下に向けてボーッとしているとキッチンからアリスの嬉しそうな声が聴こえてきた。とても無邪気で、元気で。 

 隣で座っていた光助はゆっくりと立ち上がりキッチンへと歩いていった。

 「深く考えすぎるとこれからに支障をきたすから程々にね」

 そう言われて迅は胸に手をあてると光助のあとを続くように歩いていった。


 背後でから少年の声が聴こえた気がしたのだが…。


 「まさか、な」




 「ほら!かなりいい出来栄えだと思わない!?」

 志保は自信満々にクッキーをキッチンペーパーの上に乗せた。そこには星やハートの形をした分厚目のクッキーが並べられた。ハートのクッキーの真ん中にはどうやらイチゴジャム、星のクッキーにはオレンジジャムが丁寧に塗られていた。

 器用というかプロというか。

 「すごいな。俺クッキーって誰が作っても一緒だと思ってたよ」

 「ふふ!そうでしょアカメくん!!もっと褒めてくれてもいいのよ!!」

 志保の姿はまさにに天狗そのものだった。

 そんな姿をみて光助はハートのクッキーを手に取り口にした。すると光助の顔色が徐々に青ざめていく。迅も不思議そうに同じクッキーを手に取り口にする。

 始めから明らかに普通のクッキーの味がしなかった。おまけに食べていく内に吐きそうになる衝動にかられた。イチゴジャム…じゃない。明らかにイチゴのような甘味がない。どこにもないカケラも見当たらない。

 「おい志保…。このクッキーのジャムみたいなの、何を塗り込んだんだよ……」

 恐る恐る謎のジャムの正体に手をかける。


 「ん?イチゴジャムにトマトの身と汁を混ぜただけだよ。あと一回試食した時にイマイチだったから生地を小まめにちぎって大量に塩を混ぜてみたのよ」

 イチゴジャムは含まれていた。がそのあとが全ておかしい。どうりで始めからクッキーの味がおかしいはずだ。それよりも生地を小まめにちぎってから塩混ぜ込むとは何という罰ゲームのつもりなのだろう。

 「志保…。お前完成してから試食はしてるのか?」

 「え?まだしてな、、モゴッ!!」

 試食をしていないと断定できた瞬間にクッキーを手に取り志保の口の中に突っ込んだ。勢いよく悪意を込めて。

 「別に変な味なんてしな……っ!!!」


 ざまぁみろ 笑


 食べ始めてからしばらくは味に気づけていなかったがすぐに自分の犯した過ちに気づいた。生地に塩を入れたせいで何故かクッキーが辛い。しかも猛烈な程に。ジャムと呼べるのかわからない部分を口にした瞬間に広がるイチゴジャムとトマトのミスマッチブレンド。

 志保はあまりの不味さにショックを受けて後ろに倒れ込んだ。

 何故毎日のご飯などはそこら辺のファミレスよりも美味しいというのに、簡単に作れて美味しいクッキーがここまで不味く作れるというのだろう。

 するとアリスが星の形をしたクッキーを光助と迅へと差し出す。

 「わ、私のクッキーも食べて欲しいデス」

 二人は数秒顔を見合わせたあとに「信じよう」と言いながらクッキーを手に取った。

 だが志保のクッキーのせいでどうにもスムーズに手が動かない。もう既にトラウマレベルに達していた。

 軽く深呼吸をらすると二人はクッキーを口に入れた。

 生地に塩気は全く感じられない、合格。

 肝心のジャムはオレンジジャムみたいだったけど大丈夫なのか……?


 「「美味しい!!」」

 涙を流しながら二人は手を握りあった。志保の傑作すぎるクッキーと比べると本当に悲しくなるほど美味しかった。


 そんな楽しい時間は過ぎ去り日数が二日進んだ。一日目、クッキーを作った翌日の練習は光助が志保のクッキーを食べさせられ続けお腹を壊して休みとなった。

 二日経った本日からようやく本格的に迅、満瑠、光助の戦争に向けての練習が始まった。


 場所は第四支部 白虎にある訓練室。それなりの広さもあり防音性。思い切り暴れられる練習にはもってこいの場所だ。そこに三人が集まる。

 部屋の真ん中で満瑠と二人で待っているとドアからガラガラと何かを運んでくる音がした。

 そのままドアが開きそこからホワイトボードを転がしてくる光助がいた。

 二人の前に置いたかと思うと黒いペンでホワイトボードに文字を書いていく。

 フタを閉めるとこちらを向いた。

 「ということで今から『偽装世界での戦争』について解説していくからね。はじめが肝心だからよく聞いておくこと」

 そういうと光助は先ほど書いたものを見せた。そこには戦争で戦う時のルールがズラリと書かれてあった。

 「ここからはしばらく喋り倒すからね。まずは基本的なルールから。戦争とはいっても偽装世界での戦争というのはランダムにステージが選ばれて制限時間内に相手の親玉を倒した方が勝ち。普通に考えるとそう悩むものではない」

 ランダムに選ばれるステージに制限時間。まるで何かのゲームのように感じられる。

 「じゃあ次はそのランダムに選ばれるステージについてだよ」

 また文字をサラサラと消すとペンで文字を書いていく。少し時間が過ぎたところで光助がこちらに顔を向けた。

 「まずステージの種類は主に都市エリア、森林エリア、河川エリア、住宅街エリア。それぞれに特性があってエリアの中に細かいステージが用意されている」

 エリアが決まってから細かいステージの中から一つ選択されて戦争ステージが選ばれるということなのだろう。一つのエリアにいくつのステージが用意されているのかわからない。しかもランダムで決まるという辺りから作戦はかなり多く作る必要がある。

 「まずは都市エリア。どこかの国の首都の偽装世界や高層ビルの建ち並ぶ偽装世界がある。良点は相手から身を消しやすい、簡単にいうと戦闘から離脱しやすいところだ。逆に欠点はその複雑さゆえに相手に狙い撃ちされやすいところだ。ビルが一つ壊れて倒れたら煙で何も見えなくなるし厄介なステージの一つだね」

 「上の方に相手がいたら見つけにくくないか?周りはビルとかばっかりなんだろ?」

 迅がやや食い気味に質問をする。その質問に光助は笑顔で答えた。

 「たしかにビルが多いね。だけどそのエリアに用意されたステージすべてが周りがビルだらけというわけじゃない。あるところもあればないところも存在する。ビルが多いところで上に司令官に立たれるとそこから作戦を取られやすいし 、少ないところなら作戦はあまり取りにくい。どちらにも良いところがあって悪いところがあるよ」

 なるほど。と迅が首を縦に振る。

 「次は森林エリア。このエリアは基本的に長い間育った陰樹がメインになっている。その下に生えてる陰樹を使えば簡単に身を隠すことができる。だけど木々だから少しでも音を立てると相手にすぐ見つかってしまう。これがこのエリア最大の欠点。動くならすぐに動かないと一瞬で倒されちゃうんだよね。こういう時に剣城くんの瞬間移動リミットポーターが役に立つんだよね。音立てずに移動できちゃうから」

 隠れやすいが見つかりやすい。ならこのエリアに当たった時は常に動き続けて相手を混乱させる必要があるということか。

 「河川エリアは一番複雑で相手を引っ掛けやすいエリアだね。小さい住宅街があってそこに大きな川が流れてるみたいなところだよ。ちゃんと向こうに渡れるように橋がかけられてあって戦闘するとしたらそこがポイントかな。欠点は特にないけど挟み撃ちをされやすいところかな」

 「挟み撃ちとかされたら終わりだよな」

 「そうだよね」

 迅はコソッと満瑠に耳打ちをした。

 「最後は住宅街エリア。都市エリアとは違って都会チックな場所じゃないんだよ。普通に一軒家が建ち並んでたりするだけ。良点としては奇襲をかけやすい、欠点は真っ直ぐな道が多いからどのエリアよりも離脱するのが困難だね」

 とりあえず今説明したことを頭の中で整理してみよう。都市エリアは戦闘から離脱しやすい、逆に住宅街エリアは離脱しにくい。森林エリアは持ちつ持たれつ、河川エリアは相手を作戦に嵌めやすい。

 どのエリアにも特徴的な特性があることがわかる。だが理解するにはしばらく時間がかかりそうだな。

 しばしボソボソしていると光助が次の議題に移り込んだ。

 「次は戦闘時の勝利敗北条件についてだ。基本的には相手の親玉となる人はもう動けないと判断された場合のみ、空に向かって赤色か青色の光が放たれる。それを見て勝利か敗北かを判断するんだよ。ちなみに親玉じゃない人は殺されるリスクが一番高い。親玉は光を放ってしまったらそこからの攻撃は如何なる時でも禁止されている。だから死ぬところには及ばない。が、そうじゃなければどれだけ攻撃されて死にかけだとしても関係ないんだ。これが偽装世界の一番恐ろしいところなんだよ」

 「ということは俺や満瑠が親玉として参加していなければ殺されるリスクは上がる。だったらさ…」

 迅の言葉がふと詰まり空気が冷える。



 「戦闘状態の相手が親玉じゃなかったらということだよね?」



 その質問に場の空気が冷えきって凍りついた。すると光助がため息をついて空気を変えた。

 「そうだ。自分が殺される場合もあれば相手が殺される場合がある。生きたければ敵を殺せ。こういうことだよ。さて、ある程度説明したし本日はこれにて終了!お疲れ様~」

 「え、今日はこれだけですか?」

 満瑠は思わず立ち上がった。実践を楽しみにしていた満瑠にとっては驚きだったのだろう。

 光助はくるりと後ろを振り向き明日の予定を伝えた。

 「今日はこれだけだ。明日は実践するからまたこの部屋に集合な。遅刻するなよ」

 そう言うと光助は支部館をあとにした。





 「一気に話をされすぎて頭が追いつかない」

 迅は目の前に並べられた食事を口に頬張る。

 「アカメくん、あまり多く口に頬張らないの。それで、今日は何をしてたの?」

 「なんかエリアとかステージの説明をされましたよ」

 頬張りすぎて話せない迅を横目に満瑠が話した。すると志保が深く納得してお茶を飲むとアリスが首を突っ込んできた。

 「エリアというと都市とか河川とかのやつデスカ?今日総本部長が教えてくれたのデス」

 「道理で支部館で呼んでも返事がなかったのね!ちゃんと伝えてから外出しなさいよ」

 「したデスヨ」

 アリスがすぐそばにいる男に指を向けた。全員がその顔を見る。

 「ああ。そういえばアリスちゃんそんなこと言ってたね~。伝えるの忘れてたよ~」

 この男、斧谷だ。わざとらしく首を傾げて志保を見やる。そこには少々頭にきている志保の姿があった。 

 迅と満瑠はそれを察して少しだけ距離を取る。

 「報告は全員に伝えなきゃいけないんですから気をつけてください!!ただでさえアリスちゃんのこと心配したんですよ!?」

 「あはは。これから気をつけるよ」 

 まるで志保を手懐けているような流れ作業で志保の怒りを鎮めた。

 ガチャリとドアが開き真ん中のコロッケを食べた男がいた。高村だ。

 「お帰り慎ちゃん。諏訪ブラックに呼ばれて出張だったんでしょ?お疲れ様~」

本当に諏訪さん、諏訪ブラックて呼ばれてるんだ。とふと光助が教えてくれたどうでもいいことを思い出した。

 「ああ。相変わらず諏訪さんの指示は過保護すぎる。たかだか敵国の調査で護衛をつけられなきゃいけないんだ」

 「ゴクッ…、それって俺達が戦争する国の調査ということ?」

 「そう、お前達に有益かどうかはわからないが情報を持ち帰ってきている。後で地下の作戦室に来てくれ」

 「え、支部長。僕達地下室初めてなんですけど」

 満瑠が少し肩を狭めて高村の指示を待った。

 「志保に入口を教えて貰ってくれ。先に着替えてくる。斧谷、俺の分皿に取り分けておいてくれ」 

 そう言うと高村はドアを閉めて一旦自室へと戻った。





 そうして夕ご飯を食べ終わった俺達は何の迷いもなく地下の作戦室に移動した。とても静かでその雰囲気が恐ろしく感じられた。

 志保には「階段の裏にスイッチがあるからそこを押して地下に行きなさい」と説明だけされた。明ら様にスイッチが付けられていて、押すと壁が急になくなったかのようにドアが開いた。階段はとても長かった。明かりも電気もなく感覚だけで進まないといけなかった。

 ちょうど階段を降りたあたり自動で電気がついた。暗く閉ざされた世界に光が差し込み目の前に長い廊下が続いていた。

 少し歩くと大きな扉に行き場を塞がれた。どう入ればいいのか全くわからなかった。

 「なぁ、満瑠。これってどう入ればいいのかな?」

 「さあ?僕にもわからな……お?」

 何かを見つけたように扉の真ん中に移動した。そこには指紋認証システムが設置されてあった。だが指紋など認証した記憶がない。

 「これ入れるのか?」

 そう言いながら迅は指紋認証に手を触れる。すると正常に処理されたように扉がゆっくりと動いた。

 だがもちろん指紋認証などしていない。何故か扉が開き始める。いつ認証したというのだろうか。

 扉が完全に開くと奥に大きなイスに座り込んでいる高村の姿があった。

 「冨士坂 満瑠、荒夜 迅。ただいま参りました」

 満瑠が丁寧に挨拶をすると二人は高村の近くに移動する。するとくるりとイスを回した。

 「よお。少しばかり遅かったな。早速で悪いが今回戦争することになった国の情報を渡しておこう」

 手元にある光を発しているキーボードを打ち込み、何も無い空間にパネルを次々に出現させていく。フェイトの進歩しすぎた技術というのは全く便利なものである。

 何枚ものパネルを目で追っていくと国名らしき名前があった。

 「…マーシフル?」

 高村は再びイスに深く座り込みパネルを見やる。

 「そう。ここから南東にある半独立国家 マーシフル。二年前に契約を結んでいたケフィアと戦争したことをきっかけに独立を試みて成功したところもあれば失敗しているところでもある。まだ独立問題が国で行われているらしい。そして戦闘データだが……。」

 そう言うと高村はもう一枚パネルを映し出した。

 「マーシフルは主にアタッカーを中心としている。今回は紅花と白虎で敵を迎える。アタッカーもいればガンナーもいる、そういう意味で捉えるとかなり有利ではあるんだ。だが向こうには世界で二番目に強いと評判の凄腕シューターがいるという話だ。まだそいつの戦闘データは出ていないから詳しい火力や戦法などはわからない。ただそいつが始めから動くとすると紅花を潰しに来る。敵からするとアタッカーがガンナーに集中して攻撃する方が有利だからな。おそらく紅花もこれを見越して先に向こうのシューターを見つけ出し、その瞬間に潰すのだろう。俺達は結局向こうのアタッカーと戦わなければならない。弱点を突かれるが故に親玉以外が殺されるリスクが急激に上昇してしまう」

 話を聴く限り、マーシフルはこちらにとってはかなり不利な相手だということがわかる。

 弱点ばかり突かれるとこちらも対応ができないということなのだろう。

 「今回は大将戦になる。大将はお前達のわかるところでいう親玉だ。つまりは親玉さえ潰せばこちらの勝ちだ。制限時間は三時間ある。戦闘は持ち越せば持ち越すほど戦いづらくなるだけだ。要は始めから一気に向こうを封じ込めて叩き落とす!!」







 そうして俺達の訓練期間は何事もなく過ぎてゆき、ついに前日まで時が迫ってきた。

 支部館全体に緊張感が走る。訓練最終日ともなり光助は二人を支部館の屋上へと連れ出した。

 辺りを明るく照らしていた太陽は徐々に力を失い月と入れ替わろうとしている。その日最後の太陽の力強い光は紅くこの世界を照らす。

 少し吹く風が気持ちよく三人を包む。太陽を眺めていた光助がそちらを見つめながら二人に語り始めた。

 「アカメ、満瑠。この色は嫌いか?」

 言われた時はイマイチその意味がわからなかったが光助が見つめる先を見つめるとその答えがわかった。

 紅く光る太陽。きっとその色のことだと。

 すると光助は深く深呼吸をした。

 「二人は〝紅陽の悲劇〟を知ってるか?」

 「たしか、百年前に当時の世界で最も栄えていた国と周りの国々を一瞬で壊滅させた最も有名な大虐殺だろ?」

 迅と満瑠が不思議そうに光助を見る。迅の答えに頷くとまた空を見上げた。


 「俺は、この色が嫌いなんだ」

 

 その声は重く、暗く、冷たかった。

 そしてただただ悲しかった。


 すると何事も無かったかのように光助は二人の頭を撫でまくった。

 「お前達なら大丈夫だ!明日は絶対に勝ってこいよ!!」

 そう明るく言うとドアを開いて自分一人その場から姿を消した。

 「結局、何が言いたかったんだろ。よくわかんないよな」

 「僕もわからなかったよ。あのさアカメ」

 満瑠はふと迅の手を握った。どこか寂しいように強く握りしめている。

 「明日は頑張ろうね!!」

 満瑠の笑顔から視線を逸らして黙り込んだあと迅も満瑠の手を握り返す。

 「いきなりなんだよ…。当たり前だろ。絶対に勝って帰るんだ」

 すると握っていた手を離して手の平を向ける。それを見て満瑠が笑いながら手の平を向けて勢いよく音を鳴らす。

 その音は明日がもうすぐにあるということを知らせる合図ともなった。





 当日となった朝。いつものようにうるさい目覚まし時計が少年を呼ぶ。少年は目を覚ますと少女を横目に窓を開いた。陽が登り闇に閉ざされた世界に光が入り込んでくる。当日となってしまったせいか心做しか光が差し込んでこない。少年にはそう感じられた。

 「……戦争、か」


 『〝戦争〟て何で起きるのかな?』

 『人間が争うから、じゃないかな?』


 少年の脳裏にいつかの会話が流れゆく。

 改めて考えると満瑠が言った通りだった。人間が争うから戦争が起きる、最もな理屈だ。でも戦争を未然に防ぐために策を出して条約などで戦争が起きないようにとしている。人間は争うことのないように対策しているというのに、何故この場で争う必要があるのだろうか。


 だったら裏であっても世界と戦争を続けるこの偽装世界とは何だというのだろうか。

 偽装世界で戦争するなら戦争をしないための対策を練る必要があるのか。

 あの時総本部長は俺にこう教えてくれていた、『偽装世界とは戦場』だと。

 なら人間がそこまでして戦争を望む理由とは、戦争をしないようにと対策を練って戦争をしないようにしている。

 だったら〝偽装世界の存在〟は一体……。


 そんなことを考えているとふと部屋に大音量で目覚まし時計の音が鳴り響く。迅は窓を閉めるとその音を止めてアリスの身体を揺さぶった。

 「おいアリス。朝だ、ぞ……」

 すると布団から出てきたアリスは泣きながら迅に抱きついた。いつものように離そうと試みても離れようとしない。無言で泣き続けるアリスを宥めることしかできなかった。

 「……で」

 小さい声ではあったが何かを呟いたアリスに耳を傾けた。

 「アリス、どうした?」

 泣き顔で迅を見つめようとせずにまた強く抱きしめた。頭を撫でようとした瞬間に全身が震えていることに気がついた。

 「行かないで…」

 いつものような片言ではなくしっかりとした声に迅の心が痛くなる。締めつけられているような。そんな錯覚に陥っていた。

 迅はアリスの頭をしっかりと撫でる。するとアリスは泣きながら迅の顔を見つめた。怖い部分が見当たらない、いつもの明るくて優しい迅の表情を見てアリスの涙が止む。

 迅は軽快に微笑んで立ち上がった。

 「大丈夫、絶対に勝つから」

 そう言うと迅はドアを開いてリビングへと降りていった。一人になった部屋でアリスは静けさの中、もう一度布団の中に潜り込み枕を抱きしめた。

 「…そうじゃ、ないんデス」




 リビングに降りるといつもの食卓がいつものように志保の料理を並べていた。ソファーには高村が転がりテレビでニュースを見ている。迅はゆっくりと高村の方へ足を進めた。

 「おはよう、高村さん」

 「アカメか、おはよう。満瑠はどうした?」

 「まだ見てないけど…。それよりそのデスクに広がってる資料は何?」

 迅が指差した先にはコピーされた多量の資料が転がっていた。高村は少しばかり迅を見つめるとため息をついて資料を片付ける。

 「いや、何も無いよ」

 どこか暗い。やはり戦争があるというのはこういうことなのだろうか。普段の倍以上の重みを持った空気が場を襲う。

 疑問を持ちながらも迅は食卓へと移動する。高村は資料を片付けていると手をつけすぎてクシャクシャになりかけている紙に手をかける。すると中身を確認せずに思い切り紙を握りしめてデスクに戻した。

 「アカメ、ちょっと来い」

 その声にすぐに反応して迅が椅子から降りて高村の前に立った。高村は迅の瞳を見て軽く微笑んだ。それを見て迅が違和感を覚える。

 「冷静に戦え。それだけだ」

 そう言うと高村は迅の頭を軽く撫でて食卓の椅子に座る。いつもとやっぱり違う。


 俺はそんな空気に違和感を覚えた


 朝ご飯を食べている時もどこかぎこちなく志保の表情にいつにも増してしわが増える。

 本人に言ったら殺されるからそれは黙っておこう。高村はまるで飲み込むように食事を済ませると立ち上がって廊下に出ていった。

 「三十分後に紅花がうちに来る。地下室で作戦会議を行う。早めに食べて集合しろ」

 紅花というと世良光助や右京慄也がいる支部だったはずだ。初めての戦場に光助がいるというのは個人的に気が楽になる。戦争に行くということは紅花の支部長や副支部長も参加するのだろうか。まだ会ったことがないため少々不安なところである。

 色々と考え込みながら食事を済ませた迅と満瑠はゆっくりと地下室へと向かった。

 「アカメ、紅花の支部長さん達と会うのは初めてだよね。なんかドキドキするよ」

 階段を降りている最中に呑気に満瑠が話し始める。

 「まあ、たしかに会うのは初めてだな。どんな人だろうと俺には関係ないけど な」

 「そんな事言って~。本当は結構期待してるんでしょ?」

 そんな会話を交わしながら作戦室のドアを開いた。

 「失礼しま……」

 「今回はがいなくて助かるよ。エルドラの時は撤退するしかなかったからな…。お、来たか。紹介するよ。こいつは第三支部 紅花の支部長、桔梗蓮ききょうれんだ」

 聞こえてきた高村の会話に思わず声が止まってしまう。するとこちらに気づいて紅花の支部長を二人に紹介した。桔梗はゆっくりと二人の前まで歩いていく。

 長めの髪の毛に高身長黒ハット。どこか透き通っているような瞳が二人を見つめる。

 「迅くんに満瑠くんだね。初めまして、桔梗蓮と申します。以後お見知り置きを」

 言葉遣いは丁寧で尊敬する。第一印象を聞かれたとしたら大人しいライオン、といったところだろうか。丁寧でスラッとした姿の裏から滲み出る強者のオーラが読み取れる。

 「それから、蓮の横に座り込んでいるのが副支部長の荒谷悟あらやさとるだ」

 指差す先には髪の短い男の人が気怠げに座り込んでいた。荒谷はこちらを見ると軽く頭を下げ、アイマスクを取り出して寝る体勢をとった。

 今日戦争に行かなければならないということを忘れているのだろうか。それともこれは強者の余裕というものなのだろうか。

 「斧谷には適当に話せば通じるだろ。ということで今から作戦会議を始める」

 完全に斧谷を置いていくスタイルで高村が場を進行させる。紅花のメンバーは揃っていた。光助は微笑みながら壁に持たれかかり、慄也は迅を見つめて視線を逸らし椎名の元へ向かう。いつもこんな感じなのだろうか。そう考えると戦争というものが軽く感じられてきた。

 「とりあえず今回大将戦となるのは森林エリアというなかなかの曲者くせものエリアだ。一応初心者もいるわけだから説明しておく。基本的にはエリアはランダムに選ばれる。だがそれは練習などの場合に用いられることが多い。最近は予めエリアが決められていることが多いんだよ。だがその分作戦が組みやすい、つまりは相手に裏をかかれやすいということだ。まずはマーシフルの絶対的要となるシューターを仕留める。その役目を紅花にお願いしたい。いけるか?」

 先程の流れとは変わり話が重くなり空気が真剣そのものとなる。エリアが決められその中にステージが存在することは聞いていたがそのエリアは勝手に決められるのか。ならステージとは一体何のことなのだろうか。これを話題にすると長くなりそうなので口にはしない。

 桔梗はハットを持ち上げて小さく礼をする。

 「獅子は兎を狩るのにも全力を尽くす、と言います。良いでしょう、その役目お引き受け致しますよ慎太郎殿」

 高村は頷くと白虎にも指示を与える。

 「俺達は迫ってくるアタッカーの相手をする。シューターを仕留められたら紅花と合流し、最後の一人を叩く。至近距離は向こうの方が有利だ。できるだけ距離は一定間隔に保て」

 「慎太郎殿、もし仮にですが我々がシューターを仕留められなかったとしたら…。いかが致しますか?」

 「えらく弱気に出たな、蓮にしては珍しいな。仮にシューターを叩けなければ最後には殲滅戦まで持ち込まざるを得ない。まあ少なくとも太陽眼ゴッド・アイズが見逃す理由がないと思うがな」

 そう言われて光助は頭を掻きながら高村を見る。

 「でも太陽眼ゴッド・アイズを使ってでも見つけられないことくらいあるんですから、あまり期待はしないでくださいよ」

 ある程度内容は固まった。まずシューターを抑える間は俺達が敵アタッカーの相手をする。もし無理だったら殲滅戦へと持ち込む。

 よく整理して考えるとそれなりに簡潔な内容だった。

 「では作戦会議はこれにて終了とする。今から出撃ゲートへと向かう。しっかりと準備をしておくように。移動は一時間後だ、それまではこの支部を有効活用してくれ。以上解散」

 高村の指示で重たい空気に穴が開く。どうにもこの空気に苦しめられて辛かったところだ。

 すると慄也が迅の元に歩み寄ってきた。

 「迅、お前も参加するのか」

 「おう。強盗の時みたいに勝手にやられるなよ」

 「そう簡単に俺はもう倒せない」

 そう言うと慄也はΣ《シグマ》を取り出し迅の目の前に突きつけた。普段見る形状とは少し違うタイプだった。

 「これは俺専用に作られた特殊型スペクトルというタイプのΣだ。本当はお前と戦う時に見せつけたかったが仕方ない。お互いベストを尽くせるように頑張ろうぜ」

 迅の肩を軽く叩くと慄也は紅花のメンバーの元に行った。何というか雰囲気が変わったというか。前まではただ騒がしい奴だと思っていたけど、凛々しくなったというか大人というか。


 その後二人は作戦室を出てリビングへと戻り戦争の準備を整えていた。

 すると志保が綺麗に畳まれた何かを持ってきた。少しにやけながら二人に手渡した。

 「これは戦争に行く時に身につけないといけないフードのついたマントみたいなものよ。左胸にはフェイトの紋章が書かれてあるから大事にしなさいよ。一度普通に試着してみなさいよ」

 志保の言われるがままに戦争に相応しいとされる服装に着替えた。腰のあたりまで程の大きさにフード。ボタンは首元に一つ丈夫に付けられている。走るとマントみたいにひらひらと舞い踊る。Σも取りやすく動きやすい。

 「なんか、本当に戦争に行くんだね。アカメ僕やっぱりドキドキするよ」

 「満瑠くん浮かれないの。それは戦う意志を証明しているものなんだから。そんな遠足気分でいたら本当に死ぬわよ。それと…これも」

 志保はポケットからBluetoothのような形をしたイヤホンを取り出した。

 「赤外線式イヤホンよ。それで戦闘中いつでもこっちと連絡を取り合うことができるの。戦っている仲間同士で連絡を取り合うこともできるからね」

 手のひらに渡されて耳にイヤホンをはめてみる。なんということでしょう。完全に耳にフィットしているのです。しかもあまり邪魔にならないし違和感がない。

 「志保、ありがとうな」

 「おーいガキども。そろそろ行くぞ」

 高村の声が下駄箱辺りから聞こえてきた。Σを腰のベルトに装着すると走って下へ降りていった。志保はそんな二人を見て一言呟いた。

 「いってらっしゃい、二人共」

 その言葉に返事をすることもなく気づかないまま全員で出撃ゲートへと向かった。


 「全員揃ってるか支部で確認をとれ!確認できたらすぐに俺に伝えろ!!」

 無機質な壁に四方八方囲まれたところにこの世界でいう出撃ゲートが存在していた。

 無気力に存在している空間に造られた出撃ゲートはまるでワープゾーンだ。下に魔法式らしきものが書かれてあり六本の柱で上部の屋根らしきものを支えている。

 とても不思議な空間だった。今から戦争が始まるなど考えられないくらいに何もなくて、無気力で。

 「慎ちゃん、白虎も紅花もみんな揃ってるよ」

 斧谷がそう言うと高村は頷いて俺達の方を向いた。今回大まかな指揮をとるのは高村で、戦略指揮は志保に任せてある。

 「いいかお前ら!今日はマーシフルとの大将戦だ!やられたらやり返せ!やらなくてもやれ!これは責任者としての命令だ!そして俺が今回大将を務める!我々フェイトは必ず勝つ!!扉に辿り着くためにも!!」


 その一言のあと俺達は出撃ゲートというワープゾーンに乗った。特に何も起きないと思っていると、数秒後に強い光がその場を包み込んだ。


 眩しすぎて、目がやられる……。






 次に目を開けた時には既に今回選択された森林エリアの山の近くにいた。周りを見渡したところ迅、満瑠、慄也、陽斗の四人しかいなかった。しばらく状況判断をしているとイヤホンに志保の声が聴こえてきた。

 「皆さん無事に辿り着いたようですね。まず紅花の皆さんはまず一番高い山頂を目指してください。そこからならどう動けばいいのかも判断できるしシューターの人を探しやすいはずです。では健闘を祈ります」

 そう言うとプツンと連絡が途絶える。満瑠としばし見つめあっていると隣で慄也がわざとらしく咳をした。

 「まず俺達は山頂に向かう、死ぬなよ。行きますよ前川先輩」

 「頑張るっすよー!!」 

 立ち尽くしている二人を置いて紅花の二人が志保の指示通りに山頂に向かった。

 「まずは見晴らしのいい場所に移動しようか。今二人が東に行ったから西に行くぞ」

 迅と満瑠はまずは近くに邪魔なほど生えた木々が立ち並ぶ位置から抜け出そうと森の中を駆け巡る。

 すると高村から連絡が入り込み一度移動を止めた。

 「よお俺だ。今俺達は丁度敵と遭遇したところだ。そっちにもいるはずだ。気をつけろ」

 「了解。敵に遭遇したら満瑠と二人で相対します。高村さんもお気を付けて」

 連絡が途切れた瞬間に山の向こう側で大きな爆発音が聴こえてきた。地響きがする。距離はそう遠くない。

 「急ぐぞ満瑠!!」

 また正面を堂々と突っ走っていくと目の前から木々が消え始めた。

 「あと…少しっ!!」

 勢いよく飛び出した場所はエリアを綺麗に一望できる場所だった。ということはここは山の中盤辺りだろう。今回はエリア右に森林が広がりエリア左にはただの草原が広がっている。

 息を少し切らしながらエリアを見渡す。そこには綺麗な夕日が浮かんでいた。残酷な程綺麗にエリアを照らす夕日は芸術的だった。

 「綺麗だな……」

 「っ!!アカメ危ない!!」

 満瑠が迅の身体に飛び込み地面に伏せる。その瞬間一発の光がスレスレに撃ち込んできた。攻撃が止むとすぐに満瑠が紅花にシューターの予測位置を伝えた。

 回線を切ると立ち上がった迅を見て笑顔になる。

 「大丈夫だった迅?今紅花の人を……」


 「へぇ、避けれたんだ~。運がいいなガキども。だがこの俺様の攻撃を避けられるかな!!??」


 突然森林から現れた男がアタッカーΣ:ラージャを片手にこちらに走り込んできた。隙のないその動きはまるで忍者のようだ。

 「『セレクト:グレティス』!!」

 「『セレクト:シアン』!!」

 ベルトからΣを取り出して戦闘態勢に変える。相手との距離はまだそれなりにある。攻めるなら今だ!と迅が真正面にΣを構える。

 「これ以上近づくな!!」

 銃口に意識を集中させて敵に向かって乱射を繰り返す。遅くはない射撃速度ではあるが相手は余裕だと言わんばかりにこちらに走り込む。

 「さっきなんか言ったかガキ。ならまずはテメェからだ!!」

 「そうはさせない。『Σコネクト:ブレイザー』!!」

 手をΣにかけ発した光と共に勢いよく引き金を引いた。相変わらずその威力は大きかった。一度比較的遅めの球を何発か撃ち込んだあとに一発だけ強化された速度で球を撃ち込む。すると相手の感覚が一度悪い方へ陥り速い球への反応が鈍くなる。

 ただしこの手を使えるのは一度だけだ。

 飛んでいった満瑠の球は真っ直ぐに敵へと向かっていった。がラージャを盾にその球を防ぎきる。

「『Σコネクト:超刀身』」

 敵がΣを持っている方の手から怪しいオーラがΣに注がれていく。そのオーラは形となり徐々にラージャの刃の長さを変えていく。

 「さてと、遊びはここまでだ!!」

 大きく振りかぶった斬撃は間一髪迅に当たることはなかった。敵は舌打ちをしながらΣをもう一度構えた。そんな敵を見て迅がΣの銃口を下に向け球を撃つ。


 「遊びは終わりなんだろ、だったら来いよ」


 迅の口調が突然荒れ気味になる。そして喧嘩口調に乗った敵が勢いよくこちらに向かって走り出す。

 「言わせておけば調子に乗りやがっ!!!あああああああああああ!!!!」

 敵が無駄に話している間に先程迅が地面に撃ち込んだ球が外へ飛び出し、真っ直ぐに迷わず頸動脈を狙いヒットした。

 首元から血を流してのたうち回る敵を見て迅がニヤリと笑う。緑青色に染まった眼。この眼を見たのは何回あっただろうか。

 満瑠が少し考え込んでいると迅は敵を初級技である氷結で敵の血を使って動きを封じ込めた。すると大声で満瑠に叫んだ。

 「満瑠伏せろ!!!」

 それは第二爆撃だった。だがその球は二人を殺すために撃ち込まれた球ではない。

 迅の目の前に煙が漂う。ならば何を狙ったというのだろうか。その理由は煙が消えた瞬間に理解できた。


 その球は〝やられた仲間を殺すため〟の球だった。


 それを見て満瑠がふるふると震えて膝を落とした。あまりにも悲惨な光景で見るのが辛い。直視などすればトラウマになってしまうほどだった。

 アカメはその光景を見ても何とも思うことがなかった。戦争に行けば人が死ぬ。ただそれを実感したようだった。そんなアカメを見て満瑠の震えが止まりゆっくりと立ち上がった。するとイヤホンを通じてまず志保に連絡を入れた。

 「今南十時の方向からシューターの射撃を確認。アカメも僕も怪我はないけど僕達が相対していた仲間がその射撃で死亡しました」

 その現状に志保が驚きの声を発する。できる限り最小限に抑えるように口を塞いだ。

 「自分の仲間を殺すだなんて…。満瑠くん達は引き続き戦闘に戻っていいわよ」

 「了解です」

 ぷつりと通話をきると迅の隣に移動しようとした。すると迅が何かを察したように息を吸い込む。

 「おかしい。慄也と連絡が取れない……」

 一言呟くと急いで志保に連絡を入れた。

 「何度もごめん!今慄也は!あいつはどこにいる!!場所を割り出してくれ!!」

 「ええ!?いきなりそんな事言うの!?んー、ちょっと待ってね。これがこーだから…」

 イヤホンの奥からカタカタとパソコンの音がする。一生懸命調べだそうとしているのはわかった。だが一刻を争う事態に迅のイライラが最高潮になる。

 「見つけた!さっきから撃ち込んでくるシューターのところよ」

 「サンキュー志保」

 そう言うとイヤホンをきって自分自身に能力をかけた。

 「少しだけ扱い方を変えれば!『Σコネクト:ソニック』!!」

 青い光が迅の足元を包み込み、満瑠はそれを見て驚きの表情を隠せなかった。

 「これでいけるはず!待ってろ慄也!!」

 思い切り地面を蹴ると普通では有り得ない速度で山の向こう側へ走り込んでいった。その速さは弾速と比べ非にならない速度だ。走り込んだ数秒後に辺りを爆風が襲う。

 ようやく志保の教えてくれた場所に着き状況を確認する。慄也が一人で相手をしていて、相手はアタッカーΣを所持している。どういうことなのだろうか。

 「なんだ、子供が増えたのか。面倒だなさっさと片付けるか」

 刃先を迅と慄也の間に向けて球の威力を上げていく。

 「おい迅!お前なんでここに来たんだ!!」

 「馬鹿野郎!連絡が全く取れないから殺られたかもしれないって心配したんだぞ馬鹿!!」

 「あまり馬鹿馬鹿言うなこの馬鹿!!!」

 「お話している余裕はないはずだぜ?」

 振り返ると相手はアタッカーΣの刃先にシューター用の球をセッティングしていた。その光景を迅は見逃さなかった。

 「なるほどそういうことか。道理で戦闘の時に爆風が起きてなかった訳だ。元からシューターΣじゃなくてシューターΣの特性を組み込んだアタッカーΣを使っていた。だから相対している時も地響きがなかった。そりゃ慄也が反応できないわけだ!!」

 べらべらと喋り倒していると溜め込まれた球が勢いよくこちらに飛んでくる。その球は地面に直撃し爆風で俺と慄也を吹き飛ばした。

 「やっと黙り込んだな!!」

 そう言うと敵は迅にアタッカーΣ:ミドルを大きく奮った。その刃は迅の左頬を大きく抉る。

 爆風に飛ばされながら突き飛ばされ頭部を勢いよく地面に強打してしまい、所持していたΣが敵の足元に滑り込んでいった。

 するとスッと刃を迅の真上にセットして立ち尽くした。

 「おいおい、まさかこれで終わりじゃないだろうな?全く…。子供がよくも俺に勝てると思えたな。マーシフルも甘く見られたものだ。だが安心しろ。ちゃんとお前を殺した後で向こうの子供も殺してやるからよ!!!」

 「迅!!!」

 慄也の叫びは間に合わずミドルの刃が迅の胸を目掛けて一直線に狙う。

 ああ…ここで死ぬのか……


 迅が心の中ですべてを諦めた瞬間だった。



 『君は何を言っているんだい?』

 懐かしいようで懐かしくない。

 またあの場所に来ているのか。白い世界。世界の境界のような場所で少年の声が聞こえてくる。

 『ほら、そろそろ起きてよアカメ』




 『




 その刃は勢いよく降り注ぎ迅の胸を真っ直ぐブレなく突き刺さった。

 それを見て慄也が涙と共に悲鳴を上げる。

 「アハハハハ!!」

 敵はそう言うと何か薬みたいなものを飲んだ。すると徐々に皮膚が溶け始め、さっきまで見ていた姿とは全くの別物になっていた。

  「これでいいかな?ようやくこのガキを殺せたんだ。も喜んでくれるよね」

 慄也は言葉が出なかった。突然目の前で別の人間が現れておかしなことを呟いている。

 非常識的すぎる現実に言葉を失っていた。

 「ふぅ。しばらくドレインも安泰だね。彼があっさり死んでくれて何よりだったよ」



 「



 その言葉に驚いて謎の男が迅を見つめた。だが血を流して倒れ込んで死んでいる。何かがおかしい。

 「し、死体が喋るはずないだろ!誰だ!早く出て……」



 「ったく。



 その瞬間謎の男の背後に一人のが手ぶら状態で立ち尽くしていた。

 殺気に気づいて急いで男は距離をとる。

 「どうして!お前は死んだはずじゃ……」

 「あれ、もしかして…」

 その後眼を大きく見開くと少年は力任せに謎の男の首を締めあげた。

 眼は冷酷にものを告げる。そこに一つだけ感情が現れていた。赤色の眼、憤怒だ。

 「君、の遣いの人だよね。だったら知っているはずだよね。早めに答えろ!グレンは何処にいる!!」

 「グレンとは誰のことかな?僕はわからないよ」

 「恍けるんじゃねぇ!!」

 そう叫ぶと一歩後ろに下がり、憤怒が消えオッドアイの少年が立ち尽くす。

 二重人格。そう言ってしまえば確かにそうなのかもしれない。だが違う。アカメはアカメで人間なはずなのに...


 「『……』」


 アカメは透き通ったオッドアイで謎の男を見つめる。

 すると突如として何もなかった空間から新たなΣが出現する。慄也は驚いて下を見渡した。まだ迅のΣは転がったままで手に取っていない。

 

 だったら、あのΣはなんだというのだ。




 『……ふふっ』


 アカメは謎のΣの形を変えて双銃にへと変化させた。だが少なくともこれはグレティスなどではなかった。真っ黒に染まったΣの隙間に流れ込む真紅のオーラ。

 ゆっくりと男に両方の銃口を向けて引き金を引く。


 『ようやくお目醒めだね、


 次の瞬間



 一瞬でエリア全域が吹き飛んだ



 勢いが強すぎて何が起こったのかさっぱりわからなかった。もうそこに感情などない。

 無垢な破壊と爆風がエリア全域をかき消した。

 山にいた者はなんとかバリアを張り耐え抜いてみせたが、もはや山など跡形もなく消えている。広かったエリアの地面に大きく傷がつき爆発的な破壊力を誇った。


 そんな少年の背中を紅く染まる太陽が照らす。


 『お疲れ様、どうだったの使い心地は?』

 「……なんというか、凄かったよ」

 『そう。それは何よりだね』

 「なあ!!」

 迅は今までの流れをすべて思い返した。初めの出会いからここに至るまでのすべてを。


 「お前のこと!俺は何も知らない!!」


 初めてかもしれない。こいつに対してこんなに積極的にらなれたのは


 「お前の!お前の名前を教えてくれよ!!」


 アカメを見て少年はニタリと微笑む。


 



『僕はレプリカ。さ』





 空白に戻ったエリアで光助はただ一人紅く染まる夕日を見つめていた。

ゆらりと揺れる陽炎に胸が痛む。



 「これだから、俺はこの色が嫌いだ」



 そう一言呟くと紅き太陽を背に自分の影を見つめ歩き始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Ignite Wars 霧島 菜月 @yuto1217

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ